第146話 逃翔水を作る
時間を遡り、迷宮都市からミコトと倉木三等陸尉たちが日本へ帰還した直後。
俺はJTGの支部ビルへ行き、雑務を熟し報告書の作成を行った。報告書を東條管理官に渡した時、その顔に何やら険しい表情が浮かんだ。
「ミコト、何か企んでいないか?」
げっ、何処で気付かれたんだ。いや……ちゃんと報告書の内容は吟味したし筋は通っている。あの後光が差す頭に直感が閃いたのか、さすが東條管理官。だが、不審に思っているだけだろう。ここは報告書通りだと押し通す。
「やだなぁ~、何も企んじゃいませんよ」
東條管理官が見透かすような鋭い目で俺を見てから。
「まあいい。近々政府の役人が査察に来る。転移門の現状を調べたいそうだ」
嫌なタイミングで査察なんかを始めた政府に腹が立った。だが、オークが起こした事件で政府も何もしない訳にはいかないのだろうと推察する。
「いつ頃ですか?」
「我々の第二地区は来月の中頃からになるだろう。その頃にはミコトの宿泊施設も完成しているんだよな?」
「はい、趙悠館はもうすぐ完成の予定です」
東條管理官がニヤリと笑い。
「その時には私も行くからな。魔法が使えるようになるプログラムを組んどいてくれ」
東條管理官がパワーアップするようだ。やり難くはなるが、色々と世話になっているので便宜を図る事に決めた。
仕事を終えると薫に電話し研究所で落ち合う約束をした。
研究所に到着するとブレザーの学生服を着た薫が待っていた。中に案内された俺は警備が厳しくなっているのに気付いた。警備員の数が増え、情報媒体を探知する装置も設置されている。
「凄い発見が有ったって言ってたけど何なの?」
研究所の薫の部屋に案内された俺は、エヴァソン遺跡の近くに在った旧エヴァソン遺跡に転移門が存在した事を教えた。
「興味深いわね。転移門の金属盤が取り外し可能だというのは驚きよ」
「そうだろ、俺もびっくりしたんだ」
「その金属盤の裏に刻まれていた情報が知りたい。もちろん記憶して来たんでしょ」
薫から半強制的に金属盤の裏に刻まれていたものを紙に書き出させられた。かなりの情報量なので一時間半程が必要だった。
薫は部屋に有る高性能パソコンを立ち上げ、スキャナーで紙に書かれた情報を読み込ませた。それを神紋術式解析システムに入力し解析を指示する。
この神紋術式解析システムは薫の自宅にあるものの簡易版で解析しか出来ない。それでも十分な能力が有り、入力された情報を解析し答えを弾き出した。
薫はディスプレイに表示される情報を読み取って素早い指の動きでキーボードとマウスを操作し情報を調べ上げる。時間は夜の一〇時を過ぎている。
漸くパソコンから目を離した薫が、俺に解析結果を教えてくれた。
「表側に有る次元転移陣だけだと判らなかった事が色々判明したわよ。転移門と呼ばれている装置は転移門じゃなかったの」
俺は意味が解らず首を傾げる。
「もっと解り易く教えてくれ」
転移門の本来の使い方は、地球に存在する魔粒子の噴出点から魔粒子を回収し異世界に送るというものらしい。補助として転移の機能も付いているが、オマケ程度のものだと言う。
転移門を作ったのは古代魔導帝国エリュシスだと学者たちは言う。古代魔導帝国の民は何故地球の魔粒子が必要だったのだろう。
そして、もっとも知りたかった謎。『何で生身と下着までしか転移を許していないんだ』というのは分からず終いだった。
但し、解析の結果から俺たちが行おうとしている計画は上手く行きそうだと判った。
「新しく見付けた転移門のゲートマスターに私もなりたい」
突然、薫が言い出した。
「それにはもう一度異世界へ行かないと駄目だと判っているのか」
