第119話 ミコトとカオル

「納得出来ないな。僕を振って、あんな冴えない男と付き合うなんて」

 神崎が呟いた。それを聞いたカエデは面白そうに笑い、付けて行くのを提案した。


「駄目よ。神崎君の誕生日なんだから楽しまなくちゃ」

 神崎のファンらしい女の子が駄目出しをする。

「そうよ。まずはゲームセンターに行こうよ」

 神崎は数人の女の子に引き摺られるように街中に消えていった。


 二人になった俺たちは、薫が経営する会社の研究所に向かった。郊外に有る自動車部品工場だった建物を買い取って改装し研究所にしたものだ。


 この研究所で働く九割は暗号化を中心にセキュリティーシステムを研究していたが、残り一割は魔法の研究を始めていた。魔法関連の研究員は五名だけだが、優秀な人材を投入していた。


 現在、研究しているのは魔粒子の結晶化である。魔粒子はリアルワールドにも存在しているのが確認されている。リアルワールドで魔導眼が使えるようになった俺は、各地のパワースポットを訪ね歩き、魔粒子が噴き出している地点を探しだした。


 琵琶湖や熊野三山、鞍馬山を回り魔粒子の痕跡を探し、たった一箇所、魔粒子が水と一緒に地面から湧き出しているのを発見した。


 他の者が見れば唯の湧き水だと思うだろうが、その水には微量の魔粒子が含まれていた。とは言え、その魔粒子は不活性なもので地上には何の影響も与えず、また地中へ吸い込まれていた。


 薫と相談し、魔粒子の泉が有る土地を所有者から買い取った。人里離れた山の中だったので、土地の値段は安かった。魔粒子の泉から汲み上げた水は透明なタンクに貯められ、夕陽の光を浴びせた。


 活性化した魔粒子同士は引き付け合う性質が有るので、それを利用した魔粒子集積装置で魔粒子濃度の高い高密度魔粒子溶液を手に入れた。魔粒子集積装置は、俺の体内に溜め込んであった活性魔粒子を練り込んだ銀で作製されている。


 その高密度魔粒子溶液が研究所に運ばれ、基盤の上に結晶化が可能か研究している。

「荒瀬主任、研究は進んでいる?」


 薫が魔粒子研究室のリーダーである中年男性に声を掛けた。黒縁の眼鏡を掛けた丸顔の男で、優秀な物理化学の研究者である。


「磁界と温度、水圧が鍵となるようです。更に基盤についてですが、白金の基盤が有力候補ですね」


 基盤に魔粒子が結晶化すれば、そこに簡単な補助神紋図を刻めるようになる。魔晶玉に刻むような永続的に効果を持つものは駄目だが、一回限りの魔粒子を消費して魔法効果を発揮するタイプのものなら可能だろう。


「成功したら、世界がひっくり返るわね」

 薫が期待に胸を膨らませ、明るい笑顔で俺に言う。

「どんな魔法効果の神紋図を考えているんだ?」


 武器になるような神紋図だと規制させるだろうし、医療関係だと認可されるのに時間が掛るだろう。

「最終的には医療関係ね。それが一番需要が多いと思うのよ」


 確かに指を再生するような魔法薬がリアルワールドで作り出せたら、魔法医学と言う新しい分野が生まれる。だが、そこまで強力な魔法効果を発揮するものは魔粒子だけでは完成しない。

 ただ、生物の持つ治癒能力を強化するようなものなら可能かもしれない。


「医療関係なら、アメリカとかに研究所を移した方が良くないか。日本だと認可とかに時間が掛る」

 俺が意見を言うと薫も同意した。


「そうだけど、急ぐ必要は無いと考えているわ。だって、ミコトが見付けた魔粒子の泉、魔粒子の噴出量が少ない。もっと大量に採取出来るポイントが発見されないと商業的には難しいと考えているのよ」


「そうか、カオルも魔導眼が使えるようになったんだから、自分で探してくれ」

「そうね。仕方ないわ」


 俺は薫にオリガの事を相談した。

「上級の再生薬が無理なら、加護神紋を利用するしかないわね。幾つか応用魔法を用意しましょうか」

「ありがとう……そうだ、初級属性神紋の応用魔法で使えそうなものがないか神紋術式解析システムのライブラリを見せてくれないか。今度面倒を見る自衛隊員に教えてやるんだ」


「もちろんいいよ。神紋術式解析システムに入力してあるデータの半分は、ミコトが集めたものなんだもの」

 俺は研究所の中を見物させてもらい、薫と一緒に研究所を後にした。


 薫と一緒に食事をしようと商店街に戻って駅前のレストランに行く途中、騒ぎが聞こえて来た。ゲームセンターの前に人集ひとだかりが出来ていた。不審に思った俺たちが覗いてみると、神崎と連れの女の子たちが人相の悪い男たちとめていた。


