第141話 偵察部隊の戦い 1
日本に戻った倉木三等陸尉たちは二日だけ休養をとった後、関西のある地方都市に移動した。この地にある転移門を使って異世界のミズール大真国へ転移する為だ。
オーク社会を偵察する任務はミズール大真国側にある瘴霧の森への入り口から侵入し、オークの政治形態や街の規模や人口、兵力などを調べるのが目標となっている。
事情に詳しそうなオークを捕まえ尋問する作戦計画なので、倉木三等陸尉たちの存在は重要になるだろう。
その日、自衛隊所有のバスが県道を南へと走っていた。乗っているのは金光一等陸佐を隊長とする自衛官たち一〇名である。偵察部隊は全員で三十二名であり、残り二十二名は既に異世界に転移し現地で訓練している。
三〇人規模の部隊であるのに隊長が一等陸佐なのは異例である。一等陸佐と言えば、本来なら連隊長くらいが相応しいのだ。
今回の作戦では諸外国に日本も本気だというのを知らしめる為に、切れ者だと評判が高い金光一等陸佐を部隊長にしたらしい。そのお陰で本来なら軍曹クラスであるはずの分隊長に一等陸尉が就任している。
かなりいい加減だが、これも政治的配慮というものらしい。まあ、今回限りの特別部隊だと言うのだから、それでもいいのだろう。
そのバスの中に倉木三等陸尉たちも居て、後ろの席で雑談を交わしていた。
「倉木、オーク語は大丈夫なんだろうな?」
分隊長である織部一等陸尉が倉木三等陸尉に尋ねた。
「もちろん大丈夫です、分隊長」
「お前ら、マウセリア王国で訓練して来たのだろ。コボルトぐらいは倒せるようになったか?」
織部一等陸尉は戦闘技術は一流だが、頭の堅いオヤジで女子自衛官から嫌われている。
「コボルトなら問題ありません」
「いざとなったら、お前らにも戦って貰うからな。ビビって逃げ出すようなら血の小便が出るほど
その話を聞いていた金光一等陸佐が笑いながら話に加わった。
「おいおい、織部君。通訳担当の彼女らが戦うような情況に陥るのでは作戦は失敗だと言うことだぞ」
織部一等陸尉が少し慌てたように答える。
「自分は自衛官としての心構えを言って聞かせただけであります」
「織部君は豪剣士の所で訓練したのだろ。羨ましいよ。こっちは頭の堅い連中と毎日会議だよ。私も訓練に行かせてくれと頼んだのに、聞こうともしない」
金光一等陸佐は会議で余程嫌な事が有ったらしく顔を顰める。
「予定では現地で七日間合同訓練をした後、出発となりますから『魔力袋の神紋』と初級属性の神紋ぐらいなら手に入れられますよ」
筧一等陸曹が口を挟んだ。織部一等陸尉がぎょろりと睨み。
「気楽な事を言うな。隊長はお忙しいんだぞ」
「いや、是非神紋を手に入れたい。リーダーが自分たちの武器を知らずに作戦を立てられんだろ」
「ですが、隊長は作戦の打ち合わせや補給物資の件で時間が無く訓練に参加出来ないと聞いておりますが」
実際は『魔力袋の神紋』さえ持っていない金光一等陸佐では訓練に付いて来れないと思っていた。
「作戦の打ち合わせは夜やればいい。補給物資などは案内人に頼んでいるんだろ」
「はあ、ですが……」
織部一等陸尉の言葉を遮り、金光一等陸佐が口を開く。
「判っているよ。私が訓練に付いて来れないと考えているのだろ。百も承知さ。だが考えてみろ。実際に魔物と戦った事も無い奴の作戦を実行するのは君らなのだぞ。不安じゃないのか?」
織部一等陸尉は何と答えて良いか迷った。
「そうだ。この三人を隊長にお貸しします。こいつらから魔物との戦い方を学んで下さい」
何故そうなる。倉木三等陸尉たちは話の展開に付いて行けず呆然としていた。
「ふむ、君がそう言うならいいだろう。倉木、森末、筧、よろしく頼むぞ」
金光一等陸佐に笑顔で『よろしく』と言われ、断れる者はここには居ない。だが、この時点では倉木三等陸尉たちは、金光一等陸佐の冗談に違いないと思っていた。隊長が忙しいのは予想がついたからだ。
転移門の在る工場跡地に到着したバスから降りた倉木三等陸尉たち一行は、工場だった建物に入った。警備している同僚たちが一斉に金光一等陸佐に敬礼する。
敬礼を返すと金光一等陸佐が声を掛けた。
「案内人は来ているか?」
その声に応えるように男が一人進み出た。二十五歳くらいのイケメンである。これから異世界に行くというのにブランド物の服を来てモデルのような歩き方で近付いて来る。
「あれっ、この人モデルの
森末陸曹長が声を上げた。数年前にモデルとしてデビューし人気が出た頃消えた男だった。
金光一等陸佐と挨拶を交わした錦織は、工場の食堂だった場所に案内した。
