第135話 転移門の秘密

 遺跡の地下は外と比べるとひんやりとして過ごしやすい。異世界は季節で言えば夏なのだが、日本のように蒸し暑くなく気温も三〇度は超えていないようだ。それでも暑いのは変わらず背中で寝ているオリガが汗をかいている。


 発見した転移門は未稼働のものらしかった。そう考えた理由は、煉瓦で作られた祭壇のようなものが崩れ、転移門の半分を覆い隠していたからだ。この状態で転移門が起動したとは思えない。


 転移門は床に嵌めこまれている円形の金属盤に刻まれている魔法陣みたいなものが起動することにより発動する。JTGの学者は『次元転移陣』と呼んでいるらしい。何でも異世界へ転移する為には高次元空間を経由して行かないと駄目だと言う話で詳細は判らない。


 前に知り合った学者さんに尋ねてみたら、超難解な数式を見せられて説明してくれた。高校生の俺が理解出来るはずないだろ。


 余談になるが、高校へ進学するかどうか悩んだ時期が有った。だが、案内人の仕事が面白くなっている俺には高校へ通うのが苦痛に思えて来ていた。


 それでも案内人の仕事がずっと続けられるかどうか保証はないので、東條管理官に頼んで通信教育制度のある高校を推薦して貰い、そこに入学? ―――する事にした。


 と言う事で、一応俺も高校生なのだ。通信制高校ではレポート提出と登校日の出席日数、そして単位認定試験の三つに合格すれば単位を取得出来る。登校日が多い通信制高校だと案内人の仕事に影響するので、月に一日か二日の所を選んだ。


 話を戻す。転移門だが直径三メートルほどの金属盤で、その材質は判明していない。ミスリルみたいな金属が存在しているので、オリハルコンじゃないのかと言う噂も流れているがリアルワールドに持ち帰って調べられないので不明である。

 特性は兎に角頑丈だという事と魔力伝導性がミスリルより高いという事だ。


 俺は魔導バッグから白狒々の毛皮で作ったマットを取り出し転移門から少し離れた場所に敷いて眠っているオリガを寝かせる。


 それから俺と伊丹は転移門を覆っている瓦礫を取り除いた。一時間ほどですべての瓦礫を取り除き、転移門をチェックしてみた。壊れている箇所はないようだ。


 転移門を調べている時、俺の手が次元転移陣の端に在る太陽のようなマークに触れ魔力を少し流してしまった。


 最近、普段でも躯豪術の呼吸法を行っているので、体内に魔力が溢れている。その魔力を制御するのも訓練の内なのだが、偶に失敗して魔力を流してしまう時がある。

 今も偶然太陽のマークに魔力を流してしまったのだが、何か手応えを感じた。


【地下アウルター源導管との接続を解除します。転移門から離れて下さい】


 俺の頭の中に古代魔導帝国の言語であるエトワ語でアナウンスが響いた。

「えっ!」

 驚いた俺は、転移門から離れた。それに気付いた伊丹も転移門と距離を取る。


 次の瞬間、転移門の金属盤が回転しながら上に上昇する。一メートルほど上昇した所でピタリと停止し、カチリと音がした。


 その様子は『傘』……いや、筋トレに使うバーベルを半分に切って傘のように立てたようだった。俺と伊丹は転移門の金属盤に近付き観察した。下から覗くと直径一〇センチほどの金属製の棒が転移門の金属盤を持ち上げている。


「伊丹さん、これはどういう事でしょ?」

「点検用か、修理用の機能なのではござらんか」

「もしかして取り外せるんですかね」


 俺は金属盤の端を持って持ち上げようとした。――重い、伊丹も手伝い持ち上げると裏返すようにして地面に置いた。


「裏にも神意文字と神印紋がびっしりと刻まれているのか。意外と大発見かもしれないな」


 薫が転移門の研究をしているのを思い出した。この情報を知らせれば研究が進むかもしれない。俺は<記憶眼メモリーアイ>を使って脳内に作られた高密度記憶領域に記憶した。


 記憶した後、金属盤を元に戻そうと思い二人で持ち上げて金属棒の上に乗せた。カチリと音がしてクルクルと回転しながら沈んで元に戻った。


 転移門は金属盤だけが有れば機能するものだと考えられていたが、あの不思議な声は『地下アウルター源導管』とか言っていた。転移門は地上に見えている金属盤と地下の何かが一つになって初めて稼働するのかもしれない。


