第132話 ムアトル公爵と魔光石
巨木の森を奥へと進んでいた伊丹たちは何匹かの昆虫型魔物と遭遇した。その中にはアカネが探していた山刀甲虫も居た。てんとう虫を巨大化し山刀のような角を付けた山刀甲虫は巨木の幹にへばり付いて樹液を舐めている。
伊丹は山刀甲虫の弱点を知っていたので、リカヤに狙わせた。
「<
自衛官三人はリカヤを注目する。リカヤはパチンコを取り出し
「ヒュジサス・ゲレンダル・モヴァーティア……<
リカヤの身体から流れ出した魔力がパチンコにセットした玉に集まり魔導印となって定着する。玉を魔物の骨弾にしているのは魔力の定着率が通常の金属より高いからである。経験上二割ほど威力が上がるのが確かめられている。
リカヤがパチンコに流し込んでいた魔力を断つと骨弾が発射された。八メートルほど離れた場所に居た山刀甲虫に命中した骨弾は魔力を冷気に変えて解き放つ。
冷気は山刀甲虫を包み込み凍らせる。山刀甲虫は驚いて逃げようとして羽を広げるが、凍った羽は広がらずポトリと地面に落ちた。リカヤは素早く止めを刺す。
「冷たい。魔法で凍っているのね」
森末陸曹長は倒れた山刀甲虫に触って凍っているのを知った。それを聞いた倉木三等陸尉が質問する。
「この応用魔法は『魔力発移の神紋』を元にしているのですか?」
「いかにも、ミコト殿たちが開発した応用魔法は多彩である。その中でも『魔力発移の神紋』を元にしたものは多くの状況を想定し、それに対応出来るよう考えられたバランスの良い応用魔法でござる」
それを聞いた筧一等陸曹はふと思い出したように尋ねた。
「『魔力変現の神紋』の応用魔法はどんなものが有るんです?」
一緒に来ているアカネが『魔力発移の神紋』ではなく『魔力変現の神紋』を選んだと聞いて気になったのだ。
「魔力変現には<
魔物に遭遇する度に<
「なるほど、自分たちの任務も考慮して貰っていたのですね」
森末陸曹長が感謝の言葉を口にし、他にどんな応用魔法を教えてくれるのかを訊いた。伊丹は教える予定になっている<
その後、サーベルバードが棲息すると思われる場所まで来るとリカヤたちに頼んで索敵して貰う。猫人族の耳は特別製で、伊丹たちには聞こえない小さな音も聞き逃さない。
そのお陰で巨木の枝に止まっているサーベルバードを発見した。地上二〇メートルほどにある枝に止まっている巨大な鳥はフクロウを巨大化させたような魔物で、デカい眼で獲物を探していた。
どうやら下草を食べている山羊を狙っているようだ。伊丹たちは木陰に隠れ、サーベルバードが地上に降りて来る瞬間を待った。直ぐ様攻撃せずチャンスを待っているのは、上に居るサーベルバードに攻撃を仕掛けるのは危険だからだ。
奴の攻撃手段は飛び回りながら急降下し<豪風刃>に似た魔法で仕留めるというものである。自由に飛び回れる状態で戦うのは不利なのだ。
サーベルバードが動いた。枝から飛び立つと急降下し下草を食んでいる山羊の上に魔法を放った。ゴオッと言う音がして山羊の背中から血が吹き出す。
山羊は弱々しい鳴き声を上げよろよろと歩いてから地面に倒れた。それを確認したサーベルバードは、山羊の上に爪を立てて着地する。
伊丹たちが待っていたチャンスが来た。パチンコを持っている全員が鉛玉を放ち、伊丹が駈け出した。数発の鉛玉を身体に受けたサーベルバードは獲物を放り出し空へ逃げようとする。
その時、伊丹は疾翔剣の射程距離まで近付いていた。疾翔剣を抜き魔力流し込みながら振り抜いた。飛翔刃は高速で翔びサーベルバードの首に命中する。
爆発したように赤い血が噴き出し地面を濡らす。サーベルバードの身体が山羊に覆い被さるように倒れた。
ワーッと言う歓声が上がり、リカヤたちが踊るようにして近付いて来る。
「伊丹師匠、さすがですね」
マポスが伊丹を褒めながら、羨ましそうに疾翔剣を見ている。伊丹は苦笑しながら剥ぎ取りを指示する。サーベルバードの魔晶管には魔晶玉が入っていた。
また、ミコトが欲しかった<豪風刃>に似た魔法を発動させる部位が何処か判らないので丸ごと持って帰る事になった。魔導眼を持つミコトか薫が居たら、その場で判っただろうが、居ないものはしょうがない。
担架のようなものを作り四人で勇者の迷宮まで運んだ。迷宮前で迷宮ギルドの職員から荷車を借り、それに積んで趙悠館まで帰った。
途中、大剣甲虫と遭遇したので狩り、剣角と外殻もお持ち帰りとなった。
「お姉ちゃん、お帰りにゃしゃい」
ミリアが帰ったのを見付けたルキが、走り寄って抱き付いた。その後ろから一緒に遊んでいたオリガも歩いて来る。リアルワールドでは必須だった杖をオリガは持っていない。
