第122話 炎角槍とオラツェル王子
ミコトたちが異世界に転移した日の昼、港湾都市モントハルの選士府で第二王子派のメンバーが会合を開いていた。
選士府は、高級ホテルだった建物をオラツェル王子が接収したもので、会合に使う部屋は宴会場だったものだ。
「エルバ子爵、例の魔導核は手に入ったのか?」
王都からオラツェル王子に会う為に来ているクモリス財務卿が、兵力増強の為に購入すると聞いている魔導核について、迷宮都市との交渉を任されているエルバ子爵に尋ねた。
クモリス財務卿自身は、剛雷鎚槍を見ていないので迷宮都市の職人が開発したという魔導武器の威力を知らない。それでもオラツェル王子が執心していると聞いて興味を持った。
「注文通りのものを三〇個手に入れています。一〇日後にも三〇個が届くはずです」
エルバ子爵が答えるとオラツェル王子が満足そうに頷いた。
「それで魔導武器の製作は進んでいるのか?」
今度はオラツェル王子が尋ねた。魔導武器の製作はアクベルが任されていた。
「各地に派遣したハンターたちが、足軽蟷螂の鎌と炎角獣の角を持って戻りました。それを使った魔導武器が完成しています」
アクベルが答えるとクモリス財務卿が、
「出来ているのか。ならば何故披露しない。気の利かん奴だな」
その言葉に一瞬アクベルは顔を歪める。だが次の瞬間には仮面を被ったような無表情になり、父親とオラツェル王子に謝まる。
「これは失礼致しました。魔導武器を持って参りますので庭の方へ移動をお願い致します」
アクベルの言葉で、全員が選士府の庭に移動した。
そこに二本の長柄武器が持ち込まれる。リカヤが使っている鎌薙ぎ槍とほとんど同じものと炎角獣の角を使った炎角槍だった。
庭にマウセリア王国の一般兵が装備するスケイルメイルを着せられた
兵士が案山子を地面に突き立てるのに手間取っていた。
「まだ、準備が出来んのか。アクベル、お前の指示が悪いのではないか」
アクベルは父親であるクモリス財務卿の言葉に怒りを蓄積させていた。それでも我慢し従順な息子を演じ続けた。漸く準備が終わり、護衛兵二人を近くへ呼んだ。
「まずは鎌薙ぎ槍の威力を見て貰いましょう」
アクベルが王子の護衛兵の一人に鎌薙ぎ槍を渡し案山子を斬るように命令した。護衛兵が鎌薙ぎ槍の魔導核に触れ魔力を充填する。鎌薙ぎ槍が淡い光を放ち始める。
護衛兵は袈裟懸けに鎌薙ぎ槍を振り下ろした。淡い光を放つ刃がスケイルメイルに当たり覆っている鉄片を切り裂く。案山子の骨組みも断ち切られ無残な姿になった。
「ほう、中々の威力だな」
クモリス財務卿が感想を述べた。しかし、オラツェル王子は不満そうに顔を顰める。
「迷宮都市の奴らが持っていた槍の方が威力が有りそうに感じるのは、私の思い違いか?」
「あれはバジリスクの爪を素材として使っていると聞いておりますれば、足軽蟷螂の鎌と較べても仕方ございません。その代わり数を揃えられます」
アクベルの返答に納得いかない、渋い顔のオラツェル王子の代わりにクモリス財務卿が厳しい視線をアクベルへ向ける。
「そのような事は王子様や儂が判断する。要らぬ口を叩くな」
それまで沈黙していたエルバ子爵が口を挟む。
「アクベル殿の言うことも一理有りますぞ。数は力と申しますからな。炎角槍の方はどうだ?」
アクベルが合図を送ると別の護衛兵が炎角槍を持って案山子の前に立った。オレンジ色で三〇センチほどの槍角は武器には見えなかった。先端が少し丸くなっていて敵に突き刺さらないように思えたからだ。
「始めろ」
