第148話 王都エクサバル

 海水を運ぶ水路が出来上がるまで、俺は岩山の道作りや塩田の周りの石垣造りを行った。一〇日ほどで岩山の道と塩田が完成した。犬人族に塩の製造方法を教える。


 塩の製法は単純で、塩田に敷き詰めた砂に海水を散布し天日と風で水分を蒸発させた後、塩分が析出した砂と海水を沼井に入れ、濃い塩水である鹹水かんすいを作る。その鹹水を鉄釜に入れて炊いて濃くしたものを濾過して不純物を除き、もう一度炊いて塩を析出させる。


「判りました。ミコト様に教えられた通りしてみます」

 取り敢えず二ヶ月ほど製塩のやり方を学んでから塩田を広げようと考えた。ムジェックは犬人族を指揮し月平均で四トンほどの塩を生産するようになる。


 久しぶりにカリス工房へ行くと、親方が作業場で何かを作っていた。

「親方、何を作っているんです」

 作業台から顔を上げた親方は、俺を見て「おう」と挨拶する。


「逃翔水を入れるタンクだ。何か格好いいだろ」

 タンクは二五〇センチほどの長さが有るV字型で、太い鉄パイプを組み合わせて作られていた。


 作業台の上には親方が書いたらしい設計図が有った。細長い三輪バギーの車体は簡素な作りだが頑丈そうで、車体から上に伸びている六本の鉄パイプはV字タンクを内蔵する浮力・推進装置を支えるようになっている。その装置も車体に合わせて三角形である。


 魔導推進器については親方に説明していたので書き加えられていた。ただ飛行機や飛行船を知らない親方は魔導推進器を使い力尽くで進路を変えようと考えたみたいである。


 設計図には後部にメイン魔導推進器が有り、先端から八〇センチほどの部分に左右に方向転換するスラスターが組み込まれている。


「これって方向舵は無いの?」

「何だそれ?」

「船の舵と一緒だよ。風を受けて曲がるんだ」

 俺が方向舵について説明すると判ってくれた。それから一刻二時間の間意見を出し合って設計図を修正した。


「そうだ、お前が欲しがっていた鉱物が手に入ったぞ」

 親方が赤灰色の鉱石を置いてある場所まで案内してくれた。確かにネットの画像で見たボーキサイトと同じ鉱石が置いてあった。


 アルミニウムの精錬は、大きく二つの工程に分かれる。ボーキサイトを粉砕し苛性ソーダを加え加圧加熱するとアルミナが溶け出す。


 溶けない不純物を除去した後、冷却すると水酸化アルミニウムの結晶が析出する。その結晶を濾過して取り出し、一〇〇〇度の温度で焼成するとアルミナとなる。


 ここまでがバイヤー法(湿式アルカリ法)と呼ばれるものだ。

 次にアルミナを氷晶石やフッ化アルミニウムを高温で溶かしたものに入れ、約一〇〇〇度まで加熱し溶解させたものを電気分解する。これによりアルミナはアルミニウムと酸素とに分解される。


 これがホール・エルー法である。日本に帰った時に調べたのだが、手軽に試せるようなものではなく設備投資が必要だった。


 そこで錬法術である。錬法術の中には術者が指定した元素だけを取り出す応用魔法が存在する。大量生産には不向きだが、ちょっとだけ必要な場合は便利なのだ。


 ボーキサイトを麻袋に入れて用意し、<元素抽出エレメントエクストラクション>の呪文を唱える。直径三〇センチほどの特殊空間が形成される。その空間にボーキサイトを入れた麻袋を持って来る。


 しばらく待っていると麻袋の下部からポトポトと銀色の小さな丸い塊が落ち始める。それが一〇分ほど続いてから収まった。工房の床にはアルミニウムの粒の山が出来ていた。

 カリス親方が手に入れてくれたボーキサイトを全て処理すると金魚鉢一杯分ほどのアルミニウムが精錬された。


 こういう魔法を見ると異世界で科学技術が発達しなかったのは当然だなと思う。余りにも魔法と言う存在が便利なのだ。魔法の元になる魔粒子とはどんな存在なのだろうかと調べた事が有る。


 古代魔導帝国の頃からの言い伝えになるが、魔粒子と言うものは他の恒星から降って来るものらしい。魔粒子は巨大な赤い星で生まれ天を旅して地上に降り注がれると古代魔導帝国の学者は考えていたようだ。それはもしかして赤色巨星の事なのかもしれない。


