第127話 ミコト、貴族になる

 モルガート王子が俺をスカウトするかもしれないと聞いて、ちょっと不安になる。その誘いを断ることは出来るのだろうか?


「その可能性については考えてなかった。早めに手を打たねばならんな」

 ダルバル爺さんは考えた末に、何らかの対処が必要だと言い出した。俺は気になったので尋ねる。

「手を打つってどうするんです?」


「正式にシュマルディンの教育係として契約するのだ。そうすればモルガート王子とて手を出し難くなる。それに王族であるシュマルディンならミコトを士爵に叙爵じょしゃくする事が可能だ。そうすればミコトも安心だろう」


 王位継承権を持つ王族は五人の配下を士爵に叙爵する権利を持っている。そして、王以外の者は最下級ではあっても貴族である者を強制的に従わせる事は出来ない……はずだという。


 法令上はそうなっているが、下級貴族が王族に逆らうことなど実際出来ない。だが、同じ王族であるディンと正式に契約しているなら、断る事も可能だ。


「どうする?」

 ダルバル爺さんがディンに尋ねる。

「うん、ミコトを士爵にして、正式に教育係にする」


 俺は貴族にするというディンの言葉に感激した。貴族制度が廃止された日本から来た俺は、貴族という存在に何かしらの憧れが有る。ただ、貴族という言葉で連想するイメージは、テレビで見たコメディアンが扮する男爵の姿である。


「言っておくが貴族とはいえ士爵はそれほどいいものではないぞ」

 ダルバルが説明してくれた話によると士爵は一代限りの身分で領地も貰えないそうだ。


 本来は何らかの功績のあった人物に贈られる褒美なのだそうで、王家に仕えた執事などが現役を退き隠居する時に叙爵されるような名誉だけのものらしい。

 士爵の他に騎士爵という武功の有った軍人に送られるものもあるが、これは王だけが指名出来る。


 ダルバル爺さんは従士に命じ必要な書類を整えさせディンが署名した。これで俺も貴族になった訳だが、全然実感が無い。


 紙一枚渡されて貴族だよと言われても何か納得出来ないものが有る。後は王家に届け出れば、正式に俺は貴族となるらしい。


「剛雷槌槍を作ったカリス親方はいいのか?」

 俺が気に掛かった点を質問するとダルバルが応える。


「親方はミコトに頼まれて部品を作っただけのようだ。どうやって魔物の素材に秘められている源紋をミスリル合金に複写したかは教えて貰えなかったが、どうせミコトが関係しているのだろう」


 剛雷槌槍を製作した時は、バジリスクの爪や雷黒猿の雷角の欠片を『剛突の槍』や『雷発の鎚』に入れてあると誤魔化したのだが、製作が終わった後、そのまま魔物の素材をハンターギルドに返してしまったのは失敗だった。あの時は疲れ過ぎていて深く考える気力がなかったんだよな。

「まあよい」

 それ以上追求しなかったので、俺はホッとした。


「モルガート王子が到着され、一休みされてから呼ぶので外出せずに準備をしておれ」

 帰ろうとした俺とカリス親方に、ディンが待ったを掛けた。


「僕から兄上にプレゼントをしたいんだ。魔導武器を一つ作ってくれないかな」

「おお、それは良い考えだ。ミコト、どのような魔導武器が良いか考えて用意しろ」


 ダルバル爺さんが珍しくディンの意見に賛成する。しかも俺に丸投げした。

「判りました」

 丸投げするのなら、がっぽり儲けてやる。


 俺とカリス親方は一緒に太守館を出る。太守館の建っている高台の角に造られた大きな人工池が目に入った。


 長さ五〇〇メートル、幅が一〇〇メートルほどの長方形の池で渇水対策かと思っていたのだが、この人工池は魔導飛行船が着陸する滑走路の役割を持つらしい。


「ミコト、士爵に叙爵おめでとう」

 カリス親方が祝ってくれた。それを聞いた俺は全く嬉しくなくなっていた。

「貴族になったんだぞ。嬉しくないのか?」

 親方に言われて、溜め息が溢れた。


「貴族になった理由を考えると、あんまり嬉しくない」

 正直に言うと親方が笑って背中をピシャリと叩いた。

「元気を出せ。それよりモルガート王子へ贈る魔導武器はどうするんだ?」


 魔導武器を作るとなればカリス親方に頼むしかないので気になったようだ。

「剛雷槌槍じゃ駄目かな」

「オラツェル王子には、バジリスクの素材が無いので製作できませんと断ったのを忘れたか」


「そうだった。足軽蟷螂の鎌や大剣甲虫の剣角はありきたりだし、炎角獣の狩場は迷宮都市から遠いからな、ん……親方は以前に強化剣を研究していたと言ってたよね。その中に使えそうな素材はなかった?」


