第147話 飛行実験と設計図

 翌日、カリス親方の所へ行き『逃翔水』を見せた。

「おおっ、こいつは凄いじゃねえか」

 予想取りの反応を見せてくれた親方に、俺は熱心に魔導飛行船のような空を飛ぶ乗り物を作りたいと語った。それを聞いた親方は渋い顔をして言い返す。


「魔導飛行船が幾らするのか知ってるのか。五、六人乗りの小さなものでも金貨二十万枚だぞ」

 値段を聞いた瞬間、気が遠くなった。


「何でそんな馬鹿高いんだ? 普通の小型帆船なら金貨5千枚くらいで買えると聞いたぞ」

「魔導飛行船には翔岩竜の翼膜が使われているのを知らないのか。ナイト級中位の魔物で一匹の翼膜が金貨二千枚はする。しかも小型魔導飛行船でも一〇匹分は必要だ」


 翔岩竜を倒して得られる素材の中に『浮遊』の源紋を秘めた背骨と『飛翔』の源紋を秘めた翼膜がある。背骨は浮遊馬車に使われ、翼膜は魔導飛行船に使われている。


「しかも、魔導飛行船を航行させるには様々な魔導装置が必要らしい。そいつがまた馬鹿高いものなんだ」


 魔導飛行船は帆船であるので推進力は風のはずだ。よく判らないが、海ではなく空中を航行するのに特別な装置が必要なのだろうか。


 そう言えば翼膜に魔力を供給する装置が必要だ。船を空中に浮かべるだけの魔力は強力なものになる。たぶん魔光石に含まれる魔粒子を魔力に変換して使っているのだろう。


 俺が作りたい乗り物も魔光石を燃料とするものになるだろう。アルミニウムが必要だ。親方にボーキサイトを見た事がないか訊いた。


「熱帯雨林で見付かる赤灰色をした軽い鉱物だと……もしかしたら、ミズール大真国からデヨン同盟諸国へ輸出される鉱物の中に有ったかもしれん」


 親方の知り合いの交易商人で似たような鉱物を扱っている者が居るらしい。

「手に入れられないか?」

「丁度ミズール大真国から戻って来る頃だ。迷宮都市に寄って商売をするはずだから交渉してみよう」


「まずは人を空中に浮かべられるか実験装置を作ってみよう」

 俺がそう提案するとカリス親方が同意した。実験装置の構造は浮き輪のようなものの中に逃翔水を入れ、その浮き輪にブランコのようなものを括り付けたようなものだ。


 親方は魔物の皮・ロープ・板を使って明日には作り上げると約束してくれた。俺は海に釣りに行きウツボ蛸の墨袋を手に入れて来た。ウツボ蛸を三匹仕留め墨を手に入れた俺は、その夜、大量の逃翔水を製造する。


 逃翔水を持ってカリス親方の所へ行くと実験装置が最後の工程を残し出来上がっていた。浮き輪の中に逃翔水を注ぎ込み実験装置を完成させる。


「実験は裏庭でやるぞ。部屋の中でやって失敗したら大事になる」

 カリス親方の言葉で、実験装置を裏庭に運んだ。ブランコ部分の板に腰を下ろしてから浮き輪の中へと繋がっている魔力伝導線に邪爪鉈に流し込む要領で魔力を注ぎ込む。


 俺の予想では浮き輪がゆっくりと浮き上がり徐々に空中へ身体が持ち上げられるはずだった。だが……次の瞬間大きな力で身体が跳ね上がり天に向かって飛んでいた。時速は三〇キロを超えていただろう。


「うあああああーーーッ」

 思わず悲鳴を上げていた。パニックを起こしそうになった俺は、必死で自分を落ち着かせる。

「……大丈夫……大丈夫……冷静になれ。そうだ、魔力を止めれば」


 流し込んでいた魔力を止めると上昇速度が遅くなった。そして上昇が止まりゆっくり落ち始める。俺は次に何が起こるか予想した。


「うわーっ、やっぱり落ち始めた」

 まるで遊園地のフリーフォールにでも乗っているような感じだ。但しこのフリーフォールは安全じゃない。眼下には小さくなった街並みと豆粒ほどの大きさになったカリス親方の姿が見える。