アクベルが命じる前に、クモリス財務卿が護衛兵に命じた。護衛兵が炎角槍の魔導核に触れてから一拍置いて槍角から炎が噴き出した。
炎が螺旋状に渦を巻きながら七メートルほど伸びる。その勢いは凄まじく案山子に当たった炎が弾け案山子全体を炎で包む。
クモリス財務卿が驚いた顔をしている。
「これは凄まじいな」
同じような魔法に<
「アクベル、炎角槍の数を増やせ」
オラツェル王子が炎角槍の威力に目を輝かせていた。この武器を数百本も揃えれば無敵の兵団が誕生するのではないかと考えた。
「炎角槍を持つ兵団が誕生すれば、大国のパルサ帝国やミズール大真国だろうと恐れる必要はなくなるのではないか。我が国の兵士が炎の壁を作って敵に向かう様を想像してみよ……素晴らしい」
突然、目を輝かせて無敵の兵団について語り始めた王子に、クモリス財務卿が待ったを掛けた。
「アクベル、炎角獣の角は何本有る?」
「……三本です」
「なにっ……たったの三本だけなのか」
クモリス財務卿が息子を叱責するように声を荒げた。
「炎角獣はミズール大真国との国境付近の草原に居る魔物です。あそこに大人数のハンターを派遣するのは外交上問題が有るのです」
「あのヴォルバ大草原に炎角獣は居るのか……あそこは慎重に行動したほうがいいな」
エルバ子爵がアクベルを援護するような言葉を口にした。
それを聞いていたオラツェル王子が不機嫌になった。
「馬鹿を申すな。たかが十数名のハンターを行かせたくらいで問題になるはずがない。腕の良いハンターを派遣して炎角獣の角を集めさせろ」
炎角獣は装甲のような厚く硬い皮に守られた魔物で正面から戦って倒すのは難しい。この
魔法で倒す方法も有るが、第二階梯神紋のレベル3以上の応用魔法でなければダメージは与えられない。
優秀なハンターが集められ、港湾都市モントハルの西にあるヴォルバ大草原へ向かった。その後、クモリス財務卿は王都へ戻る為に街から去った。
クモリス財務卿を見送った後、アクベルは一通の密書を書いた。宛先はモルガート王子が選士府を宣言した交易都市ミュムルと取引のある商人で、中には迷宮都市で簡易魔導核の補助神紋図が考案された情報、オラツェル王子が安価で強力な魔導武器を持つ戦闘集団を創り出そうとしている状況が記されていた。
◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆
俺たちは村の宿屋で静かな夜を過ごした。自衛官の三人が悪い夢を見たのかうなされているようだった。魔物とはいえ人の形をした生き物を殺した経験は、ストレスとなって三人の精神に負担を掛けているのだろう。
翌朝、目を覚ますと隣の寝床でオリガが寝ていた。夜中に何度も寝返りを打っていたので、環境が変わって熟睡出来なかったようだ。
「オリガ、おはよう」
オリガが横になったまま目を開いた。綺麗な眼だ。しかし、その眼が眩しいほどの陽光でさえ見えていないのを知っている俺は、胸が締め付けられるような感情を覚えた。
「おはようごじゃまぁふ」
寝ぼけていてもオリガは可愛かった。オリガは手探りで寝床の片隅に置いてある服を探し当て手慣れた様子で服を着る。目が見えないとは思えないほど確かな仕草だった。
倉木三等陸尉たちと伊丹も起きたので、宿の主人が用意した朝食をしっかりと食べた。夕食抜きで寝てしまった三人の為に宿の主人に朝食を多めに用意してくれるように頼んであった。
固いパンと野菜スープにサラダというシンプルな食事だったが、三人は
オリガは固いパンを呑み込むのに苦労している。スープにつけてから食べさせたのだが、固いパンは苦手のようだ。アカネが幾種類かの果物を使って天然酵母を試作しているので、それに期待するしかない。
