第125話 魔導バッグ

 アカネと児島が話していた頃、俺はオリガと一緒にカリス工房へ来ていた。

「親方、この前は済まなかった」

 俺は『剛雷槌槍』を短期間に三〇本作った時に相当無理させたのを謝った。


「こっちも商売だ。気にするな。それより今日はどうしたんだ?」

 カリス親方は筋肉質の逞しい体を持ったツルツル頭のオッさんである。俺はオリガを紹介した。

「可愛い子じゃないか。よろしくな」


 カリス親方に話し掛けられたオリガは、ペコリと頭を下げる。

「よろちくおにぇがいしましゅ」

 オリガにも知識の宝珠を与え、共通語であるミトア語と古代魔導帝国の言語であるエトワ語を習得させている。但し、ちゃんと話せるようになるには時間が必要だ。


「今日は、オリガの装備を注文しに来たんだ」

 カリス親方が表情を曇らせた。

「おいおい、こんな小さな子供を狩りに連れて行くつもりか?」


「俺だって危険な目には遭わせたくない。だけど、オリガに世界を見せてやるには必要な神紋が有るんだ」

 親方もオリガの眼が見えていないのには気付いていた。


「神紋を得る方法は二つ、魔導寺院で神紋付与陣を目にするか。知識の宝珠で神紋を得るか。眼の不自由なお嬢ちゃんには知識の宝珠が必要だろう。手に入れてあるのか」


 俺はニヤリと笑った。

「ああ、魔道具屋で『魔力袋の神紋』を見付けて以来、街中の魔道具屋を巡って神紋を秘めている知識の宝珠を探したんだ」


「知識の宝珠で神紋を得るにしても、神紋の扉で適性を得ているか調べなきゃ怖くて使えないぞ」


 神紋の扉が反応しない神紋付与陣を試して死んだ者が居ると聞いている。俺は『時空結界術の神紋』を知識の宝珠から得る時に躊躇いもなく試したが、それは死に繋がる危険な行為だった。運良く適性が有り『時空結界術の神紋』を得られたが、その危険を知った後に冷や汗をかいた。


 『魔力袋の神紋』の知識の宝珠を使わせる前に、オリガに魔導寺院で適性があるか神紋の扉を試させたのには意味が有ったのだ。


「それで装備は、どんな物がいいんだ?」

「金は幾ら掛かっても構わない。軽くて丈夫なものを頼む」


「お、太っ腹だな。そうなるとワイバーンの革鎧なんてどうだ。前金を貰えればハンターギルドで仕入れて来てやるぞ」


 空を飛ぶワイバーンの皮は丈夫で軽いと評判である。

「いいですね。前金は払いますのでお願いします」

「よし、それじゃあ採寸するか。お嬢ちゃん、こっちにおいで」


 オリガがカリス親方に近付くと手早く採寸し、注文票にオリガのサイズが書き込まれた。

「少し大きめに作ってやるよ。その方が長く装備出来るからな」

 俺とカリス親方はどんな防具にするか打ち合わせをした。


「ところで、この前持ち込んだ皮を使ったバッグは出来上がった?」

「おう、出来上がってるぞ。しかし、あの黒い袋は何に使うんだ。魔導核を付けているから魔道具なんだろうが、折り畳んじまったら何も入れられないだろ」


 持ち込んだ皮というのは、爆裂砂蛇の胃袋である。この胃袋は二重構造になっており、内側は通常の胃袋と同じ消化液を分泌する細胞などもある粘膜や筋肉の層で、外側は『次空間遷移』の源紋を秘めた保護膜となっていた。


 俺は保護膜の部分だけを剥ぎ取り、カリス親方に預け斜め掛けショルダーバッグに仕立ててもらった。外側は耐久性の有る斑ボアの皮を使いバッグの内側には、『次空間遷移』の源紋を秘めた保護膜を袋状にしたものを畳み込んで入れてある。