 細心の注意を払って少しだけ魔力を流し込む。落下速度がゆっくりとなり、裏庭であんぐりと口を開けて見ているカリス親方の傍に着陸した。


「何やってんだ?」

 カリス親方が呆れたように言う。

「いや、思っていた以上に逃翔水の浮力は強いみたいなんだ」


 嬉しい誤算だった。飛行船の水素やヘリウムよりは少ないだろうが大量の逃翔水が必要になると思っていたのだ。今確かめた浮力だと少ない量で空飛ぶ乗り物が建造可能である。


「この浮力なら馬車ほどの大きさがある魔導飛行船なら作れるんじゃないか?」

 カリス親方に確認すると難しい顔をされた。

「残念だが、この街には水銀の蓄えがそれほどない。馬車の半分ほどなら可能だろう」


 四人乗りの馬車の半分とすると本当に小さな乗り物になる。バイクかリヤカー程度か。何か手軽な乗り物はないか。あっ、三輪バギーとかいいんじゃないか。


 カリス親方に三輪バギーの形を説明し、そういうものが作れないか訊く。

「構造的には複雑じゃねえから作れるぞ。但し車体を軽くする為に魔物の素材を多めに使うがいいか?」


「問題無いです。三人乗りにして荷物を入れる場所も欲しいですね」

「ふむ、三人乗りは可能だろう。荷物はあまり重いものは駄目だ。それより、こいつをどうやって動かすんだ?」


 推進力の問題は以前から考えていたので即答した。『風刃乱舞の神紋』の応用魔法で薫が新たに開発した<気槌撃エアハンマー>というものがある。


 空気を圧縮して固め敵に向かって撃ち出す魔法なのだが、それを参考に前方の空気を取り込んで圧縮し後方に撃ち出す事で推進力を得る魔導推進器を考えていた。


 推進力は圧縮された空気の塊を撃ち出すスピードを調整する事で変化する。原理的には単純なので補助神紋も複雑にならないのは利点である。


 ただ馬力はあるのに、一定以上の高速は出せないとシミュレートした薫が言っていた。空気を撃ち出すスピードを上げていくと塊として保持する魔力が急増し燃費が急速に悪化するのだそうだ。


 カリス親方に『魔導飛行バギー』の図面を頼んで趙悠館に戻った。図面が出来上がるまで時間が出来た俺は塩田の開発を進めようと決めた。


 次の日、海水を引き込む水路を建設する為にエヴァソン遺跡に行った。犬人族に基礎工事を頼む。その辺りの砂浜は三メートルほど掘ると赤土の地層になる。犬人族には海まで等間隔に三メートルの穴を掘って貰う事にしたのだ。


 犬人族が穴を掘っている間、南の岩山に行った。この前石を切り出した場所で、岩山の下は危険な森。以前に考えたように岩山を削って道を作れば迷宮都市への近道となる。


 前と同じように<渦水刃ボルテックスブレード>を使って横五メートル・高さ二メートル・厚み一メートルの石を切り出し、岩山の下に落とす。


 その作業を二時間ほど続けると岩山の肌を削るように幅一メートルの道が一〇〇メートルほど完成した。新しい道は高さ二〇メートルほどの場所にあり西へと伸びている。


 所々に道として使えそうな岩棚が有るので全区間を削って作る必要は無さそうだが、この調子で作業を進めると一〇日ほど掛かりそうだ。


 魔力の残りが半分ほどになったので、最後に三つだけ石を切り出し<圧縮結界>を使って小さくし肩に担ぐ。相変わらず<圧縮結界>の必要魔力量は多く、魔力が切れそうになった。


 <圧縮結界>の魔法効果は、某アニメに出て来る物を縮小するアイテムに似ている。ただ違うのは縮小した物は魔力を帯びた膜に覆われている事だ。


 犬人族が作業している場所に戻り持って来た石を元の大きさに戻す。いきなり大きな石の塊が現れたので犬人族が驚いて集まって来た。


「ミコト様、これは?」

 犬人族の長であるムジェックが尋ねる。

「岩山から切り出して来た。桟橋の柱に使う」


 ムジェックはどうやって運んで来たのか不思議そうだったが、『時空結界術の神紋』については打ち明けるつもりはなかった。


 しばらく休んで魔力を回復させてから石を柱として切り、犬人族が掘った穴に入れて埋めた。引き潮のタイミングでかなり沖まで桟橋用の柱を立て、その日の作業は終わった。


 翌日は犬人族と協力して木材を使って石柱の上に橋を作った。木材は<水刃アクアブレード>を使って手早く板に加工したので短時間で桟橋に必要な板は用意出来た。


 今日、石工が作った石樋を持って来たので、犬人族に任せておけば海水を運ぶ水路が完成し、塩作りを始められる。


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