第130話 自衛官とパチンコ
ミコトが太守館へ行っていた頃、倉木三等陸尉たちは伊丹と一緒に魔導寺院へ来ていた。
「昨日は槍トカゲとか言う化け物と戦わされたかと思えば、今日は魔導寺院か」
筧一等陸曹が愚痴めいた言葉を口にする。倉木三等陸尉が睨むと筧一等陸曹が肩を竦める。伊丹は苦笑し筧一等陸曹の心情を推し量る。連日戦わさせられて疲れが出ているのか、それとも降格されて不貞腐れているのでござろうか?
「伊丹殿、今日はどうして魔導寺院へ?」
森末陸曹長が疑問の声を上げる。魔法に興味のある彼女は魔導寺院での体験には感動しており、もう一度来たいと思っていた。その願いが叶ったのは嬉しいが、伊丹が連れて来た理由を早く知りたい。
「貴殿らの適性をもう一度確かめる為でござる。先日、コボルトと戦わせたのには理由がある。コボルトが死んだ時に放つ魔粒子を吸収すると、ある加護神紋の適性を身に付けられるという噂を聞いたからでござる」
倉木三等陸尉が興味を持った。それは他の二人も同じようである。
「その加護神紋と言うのは?」
「『魔力発移の神紋』でござる」
森末陸曹長が少しガッカリしたような表情をする。リアルワールドで神紋について研究した彼女は、その神紋がどのような応用魔法を持つのか知っていた。
基本魔法は<魔力導出>で体外に魔力を放出する魔法である。応用魔法には<
どう考えても実戦で役に立ちそうにない。
「さあ、神紋の扉を試しなさい」
倉木三等陸尉たちは伊丹に促され、神紋の扉を次々に触って反応を確かめた。その結果、三人とも初級属性神紋のいくつかと『魔力発移の神紋』を反応させた。
伊丹はホッとした。適性によって『魔力発移の神紋』ではなく『魔力変現の神紋』が反応する可能性も有ったからだ。その場合、その者だけは『魔力変現の神紋』を基本とする別の訓練計画を立てなければならないと考えていた。
倉木三等陸尉たちの訓練期間は一〇日、今日新しい神紋を得たとしても使い方をマスターするのに五日ほどしか時間が残されていない。
時間が無さ過ぎる。オークたちの情報を早く手に入れたいと言うのは理解するが、こんな付け焼き刃的な訓練で部下を危険な任務に送り出そうとしている自衛隊の幹部たちは何を考えているのでござろうか?
「一度訊いてみたかったのでござるがよろしいか?」
伊丹が倉木三等陸尉に声を掛けた。
「何でしょう」
「貴殿たちは樹海の奥に分け入りオークの社会を偵察に行かれると聞いたが、準備不足だとは思わぬか?」
倉木三等陸尉が真剣な顔をして少し考え答える。
「準備不足だと私たちも考えています。ですが、自衛隊では命令は絶対です」
彼女の答えを聞いて筧一等陸曹が黙っていられなくなったようで。
「倉木三等陸尉は真面目過ぎるんだよ。国際的な話し合いの場でオーク社会を偵察すると決まって、泥縄式に計画されたんだ。今回の偵察で、上の連中は大きな成果を上げようとは思っちゃいないさ」
話を聞いてみるとアメリカやヨーロッパ諸国では転移門が発見されリアルワールドと異世界の行き来が可能となった頃から、軍の精鋭を異世界に派遣し異世界でも戦える特殊部隊を編成していたらしい。
日本は外国に自衛官を派遣するのに消極的である。異世界での活動も同様で自衛隊による異世界の研究には予算が下りなかった。
但し、転移門の管理や警備に関する予算だけは短時間で決まったので、転移門の警備員のような存在となり、自衛官たちの中に不満が蓄積されていた。
そして、韓国で行われた異世界生物対策協議において、今回の偵察が決まると不満を持っていた自衛官幹部が短時間で杜撰な計画を立て、倉木三等陸尉たちに命令を出したのだ。
「漸く自衛隊が異世界で活動するのを許されたのは嬉しい。しかし、以前から準備していた諸外国の軍隊とは違い自衛隊は準備が整っていない」
倉木三等陸尉が憂い顔で心配事を口にする。それを聞いた伊丹は疑問を口にする。
「偵察作戦の時期を十分な準備期間後に、遅らせられなかったのでござるか?」
「諸外国が作戦の時期を同時と決めたのは、何処か一国が先に偵察作戦を実行しオークとの戦いとなった場合、オークの社会全体が警戒する可能性があるからです」
森末陸曹長が教えてくれた。
「なるほど、日本だけが時期を遅らせれば警戒するオークたちに依って作戦が失敗する可能性が高いのでござるな」
そこに筧一等陸曹が口を挟んだ。
「それだけじゃない。偵察作戦の後、各国は入手した情報を作戦に参加した国同士で共有しようと協議しているらしいんだよ。そうなると作戦の時期を遅らせると決めた場合、日本は仲間外れにされる可能性がある」