後、地元民はあまり食べないようだが、長粒米に似た穀物が存在するので炊いて食べさせるのがいいだろう。
朝早くに村を出発した俺たちは、太陽が真上に昇った頃迷宮都市に辿り着いた。初めて迷宮都市を目にした倉木三等陸尉たちは、その偉容に驚いた。立ち尽くす三人に中に入るように促し迷宮都市に入ってハンターギルドへ向かう。
ギルドへ来たのは自衛官三人とオリガの身分証となる見習い登録証を発行して貰う為だ。受付カウンターにカレラさんが居たので彼女に四人の登録をお願いした。
幼いオリガについては、カレラさんも不審に思ったらしく尋ねてきた。
「そんな小さな子もハンターにする気?」
「商人の子供と同じだよ。街に出入りする度に金を支払っていたんじゃ勿体ないだろ」
「やっぱり身分証代わりにするつもりね。困ったもんだわ」
「ギルドの規約に年齢制限なんて無いんだから問題無いだろ」
「その子が将来、本当にハンターになるのなら嬉しいんだけど、見習い登録証で終わるのならギルド職員としては虚しくなるわ」
カレラさんは愚痴を零しながらも手続きを済ませ見習いの登録証を発行してくれた。
ギルドを出た俺たちは商店街で着替えや下着、生活雑貨を買ってから魔導寺院へと向かった。自衛官の三人に『魔力袋の神紋』を授ける為だ。
オリガにも神紋を与えたかったが、目の見えない者に神紋付与陣は効果が無さそうなので別の方法を考えていた。
俺はオリガに神紋の扉を試させた。嬉しい事にちゃんと扉は反応し『魔力袋の神紋』を授かる適性があるのだけは確かめられた。樹海で魔物の魔粒子を浴びたお陰だろう。三人の自衛官にも試させ、問題なく反応するのを確認した。
無事に『魔力袋の神紋』を授かった三人は、初めて体験した魔法に呆然としていた。この状態は神紋付与陣が神紋を授かる者から強制的に魔力を吸収する為と精神内の神紋記憶域に神紋が刻み込まれた負担により精神的疲労が起きたと考えられている。
魔導寺院の近くにある公園で少し休んでから、趙悠館へ向かった。趙悠館の一部が完成していた。趙悠館は『へ』の字形をした建物である。角から左側の部分が俺や伊丹たちの部屋となるA棟、角の部分に厨房と食堂が有り、右側部分が宿泊施設であるB棟となっている。
建物は二階建てでA棟は八部屋、B棟は二十八部屋ある。現在完成しているのはA棟の部分で八部屋が使えるようになっていた。
俺と伊丹、アカネはA棟の二階にある部屋に引っ越した。オリガも一緒に生活するつもりだ。
そして、アカネと一緒に転移して来たピアニスト児島もA棟の一部屋に宿泊して貰っている。部屋は六畳ほどの寝室と八畳ほどの仕事部屋に仕切られていて一人住まいなら十分な広さだ。
「ここはミコトお兄ちゃんの部屋なの?」
初めて部屋に入ったオリガが不安そうにしていた。
「そうだよ。オリガもこの部屋に住むんだ。児童養護施設みたいに広くないけど我慢してね」
「うん」
オリガは部屋の中を手探りで調べ回り、間取りや家具の配置を頭の中に入れた。それだけではなく、俺に案内されながらも趙悠館の敷地内を周回し地形を把握したようだ。
オリガは努力家だ。それに我慢強い。生きていく為に色々な事を我慢してきた。俺が初めてオリガに会った時、ビスクドールのようだと思った。子供らしい煌めくような感情や弾む声、踊るような仕草などを失っていたからだ。
そんなオリガを今のように笑えるようにしたのは、香月師範の存在が大きかった。まずオリガの信頼を勝ち取り、少しずつ子供らしい表情や仕草を取り戻させた。
