第133話 怪しい商人との戦い

 残った商人のラドニスは、部下を呼び寄せると指示を出し始めた。

「腕利きのハンターパーティを雇え、勇者の迷宮の第九階層へ行ける奴らだ」

「承知致しました、旦那様。それで目的は?」


「魔光石だ」

 その答えにラドニスの部下は驚いたようだ。

「ですが、魔光石はすぐに崩壊してしまいます」

「判っておる。これを持って行かせろ」


 ラドニスが銀色に輝く樽のような容器を部下に渡した。

「これは?」

「魔光石の保管容器だそうだ」

「カザイル王国にはそんなものまで有るのですか」


 俺が通り過ぎようとした時に、『魔光石の保管容器』と言う言葉が耳に入った。確認するように男が持つ樽のような容器を見て、それが何か判った。


 銀色の金属で軽そうに持っている様子から、アルミニウム製の容器だと推測したのだ。表面が酸化して少しくすんだようになっているし、八リットルは入りそうな大きさの樽を片手で軽々と持っている様子から、八割の確率でアルミだろう。


 以前、魔光石を迷宮から持って帰り崩壊するのを防ぐものはないか調べた事が有る。金・銀・銅・鉄・鉛・亜鉛・石材・木材など色々試したがどの素材の容器に入れても魔光石は崩壊した。


「アルミか、盲点だったな」

 俺が去ろうとした時、護衛の一人が前に立ち塞がった。

「貴様、何を盗み見ている」


 アルミ製の樽を見ていたのを気付かれたようだ。ラドニスが見下すような目付きで俺を見ている。その眼を見て嫌な気分になった。


「ここは往来のど真ん中だ。俺が何を見ようと勝手だろ」

 俺の返答を聞いて、ラドニスはムッとしたようだ。

「威勢のいい小僧じゃないか。ちょっと世の中の道理を教えて上げなさい」

 言っている口調は穏やかだが、意味する内容は理不尽だった。


 俺は背中に邪爪鉈を背負っただけの軽装である。一方、護衛たちは革鎧を装備し腰には剣を帯びている。体格も護衛たちの方が大きく逞しい。


 ラドニスの護衛が周りで見守っている人たちを追い散らし通りから人影が無くなった。

「誰も居なくなってしまいましたね。これで遠慮なく若者のしつけが出来る」


 この男は黒い噂のある商人で、迷宮で産出した素材を国外へ密輸していた。その密輸している相手国がカザイル王国である。


 誰が聞いているか判らない路上で重要な指示を出すなど、ラドニスには似合わない失態だった。本来警戒心の強い男なのだが、ムアトル公爵との会食で酒を飲んだ所為だろうか。あの公爵と話をしているとストレスが溜り飲み過ぎて警戒心が緩んだようだ。


 ちょっと困った情況になったと俺は後悔する。行き違いから商人らしい男の護衛と戦う羽目になってしまい、逃げ道を探すが完全に囲まれている。


 視線を感じて上を見ると見知った顔が酒楼の三階から覗いていた。モルガート王子の護衛であるヤロシュである。助けようと言う気配は微塵もなく面白そうに見物している。

「今日はついてないな」


 護衛の五人は傭兵くずれらしく対人用の剣を帯びている。素手で十分だろうとあなどった一人が殴り掛かって来た。俺は左手で受け流しながら一歩踏み込み、右肘を奴の鳩尾みぞおちに叩き込んだ。革鎧の上からだったが十分な威力が有ったらしく悶絶し倒れる。


