第121話 自衛官とゴブリン

「ミコトお兄ちゃん?」

 オリガが目を覚ました。用意してあった服を着せ魔物の革で作った靴を履かせる。


「服や靴のサイズはちゃんと合っているかい?」

「うん、大丈夫みたい……ここは異世界なの?」

「そうだよ」


 俺はオリガの小さな手を握って伊丹の所へ戻った。伊丹は洞窟の入口に薪を集めて焚き火を起こしていた。夜明けまでは少し時間が有るのでオリガは休ませる事にした。

 隠し部屋から帆布を取り出し帆布を地面に敷き、オリガを座らせた。


 隠し部屋から戻って来た自衛官たちが焚き火の傍に座り自分の選んだ武器を確かめる。伊丹が森末陸曹長が持っている竜爪鉈を見て驚いたような顔をする。


「森末殿は、竜爪鉈を選ばれたのでござるか?」

 三人は伊丹の武士言葉に怪訝な表情をするが、事前に説明してあるのですぐに表情を戻す。

「竜爪鉈? この鉈は特別なの」

「ミコト殿の予備の武器でござる」


 森末陸曹長が俺に確かめる。

「えっ、これを選んじゃいけなかった」

「いや、失くさなようにしてくれたら使ってもいい。……でも、その竜爪鉈に慣れると本番で苦労するかもしれないよ」


「どういう意味ですか?」

「そいつはワイバーンの爪を加工して作った特別製で威力が有るんだ。本番のオーク偵察には持っていけないから普通の武器に変えた時に違和感を持つかもと思ったんだ」


「そんなに威力のある武器なんですか」

 森末陸曹長は驚いていたが、少しだけ竜爪鉈の威力を確かめたいというので使わせる事にした。


 そうしているうちに夜が明け、樹海の樹々の間から太陽が顔を覗かせる。

「今日の予定はゴブリンの住み着いているエリアを通り抜けココス街道へ出ます」


 態々ゴブリンの住み着いているエリアを通るのは、自衛官たちが魔物に慣れる為と魔物が死ぬ時に放出する魔粒子を浴びて貰う為だ。


「あのちいさい奴か。もしかしてうじゃうじゃ出て来るのか」

 筧一等陸曹が面倒臭そうに言う。ゴブリンをなめているな。まあ、魔物の中では最も弱い部類に入る奴だと知られているからな。


 でも、力だけなら大人に匹敵するし殺意を込めて襲って来るあいつらは、初心者には難敵なんだけど。


 俺は自分が使うつもりだった竜爪鉈を森末陸曹長に取られたので隠し部屋から短槍を持ち出した。オリガは伊丹に用意して貰った背負子に乗せる。


 木製の骨組みにベルトで荷物を固定するように作られたものだ。背負子にオリガを乗せベルトで固定する。

「大丈夫か、ベルトがきつくない?」

「うん、平気だよ」


「子供を背負って大丈夫なのか?」

 倉木三等陸尉が可愛いオリガを見て心配になったようだ。

「この辺りは樹海の浅いエリアだから、心配ないですよ」


 伊丹が隠し部屋の扉を元に戻し、洞窟の入口を丸太や草を使って隠してくれたのを俺は確認して出発の号令を発した。

 俺たちは洞窟から東に向かいゴブリンのエリアに踏み込んだ。


 定期的に<魔力感知>を使い索敵しながら進んでいるとゴブリンらしい三つの魔力を感知する。俺は伊丹だけに見えるよう三本の指を立て合図を送る。伊丹が頷いた。


 自衛官たちに知らせないのは、突然魔物と遭遇した時にどういう反応を示すか見るためである。


 突然、ゴブリン三匹が木の陰から現れた時、自衛官たちは動きを止めた。パニックを起こした訳ではなく、初めて魔物に遭遇し驚いたのだ。


 三匹とも武器は棍棒であった。俺が声を上げる。

「敵ですよ。戦って下さい」

 倉木三等陸尉がハッとして、気持ちを切り替え命令を出す。彼女が一番階級が上なので指揮するようだ。


「筧は右、森末は左を」

 そう指示を出すと真ん中のゴブリンに向かっていく。


 三人は精鋭チームには選ばれなかったが、さすがに偵察部隊に選別された自衛官らしく優れた武術を習得していた。倉木三等陸尉は甲源一刀流を学んだ父親から教えを受けた剣術家で剣道の段持ちでもあった。


 ゴブリンが棍棒を振り下ろすのを見て、倉木三等陸尉は剣で受け流す。それは小さな頃から鍛え上げられた反射的な反応だった。


 小さな外見から想像した以上に力の篭った一撃だったので、ヒヤリとする。ゴブリンは興奮しガムシャラに棍棒を振り回す。二撃目、三撃目の棍棒を受け流すうちに、冷静に考えられるようになった。


