第154話 伊丹の新刀術

 俺も薫の様子を見ている場合じゃなかった。次々にスケルトンウォーリアが襲って来るのだ。素早く五芒星躯豪術を使い始める。


 体内の魔力の流れが五芒星を描き始めるようになると、大量の魔力を邪爪鉈に流し込み、その刃に潜む源紋の力を引き出す。


 邪爪鉈に秘められた源紋は『断裂斬』切断力増加と装甲貫通の効力が有り、刃が赤い光を放っている状態の時なら一撃でスケルトンウォーリアの鎧を切り裂き中の急所を断ち切る事が出来る。


 スケルトンウォーリア三体に取り囲まれていた。左の敵が袈裟懸けに剣を振り下ろしてきた。魔力を流し込んだ足が地面をえぐるように踏みしめ身体を前に弾くように移動させる。


 邪爪鉈を擦り上げるようにしてスケルトンの剣を持つ腕を断ち切り、上に跳ね上がった鉈の刃をひるがえし頭蓋骨に叩き込んだ。


 クタッと崩れ落ちるスケルトンに左の回し蹴りを叩き込み、真ん中にいるもう一体のスケルトンに向け弾き飛ばす。二体のスケルトンはもつれるようにして後方へ転がった。


 息吐く暇もなく右に居たスケルトンウォーリアが鋭い突きを放った。素早くステップし邪爪鉈の柄で受け流す。クルッと回転した勢いに乗せ邪爪鉈を敵の首に飛ばす。


 スケルトンが剣で邪爪鉈を受け止めた。質の悪い剣なら折れ飛ぶのだが、中々いい剣を使っているらしい。

「クッ、そう来るなら」


 鍔迫り合いとなり剣を押し込んでくるスケルトンの膝に前蹴りを放つ。一瞬ガクッと体勢が崩れた隙に剣を巻き込むようにして奪い取り撥ね上げた。

 得物を失くしたスケルトンに邪爪鉈を叩き込んで仕留める。


 一方、伊丹も三体のスケルトンに囲まれていた。上段に剣を構えたスケルトンが真っ向から斬り掛かって来た。


 剣が振り下ろされる前に躯豪術で強化した脚力を使い懐に飛び込み、左肘でスケルトンの顎を撥ね上げる。仰け反った敵の腕を取った伊丹は、スケルトンの体制を崩し右腕で首を巻き込むようにして投げた。地面に叩き付けられたスケルトンの頭蓋骨を踏み躙るようにして砕く。


 次に襲い掛かるスケルトンには古武術独特の歩法で背後を取り、抜き放った豪竜刀でスケルトンの首を刎ねる。


 最後のスケルトンウォーリアは重厚な盾を持っていた。盾で防御しながら袈裟懸けに剣を振り下ろして来る。それを半身になって躱すとシールドバッシュで盾を打ち付けて来た。


 躱す余裕はなく左肩で受け止める。バジリスクの革鎧で守られた肩に怪我はなかったが、衝撃で後ろに飛ばされた。


 飛ばされた方向には別のスケルトンが待ち構えていた。伊丹は素直に着地せず身体を捻ってから前転の要領で地面を一回転し待ち構えていたスケルトンの胴を薙ぎ払う。その時、豪竜刀が赤く輝き鎧と一緒に魔晶管を切り裂いていた。


 伊丹は躯豪術にも工夫を加えていた。通常の躯豪術は体内で円を描くように流れるだけであるが、伊丹はその内側に回転する魔力の玉を作り出す。それは魔力の貯蔵庫であり、その外側にある魔力の流れを加速させる作用が有った。


 伊丹は『鎮星躯豪術』と名付けた。鎮星とは土星の別称である。

 鎮星躯豪術はまだまだ未完成であるが、躯豪術より強力な筋力を引き出した。伊丹は鎮星躯豪術により引き出された強力な膂力と古武術独特な体捌きを組み合わせ鎮星妙刀術と言う技を編み出している。