 カリス親方が毛が一本もない頭をごつい掌でゴシゴシと磨きながら考え、何かを思い出したように目を見開いた。


「サーベルバードがいいんじゃねえか」

 親方が推挙した鳥の魔物は全長三メートル、片翼の長さが五メートルという大型の鳥で魔力により風を纏って翔び、敵に出遭うと<豪風刃>に似た魔法を放ち攻撃する。サーベルバードが倒した敵は剣で切り刻まれたようになるので、その名が付けられたようだ。


 サーベルバードは迷宮都市の北、勇者の迷宮を通り過ぎた先にある巨木の森に住む魔物である。かなりの攻撃力を持つ魔物だが、防御力は低く攻撃を当てられさえすれば倒せるルーク級中位の魔物だった。


 親方からサーベルバードの話を聞いて、俺は使えると思った。

「俺はモルガート王子の呼び出しに備えて動けないから、伊丹さんに狩って来て貰うか。でも、倉木さんたちの訓練も有るんだよな」


「巨木の森は昆虫型魔物やホブゴブリンが住み着いてるぞ。若い連中を育てているのなら丁度いいんじゃねえか」


 俺は親方が言った魔物について考えた。昆虫型魔物は集団で襲う事はほとんどないが、ホブゴブリンは集団で襲う習性がある。

「伊丹さんだけだと手が足りないかもしれないな。リカヤたちにも護衛を頼むか」


 カリス親方と途中で別れ、俺は趙悠館に戻った。自分の部屋に戻るとオリガがアカネと一緒にミトア語の発音練習をしていた。


「ミコトお兄ちゃん、お帰りなさい」

 俺に気付いたオリガが駆け寄って腰に抱き付いた。俺はオリガを抱き上げ、「ただいま」と返事をする。その様子をアカネが笑みを浮かべ黙って見ている。


「アカネさんにも丁度良いかもしれないな」

 俺は巨木の森へ狩りに行くメンバーにアカネを加えようと考えた。

「えっ、何の話?」


 俺の独り言に反応してアカネが訊いた。巨木の森へサーベルバードを狩りに伊丹を行かせると伝え、参加するか確認する。


「昆虫型魔物が居るのなら行きます。山刀甲虫が居るかしら」

 山刀甲虫は山刀のような角を持つてんとう虫を巨大化したような魔物で、その山刀角には『衝撃斬』の源紋が秘められており、切れ味増加と衝撃波放出の効果がある。アカネが新しい武器にと狙っているものだった。


 伊丹が自衛官たちの座学を終わらせ外へ出て来た。俺は伊丹に声を掛け、サーベルバードについて頼んだ。


「承知いたした。巨木の森は初めての狩場でござるが、昆虫型魔物とホブゴブリンならば問題あるまい。ただ、サーベルバードを仕留めるには飛び道具が必要でござるな」


 その事については考えていた。

「迷宮のスケルトン神殿騎士から奪った魔導武器の改修が終わったとカリス親方から言われた。あれならサーベルバードとも戦えるんじゃないか」


「『飛翔刃』の源紋を持つ魔導武器か。あれを拙者が使ってもよろしいのでござるか」

「俺にはパチンコがあるから構わないよ」

「ならば遠慮無く」


 伊丹は俺に礼を言って、食堂の方へ向かった。食事を済ませてから自衛官たちと槍トカゲ狩りに行くのだ。


 最近は威力不足という問題も有りあまり出番はないパチンコだが、自分が開発したので愛着がある。このまま埋もれさせるには惜しいので、薫が開発した<氷結魔導印フリーズマジックマーク>と<爆炎魔導印エクスプローズマジックマーク>を参考にしてオリジナル応用魔法を開発すれば使えるようになると考えている。


 開発については、俺自身で行うつもりだ。これでも地道に勉強はしている。神意文字や加護神紋、応用魔法、補助神紋図は見れば理解出来る。薫ほどの天分はないが、ちょっとした改造なら可能なくらいは実力が付いたと思っている。


 モルガート王子に贈る魔導武器も薫が開発した補助神紋図では使い難いので、少し改造する必要がある。それくらいの改造は出来るようになっているのだ。


 薫が居る間は頼りっきりになっていたが、久しぶりに魔法関連で頑張るつもりになった。

 そう言えば、皆に士爵になった事を伝え忘れた。まあいいか、名誉貴族みたいなものだしな。


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