 日本政府はこの事を知っているのだろうか。知っていたとしても案内人でしかない俺たちには教えてくれないだろう。


 東條管理官に尋ねれば教えてくれるかもしれないが、その場合、自分が秘密を知っていると告白しているのと同じだ。面倒な事態になりそうなのは嫌だから、見ざる聞かざる言わざるでいくしかないな。


 俺が考えている間に、伊丹は別の疑問を考えていたようだ。

「この転移門は日本の何処と繋がっているのでござろうか?」


「近くに在る転移門は、繋がっているリアルワールドの場所も近いと言う傾向にあるから、俺たちの管轄の第二地区の何処かだと思うけど、こればかりは試してみないと判らないな」


「この転移門が未稼働なら、ゲートマスターも未登録でござるな。拙者もゲートマスターとなりたいものでござる」


 俺と伊丹は相談し、もう一度金属盤を取り外した。準備が整っていない間に転移門が起動し、別の誰かが異世界に転移するのを防ぐ為だった。金属盤は<圧縮結界>を使って圧縮し持って帰る事にした。


 転移門のある地下空間を調べてみて、ここがエヴァソン遺跡より古いのに気付いた。こちらの方が風化の度合いが強いのである。


 もしかしたら、この遺跡を築いた古代魔導帝国の人々は土砂崩れで使えなくなったので新しくエヴァソン遺跡を築いたのかもしれない。


 大きな発見をした俺たちは、帰宅の途に就いた。オリガを起こさないように背負って海岸まで出て来た道を戻る。エヴァソン遺跡では犬人族の長ムジェックに、塩田を作る場所を伝え少しずつでいいから整備するように指示を出す。


 シーフ坑道を使って常世の森を抜け、迷宮都市が見え始めた所で日が暮れて来た。足を早めて急いでいると後ろから人の気配がして来た。


 伊丹が警戒し豪竜刀に手を掛けた。

「待て、俺たちだ」

 聞き覚えのある声だった。近付いて来る二人の男を確認するとモルガート王子の護衛ヤロシュとニムリスであった。彼らは雷黒猿の毛皮を持っており、狩ったばかりのようで血の臭いがした。


「おや、ヤロシュ殿とニムリス殿ではありませんか。狩りですか?」

 ヤロシュが頷いた。


「ああ、雷角が欲しくて狩りに行っていた」

 モルガート王子に命じられたのだとすぐに判った。簡易魔導核を一〇〇個も注文する人間は、次に源紋を秘めた魔物の素材を求める。


 それにしても疲れた様子もなく雷黒猿を狩って来たのだから、二人の技量は相当なもののようだ。


 先日、強化武器の有用性を認める人間が多いのに、何故『魔力発移の神紋』を授かる者が少ないんだろうと疑問に思い、カリス親方に尋ねてみた。


 カリス親方は『躯力くりょく強化の神紋』と『魔力発移の神紋』の相剋関係を教えてくれた。『躯力強化の神紋』を授かると『魔力発移の神紋』との相性が悪くなり神紋の扉が反応し難くなり、逆に『魔力発移の神紋』を授かると『躯力強化の神紋』との相性が悪くなり神紋の扉が反応し難くなるのだそうだ。


 例外は有るらしいが、一般的に一方しか手に入れられないのは判った。とは言え、皆が何故『躯力強化の神紋』を選ぶのかと聞くと、カリス親方いわく、剣術大会などで有利となるのが『躯力強化の神紋』の方だからだそうだ。


 剣術大会では魔導剣や強化剣は使えず、優勝者のほとんどが『躯力強化の神紋』を持っていたからとの情報だった。


 歴戦の戦士であるヤロシュも『躯力強化の神紋』を持っているのではないかと予想する。ヤロシュの躯力強化に自分の躯豪術が何処まで対抗出来るのか興味は有るが、ヤロシュの雰囲気からすると平気で斬り殺されそうなので自重しよう。


