第140話 自衛官の水牛狩り
訓練の最終段階を迎えた自衛官三人は、樹海に流れる名も無き川に来ていた。この近くには一角水牛の餌場が有り、その水牛を狩るのが卒業試験だと言われたのだ。
一角水牛は体高二メートル、体長四メートルの大物で、頭から生えている一本角は槍の穂先のように鋭利に尖っていた。実際、この角を使った槍も迷宮都市の工房で作られており、丈夫な槍として人気があるようだ。
その川は幅一〇メートルほどの小さな川で、魔物や野生動物の水飲み場となっているようである。川の浅瀬には青々とした水草が生い茂り、それを好む水牛が集まって来る。
周りは緑に覆われ川のせせらぎが聞こえる場所で、倉木三等陸尉は待ち構えていた。革鎧を着て忍者のように背中に剣を背負っている姿は、この世界のハンターそのものだ。
目前の川でデカい水牛が草を食んでいた。
「準備はいい?」
倉木三等陸尉が囁くような声を上げた。
「ちょっと待って、東から何かが近づいて来る」
森末陸曹長が一〇メートルほど離れた茂みに視線を向けたまま告げる。
「またゴブリンか」
筧一等陸曹がカリス工房で作って貰ったパチンコに斑ボアの頭蓋骨から削り出した骨弾をセットし、鋭い視線を向ける。彼の足下には短槍が置いてあり、いつでも拾い上げられるようにしてあった。
樹林の中から現れたのはコボルトだった。二匹のブルドッグ顔の魔物が槍を持って一角水牛に近付いて行く。足音を立てないよう、そろりそろりと進み奇襲を仕掛けようとしているようだ。
もちろん、知能の低いコボルトだと言ってもデカい水牛を仕留められるとは思っていない。奴らの狙いは子供の水牛である。親の三分の一ほどしかない子供が、親の後ろにいた。
草を食んでいた水牛がピクリと身体を震わせた。近付くコボルトに気付いたのだ。
『ブモオオオオーッ』
一角水牛が吠え、水飛沫を上げながらコボルトに突貫する。その迫力は思わず逃げ出したくなるほどである。コボルトも逃げ腰になった。
親に気付かれる前に獲物を仕留めれば狩りは成功だったのだが、今回は完全に失敗のようだ。
地響きを響かせ突進する水牛は槍のような角でコボルトを貫き宙にかち上げる。玩具の人形のように力なく手足をばたつかせ、緑の樹海に血の雨を降らせた。
もう一匹のコボルトは一目散に樹海の奥へと逃げた。
目を血走らせた水牛は敵を探して、小刻みに耳を動かす。そして、不運にも自衛官三人の気配を捉えた。
水牛の様子を確かめようとして頭を上げた倉木三等陸尉の目と水牛の目が合った。
「爆炎弾!」
倉木三等陸尉の簡潔な命令が樹海に響く。筧一等陸曹は用意していたパチンコを発射した。<
風を切り裂き飛んだ爆炎弾は、一角水牛の胸に命中し爆炎を上げた。爆発音は大きくはなく爆発力でダメージを与えるのではなく高熱の炎で敵にダメージを与える魔法のようだ。
胸が焼き爛れた水牛が悲鳴を上げる。
「氷結弾!」
森末陸曹長がパチンコを発射した。焼け爛れた胸に減り込んだ氷結弾は周囲の筋肉や血管を凍らせた。一角水牛は苦しそうに咳をする。
水牛が立ち止まったのを見て三人は次々に鉛玉を撃ち込んだ。爆炎弾で焼け爛れた箇所以外に命中した鉛玉は丈夫な皮と強靭な筋肉で大したダメージを与えられなかったが、焼け爛れた箇所に当たった鉛玉は水牛の体内に深く減り込み血を流させた。
少しよろめいた水牛はぎょろりと筧一等陸曹を睨んでから角を向けて突進する。この巨体で体当りされたら洒落にならないと、筧一等陸曹は身を投げ出すように横に飛んだ。
その後、水牛と自衛官たちの追いかけっこが始まった。自衛官三人は必死に逃げ、その間もパチンコで鉛玉や爆炎弾・氷結弾を撃ち込む。三人で戦うからこそ可能な戦法だ。一人で戦っていたら返り討ちにあっていただろう。
水牛が満身創痍となりフラフラになった時、倉木三等陸尉が<
「ハアハアハア……これでルーク級下位か、しぶと過ぎるだろ」
