第134話 第二の遺跡

 坑道の入り口を探して常世の森の境界辺りを移動し坑道を発見した。三人で中に入る。

「ここは暗いね。何で?」


 オリガがちょっと残念そうに言う。オリガは、岩だらけで生物の居ない場所は暗いと感じてしまうようだ。実際日の光が届かない坑道内部は暗いのだが、<冷光コールドライト>を使える俺たちには関係ない。


「ここは昔鉱山だった場所で、今いる坑道は高さ二メートル、幅三メートルほどの穴なんだ。土や岩以外は何にも無いから暗いんだよ」


 俺はオリガの小さな手を繋いでゆっくり移動していた。

「あっ、ミコトお兄ちゃん。何か居るよ」

 オリガがコテッと首を傾げ教えてくれた。


「大鬼蜘蛛でござる。オリガちゃんは少し下がってしゃがんでいなさい」

 伊丹が豪竜刀を抜き前に出た。俺はオリガを守りながら伊丹のサポート役に回ることにした。大鬼蜘蛛の体長は三メートルほどで黒と黄色のまだら模様の外殻に短い毛がびっしりと生えている。その大きな顎は凶悪で鉄の塊でさえ噛み切ってしまいそうだ。


 大鬼蜘蛛が四つの目で俺たちを見据え身体を細かく震えさせ始めた。この予備動作は?

「伊丹さん、戻って!」


 伊丹が俺の傍に駆け戻ると同時に<遮蔽しゃへい結界>を使った。その瞬間、大鬼蜘蛛が全身に魔力を纏わせ短い剛毛を俺たちに向けて放った。


 妖怪漫画の主人公のような攻撃だが、俺が張った遮蔽しゃへい結界は飛んで来る毛針を弾き返す。伊丹が弾かれたように飛び出し、大鬼蜘蛛に肉薄すると豪竜刀を袈裟懸けに振り下ろした。


 躯豪術を使った踏み込みと古武術の技を使った体重移動で立木を両断出来そうな程の威力が込められた豪竜刀は、大鬼蜘蛛の眼を一つ潰し頭に大きな傷を付けた。


 頭から体液を流した大鬼蜘蛛は一旦後退する。俺は背負っている魔導バッグから大きな水筒を取り出し、<渦水刃ボルテックスブレード>の呪文を唱え始める。


 水筒の水が魔力により吸い上げられ空中で渦を巻く。応用魔法が完成する時間を稼ぐ為に伊丹が飛び出し大鬼蜘蛛を攻撃する。大鬼蜘蛛は豪竜刀の攻撃を太い足で防ぎながら尻から白い糸を噴射した。


 伊丹が躱すと白い糸がオリガの方へ飛んで行く。それに気付いた伊丹が慌てて叫んだ。

「オリガちゃん、避けて!」


 盲目の少女は白い糸の存在に気付きぴょんと横に飛んだ。眼の見えない状態で飛ぶという動作は度胸が必要である。俺たちを深く信頼しているからこそ、躊躇わずに飛んだのだろう。


 大鬼蜘蛛の糸をオリガが躱したのを確認した俺は魔法に集中し、坑道の天井付近に渦水刃を完成させた。バジリスクを倒した時は一メートルを超す大きな渦水刃だったが、今回のものは三〇センチほどしかない。


 大鬼蜘蛛にはそれで十分だと判断したのだ。製材所の回転ノコギリのように唸りを上げている凶器を大鬼蜘蛛の頭を狙って落とした。金属を切り裂くような甲高い音がして大鬼蜘蛛の頭が二つに裂け、中から大量の体液が流れ出す。


 命を落とした大鬼蜘蛛から濃密な魔粒子が放出され、その魔粒子を三人は思う存分に吸収する。オリガは初めて大量の魔粒子を吸収し、ちょっと体調を崩したようだ。


「ミコトお兄ちゃん、身体が熱くて変?」

「心配ないよ。すぐに元に戻るから」

 俺がオリガを抱き上げると腕の中で気を失ってしまった。


 伊丹が大鬼蜘蛛の剥ぎ取りを始めた。大鬼蜘蛛で剥ぎ取りの対象となる部位は魔晶管と外殻、それと紡績腺と呼ばれる糸の元になるものを作り出している部位である。

 この紡績腺は上級治癒系魔法薬の材料となるもので高価な素材として珍重されている。


 伊丹は剥ぎ取った物を魔導バッグへ入れる。小さなバッグの中に体長三メートルある魔物の部位がどんどん入っていく光景は違和感が半端ない。


「便利なものでござるな。拙者にも一つ作って貰えぬか」

 珍しく伊丹が要望を出した。

「良いですよ。今度また爆裂砂蛇を狩りに行きましょう」


 剥ぎ取りが終わると坑道の奥へと進んだ。犬人族からの情報では、大鬼蜘蛛がもう一匹居るはずなのだ。探しながら一番奥まで進んだ時、もう一匹の大鬼蜘蛛に遭遇した。


 俺はオリガを抱いているので、伊丹が先陣を切る。戦いは先程と同じように展開し、また俺の<渦水刃ボルテックスブレード>で仕留めた。こいつも濃密な魔粒子を放出したので、それを吸収する。オリガが苦しそうにしていたが、原因は判っているので我慢させる。


