第143話 偵察部隊の戦い 3

 訓練期間を終えた金光一等陸佐は、瘴霧の森に向けて出発すると全員に告げた。瘴霧の森の入り口までは錦織が案内する事になっている。


 出発する日の朝、ホテルの玄関先で荷物の点検をしていた金光一等陸佐に織部一等陸尉が声を掛けた。

「隊長、ベルトに挟んでいるのは何です?」


 織部一等陸尉が見慣れない物を金光一等陸佐の腰に見付け尋ねた。金光一等陸佐はベルトからパチンコを引き抜いて織部一等陸尉に見せた。


「倉木達に作って貰ったパチンコさ、これでも威力は有るんだぞ」

 見てくれは子供の玩具のようなので、魔物には通用しないように見える。だが、この武器で何匹もの魔物を倉木達が倒すのを確認している。


 織部一等陸尉は威力があると言う隊長の言葉をほとんど信じていないようだった。

「異世界に銃器を持ち込めれば、そんなものに頼らなくても良いんですけどね」


「愚痴は聞かんぞ。我々は素手でも任務を遂行しなきゃならんのだ」

 案内人の錦織が偵察部隊の為に用意した武器は、ショートソードと大型ナイフ、短槍と海軍刀である。その中でカットラスに似た海軍刀を装備する者が一番多く。五割が海軍刀と大型ナイフを身に着けていた。次に多いのが短槍とショートソードの組み合わせで、残りの二割が独自の武器を用意していた。


 その二割に倉木三等陸尉達も含まれている。山刀甲虫から剥ぎ取った山刀角を使って倉木三等陸尉に長柄山刀、森末陸曹長に山刀鉈を作製した。


 四〇センチほどしかない山刀角のリーチを補う為に長い柄を付けた長柄山刀は、刀身に『衝撃斬』の源紋を秘めているので魔力を流し込みながら敵に撃ち込むと衝撃波を発しダメージを与える。


 森末陸曹長が持つ山刀鉈は源紋を傷付けないように短くし長目の鉈の柄を付けたものである。

 筧一等陸曹は一角水牛の角を使った短槍を作製し使っていた。このホーンスピアは貫通力も高く頑丈だった。その貫通力は安物の金属鎧なら貫くほどで、金光一等陸佐も欲しがり、もう一匹一角水牛を倒し提供した。


 先陣組の自衛官は錦織の用意した安物の革鎧からもっと性能の良い鎧に変更しているが、倉木三等陸尉たちは安物の革鎧のままである。


 防具も水牛の革と山刀甲虫の外殻から作ったスケイルアーマーを用意したかったが、出発までに間に合いそうになかったので諦めた。

 その他に五日分の食料と水筒、寝袋代わりのマントを入れた背負い袋を担いで出発した。


 樹海に入った偵察部隊は、北へと進んでから東に転じた。樹木が密生しているので薄暗く、頻繁に虫が飛ぶブーンと言う羽音がする。案内人の錦織は<魔力感知>が使えるらしく時々魔物の反応を確かめ情報を依頼人に伝えている。


「3時の方角に魔物二匹、脅威度4。気を付けてくれ」

 金光一等陸佐は織部一等陸尉に倒せるかと尋ねた。彼は「問題ありません」と返事を返す。


 錦織がランク付けしている脅威度と言うのは、魔物の魔力保有量から推し量ったもので正確ではない。だが経験から歩兵蟻に相当する魔物だと思い脅威度を4と判断した。


 偵察部隊の中で精鋭である織部一等陸尉と部下六人が、先頭に立ち進んだ。前方に巨大な蟷螂の姿を発見した時、織部一等陸尉は舌打ちをした。魔物の正体は足軽蟷螂であった。


 足軽蟷螂は硬い外殻を持ち防御力が高く武器である鎌は一撃で敵を殺す威力を持つ。織部一等陸尉たちの武器である鋼鉄製の剣や槍で倒すには装甲の薄い腹部を狙うしかなく、危険を犯して懐に飛び込む必要があった。二匹の足軽蟷螂をそれぞれ三、四人ずつで囲んだ。


 自衛官たちより頭一つ分高い足軽蟷螂が四本の細く長い足を小刻みに動かし近付く自衛官を正面に捉えようと移動する。織部一等陸尉が海軍刀を足軽蟷螂の足に叩き込む。関節部分を狙った一撃は少し逸れ硬い外殻に弾かれた。


 足軽蟷螂が向きを転じ織部一等陸尉の首を狙って巨大鎌を振り切る。織部一等陸尉は身を投げ出すようにして躱した。空振りした足軽蟷螂に隙を見付けた隊員が腹部に短槍を突き入れる。


「よし、いいぞ」

 槍の穂先は腹部を抉りダメージを与えた。しかし致命傷には程遠い。自衛官たちの攻撃には一撃で倒すほどの威力は無い。けれども各人が確実にダメージを与え続け足軽蟷螂を弱らせていく。


 連携も巧みで、右側にいる隊員が海軍刀で足を攻撃し足軽蟷螂の注意を惹くと、絶妙なタイミングで左側にいる隊員が短槍を突き入れる。


 牽制役である隊員は鎌の攻撃にさらされる事になるが、ほとんどの攻撃は身軽に避けている。但し掠り傷程度は受けたようで肩や足から血を流している。


 足軽蟷螂が身体をふらつかせ始めた時、織部一等陸尉が『躯力強化くりょくきょうかの神紋』の基本魔法である<躯力増強>を使用する。全身の魔導細胞から魔力が流れ出し全身の筋肉を廻り、その力を強化する。


