第149話 王都のシュマルディン

 翌日、馬車に乗ってマルケス学院へ向かった。馬車に乗っているのは、オディーヌ第二王妃と妹のサラティア王女、シュマルディンと侍女が二人である。


 サラティアは母親に似ており癖のある赤髪でくるりとした感じの眼をしていた。

 王都マルケス学院は王城の南にあり、広大な敷地と大勢の優秀な教師を有している。一〇歳で入学し六年間学ぶ、その内容は一般教養から魔法や武術まで多岐に渡る。


 馬車の中で一〇歳のサラティアが困惑していた。記憶にある兄シュマルディンと横に座っている人物が何となく違う人物に思えたからだ。顔は兄上であるが、纏っている雰囲気が変化していた。


「ディン兄様、何かお変わりになりました?」

「いや、何も変わっちゃいないよ……あっ、もしかしたらミコトや伊丹師匠に鍛えられたからかも」


 言葉遣いも少し変わったようだ。王都居た時のシュマルディンは落ち着きのない子供で、王族の責任や使命には無関心の気楽な少年だった。


 およそ一年ぶりに会った兄は幾分落ち着きを身に付け、眼に鋭さを持つ少年に変わっていた。ただ、妹であるサラティアには優しく、迷宮都市から持って来たというドーナツと言うお菓子をお土産に頂いた。


 母娘で食べ、柔らかく甘いドーナツの美味しさに感激する。この国にもお菓子は存在するが、焼き菓子が一般的で、このようにふんわりした菓子は珍しい。


 馬車が学院の門に到着すると、モバルス教頭が出迎えていた。シュマルディンは禿頭で眉毛の長い教頭にあまりいい印象を持っていない。


 この教頭は事ある毎に兄のモルガートやオラツェルを引き合いに出しシュマルディンにもっと頑張れと言っていたからだ。


 シュマルディンの成績は中の下と言った程度で優秀な生徒だとは言えなかった。モルガート王子は頭も良く武術にも優れた才能を持っていたので教師や同級生にも人気があった。オラツェル王子も同様だが、人を寄せ付けない傲慢な所が有るので、人気は今一つである。


「オディーヌ様、お会い出来て光栄に存じます。私めは当学院の教頭モバルス・カゲイユでございます」

「まあ、教頭先生がお出迎え下さるとは……今日は息子の案内で学院を見学するつもりでしたのに」


 オディーヌと教頭が挨拶を交わした後、教頭の案内で学院を廻る事になった。まず一年が使う教室に行き、サラティアより一つ年上の子供たちが学んでいる姿を教室の後ろから見学した。


 子供たちは歴史を勉強していた。我が国の創立期の物語として編纂されたマウセリア王国記を教師が朗読していた。生徒たちは教師の口から紡がれる物語を一心に聞いている。

「楽しそう」

 そう呟く娘にオディーヌは優しい眼差しを向けた。


 次に別の教室を覗くと六年クラスの生徒が魔法について学んでいた。内容は神紋についてである。

「前回の野外演習の後、『魔力袋の神紋』以外を授かった者は居るか?」


 ひょろりとした魔法学のジェスバル先生が質問すると、半分以上の生徒が手を上げた。その中にシュマルディンたちが知っている顔も有る。クロウエル公爵家の次男ポルメオスで、シュマルディンの従兄弟でもあった。


「はい、ミリシア。君は何を授かったのかな?」

 ソバカスのある赤毛の女の子が立ち上がって返事をする。

「『疾風術の神紋』です」


 学院の生徒で同じ神紋を授かっている者は多い。この第一階梯神紋の応用魔法に<疾風刃ガストブレード>がある。熟練するとそこそこ使える攻撃魔法となる。

 ジェスバル先生が『疾風術の神紋』の特徴や開発されている応用魔法の内容について解説する。


「理解したかな。それじゃあ、『疾風術の神紋』以外の神紋を授かった者は居るか?」

 従兄弟のポルメオスがスッと手を挙げる。教師は彼を指名した。


「『躯力強化くりょくきょうかの神紋』を手に入れました」

「それは素晴らしい」

 『躯力強化くりょくきょうかの神紋』は倒した魔物から大量の魔粒子を吸収しないと適性を得られない。王都付近は魔物が少ないが、近くに在るキルル山にはゴブリンやコボルトが住み着いており、武術や魔法の技量を磨こうとする者はキルル山で魔物狩りをするようだ。