「……ああ、判りました。日本の政府としては作戦を実行したという実績が欲しいのでござるな」
伊丹の言葉の中に政府や幹部たちを非難する響きを聞き取り、倉木三等陸尉が苦笑する。
「言っておくけど、幹部たちも成功しなくてもいいと考えている訳じゃないのよ」
自衛隊には作戦を成功させようという意気込みはある。だが、困難な作戦となる気がする伊丹だった。
伊丹とミコトは鍛えた依頼人が死んだという知らせを聞きたくなかった。だから、三人の自衛官に出来得る限りの協力をするつもりだ。薫が開発した応用魔法も短期間で学べる数だけ教えるつもりでいる。
場の空気がどんよりと重くなったので、伊丹は新しい神紋の取得と独自に開発した応用魔法を教えると伝えた。
「応用魔法は非常に有用なもので必ず役に立つと」
倉木三等陸尉たちは『魔力発移の神紋』の加護神紋を授かった。
少し休憩を挟んでから、カリス工房へ向かった。作業場で伊丹がカリス親方を呼ぶと奥から三つのパチンコを持った親方が現れた。
親方はニヤッと笑って三人にパチンコと鉛玉の入った革袋を渡した。筧一等陸曹は不思議そうな顔をしてパチンコを調べ、試しに引っ張ってみた。
「あれっ、ゴムが伸びねえぞ」
「違う、これゴムじゃない」
筧一等陸曹と森末陸曹長が声を上げた。
カリス親方が説明を始める。
「ゴムが何かは知らないが、こいつは槍トカゲの舌の皮を加工したものだ。使い方は『魔力発移の神紋』の基本魔法を使う」
親方は魔力を放出しパチンコに流し込む方法や使い方を教えた。
その後アカネやリカヤたちと合流し、勇者の迷宮へ行く乗合馬車に乗った。珍しい事にルキが趙悠館に居残りしているようだった。
「ルキはどうしたのでござる?」
姉のミリアが笑って、オリガと一緒に遊んでいると答えた。
「両親が死んで残った家族が私だけににゃった頃から、ルキは私の傍から絶対に離れにゃくにゃったんだけど、ミコト様や伊丹師匠が鍛えてくれたお陰で、ルキの心に刻まれた傷が少しずつ治っているようでしゅ」
馬車が動き出すと頑丈な柵に囲まれた農地が見えて来た。大根に似た野菜の収穫をしている猫人族の姿が見える。かなり広大な耕作地にはポツリポツリと避難所が有った。もし魔物が農地に入りこんだ時には頑丈な石造りの避難所に隠れるのだろう。
耕作地を過ぎると馬車から見える光景が低木と腰まで有る草が生い茂る草原へと変わった。この光景は勇者の迷宮近くに達するまで変わらない。伊丹たちは迷宮の入り口がある丘の近くで馬車を降りた。
「あれが『勇者の迷宮』だよ」
マポスが迷宮の入り口を指さし教えると倉木三等陸尉たちは興味深そうに見詰める。
「リカヤたちは迷宮に挑戦しているのか?」
筧一等陸曹が尋ねた。
「何度か挑戦したよ。でも、第六階層まで到達して休止してる」
「第七階層に何かあるの?」アカネが訊いた。
リカヤが顔を顰める。嫌な事を思い出したのだ。そんなリカヤを見てネリが代わりに応えた。
「あそこに出て来るのは、スケルトン・
聖なる武器と言うのは教会が所有する聖水に一ヶ月間沈めた木材を材料にして製作した木製武器の事である。
木剣や棍棒、フレイルなどが一般的で、レイスなどの物理攻撃が効かない魔物でも聖なる武器ならダメージを与えられる。因みに魔導武器程ではないが、聖なる武器も高価である。
森末陸曹長はアンデッドが出て来るゲームを思い出して身震いする。
「嫌だな、オークが住んでいる瘴霧の森にはアンデッドが居ないといいな」
「森末陸曹長、フラグを立てるような事は言わないで」
倉木三等陸尉もアンデッドは苦手らしい。
伊丹たちは迷宮の入口がある丘を越え、巨木の森へ向かった。三〇分ほど進んだ所で、五匹のゴブリンと遭遇した。伊丹は倉木三等陸尉たちにパチンコの威力を試させるのに丁度いいと思った。
三〇メートルほど先にいるゴブリンが、こちらに気付き駆け寄って来る。
「三人はパチンコでゴブリンを攻撃、リカヤたちは撃ち漏らしたゴブリンを始末せよ」
自衛官三人がパチンコを取り出し鉛玉をセットする。カリス親方の教えを思い出して精神を集中する。最初に魔力を放出しパチンコを引き絞ったのは森末陸曹長だった。次に倉木三等陸尉と筧一等陸曹がほとんど同時にパチンコを引き絞る。
「放て!」伊丹が号令を発する。
三つのパチンコから鉛玉が放たれた。一つは先頭を走るゴブリンの胸に当たり肋骨を粉砕し肺を破壊した。もう一つは的を外し、最後の一つはゴブリンの額に当たり頭蓋骨を貫通し脳に致命傷を与える。
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