確実にゲートマスターになる為には出発点である異世界側の転移門の近くに居る必要がある。リアルワールドの何処と繋がっているか判らない転移門なのだから当然だ。
「もうすぐ冬休みだから、その期間に異世界へ行くにしても、問題は二つの月が重なるミッシングタイムのタイミングね」
調べてみると冬休み中のミッシングタイムは二回だけ、冬休みの始まりと終わりの頃である。
「駄目だな。冬休み中に四回ミッシングタイムがないと無理だ」
正式に転移門を使って異世界に行き、新しい転移門で日本へ戻り、もう一度新しい転移門で異世界へ行き、正式な転移門で日本に戻る。そうしないとJTGに未知の転移門が使われたのがバレる。
薫は何か思いついたようで。
「転移門の使用予定を教えて」
俺が予定を教えると大きく頷いた。
「冬休みの始めのミッシングタイムで患者を一人異世界に送るのね。ストレッチャーを使うの?」
「その予定だ。患者はストレッチャーで転移門まで運ぶ」
「いい事を思いついたわ。そのストレッチャーに細工して隠れられるようにすればいい」
薫が特別製のストレッチャーを用意すると宣言した。後は、俺と入れ違いに日本に戻って来る伊丹が、薫の用意したストレッチャーに患者を乗せ転移門まで運べば……上手くいきそうだ。
「ところで、加護神紋の改造設計図は出来てる?」
俺が頼んだのは、『魔力変現の神紋』の改造設計図である。『魔力変現の神紋』に『錬法術の神紋』の機能を追加し、魔系元素だけでなく実際の元素も扱えるように改造したものだ。
その改造で錬法術を元にする応用魔法も使えるようになり、迷宮のスケルトンの町で手に入れた錬法術の知識がやっと使えるようになる。
特に興味が有るのは『魔粒子貯蔵金属』『逃翔水』『魔導反応金属』などで、『錬法術の神紋』を持っていなかったので作れなかったが、今回の改造で試しに作ってみようと思っている。
薫から改造設計図を貰い<
数日後、一人だけで異世界に転移した。
お馴染みのエヴァソン遺跡の中で夜が明けるのを待ち。朝になって犬人族の長ムジェックと一緒に塩田の開発状況を確認しに行く。
「ミコト様、設備は一通り完成したのですが、海水を汲み上げる時に海の魔物が邪魔を致します」
この辺の海中には巨大蟹や灰色海トカゲなどの魔物が多く、海水を汲み上げる作業をしていると襲って来る。
「海水の汲み上げに関しては、石を使って水路を作ろうと思っている」
俺はムジェックに説明した。構想では塩田から海に向かって伸びる石製の水路を建設し、それを海の上まで桟橋のように伸ばそうと考えていた。水路の土台は自分で作るつもりだが、海水を流す石樋の部分は迷宮都市の石工に頼んで作製した。
桟橋は海から海水を汲み上げる足場となる予定である。桟橋は海面から二メートルほどの高さにし、魔物が簡単に登れないような構造にしようと思っている。
海水の汲み上げには水汲み水車を用意する予定だが、最初は桶を使って汲み上げる事になるだろう。
塩田の場所まで来て周囲を見渡す。犬人族たちは頑張ったようで一〇区画と釜炊き小屋が完成していた。区画内には塩の結晶が付いている砂を集め濃い塩水である
「よくやってくれた。後は水路さえ完成すれば塩を作れるようになる」
俺はムジェックに礼を言った。
「我々も塩は必要ですから頑張りました」
俺はムジェックと今後の予定について話し合ってから別れた。
趙悠館に帰り、シャワーで汗を流した。オリガはどうしてるのか探してみると、ルキと一緒にピアノの練習を聞いていた。ピアニストの児島は指が再生した後も異世界に留まりリハビリをしていた。
趙悠館の食堂に児島の指示で作り上げたピアノが置いてあり、毎日そこでリハビリ代わりにピアノの稽古をしている。
「駄目だ、まだ思うように指が動かん」