 サラティアがシュマルディンの方を向き尋ねる。

「ディン兄様はどんな神紋を授かっていらっしゃるの?」

「ハンターは自分の神紋を秘密にするんだ。だから、教えないよ」


「ええーっ!」

 思わず大きな声を上げたサラティアに生徒たちの視線が集まった。サラティアは口を押さえ顔を赤らめる。ジェスバル先生がシュマルディンに目を止め声を掛けた。


「久し振りですね、シュマルディン殿下。迷宮都市に行って本場の魔法を学べましたか?」

 魔法に関しては迷宮都市の方に優れた使い手が多く、実践的な応用魔法の研究は進んでいると言われている。


「ええ、優れた師を見付けたので進歩したと思っています」

 その言葉を聞いたポルメオスが、フンと鼻で笑い。


「それは凄いな、どんな教師が教えても魔法学で赤点を取っていた従兄弟殿がねぇ。先生、次の実習の時間にどう進歩したのか見せて貰いましょうよ」


 シュマルディンは『世界は自分を中心に回っている』と思っている従兄弟のポルメオスが苦手だった。成績優秀で武術も秀出た才能を持っているポルメオスと歳が一緒なのでよく較べられ嫌な思いをしたのは一度や二度ではない。


 ジェスバル先生は『優れた師を見付けた』と言うシュマルディンの言葉に目を細め、昔の教え子が慢心しないよう教育的指導を行おうと考えた。


「いいですね。シュマルディン君、お願いするよ。生徒たちに迷宮都市で学んだ魔法を見せてやってくれ」

 それを聞いたサラティアが眼をキラキラさせ。


「ディン兄様、凄いの見せて」

 何故か退路を断つような言葉を妹に言われ、仕方なく承知する。


 次の授業の為に魔法訓練場へ移動する。四方を土壁で囲まれた場所で広さは小さな体育館ほどはある。その北側に丸太が一〇本ほど立てられており、それを的に魔法の練習をするようだ。


 ジェスバル先生の指示で、生徒が的の丸太に向けて魔法を放ち始める。生徒たちは卒業するまでに何か一つ魔法を習得するのが慣例となっており、魔物を倒す威力を求めるハンターとは違い気軽に第一階梯神紋を授かるようだ。


 生徒たちは『灯火術の神紋』の<炎槍フレームスピア>や<火矢フレームアロー>、『疾風術の神紋』の<疾風刃ガストブレード>、『光明術の神紋』の<光明弾>を撃ち始めた。

 はっきり言ってゴブリンでさえ一発では倒せないような威力の攻撃魔法である。


「いいですよ。中々の威力です」

 ジェスバル先生は生徒たちを褒める。この威力でも人が相手なら脅威となる。サラティアは目を大きく見開き見入っている。


 ポルメオスは『躯力強化くりょくきょうかの神紋』の他に『疾風術の神紋』も所持しているようで<疾風刃ガストブレード>を放っている。薫の得意とする<風刃ブリーズブレード>と同じような応用魔法なのだが、威力は<風刃ブリーズブレード>の半分ほどしか無い。


 ジェスバル先生が後ろで見学しているシュマルディンの所に歩み寄る。

「どうだ。学院の生徒たちも中々のものだろ」

「まあ、そうですね」


 シュマルディンの気のない返事に、ポルメオスがムッとする。

「今度は従兄弟殿の番だ。迷宮都市仕込みの魔法とやらを見せてくれよ」

 ジェスバル先生が大きく頷き、シュマルディンを促す。


「ディン兄様、頑張って下さい」

 サラティアに応援され、シュマルディンは丸太から八メートルほどの距離まで進んだ。披露するのは<魔力弾エナジーブリット>にする。

 右腕を上げ人差し指だけを突き出し的に向ける。精神を集中し呪文を唱える。


「ルクセリス・カノゥバス・ギレスジェズ……<魔力弾エナジーブリット>」

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