 確かに異世界の夜空には大きな赤い星が一つ存在する。この惑星に近い宇宙に赤色巨星があるのだ。だから大量の魔粒子が地上に降り注ぎ、地下に染み込んで水脈のように魔粒子の川を形成すると言う。

 その魔粒子の川を古代魔導帝国の学者は『幻脈』と呼んでいる。


 リアルワールドにある魔粒子は不活性なので魔法が発達せず科学文明が花開いた。それが幸運な事なのかどうかは判断出来ない。リアルワールドの政府は異世界の人々を一段低い文明社会の人々だと思っている。


 確かに現在は国力や人口を考えると劣っているのかもしれないが、古代魔導帝国と較べるとどうだったのだろう。『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』と言った人も居るが、本物の魔法は根本的に何かが違う。


「おい、どうした。ボーっとして」

 突然、カリス親方の声で、深い思索の渦から引き戻された。

「……何でもない。それよりアルミで容器を作ってくれないか」


 カリス親方は承知したと頷き、アルミの粒を掻き集め工房の奥へと消えた。アルミ容器が完成したら、迷宮へ魔光石をを取りに行こうと考える。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 この国の第三王子であるシュマルディンは、王都エクサバルに戻る途上にあった。母親の第二王妃が久しぶりに会いたいと連絡を寄こしたのだ。モルガート王子が魔導飛行船で王都へ行くと聞いていたので便乗した。


 王都エクサバルは公称人口一〇万人、スラム街の者たちや獣人族も合わせると二〇万人ほどになると思われる。


「殿下、間も無く到着です」従者がシュマルディンに告げる。

 シュマルディンは甲板に出て、舷側から下を見下ろす。魔導飛行船が着陸場である城内の溜池に近付くと王都の様子がはっきりと見え始めた。


 王城であるエクサバル城を中心に円形に広がる城下町は、シュマルディンにとって懐かしい光景だった。城壁に囲まれた王城の内部には、近衛兵の練兵場や宿舎群が存在し大きな面積を占めている。


 見張り台となる尖塔が四方に有り、当番の兵士が空を監視している。こんな所にも空を飛ぶ魔物が迷い込む時があり、それを見張っているのだ。


 尖塔の中心に無骨な石造りの城がある。二五〇年前に建てられたもので傷んではいるが、この先一〇〇年は使えそうだ。城は五階建てで、最上階に王や重臣たちの執務室、会議室がある。


 街の方へ目を向けると迷宮都市の何倍も有りそうな繁華街が目に入った。

 王城の西に在る商店街は国一番の規模であり、大きな店が軒を連ねている。道の幅も広く整備されていた。街自体も活気があり、行き交う人々は買い物を楽しみ、休憩には洒落た喫茶店へ入る。


 魔導飛行船が着陸するとシュマルディンとモルガート王子は国王ウラガル二世の居る最上階へと向かった。近衛兵に案内され最上階の王の執務室に入る。そこには彼らの父親であるウラガル二世が待っていた。

 広い室内には王が気に入った絵画や焼き物が飾られている。


 シュマルディンは父親に会うというのに緊張していた。シュマルディンにとってウラガル二世は父親と言うより国王なのだ。


「シュマルディン、久しぶりに顔を見せたな。元気にしておったか?」

「はい、陛下」

「それならば良い。モルガート、話が有るそうだな」


 モルガート王子が前に出て口を開いた。

「迷宮都市の地で、カザイル王国のムアトル公爵から重大な証言を得ました」

 

 モルガート王子は、魔光石を使った魔導兵器の開発、魔光石の禁輸指定と密輸、魔導先進国による魔光石の独占を狙う可能性など詳しく説明する。


「むむ……厄介なことよ。虫の迷宮が近くにある交易都市ミュムルは防備の兵を増やさねばならんか」

 モルガート王子の話が終わった後、シュマルディンはダルバルから預かった書状をウラガル二世へ渡した。中身はモルガート王子が話した同じ内容と迷宮都市の現状について書かれていた。


 用事を済ませたシュマルディンは、自分の部屋がある離宮へと戻った。このネモ離宮には母親のオディーヌ第二王妃と妹のサラティア王女が住んでいる。

「お帰りなさい。ディン」


 母親のオディーヌは優しく迎えてくれた。

「明日、王都マルケス学院を案内してくれないかしら」


 妹のサラティア王女が入学する学校を視察したいと言い出した。シュマルディンの母校でもあるが中途で辞める事になった学校なので行きたくはない。だが、妹の為である。仕方ない。


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