「お前も狩りなのか?」

「ええ、大鬼蜘蛛を狩って紡績腺と魔晶玉を手に入れました」

 沈黙を守っていた魔導師のニムリスが『紡績腺』という言葉に興味を惹かれたらしい。


「紡績腺とは何だ?」

「蜘蛛の糸を作り出している器官で、上級治癒系魔法薬の材料になるんです」


 上級治癒系魔法薬と聞いてヤロシュとニムリスが興味を持った。王都でも上級治癒系魔法薬は希少で小さな瓶一本が金貨二〇枚ほどする。


「この樹海には有益な魔物が多く居るのか。ハンターたちは裕福なんだろうな」

 ヤロシュたちの認識には誤りがあるので、伊丹が教える。


「大鬼蜘蛛を狩れるようなハンターは極一部で、普通の者はポーン級の手頃な魔物を狩り、薬草などを採取して糊口ここうをしのいでいるのが現状でござる」


「まあ、そんなものか。ところで二人とも腕利きのようだが、モルガート殿下の部下にならんか。優遇するぞ」

 伊丹と顔を見合わせた俺は小声で相談した。ヤロシュの耳に二人の声が途切れ途切れに聞こえた。


「……どうお……こま……」

「ここ……丁寧に……ござる」

「そう……」


 俺はヤロシュに向き直りおもむろに、

「御免なさい。俺、他に好きな人が居るんです」


 ヤロシュは何を言われたのか、とっさに理解出来なかったらしくきょとんとした表情をしていたが、冗談だと理解すると呆れた顔をして声を上げる。

「……ちょって待て、俺はプロポーズした訳じゃないぞ。大体だいたい、男に興味はない」


 ニムリスはこめかみをピクピクさせており、俺の冗談は滑ったようだ。面目ない。反省しよう。

 俺は無理に笑顔を作って、

「コホッ……冗談はこれくらいにして、俺たちは迷宮都市を離れる気はないんだ」


 俺の真剣な答えを聞いてもヤロシュは諦めず。

「将来、この国の王となるのはモルガート殿下だ。今配下に加われば、数年後に高い地位を保証して下さると思うぞ」


 ジッとこちらを睨んでいるニムリスの顔がちょっと怖い。日常生活にはユーモアは必要だと思うんだけど。


「そうかもしれませんが、俺たちには魔物を狩って自由に暮らす生活が似合っているのです。勘弁して下さい」

 ヤロシュが肩を竦め。

「仕方ない。諦めるか」


 ヤロシュたちと雑談を交わしながら迷宮都市へ向かう中、カザイル王国のムアトル公爵が話題に出た。

「あの公爵にはモルガート殿下も困っておられるのだ」


 ヤロシュが額にシワを作って愚痴を溢す。

「へえ、あの魔導飛行船を作った国の公爵様か。どんな人物なんだ?」

 ニムリスが口をへの字に曲げ、目尻を釣り上げて口を開いた。


「傲慢な男です。料理から軍事、文化、魔法に至るまで我が国が劣っていると口にしています。特に食事の内容には五月蝿い貴族様ですよ」


 余程ムアトル公爵の態度が気に入らないようで次々に公爵の批判が、ニムリスの口から飛び出した。

「太守館の料理にも文句を付けたんですか。あそこの料理は食べましたが、中々美味かったですよ」


 俺はディンに呼ばれて太守館で昼食を食べた時の料理を思い出した。日本で食べる料理に比べると薄味だが美味かった。


 俺は高級料理というものをあまり食べたことがないので批評は出来ないが、調理方法と調味料の種類が少ないのには気付いていた。


「我々も太守館の料理は食ったが美味かったぞ」

 ヤロシュも俺と同じ意見のようだ。ただ、毎日同じような料理が続くとうんざりするかもしれない。しかも薄味なので味のバリエーションが少ないと確かに飽きる。


 そんな事を考えながら歩いていると腹が鳴った。迷宮都市の北門を入ってすぐの場所で、ヤロシュとニムリスは食事の出来る店を探しているようだった。


「腹が空いたよ。こういう暑い日は冷やし中華が欲しくなるね」

「アカネさんが試作中だと言っておるのを聞きましたぞ」

 伊丹が貴重な情報を教えてくれた。

「じゃあ、試作中の奴でもいいから頼んでみようかな」


 伊丹との会話が聞こえたらしくヤロシュが尋ねた。