 今オリガの体内では吸収した魔粒子に反応し魔導細胞が生まれている。魔導細胞の発生が治まった時、オリガは異世界で生きていくのに必要な魔力と強靭な肉体を手に入れるはずだ。


 伊丹が剥ぎ取りをしながら話し掛けて来た。

「相変わらず、<渦水刃ボルテックスブレード>は凄い威力でござるな」

「でも、使うタイミングが難しいからな。無詠唱で強力な魔法が欲しいよ」


「カオル殿の<崩岩弾>みたいな魔法でござるか」

 ハンターギルドの訓練場で試し撃ちした<崩岩弾>の威力を思い出す。

「そうだな。でも崩岩神威の加護神紋をあそこまで改造するのは難しそうだな」


 魔法関係に非凡な才能を持つ薫だから短期間に加護神紋を改造出来たのだ。俺が同じ事を行うには長い準備期間と集中して行える環境が必要だろう。


 大鬼蜘蛛は退治した。後は犬人族に言って、シーフ坑道の出入り口を木材で封鎖し魔物が入り込まないようにすればいいだろう。


 エヴァソン遺跡側の坑道出口から出て遺跡に向かう。遺跡には犬人族百二十人ほどが移住して来ている。食料は海で釣った魚か、その魚を狙って砂浜まで上がって来る灰色海トカゲを狩って食料としている。


 常世の森にはガルガスの樹が密生する場所もあり、その実を採取可能なら食料は当分心配しなくても良くなるのだが、大鬼蜘蛛と雷黒猿が居るので犬人族も手を出せない。


 段々畑のようなエヴァソン遺跡が見えて来た。かなり大きな岩山を削って築かれた遺跡は、天然の要塞のようである。出入り口付近や崩れた防壁を修理すれば魔物も入り込めなくなるだろう。


 近付くと遺跡の入口が犬人族により整備され綺麗になっていた。崩れていた石が再び組み上げられ防壁の形を取り戻している。将来的には立派な門を作るつもりだが、今は丸太を使ったバリケードが門の代わりをしている。


 バリケードに近付いた時、眠っていたオリガが目を覚ました。体調は回復したようで目を擦りながらアクビをしている。


「オリガ、身体の調子は大丈夫かい?」

「うにゅ……何だか身体が軽くなったみたい」

 バリケードの前で背伸びをしたオリガはスキップをするように歩き出す。見張りをしていた犬人族が俺たちに気付いた。


「ミコト様、お帰りなさいませ。里長を呼んで参ります」

 一人は遺跡の奥へ走り、もう一人がバリケードを開けてくれた。


「ご苦労さまです、ミコト様。大鬼蜘蛛はどうなりましたか?」

 見張りから知らせを受けた里長のムジェックが俺たちを出迎えた。犬人族は全身を短い毛で覆われている。腹側は白で背中は茶色である。顔が秋田犬に似ているので、どうしても秋田犬に服を着せ二足歩行で歩かせているように見える。


「倒したよ。出入り口を塞いどいて貰えるかな」

「判りました。若い連中を行かせます」


 俺たちはムジェックに案内されて遺跡の四階テラス区へ向かった。入り口のある二階テラス区には各階へ通じる地下階段が存在した。その階段へ案内され登る。


 犬人族には四階から六階のテラス区を使用するように言ってあり、今は四階テラス区を中心に使っているようだ。四階テラス区の広さは五ヘクタールほどで、犬人族の手に依って半分ほどが整備され畑となっていた。


 畑で雑草を取っている犬人族の姿が見える。そこに植えられているのは大豆とさつま芋に似た植物だ。苗や種を蒔いてから時間が経っていないので、それほど大きく成長していないが、順調に育っているようである。


 犬人族の住居も見せて貰った。四階テラス区から出入り可能な地下空間は、五階テラス区の地下に当たる。手前の五メートルの高さが在る崖には幾つもの窓が設けられ、太陽光の入り口と換気用とを兼ねているようだ。