荒い息の中で筧一等陸曹が魔物の強さを実感していた。
「韓国で暴れた帝王猿は一回り強いナイト級よ。これくらいで弱音を吐いてどうするの」
倉木三等陸尉が情けない顔をしている部下を叱咤する。
何処に隠れていたのか試験官役である伊丹が姿を現した。
「訓練終了、合格でござる」
水牛から魔晶管や角、それに幾らかの肉を剥ぎ取り帰途に着いた。
「私たち、どれくらい強くなったのかな?」
森末陸曹長が誰に対してかはっきりしないが質問を口にする。
「部隊長の金光一等陸佐からは最低コボルトを倒せる位には鍛えて来いと命令されただろ。ルーク級を倒せるようになったんだ。十分だろ」
筧一等陸曹はたった一〇日間でこれ以上は無理だったと言う。現地人やオークとの通訳としての役割を割り当てられている三人は、戦力として多くを期待されている訳ではなかった。
「だが、我々は自衛官として精一杯の努力をしただろうか?」
倉木三等陸尉は訓練が終わりと告げられ、部隊長の期待に応えられたか不安になっているようだ。訓練の疲れが溜まっており彼女を情緒不安定にさせていた。
「ゴブリンに囲まれて死にかけた事が二回で、
森末陸曹長が訓練と言われ体験した出来事を数え上げると、三人の目に涙が溢れ出す。訓練の内容を思い出すとよく生き残ったものだと涙が出て来た。
「ハハハ……訓練を無事終えて感極まったのでござるな。貴殿らの訓練を任された拙者も鼻が高い」
伊丹が笑っていた。筧一等陸曹は思わず伊丹に向けてラリアットを仕掛けた。伊丹は紙一重で攻撃をかい潜り筧一等陸曹の足を払った。筧一等陸曹は空中で一回転して地面に倒れる。
「ガハッ」
「訓練が終わったと申しても、拙者に立ち向かおうなど二〇年早い」
倉木三等陸尉もこれ以上は無理だったと納得する。むしろよくやったと自分を褒めたくなった。
趙悠館に戻った三人は送別会という名目でアカネからご馳走を振る舞われ酒を楽しんだ。翌日の昼頃までゆっくりと休んだ三人は、俺の案内でエヴァソン遺跡に向かった。
俺は考えが有ってシーフ坑道は使わず、常世の森を横断して遺跡へと進んだ。大鬼蜘蛛や雷黒猿などの強力な魔物が棲息する場所なので慎重に進み、エヴァソン遺跡に到着したのは日が暮れてからだった。
普通なら犬人族が入り口で見張っているのだが、俺の指示で姿を隠していた。
「寂しい場所ですね」
森末陸曹長が感想を口にする。本当は一〇〇人以上の犬人族が住んでいるのだが、四階テラス区を中心に使っているので、転移門の存在する二階テラス区からは犬人族の姿は見えない。
地下の礼拝堂のような空間に入った俺たちは、転移門が起動するのを静かに待った。
俺は応用魔法の<
「ミコトさん、この装備を日本へ持っていく方法は本当に無いのですか?」
倉木三等陸尉が尋ねた。馴染んで来た装備を持って本番に臨みたいと思ったのだ。
「下着以外は駄目です。政府でも色々試したそうですが、無理だったようです」
筧一等陸曹が真剣な顔で考え。
「小さいものだったら、口の中に入れるとかして持って来れるんじゃないのか?」
実際、歯の治療に使う義歯などは持って来れるので、小さなものは可能だと判っている。但し、本人以外の魔力を秘めているものは駄目なようだ。
アメリカで金の指輪と魔晶玉を口の中に入れ転移門を使う実験を行い、金の指輪だけリアルワールドに持ち込めたそうである。しかし、口に入れても金の量がコイン三枚程度を超えると失敗したそうだ。
転移門には厳密な規制が有るらしい。
また、超小型の電子機器を持ち込めないかと実験してみたが、転移の衝撃で電子回路に異常が発生するようで駄目だった。
そんな話をしている内に時間が来た。俺はオーク社会の偵察に向かう三人と一緒に日本へ転移した。
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