「冷やし中華というのは美味いのか?」

「暑い時期に食べる料理なんだけど、美味いよ」

 俺が応えると食べたそうな顔をする。


「太守館で食事を用意しているのでは?」

「この時間だと残っている冷めた料理が出されるからな」

 ヤロシュが何か期待するような眼を俺に向ける。


「俺たちと一緒の所で良ければ来ますか。ご馳走しますよ」

「おう、済まんな」

 ヤロシュがニヤリと笑い、ニムリスが苦笑した。


 一緒に趙悠館へ向かう。趙悠館の敷地に入ると食堂の方から仕事を終えた大工たちの話し声が聞こえて来た。

「ミコトはここに住んでいるのか?」

 ヤロシュが尋ねた。俺は頷き、食堂に入るよう促した。


「いらっしゃいませ」

 マポスの母親であるモニさんの声が聞こえた。俺たちは空いているテーブルの席に座り、寝ているオリガをモニさんに預け、奥の部屋で休ませるように頼んだ。


「ミコト様、ご注文は?」

 猫人族のおばさんが注文を聞きに来た。

「アカネさんに冷やし中華は出来ないか聞いてくれる?」

「判りました。聞いて来ます」


 すぐに厨房からアカネが現れた。

「冷やし中華を注文したのは、ミコトさんなの?」

「ああ、食べたくなったんだけど完成したの?」

 アカネが首を振った。試行錯誤の最中らしい。


「試作品でいいから食べられないかな」

「味見してくれるなら出しますけど、本当に試作品ですよ」

「何人分作れる?」

「作った麺が二人分しかないの」

「取り敢えず、冷やし中華二人分を五皿に分けて、後、唐揚げ二皿、それに枝豆とエールを三杯」


 アカネが鋭い視線を俺に向けて来る。

「まさか、ミコトさんが飲むんじゃないですよね」

「伊丹さんとお客さんの分だよ。俺には冷えた麦茶を下さい」


 アカネが厨房に戻るとすぐに唐揚げと枝豆と飲み物が出て来た。エールは近所の醸造所から仕入れたもので、それを冷やして出している。


 冷やす方法は『魔力発移の神紋』を持っている猫人族の若いハンターに頼んで<氷結魔導印フリーズマジックマーク>をミスリル合金製のメダルに掛け水瓶に放り込んで氷を作り冷やすのだ。


 お金のない若いハンターは『魔力発移の神紋』を授かる為の資金を貰って夏の間、この食堂でバイトする契約となっている。


 ジョッキに入っているエールを美味そうに伊丹が飲むのを見て、ヤロシュがジョッキを持ち上げる。

「このエールは冷えてるぞ。一流料理屋がやってるサービスじゃないか」


 ヤロシュとニムリスは枝豆をツマミにしてエールを飲み始めた。俺が唐揚げを箸で摘んで食べるのを見て、

「ミコトは変わった道具で食べるんだな。それに美味いのか、それ」


 この異世界では揚げ物は珍しいらしく、唐揚げは初めてらしい。

「美味いですよ。そっちのフォークを使って食べて下さい」

 フォークを掴んだヤロシュが唐揚げを突き刺し口に運んだ。一、二回咀嚼すると笑顔を浮かべ。


「美味い、ニムリスも食ってみろよ」

 ニムリスも食べてみて気に入ったようだ。


 ヤロシュがジョッキを半分ほど飲んだ頃、アカネが冷やし中華を持って来た。麺の上に薄焼き卵を細切りにしたものとキュウリの代わりらしい野菜、焼いた鎧豚の肉を細切りにした物が乗っていた。


 二人分を五皿に分けてあるので量は少ない。俺は早速食べてみた。麺は細いうどんのような感じで、タレは酢が効いていてさっぱりした味だ。本物を知っている俺には物足りない感じがするが、十分美味しい。

 俺が顔を上げるとヤロシュとニムリスは完食し、物足りなさそうな顔で空になった皿を見ている。


「美味いですね。これで未完成なんですか」

「ミコトが暑い時期になると食べたくなると言う意味が判ったぜ」

 ニムリスとヤロシュが絶賛した。それを聞いたアカネは嬉しそうにしている。


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