 緑の皮膚と醜悪な顔、額に小さな角が有るのに気付く。ほとんど裸で腰に汚い布を巻いているだけだった。激しく動くと布が跳ね上がり、見たくなかったものが見えた。


「セクハラゴブリンめ、殺す」

 倉木三等陸尉は初めて殺意を覚え、ゴブリンの攻撃を躱すと走り抜けるようにして敵の胴を撫で切った。


 俺は薫と同じような反応をする彼女を見て、異世界に慣れるのは意外に早いかもしれないと感じる。


 筧一等陸曹は高度な銃剣術を習得しているが、ここには銃がないので短槍で戦っていた。棍棒の攻撃を槍の柄で払おうとして、ゴブリンの意外な力に押し込まれてしまった。体勢を崩した所にもう一撃が左肩に命中する。


「クッ、痛えよ。こいつ」

 攻撃が命中したゴブリンに隙が生まれ、筧一等陸曹が回し蹴りを放った。足の甲がゴブリンの頭を蹴り飛ばす。倒れたゴブリンに駆け寄った筧一等陸曹が止めの突きを入れた。


 森末陸曹長は沖縄空手を習っており、短杖術も習得していた。彼女が竜爪鉈を選んだのも短杖の形状に最も近かったからだ。


 ゴブリンの攻撃を躱し大きく振り被った竜爪鉈をゴブリン目掛けて振り下ろす。ゴブリンとはいえ大ぶりの攻撃は躱せる。避けられて体勢を崩した所にゴブリンの体当たりが襲った。


「キャア」

 可愛い悲鳴を上げ地面に倒れた森末陸曹長だったが、一回転して素早く起き上がる。


 それまで黙ってみていた俺はアドバイスする。

「竜爪鉈は威力が有るんだ。大振りするな」

「はい」


 森末陸曹長は慎重に構え、棍棒の一撃を素早いステップで躱し竜爪鉈をゴブリンの肩に振り下ろす。先程の大振りとは違い腰の動きを上手く使った鋭い一撃であった。ワイバーンの爪はゴブリンの肉体に食い込み切り裂いた。


「あっ!」

 竜爪鉈を振るった森末陸曹長が、その威力に驚きの声を上げた。ワイバーンの爪はゴブリンの肋骨も断ち切っていたからだ。


 死んだゴブリンの体から魔粒子が放出され、俺と伊丹の体に吸収される。しかし、一部は倉木三等陸尉たちやオリガの体にも吸い込まれ微量だが蓄積した。


 魔粒子を蓄積する魔導細胞を持たないオリガたちだったが、脳や内臓に飛び込んだ魔粒子は細胞が更新されるタイミングでないと排出されないので体内に蓄積される事になる。


「伊丹さん、筧一等陸曹の治療を」

「承知した」

 ゴブリンに打たれた肩を痛そうにしている筧一等陸曹の所へ伊丹が行き治療を始めた。赤く腫れ上がっている肩に手を当てた伊丹が<治癒キュア>の呪文を唱える。


 その手の中に淡い光が生まれ、その光を浴びた筧一等陸曹の肩から腫れが引く。リアルワールドでは有り得ない光景に自衛官たちが驚きの声を上げた。


「これこそ魔法ね」

 リアルワールドの人間が一番感銘を受けるのは治癒関係の魔法らしい。


 目の見えないオリガが不安を覚えたようで、何が起こったのか訊いて来た。

「ミコトお兄ちゃん、何があったの?」

「ああ、魔物が三匹襲って来たのを自衛隊の人が退治してくれたんだよ」


「自衛隊って……怪獣と戦っている人たち」

「ちょっと違うね。日本を守ってくれる人たちだけど、怪獣とは戦わないんだ」

「だったら、何と戦うの?」

 ちょっと困った。

「これからは魔物と戦うようになるのかな」

「ふ~ん」


 俺たちは樹海を横断し、その日の夕方ココス街道に到着した。途中、十数匹のゴブリン、五匹の長爪狼、スライムなどと遭遇し、そのすべてを自衛官三人で退けた。


「初日からハード過ぎるわよ」

「自分たちを殺す気か」

「絶対、イジメです」


 それぞれが泣き言を言いながらも、ココス街道沿いの村まで歩き通した。宿屋に泊まった三人は夕食も食べずに寝てしまった。

 そんなに厳しかったかなと少し反省した俺は、明日の予定にちょっと長めの休憩を入れようと考えた。


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