 女の子に囲まれ騒いでいる神崎を見て、四人の男たちが絡んで来たらしい。絡んだ男たちは半グレとか呼ばれる集団の一員で、格闘技の経験者も混じっていた。


「あれって、カオルのクラスメイトじゃないか。どうする助けようか?」

 薫はちょっと考えた。神崎が空手部だったのを思い出したのだ。出来るなら関わり合いたくは無かった。神崎が時々見せる粘っこい視線に嫌悪を感じていたからだ。

「少し様子を見ましょう」


 絡んでいる連中の一人で蛇のような眼をした男が、委員長のカエデに嫌らしい視線を向け。

「彼女、うちの出会い系サイトでアルバイトしないか。いい稼ぎになるんだぜ」


 カエデが怯え神崎に助けを求めるように視線を送る。神崎がカエデを庇うように身を乗り出す。

「や、止めろ、僕の友人に手を出すな」


 空手部の主力選手だとは言え、中学生と大人の体格にははっきりとした違いが有る。それを感じ取った神崎は普段とは違いおどおどした感じになっていた。


「ガキが……お前みたいなチャラチャラした奴には虫酸むしずが走るんだよ」

 蛇眼男が神崎の襟元を掴もうとした。神崎が反射的に、その手を払い正拳突きを放った。


 男の胸に拳が当たり、蛇眼男が二歩後退る。だが、ダメージは余り無いようで怒った男が怒声を発し神崎の髪の毛を掴んで引き摺り回す。神崎がよろけて倒れると、蛇眼男の仲間が神崎に蹴りを入れた。


「キャー」

 神崎の取り巻きである女の子から悲鳴が上がった。それを聞いて俺は動いた。

「そこまでにしろ!」


 もう一度蹴ろうとした男の襟を引っ張り止めた。

「何しやがる。ぶっ殺すぞ」

 俺は四人の男に取り囲まれた。


 その間に薫が神崎を助け起こし、クラスメイトと一緒に後方に移動した。

「三条さん、あなたの彼氏、大丈夫なの?」

 いつの間にか復活したカエデが薫に尋ねる。

「彼はプロだから大丈夫よ」


 その時、戦いが始まった。神崎を蹴った男が殴り掛かって来くる。奴の右手が顔に向かって伸びて来るのが、やけに遅く感じられギリギリで躱しながらクロスカウンターを奴の顎に叩き込む。


 クタッっと腰が砕けるように奴が倒れた。

「うわっ、一発で倒しちゃった」

 薫の隣で見ていたカエデが驚きの声を上げた。足元では神崎が呻きながらもミコトの姿を凝視している。


 仲間が倒されるのを見た蛇眼男が、仲間の男二人に俺を叩きのめせと命じた。一人は拳を顔の前に構えるボクサー特有の姿勢になり、ステップするように近付いて来た。


 ボクサー男が素早いジャブを繰り出す。俺は上半身を振って拳を躱し奴の足にローキックをお見舞いする。その蹴りには相手を空中に跳ね上げるほどの威力が有った。


 相手の体がへそを中心にクルリと回転する途中で拳を奴の頭目掛けて振り下ろす。ボクサー男は白目を剥いて地面に激突した。


 もう一人のガタイのいい男がタックルしてくる。避けると同時に奴の足を払った。地面を転がる男の体は街路樹に激突し動かなくなる。


「凄いわね。映画の格闘シーンを見ているみたい。三条さん、彼はプロだって言ったけど、格闘家って意味なの?」


「ミコトは古武術を習っているけど格闘家じゃない。まあ、仕事で戦う機会が多いというだけよ」

 カエデは首を傾げ、仕事って何だろと考えた。


 蛇眼男は唖然としていた。仲間三人があっという間に倒されたのだから無理もない。気を取り直した蛇眼男はキョロキョロと視線を巡らし薫に目を付けた。

 人質にでもしようと考えたのか。薫目掛けて駆け寄り、薫の首に手を伸ばす。


 俺はそれを見て吐き捨てるように言う。

「馬鹿な奴」


 薫が奴の腕を取り引っ張ってバランスを崩し相手が倒れないように踏ん張った瞬間、相手の斜め後ろに回り込んだ薫の腕が相手の首を巻き込んだ。


 合気道の入り身投げに近い技だが、投げる角度が違う。受け身が取り難いような角度で投げ、相手の腰をアスファルトに叩き付けた。


「ちょっと、ナイト失格よ」

「いや、カオルなら大丈夫かなと思って」

 俺は薫に謝り、レストランに向かって歩き始める。そこにカエデが慌てたように呼び掛ける。


「待って、この後始末はどうするのよ」

「すぐに警察が来るだろうから、その前に逃げた方がいいよ」

 薫はそう言うと俺の腕を取り現場を逃げ出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る