第129話 シュマルディン王子の魔法

 『雷発の槌』と『剛突の槍』では使い方が違う。一方は上下左右に武器を振り、一方は突く。それに依って武器の持ち方も変わるので、人間相手なら『雷発の槌』だけ、『剛突の槍』だけの方が使い易いのだ。


「なるほど、辺境ならではの武器なのだな」

 モルガート王子が納得したように頷いた。そして頭の中では人間同士の戦場で廉価版魔導武器に精通した戦闘集団が活躍する場面を想像し、この武器は使えると結論を出した。


「シュマルディンには剛雷槌槍を三日で三〇本製作し渡したと聞いたが本当か?」

 俺は地獄のような三日間を思い出し身震いした。『はい』と言えば、無茶な注文を出されそうな雰囲気があった。


「あれは特別な状況でした。工房の職人が不眠不休で頑張ったからこそ成し遂げられたのです」

 俺は暗に無理な注文は受け付けないぜと告げた。


「それに剛雷槌槍は、バジリスクの爪と雷黒猿の雷角が必要なのです。無ければ作れません」

 俺が付け足した言葉を聞いて、ディンがフォローする。


「オラツェル兄上も剛雷槌槍を一〇〇本欲しいと仰ったのですが、素材がないと出来ないとお断りしたのです。ただ簡易魔導核だけは一〇〇個作ると約束致しました」


「それでオラツェルの奴は、魔物の素材を掻き集めておるのか。……簡易魔導核だけなら作れるのだな?」

 ダルバル爺さんが質問に答える。


「正当な価格で注文が有れば作ります」

 魔導師のニムリスがダルバルに鋭い視線を向け。

「魔導核を作るのであれば、補助神紋図が有るのだろう。それをモルガート王子へお譲り出来ないのか?」

 ダルバル爺さんは首を振って拒否する。


「補助神紋図はミコトとその友人が開発したもの。その独占使用権はシュマルディン王子が契約し所有しております。言わばシュマルディン王子の財産です」


 その言葉を聞いてモルガート王子が苦笑する。弟の財産を奪うような事をすれば外聞が悪くなる。

「仕方ない。正当な値段で購入しよう」


 魔導武器に関する視察は終わり、太守館のテラスでお茶の時間を楽しむ事になった。

 丸いテーブルを囲み、王族二人とダルバル爺さん、それに何故か俺が座ってハーブティーを飲んでいる。魔導武器の開発者だと知って敬意を払ってくれたようだ。


「シュマルディンはミコトに魔法を教わっていると言っていたな」

 モルガート王子の質問にディンが答える。

「はい、兄上」


「どんな神紋を授かったのだ?」

 ハンターや魔導師などは、どの神紋を所有しているのか秘匿するものなのだが、貴族などは自分がどんな神紋を所有しているか自慢する者も多く、特別隠す必要を感じていないようだ。


「魔力変現と魔力発移です」

 ディンが答えるとモルガート王子とニムリスが意外だという顔をし、ダルバル爺さんが心配そうな顔をする。ダルバル爺さんはディンが何の神紋を所有しているのか知っていたが、何故それらの神紋を選んだのか知らなかった。


 ディンから俺と相談して決めたと聞いていたので、何か理由が有るのだろうとは考えているが、どちらも人気のない神紋なので不審に思っている。


 ニムリスが腕を組んで考えていたが、それらの神紋を選んだ理由が判らなかったようだ。

「ミコト殿、魔力変現と魔力発移を何故選ばせたのです。もしかして他に適性がなかったのですか?」

 他に適性がなく仕方なく選んだと推測したらしい。


「いえ、シュマルディン殿下は初級属性神紋のすべてと幾つかの第二階梯神紋に適性を示されました。……魔力変現と魔力発移を選ばれた理由でございますが、この二つは汎用性が高く将来多くの応用魔法が開発されるだろうと考えたからでありゃます」

 慣れない敬語を使って噛んじゃったよ。恥ずかしい。


 ダルバル爺さんがそうだったのかと感心したような視線をディンへ向けた。

「なるほど、将来性か。ミコト殿がそのような漠然としたものでシュマルディン殿下の授かる神紋を決めたのは浅慮だと言えまいか。それとも使える応用魔法を開発しておるのか」