 護衛たちは驚きの表情を浮かべ隙を見せた。俺は背後に居る男に向かって飛び掛り、奴の頭を両手で掴んでねじ伏せると同時に膝を顔面に叩き込んだ。


 仲間が二人倒れたのを見て三人が同時に剣を抜いた。

「お前ら本気か。剣を抜いたら殺し合いになるんだぞ」

 俺が威圧するように声を上げる。


「小僧に舐められてたまるか」

 一人が言い返す。俺は背中の邪爪鉈を抜いた。邪爪鉈は手加減が難しい武器で、斬りつけた物は手応えもなく両断してしまう事が多いので、街中の喧嘩では使い難い。


 斬り掛かって来た男の剣に邪爪鉈の刃を叩き付ける。鋼鉄の剣が切れ、切っ先の三〇センチほどが地面にポトリと落ちた。


「うわっ!」

 剣を切られた男は恐怖して尻餅をついた。俺は残り二人が持つ剣を切り裂き、短くなった剣を持つ男たちを睨み付ける。


「まだ、やるのかい?」

 なんか時代劇みたいなノリでやったけど、この辺で幕引きしたいな。


 顔を青褪めさせた護衛たちは雇い主であるラドニスの姿を探した。しかし、何処にも居ない。形勢が不利になると素早く逃げ出していたのだ。


「覚えてやがれ」

 気絶している二人を残して護衛たちは逃げて行った。


 俺は伊丹が居れば面白かったのにと思った。この状況があまりに時代劇と酷似していたからだ。突然、上から笑い声が聞こえた。ヤロシュの声だとすぐに判った。


「何を笑ってるんだ」

 俺が怒鳴る。

「ミコト殿を笑っている訳ではない。最後の『覚えてやがれ』があまりに滑稽でな」

 ヤロシュがそう説明するが、自分が笑われているようで釈然としない。


「どうだ、一緒に呑まないか?」

 酒の誘いだが、一応未成年だ。

「折角だが、買い物の途中なんで失礼する」

 俺は酒屋に向けて歩き出し、伊丹への酒を買って趙悠館へ戻った。


 伊丹の部屋へ行き酒を渡して、先程の出来事を話す。伊丹は護衛たちとの立ち回りを詳しく聞きたがった。武士としては○太郎侍や○れん坊○軍が出て来そうな情況に心惹かれたんだと思う。


 ただ、ムアトル公爵が魔光石を手に入れたがっていると聞いて、

「カザイル王国は魔光石を何に使っているのでござろうか?」

 と疑問に思ったようだ。それについては俺も興味を惹かれた。


  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 翌日、俺とオリガと伊丹はカリス工房に寄ってオリガのワイバーン革製防具を受け取った。オリガの防具は袖なしのベスト型革鎧と脛当てであった。大き目に作ったものを工房で調整して貰う。


「オリガちゃん、防具におかしな所はないか?」

「大丈夫だよ。ぴったり」

 オリガは小さな手を上げ下げしたり、腰を捻ったりしながら着心地を確かめる。


「ミコトお兄ちゃん、あたし似合ってる?」

 オリガが誰に教わったのか片手を腰に当てモデルのようなポーズを取った。


「もう完璧だよ」

「本当……嬉しい」

 飛び上がって喜ぶオリガを伊丹が笑みを浮かべて見ている。そういう俺も笑顔になっていた。


 カリス工房を後にした俺たちはエヴァソン遺跡へ向かった。遺跡に移住した犬人族から常世の森を横断している坑道、犬人族がシーフ坑道と呼ぶ場所に大鬼蜘蛛が住み着いたと連絡があり、それを退治する為にシーフ坑道へ向かうのだ。


 この大鬼蜘蛛退治にオリガを連れて来ているのは、大鬼蜘蛛が死んでから放つ魔粒子を吸収させようと思ったのだ。大鬼蜘蛛の強さはナイト級下位の魔物で韓国で暴れた帝王猿と同レベルである。


 迷宮都市の北門を抜け、北へ歩きながら伊丹と日本政府の動きについて話し合った。

「東條管理官が政府内に案内人の活動を制限するような動きがあると教えてくれたんですよ」

「ほう、韓国で起きたオーク事件の影響でござるな」


「そうなんですよ。具体的にはどんな手を打って来るか判らないんですが、案内人として自由に活動出来なくなるのは困るんだよな」


 伊丹は少し考えてから言う。

「ミコト殿、政府の動きから推測するに、自衛官を転移門の異世界側に置いて警備させようとするのではござらんか」


 俺は伊丹の推測を考えてみた。異世界の魔物がリアルワールドへ侵入するのを恐れている政府が自衛官を派遣する事は考えられる。だが、それには補給の問題が有る。


「だけど、派遣した自衛官の食料や水はどうしようと考えているのだろう?」

「最初は案内人が用意するしかないでござろうが、ゆくゆくはサバイバル能力を磨かせて異世界で生き残れるようにするのでは?」


 有りそうな話である。そうなるとエヴァソン遺跡に自衛官が常駐する事になる。

 まずいな。あそこには加護神紋を授ける神紋付与陣が存在する部屋が有る。


 俺は定期的に報告書をJTGに提出しているが、エヴァソン遺跡の神紋付与陣については報告していない。それを報告すれば、政府はエヴァソン遺跡を俺たちの手から取り上げ調査しようとすると判っているからだ。


「あの神紋付与陣が存在する部屋は念入りに隠す必要があるな」

「拙者もそれには賛成でござる」

 伊丹も神紋付与陣の重要性は判っているようだ。


 俺たちは進路を北東へと変え常世の森を目指して進んだ。魔力を感知し周囲を認識しているオリガは森林などの生物が溢れている環境だと周りをはっきりと認識出来るようだった。


 常世の森の南端へ到着した。東の方角には岩山が幾つか連なっており天然の障壁となっている。この岩山さえなければ東へ進んで海岸線に出てエヴァソン遺跡へ行くのが安全なのだが仕方ない。


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