第128話 太守館のモルガート王子

 その日、真っ赤になった太陽が樹海に沈もうとする頃、魔導飛行船が迷宮都市に到着した。魔導飛行船は帆をたたみ始め速度を落とすとゆっくりと降下し始める。


 モルガート王子は甲板に立ち近付いて来る迷宮都市の様子を観察する。人口五万人と言われているが、一〇年前に行われた調査結果であり、正確に行われたとも思えない。


 この都市には大勢のハンターや職人、商人が居る。迷宮から産出する素材や鉱物を狙って集まるのだが、日々増減している為、太守であっても正確な人口を把握するなど不可能なのだ。


 夕闇が迫り街のあちこちで灯が点る。闇の中に灯りが一つ二つ増えていくのは幻想的な光景だった。太守館の傍にある着陸用の人工池が見えて来た。魔導飛行船は人工池の上まで来ると一気に高度を落とした。


 ザバーッと波が立ち魔導飛行船が着水する。こんな着陸を陸上ですれば車輪が付いていたとしても船体が損傷するだろう。故に魔導飛行船は川や池などの水上に着水するようになっている。


 来訪したモルガート王子の一行を太守であるシュマルディン王子は歓迎した。ダルバルにとって意外だったのはカザイル王国のムアトル公爵の存在で、何の為に同行したのか全く不明だった。


 その夜は迷宮産の荊棘けいきょく水牛の肉と樹海で採れた茸をメインにした食事が振る舞われた。荊棘けいきょく水牛の肉は柔らかく最上級の部類に入る食材だ。因みに荊棘けいきょく水牛はハリネズミのように全身棘だらけの水牛である。


 シュマルディン王子のもてなしにモルガート王子は満足したようだが、ムアトル公爵が不満を漏らした。

「食材は一流なのに、馬鹿の一つ覚えのように焼いて塩を振っただけ、遅れている国は料理まで古臭いね」


 モルガート王子のコメカミがピクピク痙攣するのをディンは見た。魔導先進国であるカザイル王国から来た公爵はマウセリア王国を一段低い文明国と認識しているようで、言葉の端々から傲慢さが感じられる。


「これは申し訳ない。ムアトル公爵のお口には合いませんでしたか」

 ダルバルは怒りを抑え頭を下げる。相手は同盟国の公爵であると知って、機嫌を損ねては問題になると考えているようだ。


「いや、肉自体は美味かった。だが、マウセリアの調味料は塩だけなのか。胡椒や他の香辛料は使わんのかね」


 この世界にも香辛料は存在し、胡椒や辛子に似たものも有る。しかし、その原産地は遥か南の群島であり危険な海を渡って取って来れるのは、数多くの魔導飛行船を所有する魔導先進国のみであった。


「カザイル王国が売ってくれれば、我が国でも使えるのですが」

 モルガート王子が無理だと判っていて言う。


「我が国でも香辛料は不足しているんだ。売るなど、とんでもない」

 大型の魔導飛行船を使っても運べる量はそれほど多くない。長旅になるとどうしても水や食料を大量に積み込まねばならず、肝心の交易品を大量には運べない。


 魔導先進国と言われるカザイル王国でも魔導バッグに類似したものは知られておらず、マウセリア王国が所有する古代魔導帝国の秘宝『極大収納バッグ』を狙っていると噂されている。


 因みに魔導飛行船ではなく大型帆船を使わない理由は、海の魔物の襲撃が怖いからだ。航路上に大型海洋竜の巣があり、大型船でも難破する危険が大きいのだ。


 ディンは客人たちの話を聞きながら南の群島へも行ってみたいと思った。だが、我が国に二隻しか無い魔導飛行船を自分の冒険に使わせてくれるとは思えず諦める。


 モルガート王子たちも疲れている様子なので、早めに晩餐を切り上げ用意した部屋で休んで貰う。


 魔導飛行船が到着した翌朝、俺は太守館へ呼ばれ、所有している服の中で一番貴族らしいものを選んで着て来た。バジリスクの革鎧をとも考えたのだが、戦いに行く訳ではないので止めた。