魔力が見えるようになったオリガは生き物の気配が判るようになったと同時に半径二メートルほどなら無生物の存在も感じ取れるようになっていた。
大気中に含まれる魔粒子の流れを感じ取っているのだと思われる。
「オリガちゃん、ミコト殿は何処でござる?」
近寄って来たオリガに伊丹が尋ねる。
「ミコトお兄ちゃんは、ピアニストのおじさんと一緒にお出掛けです」
「そうでござるか。児島殿が音楽が欲しいと言っていた件でござろうか」
依頼人のピアニスト児島だが、指が再生してもリアルワールドへは帰らないと言っているらしい。リハビリも迷宮都市で行いたいと言い張っている。
指に何か問題が有った時、リアルワールドの病院では対処出来ないんじゃないかと言っているが、本心は異世界の再生治療というものが信じ切れず日本に転移した途端、元のように指が無くなるのではと不安になっているのだ。
そこにルキが会話に加わる。
「伊丹師匠、音楽ってにゃんにゃの?」
訊かれた伊丹は困ってしまった。
「……楽器を奏でたり歌ったりする事でござる」
「ルキも歌えりゅよ。オリガちゃんにも教えちぇあげる」
オリガが笑顔を見せて喜んだ。
オリガは異世界に来てから元気になったようだ。目が見えないと言う障害を補完するように魔力感知の能力が急発達を続けており、オリガは初めて確かな世界を感じられるようになっていた。
ミコトが児島と一緒に帰って来ると、サーベルバードの死体を確認した。解体して調べてみると羽の尺骨部分に『烈風刃』と名付けた源紋が秘められていると判り、両翼から一本ずつ回収した。
早速、カリス工房へ出向きサーベルバードの尺骨とミスリル合金を組み合わせた魔導剣を作製する依頼を親方へする。モルガート王子が帰る前に完成させなければならないので急ぎ仕事だと念を押す。
「また急ぎかよ。ミコトからの依頼はそんなのばかりだな」
親方の文句に俺は素直に謝った。
「済みません。でも、親方だって事情は知ってるでしょ」
「まあな。だから引き受けるんじゃねえか」
カリス親方からは宿題を貰った。簡易魔導核に組み込む補助神紋図の改造を早くしてくれと言う要望だった。
伊丹が持つ疾翔剣は、使用者の意志により魔法を放つタイミングと軌道を制御可能な高性能の魔導核が使われている。
今回作ろうとしている魔導剣も似たような魔法効果を持つものである。但し、簡易魔導核では軌道の制御などは不可能なので初めから考えていない。しかし、放つタイミングだけは制御可能にしたかった。
薫が改造した補助神紋図のように必要な魔力が溜まったら発動というようなアバウトなものでは駄目なのだ。
俺が帰ろうとすると。
「オリガちゃんの防具が完成したから、明日にでも連れて来い」
「判った。明日来るよ」
カリス工房を出ると周りは暗くなっていた。俺は、繁華街の方へ足を向けた。サーベルバードを狩りに行ってくれた伊丹へ酒でも買って帰ろうと思ったのだ。この時間に開いている店は繁華街の方にしか無かった。
繁華街は夜になっても、街灯が灯るので明るい。俺は目的の酒屋へ急いだ。
迷宮都市で一番の高級酒楼と名高いイブリス楼店の前を通り掛かった時、中から物々しい護衛を連れた一行が出て来た。モルガート王子でも来店していたのかと思ったが、護衛の中にヤロシュとニムリスの姿がない。
「ムアトル公爵、イブリス楼店の食事はどうでしたか」
「ふむ、食材は一流、料理人の腕は二流と言った処か」
高級酒楼から出て来たのはカザイル王国のムアトル公爵と迷宮都市で五本の指に入る大商人ラドニスだった。
「これは厳しい。御国ではさぞや素晴らしい料理をお召し上がりになっているのでしょうね」
「この国とはレベルが違うのだよ。我が国の料理は調味料をケチるような事はせんからな」
イブリス楼店の料理は薄味だが、素材の旨味を引き出した素晴らしいものである。ただカザイル王国の料理は濃い目の味付けが多いので、ムアトル公爵には物足りなかったようである。
「それより、約束の物は確実に集められるのであろうな」
ムアトル公爵が値踏みするような眼でラドニスを見た。
「もちろんでございます。ムアトル公爵から指示の有った魔晶玉と魔光石は必ず手に入れます」
「魔晶玉は出来るだけ大きい物だぞ。ゴブリンメイジから取れたような物を持って来たら承知せんからな」
最後に偉そうに命令したムアトル公爵が馬車に乗って去って行った。
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