俺も協力した。暇な時は本を読んで上げ、一緒に遊んだ。そして、いつの間にか妹のような存在になっていた。
夕食を食堂で済ませ部屋に戻った俺は、大事に仕舞ってあった知識の宝珠を取り出した。この宝珠は魔道具屋で偶然見付けたもので、ミトア語の宝珠同様に売れ残っていたものだった。
宝珠の中に収められていたものは『魔力袋の神紋』だった。これを見付けた時、すぐにオリガの事を思い出し買い取った。目の見えないオリガでも知識の宝珠なら使えるからだ。
「オリガ、魔法使いになりたくないか?」
「魔法使い? ……かぼちゃを馬車に変えちゃう人」
「まあ、そうだね」
「魔法使いになれば眼が見えるようになるの?」
「頑張れば見えるようになるかもしれないんだ」
「だったら魔法使いになる」
俺は『魔力袋の神紋』が入っている宝珠を渡し呪文を教えた。オリガは恐る恐る宝珠を自分の額に押し当て呪文を唱えた。
「リュナタス・ホゼルカン・ミゼリジェス……宝珠開放」
宝珠から放たれた光がオリガの体に降り注いだ。その光はオリガの全細胞に影響を与え新たな細胞を生んだ。
魔導細胞と呼ばれるそれは、脳にも生まれもう一つの感覚が活動を始めた。魔力を感知する感覚はオリガの世界に光を与えた。あやふやなものだったが、魔力を光として感じる様になったのだ。
オリガの近くに強い光を放つ人物が居た。オリガは俺に顔を向けて。
「ミコトお兄ちゃんなの?」
「魔力を感じるのかい?」
俺も魔力が見えるようになっているが、それは『魔導眼の神紋』を授かった後の事である。この段階で魔力を敏感に感じ取る能力を持つオリガには驚きを感じた。
後で調べてみると『魔導眼の神紋』を持つ俺と同じ程度に魔力や魔粒子が見えるようだ。
「あたし眼が見えるようになったの?」
その言葉を聞いて俺は表情を曇らせた。オリガに変な誤解をさせたようだ。
「違うんだ。オリガは魔力が感じられるようになったんだよ。だから魔力を発している生き物や物は感じられるようになったんだけど、光が見えている訳じゃないんだ」
オリガはガッカリしたように肩を落とし顔を伏せる。
「でも、これは見えるようになる第一歩なんだ。絶対に見えるようにして上げるから」
「判った。あたし頑張る」
一方、三人の自衛官はA棟の一階の部屋を割り当てられた。倉木三等陸尉と森末陸曹長は同じ部屋で寝泊まりする事にした。異郷で一人っきりになるのは少し心細く感じたのだ。
「倉木三等陸尉、魔法をどう思います?」
「魔法ね……今日のあれは、魔法を使えるようにする為の準備みたいなものなんでしょ」
「でも、あの感じは衝撃的でした」
上手く説明出来ないが、体の中に見知らぬ力が生まれた瞬間を忘れる事は出来ないだろう。
「他の連中も『魔力袋の神紋』を授かったのでしょうか?」
「精鋭チームなら、昨日の内に手に入れたかもしれないわよ」
森末陸曹長はレンジャー徽章を持つ同僚たちの顔を思い出した。冷静で強い意志を持った男たちだった。但し、むさいオッさんが多かったので恋愛の対象にはならない。……残念。
そして、一人だけ別の部屋となった筧一等陸曹は、夜空に昇った二つの月と見知らぬ星たちを眺めていた。
「うわーっ、月が二つとか信じられねえ。本当に異世界なんだな」
昨晩は疲れ過ぎて爆睡したので夜空を眺める余裕が無かった。初めて見る異世界の夜は神秘的で、闇の中から何かが襲って来そうな不安を彼の心に与えた。
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