 太守館に到着して案内されたのは衛兵たちが使う訓練所だった。四〇メートル四方の箱庭のような場所で、中央に空き地が有り、その周囲を疎らな木が囲っている。


 その中央にモルガート王子と護衛兵二人、ディンとダルバル爺さん、ラシュレ衛兵隊長が待っていた。

「おお、間に合ったか、ミコト。モルガート殿下、この若者が剛雷槌槍を考案した者です」

 ダルバル爺さんに紹介され、俺は頭を下げて挨拶する。


「ミコト・キジマと申します。お初にお目に掛かり光栄に存じます」

 モルガート王子が値踏みするように俺を見て声を発した。

「若いな、この者は武器職人なのか?」


 ダルバル爺さんが素早く応える。

「いえ、シュマルディン王子の教育係をしております」

 そうだった。教育係になったんだ。もう少しでハンターだと言うところだった。


「シュマルディンの教育係か。シュマルディン、何を教わっているのだ?」

 ディンは俺から教わった事を思い出すように少し考えてから。


「魔法です。ミコトからは魔法と魔物との戦い方を習っています」

「なるほど、ここは迷宮都市。魔物との戦い方を覚えるのも勉強の一つか」


 突然、モルガート王子の護衛の一人が口を挟んだ。

「モルガート殿下、少しよろしゅうございますか」

「何だ、ニムリス。魔法と聞いて興味を持ったのか」


 ニムリスと呼ばれた男は、ローブ姿の壮年男性でいつも眉間にシワを寄せている。

「ハッ、魔導師としてシュマルディン殿下にどのような魔法を教えているのか興味を覚えました」

「まあ、それは後ほど聞こう。まずは魔導武器の威力を見たい」


 ラシュレ衛兵隊長が剛雷槌槍をモルガート王子に渡し。

「これが剛雷槌槍と呼ぶ魔導武器でございます」

 モルガート王子は剛雷槌槍の隅々まで観察し、傷を持つ護衛兵に渡した。

「ヤロシュ、その魔導武器をどう思う?」


 ダルバル爺さんがヤロシュの名を聞いてハッとしたような顔をした。有名人なのだろうか。

「鎚の部分と槍の穂先はミスリル合金のようですな。しかし四等級の低品質。魔導核も小さく廉価版魔導武器と聞いておりましたが、これで十分な威力を持つのでしょうか」


 ハンターギルドのアルフォス支部長並みの目利きのようだ。ヤロシュと言う名は初耳だが、元々辺境の迷宮都市から遠くへは離れた経験がない。王都辺りで有名な人物なのかもしれないが……。


「モルガート殿下、威力試しの標的はこちらに用意してあります」

 ダルバル爺さんは試し用に大剣甲虫の死骸を用意したようだ。腹側を炎で焼かれ死んでいるが背中側の硬い外殻は健在である。その大剣甲虫は頭を上にして訓練所に生えている木に縛り付けられていた。


 モルガート王子が腰に帯びた剣を抜き、大剣甲虫の外殻に斬りつけた。外殻の硬さを試したようだ。

「掠り傷が付いただけか。ヤロシュ、その魔導武器を試してみろ」

 モルガート王子が命じた。


 ヤロシュは魔導核に触って魔力を込め雷発の槌で大剣甲虫の頭を叩いた。バチッという音がして青白い火花が飛ぶ。モルガート王子がフムと頷いた。


 続いて赤く輝き始めた剛突の槍を大剣甲虫の頭目掛けて突く。ガスッと音がして槍の穂先が黒い外殻に減り込んだ。


「なるほど、これならば敵を雷撃で麻痺させ止めを刺せる。よく考えてはあるが、対魔物用の武器だな」

 ヤロシュが冷静な口調で告げる。その言葉にモルガート王子が興味を持った。


「何故だ。人を相手にも使えるだろ」

「もちろん使えますが、人間を相手にするには使い勝手が悪いのです。そうではないか、ミコト殿」

 俺は感心しながらも頷く。ディンは理解が追いつかないようで頭を捻っている。


「ええ、これは樹海の魔物を倒す為に考案した魔導武器です。人間を相手にするなら、雷発の槌だけの魔導武器にしたでしょう」


 ディンが大きく頷いた。

「そうか、剛突の槍は硬い外殻に守られた魔物を倒す為に必要だったんだ。人間相手なら頭を鎚でもう一回叩けば仕留められる」


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