時々癇癪を越して怒鳴り声を上げるが、ルキとオリガは慣れているようでジッと椅子に座って児島が弾き始めるのを待っている。
しばらくするとピアノの音が響き始める。確かショパンの曲で切ないメロディが流れ始めるとルキが頭の上に有る耳をピクピクさせながら一心に聞き、オリガも笑みを浮かべ聞いている。
曲が終わるとルキとオリガは小さな手で精一杯拍手する。
「おじさん、凄いです」
「ルキもピアニストににゃりゅ」
児島は二人の賛辞に小さく微笑む。だが、決して満足しているような顔では無かった。
「あっ、ミコトお兄ちゃんだ。お帰りなさい」
俺の魔力を感じ取ったオリガが笑顔を俺に向ける。その笑顔は俺に活力を与えてくれる。
「児島さん、まだこちらでリハビリを続けるんですか?」
俺が児島に問うと、
「病院との契約では後二ヶ月はこちらに居られるんだろ。ギリギリまで居させてくれ」
日本に戻るとマスコミ等が五月蝿いと判っているので、そうしたいのだろう。
「それに弟子を鍛えなきゃならんからな」
意外にも児島はこの異世界で弟子を取った。相手はもっとも意外な人物、マポスだ。
ルキのパーティの唯一人の男性メンバーである猫人族の少年である。偶然マポスの中に才能を見出した児島は強制的に弟子にしてピアノのレッスンを始めた。マポスは絶対音感の持ち主で器用で指が長く一度聞いた曲は記憶してしまうと言う特技も有った。
「マポスは上達しているのか?」
「彼は物凄い才能の持ち主だぞ。日本に連れて行って本物のピアノを聞かせたい」
ムッ、信じられん。あのドジなマポスがピアノの才能が有るなんて。
児島がマポスを日本に連れて行きたいと思ったのは、作ったピアノはやはり音に強弱が付けづらく本物に較べると古臭い音しか出なかったからだ。
「行けるようになったらいいんだけどな」
異世界の人物をリアルワールドへ連れて来るのは禁止されていた。
その日はちょっと疲れていたので早目に休んだ。
翌朝、日が昇ると同時に起きた俺は、ルキたちやオリガと一緒に朝練を熟し、オリガとルキを連れて迷宮都市の東にある海岸線へ向かった。
「ミコトお兄ちゃん、どこにいくの?」
「東の海岸だ。そこに変な蛸の魔物が居るらしいので狩りに行くよ」
ルキとオリガが揃って首を傾げる。可愛い。
「にゃんで蛸にゃの?」
「今度作る『逃翔水』と呼ばれる秘薬の原料として、そのウツボ蛸の墨が必要なんだ」
「『逃翔水』って何?」
オリガが質問を口にする。
「詳しくは判らないが、空に飛んで逃げる液体らしい」
「キャハハハ、変なの」「ニャハハ、変にゃの」
何が可笑しいのか、笑いながら揃って声を上げるルキとオリガ。
迷宮都市の東にある海岸は切り立った崖になっており、例外は船着場となっている地帯だけである。港とも呼べない小さな船着場で、岩で出来た桟橋が一つだけある。
俺たちは近くの岩場に行き釣りを始めた。狙いはウツボ蛸の餌となる巨大蟹である。この海では普通に釣りをしていると魔物が襲って来る。
何故、エヴァソン遺跡近くの海ではなく、この船着場かと言うとウツボ蛸の目撃情報が多いからだ。昔からウツボ蛸はここを住処としているようだ。
釣りを始めると面白いように釣れた。成果は灰色海トカゲが五匹、巨大蟹が二匹である。釣った魚に襲いかっかった魔物を岩場まで引き寄せ、邪爪鉈で頭を叩き割るという手順だった。
死んだ魔物が放出した魔粒子は、ルキとオリガにも吸収させる。オリガは伊丹や俺の狩りに同行しかなりの魔粒子を吸収している。
危険を犯してオリガを同行させるのは、魔粒子を吸収させ、ある加護神紋の適性を手に入れさせる為である。その神紋を手に入れれば、オリガは新しい眼を手に入れる事になる。
仕留めた巨大蟹の足をもぎ取り、胴体だけにした物をロープで縛り海に放り込む。一メートルほども有る胴体は六〇キロほどあるので苦労したが、魔導細胞でパワーアップしている俺には可能だった。