 十分に魔力が循環するのを感じた織部一等陸尉は、硬い地面に跡が残るほどの脚力で敵の懐に飛び込み、漲る力を振るって海軍刀で蟷螂の腹部を撫で斬りにした。足軽蟷螂が地面に転がり手足を痙攣させ始める。


「止めを刺せ!」

 織部一等陸尉の命令に短槍を持つ二人の隊員が足軽蟷螂に突きを入れ息の根を止めた。

 もう一匹の足軽蟷螂も隊員たちの連携攻撃で倒した。


「皆さん、さすがですね。素晴らしい連携攻撃で……ちょっと時間は掛かったようですが、見事ですよ」


 後ろで見物していた案内人の錦織が自衛官たちを賞賛する。ただ、その言葉の端々に自分だったら、こんなに時間は掛けないと言うような傲慢なほどの自信が滲み出ていた。


 それに気付いた金光一等陸佐が、

「いやいや、錦織さんのように強力な武器を持っていないので連携で倒すしか無かっただけです」


 金光一等陸佐は強力な武器さえ有れば、こんな苦労はしないと言いたかった。だが、武器だけの問題だろうか。もし戦ったのが倉木三等陸尉たちならどうだろう。これほど苦労せずに倒したのでは?。


 体力を消耗した者を休ませる為に、金光一等陸佐は小休止を命じた。戦った者たちは全身から汗を吹き出し荒い息をしている。


 自衛官たちの実力はどれほどだろう。苦労していたようだが、魔法を使ったのが織部一等陸尉一人だけだったので全力を出していたとは言えない。迷宮に潜り始めた若いハンターたちより少し上で、ベテランのハンターよりは下という感じだろうか。


 一ヶ月にも満たない訓練期間で、ここまで実力を伸ばしたのはさすがである。金光一等陸佐も誇りに思うのだが、偵察するオークは、足軽蟷螂とは比較にならないほど強い帝王猿を捕獲し、リアルワールドの人間を撹乱する為の手駒として使うほどの強者なのだ。決して油断出来ない。


「錦織さん、私は魔導剣に興味が有るんです。よろしければ、あなたが紅炎剣を使う処を見せて貰えませんか」

 金光一等陸佐が頼むと錦織は簡単に承知した。モデルだっただけに自己顕示欲が強いようだ。


 足軽蟷螂から魔晶管・鎌などを剥ぎ取り、その場を離れる。魔物の死骸は他の魔物を引き寄せるものだ。剥ぎ取りが終わったら離れるのが樹海の鉄則である。


 東へ向かって移動し、小山に突き当たった。錦織の説明では小山をグルリと回り、もう少し先に進むと川に辿り着くらしい。


「この山には大鬼オーガが住み着いている。気を付けてくれ」

 錦織の言葉に、金光一等陸佐は顔を顰めた。武器を考えるとオーガは仕留めるのが難しい強敵である。


「倉木三等陸尉、オーガと戦った事があるか?」

 突然尋ねられ、倉木三等陸尉は驚いた。

「いえ、座学で戦い方を教わっただけです」


「ほう、因みにどう戦うのだ?」

「爆炎弾で両目を潰し両肩に氷結弾を撃ち込んで両手の動きを抑え、首を刈れと教わりました」


 えげつない方法である。伊丹から教わった戦闘術は、戦国時代に生まれたものを現代の格闘術や異世界の対魔物戦闘術を取り込んで編み出したのだそうだ。


「オーガの首は頑強な筋肉で覆われていると聞く。致命傷を与えられるのか?」

「強化武器を全力で使えば可能だそうです。ですから、山刀甲虫や一角水牛を倒し剥ぎ取った角で武器を作りました。まあ一角水牛のホーンスピアは強化武器ではないのですが、あの貫通力は凄いですから」


 伊丹から強力な武器となる魔物の部位も教わっており、一番に独自の武器を揃えろと指示されていた。教わった戦闘術を十分活かすのに必要だからだ。


 倉木三等陸尉は精鋭たちと言われる先輩隊員が戦う様子を見て自信が芽生えた。伊丹たちと比べると到底勝てないと思うのだが、この人達なら互角に戦えると思える。


 二時間ほど移動した頃、小山の反対側に到達した。

「うわっ!」

 先頭を歩いていた錦織が出会い頭にオーガと遭遇した。この辺りには洞穴が多く、そこから出て来たばかりのオーガと鉢合わせしたのだ。


 頭に二本の角を生やした赤鬼、背丈は二メートル七〇センチほどで手に太い棍棒を持っていた。そんなオーガ三匹と瞬く間に戦闘状態となった。


『グウオオオォーーーッ!』

 オーガの一匹が肝を冷やすような威圧感が込められた声で吠えた。その吠え声を聞いた隊員の中に腰が引けた者は居なかった。


 だが、吠え声に含まれていた魔力に当てられた隊員の中には、頭の中に響いた吠え声が消えず苦痛を感じる者も居た。


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