「ここに転移門が現れます。後二時間ほどですので、寛いでお待ち下さい」
錦織の部下らしい女性たちが飲み物を配る。森末陸曹長はオレンジジュースを貰い、倉木三等陸尉に話し掛けた。
「何かミコトさんの所とは随分違いますね。こっちはプロの接客業の人みたいです」
「ここの転移門は女性に人気があるらしい。資料を読んで知ったのだが、案内人になった直後に大規模なホテルを異世界に建て、異世界人のスタッフを大勢雇っているそうだ」
「だから、偵察部隊の出発地点に選ばれたのね。アカネの料理は美味しかったけど、趙悠館は建築中だったから、昼間は五月蝿かったのよね」
二時間が過ぎ転移の時間が来た。自衛官一〇名がリアルワールドから消えた。
金光一等陸佐が目覚めた時、転移門の淡い光が消え掛かっていた。隣で呻き声が聞こえ起き上がる人の気配がする。金光一等陸佐も立ち上がると自分の状態を確認する。JTGから支給された下着姿になっているが、身体に異常は無いようだ。
周りを見渡すと何かの遺跡のようだった。上に有るはずの天井は崩れてなくなっており、石壁も半分ほどが崩れ外の森林が姿を見せている。
「ここはコウラム遺跡。樹海に近い辺境都市シンガから少し離れた場所にある古代ローマの円形闘技場コロッセウムに似た遺跡です」
そこには案内人助手が二人待ち構えており、自衛官たちに服と武器を配っていた。麻製の服で昔話に出て来るお爺さんが着ているような服だ。
「これ昔の作業着で『もんぺ』とか言う奴に似てるな」
筧一等陸曹が呟くように言う。上着は中国の唐装と呼ばれるカンフー映画に出て来る服に似ている。身支度を終えた者は金光一等陸佐の近くに集まった。
「予定通り夜が明け次第、辺境都市シンガへ移動する。錦織さん、案内を頼む」
太陽が顔を見せたので遺跡を出立し魔物の居る森へと入った。金光一等陸佐が錦織に確認する。
「ここで遭遇する魔物は、ゴブリンと森林狼、それに毒蜘蛛ムリュアぐらいです」
金光一等陸佐は支給された安物のショートソードを見てから、錦織が背負っている高そうな剣を見た。
「こいつで倒せるのか?」
「鍛錬されている者なら倒せます。もし自衛官の皆さんが不慣れな得物で手間取るようなら、我が剣『紅炎剣』で切り伏せますので、ご安心を」
錦織はイケメンの優男だが、剣の腕には自信が有るようだ。少し歩いた頃。
倉木三等陸尉は嫌な気配を感じ、周りの景色に目を凝らした。周囲の樹々が風で揺れている中で一本の枝だけが不自然な動きをしていた。その枝に毒蜘蛛ムリュアが居た。
「右前方の樹の上に魔物です」
伊丹から魔物の気配を察知する方法を教え込まれた成果が現れたようである。毒蜘蛛ムリュアは自衛官の一人が『疾風術の神紋』の応用魔法<
「あれが魔法か。中々興味深いな」
金光一等陸佐が魔物を倒した部下を見ながら呟く。
その後、ゴブリン三匹と遭遇するものの瞬く間に織部一等陸尉たちが倒してしまった。昼頃に辺境都市シンガに到着した。
その街は迷宮都市クラウザと比べると木造の中華風建物が多かった。独特の形の瓦屋根や丸い柱を多用した建物はカンフー映画でよく見るものに似ている。
行き交う人々も黒髪や黒に近い瞳であるので
錦織のホテルに到着すると
その夜、ホテルの会議室のような部屋に全員が集まり、今後の予定を打ち合わせた。七日間の合同訓練については、早くからシンガで訓練をしていた副隊長の金堂三等陸佐が計画を練っており説明した。
分隊単位での訓練が基本で、樹海の魔物を相手に実戦訓練するのがメインになっていた。そこで困ったのが全く異世界で訓練をしていない金光一等陸佐の扱いである。
「通訳担当の三人がコボルトと戦える程度には訓練したと言っておる。三人には悪いが、私の訓練に付き合って貰おうと思う」
金光一等陸佐の言葉に三人以外の全員が賛成した。何故か当事者だというのに倉木三等陸尉たちは意見を聞かれなかった。三人はこの七日間で少しでも他の精鋭たちに追いつこうと頑張るつもりだったのに……残念だと肩を落とす。
だが、この時点で織部一等陸尉たちと三人の実力は、それ程差がなかった。通常の武器を持っての戦闘では精鋭と言われる織部一等陸尉たちに分が有ったが、樹海でのサバイバル技術や伊丹から教わった魔物の倒し方は独自のノウハウが有り、総合技量は互角と言っても良かった。
これにパチンコやミコトから教わった強化武器を手に入れられれば、三人の戦闘力は織部一等陸尉たちを上回るだろう。
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