ドボンと海に放り込んだ巨大蟹の胴体が海底に沈んでから、ゆっくりと引く。海の中では巨大蟹の胴体からカニのエキスが流れ出し海の魔物を惹き寄せているはずだ。
しばらく引いていると手応えがあった。
「ヒット!」
ロープを引っ張る手に力が入る。海中ではウツボ蛸が巨大蟹の胴体に齧りついていた。ゆっくりとだが岩場に近付いて来るウツボ蛸が見え始める。
体長四メートルのウツボの胴体に尻尾はなく、代わりに蛸の足が付いていた。力尽くで岩場に引き上げるとやっと巨大蟹の胴体を諦め襲って来た。
鋭い牙が並んだ口を大きく開け噛み付いて来る。それを避け邪爪鉈を首に叩き込む。ウツボ蛸の皮膚は意外に丈夫で弾力が有った。邪爪鉈の刃を柔らかく受け止め、その威力を半減させる。
「丈夫な皮だ。本気を出すか」
ウツボ蛸は八本の足を伸ばし、俺の胴体を捕えようとした。横にステップして躱し五芒星躯豪術を使い始める。腹部を中心に五芒星の形に魔力が流れると力が漲るような感覚を覚え、その魔力を邪爪鉈へも流し込む。赤い光を放ち始めた邪爪鉈の刃は寒気がするほどに鋭利な光を秘めていた。
俺はウツボ蛸の攻撃を躱しながら紅に輝くバジリスクの刃をウツボ蛸の脳天に叩き込んだ。その一撃が致命傷となり、八本の足をピクピクさせながら岩場に横たわる。
死んだウツボ蛸からは濃密な魔粒子が放たれる。もちろんオリガとルキに吸収させる。嬉しい事に、ルキとオリガの魔力袋の神紋レベルが上がったようだ。
ウツボ蛸を解体し魔晶管を取り出すと魔晶玉が出て来た。かなり質の良い魔晶玉なので金貨五枚くらいにはなるだろう。目的である墨袋も剥ぎ取った。
ウツボ蛸の肉は美味いかもしれないので持って帰る事にした。後日、ウツボ部分の肉は干物にし、蛸足は燻製にした。ウツボ肉の干物は煮物や天麩羅にすると美味く、蛸足の燻製は酒の肴として丁度良かった。
俺は『逃翔水』の材料を揃えた。材料はウツボ蛸の墨と水銀・ミスリルの粉末、それに触媒として白スライムの魔晶管内容液であった。
水銀とミスリルの粉末はカリス親方に頼んで揃え、白スライムの魔晶管内容液は以前に白スライムを倒した時に手に入れていた。
『逃翔水』を作るには『魔力変現の神紋』の改造が必要である。俺は夜に一人になった時、神紋の改造を行った。神経をすり減らす作業だったが無事に成功させた。
その翌日、自分の部屋で錬法術を試してみた。大きなガラス製のフラスコに材料と触媒である白スライムの魔晶管内容液を入れると、少し緊張しながらも、初めて錬法術の応用魔法である<
呪文を唱えると目の前に球形の特殊空間が形成された。そこに材料を入れたフラスコを持って来る。底の方で反応が始まった。ガラスの中の水銀が光を発し泡立ち、一旦黒く染まった水銀が赤みを帯び始めた。
反応は三分ほどで終わり、三リットルほどの逃翔水が完成。完成した逃翔水は赤みを帯びた銀色になっている。
「ヨッシャー、完成だ」
思わず、初めて行った錬法術が成功し喜びの声を上げた。
その逃翔水を少量だけ銅製の小さな茶筒に分けて入れた。量は五〇ミリリットルほどである。その茶筒を両手に持って少しずつ魔力を注ぎ込んだ。
茶筒が少し浮き上がったように感じ、更に魔力を流すと強い力で上に飛ぼうとする。
「おおっ、本当に飛んで逃げようとしている」
手を離すと茶筒は天井まで飛んでゴツッと音をさせてから止まった。茶筒はしばらく天井に留まっていたが、一分ほどで魔力が切れたらしくゆっくりと落ちて来た。
茶筒を空中でキャッチした俺は、逃翔水を使って空を飛べないか考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます