第120話 自衛官と転移門

 薫の研究所へ行った翌日、俺と宇田川紅音アカネはJTGの支部ビルへ行き報告書を提出した。

「宇田川君、報告書によると料理研究をしている合間に訓練をしているように読み取れるんだが、大丈夫なのか?」


 俺は正直な人間は好きだが、あんまり融通の効かない性格なのはどうかなと思う。報告書は書き方一つで相手に与える印象が変わって来る。見習いであるアカネの訓練は俺に任されているので、東條管理官の突き刺さるような視線が痛い。


「もちろん、大丈夫です。ミコトさんのチームに入れたので、ミトア語は既に習得していますし、サバイバル訓練も十分に行っています」


 異世界で鍛えられたアカネはかなり逞しくなったようだ。既に魔導寺院で『魔力袋の神紋』と『魔力変現の神紋』を得ており、薫から使える応用魔法を学んでいた。


 『魔力変現の神紋』を元にする魔法は基本魔法の<変現域>と魔導寺院で公開している<発火イグナイト><湧水ファウンティン><明かりライト><拭き布ワイピングクロス><アロー>があり、俺と薫が開発した<炎杖フレームワンド><缶爆マジックボム><閃光弾フラッシュボム><冷光コールドライト><洗浄ウォッシュ>を合わせるとその数は二桁に達する。


 これだけの応用魔法をアカネは使えるようになったのだ。使える応用魔法の数はアカネの自信に繋がった。


「それならいいんだが……ミコト、しっかり鍛えて早く一人前にしろ。我が支部の案内人の数が増えないと私の責任になるのだからな」


「頑張りますけど、何処まで鍛えればいいんです?」

「依頼人を連れて迷宮と樹海を案内出来るくらいには鍛えなければ使いものにならんだろう」

 東條管理官に言われ困ってしまった。


「迷宮と樹海ですか……俺だって自信ないのに」

 実際に行った事のない者は、迷宮と樹海の恐ろしさが判らないのだ。十数年もハンターをやっている者が命を落とすのが迷宮と樹海なのだから。


「宇田川くんの事は任せるとして、大学病院からの依頼で変更が有る」

「何でしょう?」


「異世界で治療を行う三人の患者の中で、一人を次のミッシングタイムで異世界に連れて行って欲しい」

「えっ、それって明日じゃないですか」

 またまた東條管理官の無茶な命令だった。


 俺たちが帰還した直後、小瀬たちがテレビに出演し異世界での体験(?)と再生した指を喧伝した結果、異世界での受け入れ態勢が整わないうちに患者の一人であるピアニストが異世界で再生処置を受けたいと言い出した。


 その患者は若くして天才の名を勝ち取った有名なピアニストで、交通事故で左手の薬指と小指を失くした人だった。病院は事故で切り取られた指が繋げられないか努力したらしいが無理だったようだ。


 東條管理官はまだ仮の宿泊施設しかなく快適な生活を保証出来ないと言ったそうだが、一刻でも早く指を再生しリハビリを始めたいと言うのだ。


 翌日、依頼者の意志を最終確認した俺たちはピアニストを異世界に連れて行く決定をした。

 その夜、アカネが一人目の患者と一緒に異世界に転移した。


 オリガの異世界転移に必要な手続きと自衛隊との打ち合わせが終わっていない俺は日本に残り、アカネとピアニスト児島恭司は先行し異世界に行った。向こうでは伊丹が待機しているはずなので問題無いだろう。


 日本に残った俺は自衛隊から派遣される三人と顔合わせをするという連絡があり、支部ビルで待っていた。どうせマッチョな兄貴たちが来るのだろうと溜息を吐いて窓の外を見ていると、自衛隊の業務車がビルの下にある駐車場に停るのが見えた。


 車から出て来た三人を見て意外に思う。二人が女性自衛官で一人が痩せ型の若い男だったからだ。


 しばらく待っていると三人が俺の居る三階に上がって来た。俺は三人をソファセットが無ければ取調室に見える殺風景な部屋に案内した。


 お互いに自己紹介をし、俺は依頼人を観察した。目付きの鋭い背の高いモデル体型の女性自衛官は倉木いずみ、可愛い感じの小柄な女性自衛官は森末美由紀、割とイケメンで軽い感じの筧将吾かけいしょうご

 何となく自衛官というイメージからは外れているような者たちだ。


「君は優秀な案内人と聞いているが、ランキングではどれくらいの位置にいるのです?」

 倉木三等陸尉が質問した。俺が若いので心配になったのだろう。


「真ん中くらいですかね。これでも急成長中なんですよ」

 俺が答えると、聞いた筧一等陸曹がガッカリしたような顔をする。そして、呟くような小声で。

「俺は伊達って言う案内人のチームへ行きたかったな」


 しっかり聞こえた。伊達というと豪剣士と呼ばれるランキング上位の案内人の事だろう。

「あそこのチームには一等陸尉以上の精鋭が派遣されたわ。懲罰人事で降格されるような男じゃ無理よ」


 倉木三等陸尉が鋭い視線を筧に向ける。つまり、精鋭チームから漏れた自衛官が俺の所に来た訳だ。何となく自衛隊の俺に対する評価から、そうじゃないかと思っていたがショックだ。


「ふん、一般人とちょっと揉めたぐらいで厳し過ぎるんだよ」

 後で知ったが、筧という青年はナンパした女性の兄貴と揉めたのが自衛隊の幹部に知られ降格させられたらしい。


 気を取り直した俺は尋ねた。

「訓練期間は一〇日だと聞いているんですが、そんな短期間じゃ大差ないと思うんです。伊達さんの所は、どのような訓練を用意しているんでしょう?」


 他の自衛隊員と差が付くようならまずいので、スペシャルコースとか用意しなければならないのかと一瞬思った。


「聞いた話では魔粒子を吸収出来るようにしてくれて、魔法が使えるまで訓練するようよ」

 東條管理官から聞いた話と合致するので、スペシャルコースは必要ないようだ。

「それくらいは、こちらでも考えています」


 俺の答えを聞いて、三人は幾分安心したようだ。それに魔法と聞いて森末陸曹長が興味を持ったようで、初めて声を上げた。


「しょぼい魔法とかじゃ駄目です。実戦に使える魔法でないと」

 小動物に似た感じの容貌に似付かわしい可愛い声だった。薫と同じアニメの魔法少女を見て育った世代なのだろうか。


「皆さんの任務がどのようなものかは承知しています。オークにも効果のある魔法を考えています」


 取り敢えず依頼人の不安を打ち消し、異世界での予定と迷宮都市と樹海について説明した。最後に筧一等陸曹から、何か必要な物は有るかと尋ねられた時は苦笑した。


「ご承知の通り、異世界には下着しか持ち込めません」

「武器はどうなるのだ?」

「向こうの世界の武器を用意しています」

「槍とか剣なんだろ。俺は銃が得意なんだがな」


「異世界に銃は存在しません。火縄銃くらいなら作れるかもしれませんが、魔物の体は頑強で小物しか倒せないでしょう」


 この後、担当の者から異世界でのルールや危険行為について説明を受け三人は帰った。



 次のミッシングタイムが来た時、俺とオリガ、三人の自衛官は樹海の中に有る転移門に居た。今回使ったのは最初にゲートマスターとなった転移門の洞窟だった。


 転移門の光が消え辺りが真っ暗になる前に<明かりライト>の呪文を唱えた。頭上に炎の玉が出現し、オレンジ色の光が洞窟の中を照らす。


 <明かりライト>はその場所に固定される魔法である。<冷光コールドライト>と違って明りを動かせないので使い道が限定される。


 俺は周りを見回し小さな子供が地面に倒れているのを見付け抱き上げた。オリガは転移した衝撃で気を失ったようだ。


 自衛官たちが呻きながら起き上がる頃になって、外から伊丹が入って来た。

「ミコト殿、大丈夫でござるか」

「問題ない。それより依頼人の世話を頼む」


 伊丹が自衛官たちの間を回り着替えなどを配る。さすがに鍛えられている自衛官たちは回復が早いようだ。服を着た森末陸曹長が<明かりライト>で作り出された炎の玉を見詰めていた。


「ミコトさん、それは魔法ですか?」

「そうだよ、簡単な応用魔法の一つだ」

「私も使えるようになります?」


 小型犬のポメラニアンに雰囲気が似ている森末陸曹長は、犬好きなら一発で参ってしまうようなつぶらな瞳で俺を見詰めながら尋ねた。


「適性次第かな。人によって相性のいい神紋が異なるので、必ず使えるようになるとは断言できないんだ」

「相性か……」


 森末陸曹長が黙ると倉木三等陸尉が鋭い視線を俺に向け、武器は無いか尋ねる。俺は洞窟に作った隠し部屋に案内した。片腕にオリガを抱いたまま岩に見せかけた板を退かし久しぶりに隠し部屋に入る。


 中に有る照明魔道具を点けると槍や剣などの武器と服・背負い袋・手拭い・サラシ・毛布・帆布などの入った箱が闇の中から浮かび上がった。


 倉木三等陸尉が鋼鉄製の剣を、筧一等陸曹が短槍を選び。最後に森末陸曹長が竜爪鉈を選んだのを見て俺は苦笑した。その武器を選ぶ奴が居るとは思っていなかったからだ。


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