 その要諦は足捌きに有る。身体の捻りや複雑な足捌きで緩急の動きを織り交ぜ、敵の予想外の動きをする事で伊丹の姿が消えたように見える。


 そのスケルトンも伊丹の斜め上からの斬撃に合わせ剣で受け止めようとしたのだが、伊丹の豪竜刀は上からではなく横に薙ぎ払われていた。

 スケルトンはどうやって斬られたか判らないまま倒れ動かなくなった。


 鎮星妙刀術を使い始めた伊丹は『凄い』の一言でしか言い表わせなかった。襲い掛かって来るスケルトンを鎮星妙刀術で幻惑し次々と仕留めていく。


 魔物の感覚さえ誤認させる伊丹の動きは、人間の眼から見ると時々消えるように見えた。突然ふっと消えた伊丹がスケルトンの背後に現れるように見えるのだ。

 五〇体も居たスケルトンは急速に数を減らし、三〇分後には最後の一体が倒れた。


「ふ~っ、拙者もまだまだ未熟でござるな」

 それを聞いた俺と薫は、いえいえと顔の前で手を振り否定する。

「伊丹さんが未熟なんて言ったら、俺らはどうなるんです」

「そうよ。しばらく見ない間に滅茶苦茶強くなってるじゃない」


 伊丹が珍しく照れたように笑っている。伊丹が暇な時間を新しい技の完成に費やしていたのを知っていたが、どういう技なのか初めて目にした。


 スケルトンウォーリアの全てを倒した俺たちは放出された魔粒子を大量に吸収した。そのお陰で三人共魔力袋の神紋レベルが一つ上がったようだ。


 スケルトンの胸の部分には骨で囲まれた小さな空間があり、そこに魔晶管が存在する。俺たちは魔晶管を回収すると全てに小さな魔晶玉が有った。


「質は最低ランクだけど、漏れ無く魔晶玉付きというのはいいね」

「ここのスケルトンは練習相手としても最適でござる」

 人間相手では試せない技でもスケルトン相手なら遠慮無く放てる事に満足したようだ。


 その地下空間の端に階段が有った。第十六階層に到着すると、そこはスライムの楽園だった。その階層は巨大な一つの空間で草原になっていた。そして、草の間には無数のスライムがうじゃうじゃとうごめいていた。

 その光景を見た俺たちは頭を抱えた。


「これだけ多いと気持ち悪い」

 薫が感想を口にした。それには俺も同感だった。

「これを突破するにはどうしたら良いでござろうか?」


 薫がちょっと考えてから返答した。

「<遮蔽しゃへい結界>でスライムを寄せ付けないようにして進めばいいんじゃない」

 いいアイデアだ。俺は試してみる事にした。<遮蔽しゃへい結界>を展開し無数のスライムの中に足を進めた。スライムの中に足を踏み入れた途端、酸や毒を飛ばして来た。結界に当たった酸や毒が弾かれる。余りの集中攻撃にビクッと足を止めるが結界には問題なかった。


 また歩み始め一〇メートルほど進んだ所でスライムの大群に囲まれた。緑スライムがほとんどだが、黄スライムや赤スライム、珍しい銀スライムも居る。


 酸や毒の攻撃が効かないと悟ったのか結界の周りにスライムが群がり始めた。あっと言う間に、俺はスライムの集団に埋まってしまった。予想もしなかった事態にどうしたら良いかアイデアが浮かばず立ち尽くしてしまった。


 その様子を見守っていた薫は慌てた。

「ミコトが……ど、どうしたらいいの?」

 伊丹は冷静に状況を確かめ、

「そうでござるな……<缶爆マジックボム>で吹き飛ばすのはどうでござる」


「判った。やりましょ」

 薫と伊丹は<缶爆マジックボム>をミコトの近くに投げ込んだ。ほとんど同時に起きた爆発は結界に群がっていたスライムを吹き飛ばした。


 突然、爆発音が聞こえ結界に衝撃が走った。気付くと結界に群がっていたスライムが消えている。俺は急いで階段の方へと戻った。


「二人共有難う」

 二人の所へ戻った俺は礼を言った。薫が駆け寄り怪我がないか確認し無事だと判ると安堵した。


「ご免なさい。私が変な提案したから……」

 薫がしおらしい声で謝った。その目は俺を心配そうに見ており、本気で心配していた様子が判った。俺は薫の手を取る。


「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたくらいで何でもない」

 俺と薫はお互いに見つめ合い、いい雰囲気になった。


 その様子を生暖かい目で見守っていた伊丹が態とらしく咳をする。

「ゴホッ……邪魔するようで悪いでござるが、スライムがこちらへ移動してきておる。どうする?」


 俺は慌て気味に薫の手を放しスライムの方に目を向けた。薫が突き刺さるような視線を伊丹に向けた。それに気付いた伊丹は苦笑いする。


 スライムがゆっくりと近付いて来ている。

「目的のものは手に入れたんだ。一旦引き上げよう」

 伊丹と薫の同意を得て、俺たちは地上へ直通する階段を登り始めた。


「あのスライムの海はどうやって突破すればいいのかな?」

 薫が階段を上りながら声を上げた。


 俺と伊丹は<炎杖フレームワンド>や<缶爆マジックボム>を使ってスライムを追い払いながら進めばと提案したが、薫は危険だと告げた。

「突破する前に魔力が尽きたらどうするのよ」


 そんな事になったら、俺たちはスライムの群れに飲み込まれ死ぬだろう。俺はブルッと身震いし、他のアイデアを考え始めた。


「あっ、だったら魔導飛行バギーで飛び越えるのはどうだ」

「名案でござる」

 伊丹はすぐに賛成した。一方、薫は思い付いた欠点を上げた。


「迷宮の階段を魔導飛行バギーで下りるの。それにスライムの海を飛び越えた後、バギーはどうするのよ」

 魔導飛行バギーに乗ったまま迷宮探索が可能だとは思えないと薫は言う。それから色々な意見が出たが結論は出なかった。

 疲れて来た俺たちは議論を中断し急いで地上に戻った。


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