 俺は視線をゆっくりと左から右へと移動させる。

「岩を掘り抜いて作られた住居が三〇〇メートルも続いているのは壮観な眺めだな」

 ムジェックは同意するかのように頷き。

「ここには五十八部屋の住居、奥には集会所や倉庫に使っている地下大空間も有ります」


 伊丹が少し躊躇ってから質問した。

「神紋付与陣の存在する部屋へ行く隠し通路を探しているのは、この階ではござらぬか?」

 ムジェックが申し訳なさそうな様子を見せ。


「済みません。懸命に探したのですが見付けられませんでした。本当に済みません」

 何度も頭を下げるムジェック。この遺跡に移住した犬人族は、どうも俺を遺跡の主人であると認識しており、領主に対するような態度で接するようになっていた。


「出入り口なんて何処でも構いませんよ」

 俺は気にしないように言った。現在は五階テラス区の地下空間で床が陥没した場所から、魔導寺院と似た構造の部屋へと入っている。


 俺としては床が陥没している箇所は修理し、正規のルートで最重要な部屋へと入りたいのだが、見つからないものは仕方ない。因みに神紋付与陣の存在する部屋の区画を『神紋付与区画』と犬人族は呼んでいるらしい。


 俺は前回遺跡に来た時に指示した事がどうなったかを訊いた。

「犬人族の中で何人くらいが『魔力袋の神紋』を授かったのですか?」

「若い男共を中心に三十一人が授かっております」


「『魔力変現の神紋』か『魔力発移の神紋』を授かっている者は?」

「『魔力変現の神紋』が三人、『魔力発移の神紋』が五人です」


 まだまだ少ない。ガルガスの樹が密生する場所から大鬼蜘蛛と雷黒猿を追い出す戦力として一〇人ずつは欲しい処だ。


 俺は遺跡の近況を聞いてから、魔導バッグから小麦粉の袋や芋の入った袋を出しムジェックに渡した。穀物が不足している犬人族に定期的に援助しているのだ。


 食料だけでなく、布や糸、裁縫道具も一式取り出して渡す。

「ありがとうございます。妻たちが喜ぶでしょう」

「他に何か困った事は有りますか?」


「特には……あっ、製塩の話はどうなったでしょう?」

「迷宮都市の石工に頼んで準備は進めている。今日は海岸線を調査し塩田とする場所を決めようと思っている」

「判りました。我々も準備しておきます」


 細々した打ち合わせを終え、俺たちは遺跡を出ると海岸の方へ向かった。白い砂浜を海沿いに南へと進む。時折海の方でザバーッと何かが海面で跳び跳ねる音がする。魔物に追われた魚が海面に飛び上がる音のようだ。


 遺跡近くは遠浅の海であるが、離れるに従い岩が多くなり海岸近くで水深が深くなっている場所が多くなる。三〇分ほど歩いた地点で塩田に最適な立地の場所を発見した。海岸近くに広い平地が有り、魔物が住む森とも距離がある。


「この辺が良いんじゃないか」

 伊丹が周りを見渡し賛成してくれる。

「魔物用の防壁で塩田を囲むようにすれば、安全に働ける場所になりそうでござるな」


 俺たちはもう少し先まで行く事にした。その時、オリガが疲れたようにトボトボと歩いているのに気付いた。


「オリガ、オンブしてあげるよ」

「あたし大丈夫だよ」

 俺は背負っている邪爪鉈を魔導バッグに入れ、そのバッグを腰に巻いて背中を空け。優しい顔でオリガの頭を撫でる。


「遠慮なんかしなくていいよ」

 オリガが可愛く頷き、俺の背中に乗った。体力が無くなったのではなく、魔力を感知する事で周囲を認識しているオリガは精神的に消耗したようだ。


 しばらく歩いていると背中から寝息が聞こえてきた。俺と伊丹は三〇分ほど歩き引き返そうと思った時、それを発見した。


 そこは岩場が続いた後、また砂浜となった場所で、正面にエヴァソン遺跡のような大きな山が有り、その一部が同じように段々畑のような地形になっていたのだ。


 但し、エヴァソン遺跡は巨大な段々畑が十二段あるが、そこには四段しか無かった。いや、元々はもっと在ったのだが、頂上付近で土砂崩れが起き埋まってしまったようだ。


 俺たちは遺跡らしい土地に近付き調べ始めた。一段目は風化してボロボロになっていたが構造はエヴァソン遺跡と同じだった。二段目に登って調べると崖に横穴が開いていた。


 中に入ると通路が有り、調べると礼拝堂のような地下空間に通じていた。

「ここまでエヴァソン遺跡と一緒だと、あれが有るんじゃないか?」

 伊丹が厳しい顔をして俺を見た。


「まさか。転移門が有ると言うのでござるか?」

「調べてみましょう」

 俺たちは礼拝堂のような場所を調べ、その中心に転移門を発見した。


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