第139話 モルガート王子と烈風剣
趙悠館に帰るとカリス工房から、モルガート王子へ贈る魔導剣が完成したと連絡が来ていた。
翌朝、カリス工房へ行くと親方が待っており、出来上がった魔導剣を見せてくれた。
サーベルバードの尺骨は中空になっており、強靭さに欠ける構造なので内側と外側からミスリル合金で補強するような仕様になっていた。
柄から四〇センチほどは補強した尺骨となっており、表面は網目状のミスリル合金で覆われている。そこからミスリル合金の刃が三〇センチほど伸び、通常の剣としても使えるよう考慮されていた。
使われたミスリル合金は一等級らしい。モルガート王子に贈呈する武器に四等級などという安物は使えないとカリス親方が判断したのだ。
完成した芸術品のように美しい剣は親方により『烈風剣』と名付けられた。青白く輝く網目状のミスリル合金と白い骨との組み合わせ、そこから伸びる青白い刃には気品があり、カリス親方渾身の作となった。
柄の部分に仕込んだ魔導核も簡易魔導核を少し改造したものを使った。この剣には柄部分にスイッチがあり、それを押すと簡易魔導核に魔力が流れ込み、離すと溜め込んだ魔力が尺骨へと流れ烈風刃を形成し飛び出すようになっている。
スイッチを離すタイミングで烈風刃が放たれる方角が変わるので練習が必要な魔導剣だ。
烈風刃は薫が得意な<
俺は何度か試し斬りをして使い心地を試した。スイッチを離すタイミングを習得するまで烈風刃が滅茶苦茶な方向へ飛んだが、慣れると狙った方向へ飛ぶようになる。
「どうだ、中々のもんだろ」
カリス親方が自慢そうに胸を張る。威力は<
俺自身も欲しくなるほどの出来だった。
「素晴らしいよ。これならモルガート殿下も満足する」
俺とカリス親方は烈風剣を持って太守館へ向かった。太守館の衛兵に案内されディンの勉強部屋に行くと頭を抱え唸り声を上げている少年の姿があった。
「お勉強ですか、殿下」
俺たちが入った音にも気付かないほど集中していたディンが、パッと顔を上げる。
「ミコト、この帳簿の山を見てよ」
机に積んであるのは帳簿の山らしい。ダルバル爺さんがディンに領地経営について教えると言っていたので、その教材だろうと見当をつける。
俺も趙悠館の帳簿を付け始めたので面倒臭さは理解している。本気でパソコンが欲しいと思った。魔法でパソコンみたいなものが作れないか薫と相談してみよう。
俺がモルガート王子に贈る魔導剣が完成したと伝えるとディンはダルバル爺さんを呼んだ。眼の下に隈を作ったダルバル爺さんが現れた。
ムアトル公爵が漏らした機密情報を国王へ報告する書類を書いていたらしい。急いで書いたのはモルガート王子が帰る日を早めたからだ。
趙悠館でムアトル公爵から聞き出した情報をモルガート王子も耳にし、公爵の『買い物』が済み次第、王都経由で帰る事にしたのだ。ダルバル爺さんの報告書もモルガート王子に預け国王へ手渡すよう頼んでいる。
注文主である二人に出来上がった烈風剣を見せる。二人共息を呑んで美しく仕上がった魔導剣に目が釘付けとなった。
「試してみたのか?」
ダルバル爺さんの質問に「もちろんです」と答える。早速、ヤロシュと打ち合わせをしていたモルガート王子を招き、烈風剣を贈る事にした。
ダルバル爺さんはモルガート王子とヤロシュを太守館のテラスへ案内した。少し寝不足気味のモルガート王子は何事かと不審に思いながら一階のテラス専用出入り口から外に出た。テラスでは弟と教育係だという若者、それに職人らしい男が出迎えた。
「渡したいものが有ると聞いたが、何だ?」
笑顔で迎えたシュマルディン王子がモルガート王子の前に進み出た。
シュマルディン王子が烈風剣を手に持ち、モルガート王子に差し出す。
「兄上、
モルガート王子は差し出された剣に目を向け、少し驚いた顔で受け取った。
「こ、これは魔導剣か!」
烈風剣は王族に相応しい重厚な鞘に入れられていた。決して綺羅びやかなものではないが、頑丈そうな鞘である。剣を手に取ったモルガート王子はそろりと剣を鞘から出した。好奇心を抑えられないヤロシュが、王子の肩越しに魔導剣を覗き込み、ホウと感嘆の声を上げる。
「魔物の骨を使った魔導剣か、どういう魔法が使える?」
俺は一歩前に出て説明する。
「サーベルバードの尺骨を使った剣で、<
俺は一通り説明し、試す為に衛兵たちの訓練所へ出向いた。訓練所の中央には衛兵隊長に命じて丸太が二メートル置きに三本立てられていた。
俺たちは丸太から五メートル離れた場所で止まり。
「モルガート殿下、まずはスイッチを押しながら前方に有る中央の丸太を薙ぎ払うような感じで振り、刃筋が丸太に向いた時にスイッチから指を離して下さい。最初はゆっくり振って下さい」
モルガート王子は烈風剣をゆっくり振りながらスイッチを離す。烈風刃が飛翔し真ん中の丸太に大きな傷を付ける。これが人間なら首が刎ね飛ばされているだろう。
「面白い。だが、威力が少し足りないのではないか」
モルガート王子の意見はもっともだ。これには理由があってスイッチを押している間、使用者の魔力が魔導核に流れ込むよう設計してあるので、スイッチの長押しで威力が増すのだ。
俺が長押しの件を説明すると、モルガート王子はスイッチを押したままで少し待ち、それからゆっくりと烈風剣を振る。今度の烈風刃は丸太を両断した。
「おおっ!」
ヤロシュが思わず声を上げる。
モルガート王子は満足そうに頷き、続け様に剣を振るい始めた。最初はゆっくりだったが段々と速くなる。
「殿下、ゆっくりと……」
俺の声にモルガート王子が反応しない。普段、冷たく感じるモルガート王子の顔に狂気が浮かび上がっていた。どうやら興奮して我を忘れているらしい。
「あかん、皆離れろ!」
俺たちは訓練所の外まで退避する。モルガート王子が笑いながら烈風剣を振り回し始めた。地面に烈風刃が叩き付けられ亀裂が生じ砂埃が盛大に舞い上がる。
ディンがヤロシュを捕まえ尋ねる。
「兄上はどうされたのだ?」
ヤロシュは言い難そうに躊躇ってから返答した。
「毒から回復された後、少し精神が不安定になっておるのです。この所ムアトル公爵の件で心労が溜まっていたようで、いつ爆発してもおかしくなかったのですが……」
「ミコト、兄上に贈ってはいけない物を選んでしまったのだろうか」
「これで心に溜まった物が吐き出されるのなら、すっきりするのではないですか。但し、烈風剣の稽古は場所を選ぶべきでしょう」
一〇分ほどの間、訓練所から笑い声と烈風刃が地面を掘り返す音が響き渡った。時々、「豚野郎!」とか「卑怯者!」とか聞こえる。
ヤロシュが慌てた様子で。
「聞かなかった事にしてくれ」
俺たちは承知し、待っていてもしょうがないので解散した。
しばらくした後、すっきりした顔になったモルガート王子が戻って来て礼を言われた。───―第一王子がこれでいいのか、この国は大丈夫なのだろうか?
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