 出し入れ口は長さ六〇センチほどと大き目に作り、小柄な者ならそのまま入れるほどだ。そして、このバッグで一番奇妙なのが保護膜製の袋に取り付けられた魔導核である。


 魔導核には薫が設計した補助神紋図が刻まれていた。所有者が込めた魔力を溜め込み少しずつ放出する機能と魔力を込める者を限定する機能が備わっていた。


 カリス親方が持って来たバッグは細長いバッグで中には黒い袋が折り畳まれて入っていた。

「冷凍用の袋とかなら見た事が有るが、違うんだろ」

 協力してくれた親方にだけは秘密を打ち明ける。


「世話になっている親方にだけは教えますけど、秘密ですよ」

「口は堅い方だ。心配するな」

 俺は魔導核に魔力を込める。この魔導核に使っている魔晶玉はナイト級下位の雷黒猿から剥ぎ取ったもので、満杯になるまで魔力を込めると一ヶ月ほどは保つらしい。


「ミコトお兄ちゃん、それは何? ……綺麗に光り出したよ」

 オリガがバッグから溢れ出す魔力を見て不思議そうな顔をしている。俺は魔道具だと教えた。


 魔力が感知出来ない者でも、先程まで黒いだけの袋だったものが光沢を帯び始めるのが見えただろう。俺は傍にあった二メートルほどの棒を中に入れた。長さが一メートルもないバッグに二メートルの棒がスルスルと入る。


「何だそりゃ!」

 親方が大声を上げた。俺は近くにあった工具箱や煉瓦を次々に入れてバッグを閉める。出し入れ口はデカイがま口のような構造になっておりパチリと閉まった。


 俺はバッグを持ち上げた。何も入っていないように軽い。そのバッグを親方に渡した。

「げっ、この重さは……」

「便利なバッグだろ」


「こいつは古代魔導帝国の遺物と同じものじゃねえか」

 古代魔導帝国の遺跡から発掘された遺物の中に、大量の荷物を仕舞えるバッグが有ったそうだ。そのバッグはオークションに出され、王家が金貨一万枚ほどで落札し所有していた。


「ええっ、金貨一万枚……」

 大量の荷物を運べるのなら戦略上有利になる。それを可能とする魔道具なら金貨一万枚でも安いだろう。


 しかし、俺のバッグはそれほどの量を入れられない。このバッグに仕舞い込める量は保護膜製の袋の容量と同じなので、三畳ほどの広さの物置程度の容量でしかない。


 どう考えても戦略上有利になるようなものではなかった。その事をカリス親方に説明する。

「まあ、そりゃそうか。金貨一万枚もするようなものを俺の工房で作れる訳ないな」


 俺は<圧縮結界>で縮小した物をバッグに詰め込んだら、相当な量が運べるのではと考えたが、『次空間遷移』と<圧縮結界>とがどう影響するのか判らない状態では実験する気にもならない。

 もし失敗して爆発でも起きたら、どれほどの被害を及ぼすか予想もつかないからだ。


「でもよ。このバッグでも金貨三〇〇枚出すという連中は大勢居ると思うぜ」

「手放す気はないよ。苦労して手に入れた素材だからな」

「ところで、あの黒い皮がどんな魔物から剥ぎ取ったものか教えてくれねえか」


 俺は首を振って拒否する。。

「いくら親方でも教えられないよ。金貨三〇〇枚だろ」

「だろうと思ったぜ」


 俺はバッグを『魔導バッグ』と名付けた。アカネには安直だと言われたが、俺にネーミングセンスを期待するのが間違いなのだ。


 俺とオリガが趙悠館に戻ると伊丹たちが樹海から帰って来た。自衛官三人がよれよれになっている。

「今日は何を狩りに行ったんだ?」


「コボルトでござる。ただ、帰りに歩兵蟻一匹と遭遇したので戦わせてみたのでござるが、まだ早かったようで、あのような姿に」

 俺は敗残兵のようにボロボロになっている自衛官に同情する。


「ちょっと休養が必要だな。明日の午前中は座学にして、午後からは槍トカゲ狩りに行って貰うか」

 伊丹は俺の狙いが判ったようで頷く。


「パチンコでござるか。自衛隊には飛び道具が付き物だと」

「自衛隊だからって事じゃなくて、パチンコはサバイバルに便利だからね」


 俺と伊丹が明日の予定を話しているところに、太守館から使いが来た。ダルバル爺さんからの呼び出しで、明日の午前中に太守館へ来て欲しいらしい。


 何事か起きたようだ。俺としては政治絡みの事件は勘弁して欲しいのだが、お偉いさんからの呼び出しだから無視出来ない。


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