 モルガート王子の背後に立っているニムリスが鋭い意見を述べた。ディンが鋭い口調に息を呑み、次に不満そうに口を尖らせた。


「心外です。ミコトは思慮深く魔法の関する知識は豊富です」

 モルガート王子が俺に視線を向け。

「それならば、新しい応用魔法を開発しておるのだな。見せて欲しいものだ」


 俺としてはあまり広めたくなかったが、モルガート王子の言葉には逆らえない。

「シュマルディン殿下、<炎杖フレームワンド>をモルガート殿下にお見せしてはどうでしょう」


 俺たちはもう一度訓練場へ戻り、ディンの応用魔法をお披露目する状況となった。訓練所の中央に立ったディンが前方に右掌を向け詠唱を始める。


 最後に気合を込めて「炎杖フレームワンド」と叫んだ瞬間、ゴウッと音がし青い炎が強烈な熱を発しながら五メートルほど伸びる。俺が開発した<炎杖フレームワンド>は薫の手により改良され威力を大幅に増した応用魔法に進化していた。


 元々の<炎杖フレームワンド>の燃料はガソリンの物性を真似た魔系元素だった。薫は燃料をアセチレンと酸素の物性を真似た混合ガスに変更し圧力を掛けた上で噴射し点火するように変更したのだ。

 アセチレンと最適濃度の酸素は完全燃焼し三千度近い高温の炎を作り出した。


 すぐに青い炎は消えたが、熱気は残りモルガート王子の体に熱風を吹き付けた。少しの間、言葉もなく立ち尽くしていたモルガート王子たちも気を取り直す。


「凄まじい炎だった」

「ええ、魔力変現の応用魔法だと思われますが……信じられん」


 ニムリスはシュマルディン王子が使った応用魔法を可能にした付加神紋術式を詳しく調べたいと思った。ニムリス自身も幾つかの付加神紋術式を開発し自分で使っている。


 だが、それは既存の付加神紋術式にアレンジを加えたに過ぎず、完全に新しいものとは言えない。


 モルガート王子が俺の方へ顔を向け告げた。

「見事な魔法だ。シュマルディンは良き師を選んだのだな」

 俺は頭を下げ。

「お褒めの言葉、光栄に存じます」


「うむ、シュマルディンの教育係でなければ、私の幕僚として活躍して欲しかった」

 その言葉を聞いてディンは胸を撫で下ろした。早めに手を打っておいて良かったと祖父に感謝する。


 その時、モルガート王子は何かを思い出したかのような表情をして。

「ちょっと待て、バジリスクを狩ったハンターの名前もミコトではなかったか?」

 ダルバル爺さんが何故か嬉しそうに笑い。


「お気付きになられましたか。実際にバジリスクを仕留めたのがミコトなのです」

 モルガート王子たちは驚いたようだ。バジリスクを倒したのは迷宮都市のハンターだと報告を受けていたが、これほど若い者だとは知らなかったようだ。


 当時のモルガート王子は精神的に不安定でバジリスクを倒し魔晶管を届けた恩人より、自分に毒を盛った敵をどうするかで頭の中が一杯になっていて、恩人たちの詳細を聞く余裕を失っていたのだ。


 モルガート王子はミコトに感謝の言葉を述べ、バジリスク討伐の苦労をねぎらった。

「ふむ、このような優秀な人材をシュマルディンに取られてしまったとは残念であるが仕方ない。シュマルディン、私の恩人であるミコトを大切にするのだぞ」

「もちろんです、兄上」


「さて、目的である廉価版魔導武器の威力は確かめらた。使い方に依っては優れた武器になると知った以上、オラツェルだけに魔導武器の部隊を作らせる訳にはいかん。簡易魔導核一〇〇個を用意致せ」


 モルガート王子も大口注文を出してくれるようだ。一個に付き金貨五枚が入る俺としては嬉しいが、この国の将来が不安になる。


 モルガート王子の注文にダルバル爺さんも喜び笑顔を見せる。二人の王子に簡易魔導核を幾らで売っているのか、俺には知らされていない。


 だが、あの喜び方から推察するとかなりの利益が太守、実際はダルバルの懐に入るようだ。一つの都市を管理するにはそれくらいのしたたかさがないと無理なのだろう。

「早速魔道具職人を手配致します」


 モルガート王子は太守館に戻ると意外な命令を二人の護衛に出した。

「ヤロシュとニムリスよ。私の護衛ばかりでは腕が鈍るであろう。武器として使える魔物の素材を集めてくれ」

「ですが、殿下の護衛は如何致します」


 ヤロシュがモルガート王子の安全を心配する。

「必要ない。太守館に滞在する私に何の心配が有ると言うのだ」


 モルガート王子は魔物の素材と簡易魔導核を使って魔導武器を試作するつもりのようだ。色々な魔物の素材で魔導武器を試作し優秀な組み合わせが見つかったら量産しようと考えているのだろう。


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