第5章 異世界のオリガ編
第118話 オリガとの約束
JTGの支部ビルに到着すると、俺はエレベータで五階に向かった。そこに東條管理官の部屋が有るのだ。ドアをノックし、入れと言う管理官の渋い声で中に入った。
窓を背にして東條管理官がデスクに座り書類を
「ミコト、座れ」
東條管理官がデスクの前にあるソファーを指差した。俺は指示に従いソファーに座ると次の言葉を待った。
「韓国のオークの件、詳細報告は読んだか?」
俺は頷き、テレビで見た映像を思い出した。それは帝王猿と軍人が戦っている映像で、韓国軍の精鋭をゴミのように放り投げる帝王猿の姿が映し出されていた。
久しぶりに見た帝王猿の姿に懐かしい思いと恐怖が湧き起こった。あんな化け物とリアルワールドで戦いたくないな。ありゃ絶対、自衛隊の領分だよ。
「ええ、JTGの報告書とテレビの映像は見ました」
東條管理官はテレビの映像という言葉に顔を顰めた。あの映像を見た人々の多くがJTGに日本の転移門は大丈夫なのかと問い合わせており、JTGでも対応に困っているからだ。
「オーク帝国へ偵察部隊を送り込むという依頼に、お前も協力する事になった」
「えっ、私の参加は自衛隊に拒否されたと聞いていますが」
東條管理官が大きな溜息を吐き頭を振る。
「自衛隊の奴らは、異世界というものを理解しておらんのだ。お前を参加させたかった訳ではないが、年齢だけで拒否されるのは頭に来る」
「私はホッとしていたんですけど」
「頭に来る奴らだが、自衛隊もオークの言葉が判るメンバーは必要だと感じている」
その言葉でピンと来た。俺が異世界で集めた言語知識の詰まった知識の宝珠が欲しいのだ。
「知識の宝珠ですか。偵察部隊は何人居るんです。全員分なんて無いですよ」
「オークの言葉が詰まった知識の宝珠は何個有る?」
俺の手元には一二〇個ほどの知識の宝珠が有るが、その半分程を確認しオークの言葉であるジゴル語とミトア語が詰まっていたのは三個だけだった。
「三個ですね」
「だったら自衛隊の隊員三人を引き受けて貰うぞ。オークの言葉を教え樹海で鍛えてくれ。ついでに魔法の一つ二つ使えるようにしてくれると完璧だ」
相変わらず勝手な言い草だ。魔法を習得するには相当な魔粒子を吸収しないと駄目なんだぞ、と心の中で愚痴を零す。
「偵察部隊の予定はどうなっているんです?」
「次のミッシングタイムで異世界に行き、一〇日間鍛えて帰還させろ」
俺は聞き慣れない言葉を聞いてオヤッという顔をした。それに東條管理官が気付く。
「二つの月が重なる時間を『ミッシングタイム』と呼ぶ事になった」
「けど、今の依頼はどうするんです?」
「あの二人の医師は順調に魔法薬の開発と研究を進めているようじゃないか。平行して依頼を受けても問題無いだろ。人手は三人も居るんだ」
俺は上位の魔法薬を作る為には希少な素材が必要で集めるのは大変なのだと説明した。実際、上級の治癒系魔法薬と中級の万能薬を製造する予定なので、その素材集めには苦労すると考えていた。
「ミコト、私を甘く見るなよ。お前の実力からすれば、三人の面倒を見るくらい簡単なはずだ」
「クッ……判りました」
俺は依頼を承知し席を立とうとした。
「ミコト、これは独り言だ……JTGと政府が
東條管理官の言葉にピンと来た。
「管理官、新たな依頼が有るのですが、引き受けて貰えますか」
「言ってみろ」
俺はオリガを異世界に二ヶ月ほど滞在させる依頼を出した。これで溜め込んでいた貯金のほとんどを失う事になる。後悔はしないが、準備不足なのが心配になる。
本当なら上級の再生薬が作れるようになってからオリガを異世界に連れて行きたかった。
管理官の部屋を出て、近くの喫茶店でサンドイッチとコーヒーを頼んで遅い朝食を食べながら考える。
「ヒュドラは無理だろうな。別な方法でオリガに光を与えられないか……」
幾つかの神紋が脳裏に浮かんだ。決めるには情報が足りないと考え、薫と相談してみる事にした。スマホで相談したいとメールを書き送信する。
三〇分後に返信が来て、薫の学校の近くで待ち合わせる約束をした。約束の時間は学校が終わった後になるので、児童養護施設の香月師範にオリガの異世界行きの許可を貰いに行った。
オリガの親代わりとも言える香月師範はオリガの異世界行きは許可してくれたが、自分は行けないと知って残念がった。
「ミコト、私もオリガに世界を見せてあげたい。だが、危険な目に遭わせたくもないのだ。大丈夫なんだろうな?」
「任せて下さい。オリガは絶対に守ります」
俺は香月師範がオリガを自分の子供のように可愛がっているのを知っているので、安心して貰えるようにオリガの安全を約束した。
俺が児童養護施設に到着したのがお昼過ぎだったので、幼いオリガはお昼寝の時間だった。日当たりの良い部屋で毛布に包まってオリガは寝ていた。透き通るような肌と幼児特有の丸みの有る可愛い顔は見ているだけで守ってやりたくなる。
「天使だ、天使が現世に降りて来ている」
俺が呟くと、香月師範もうんうんと頷いた。
「オリガ、お前に世界を見せてやるからな」
寝顔に向かって約束した俺は、薫と合う為に外へ出た。
薫の通う学校は、平凡な少年少女が通学する中学校だった。商店街から少し外れた場所に位置し、学校前の通りはそれほど通行人は多くない。
校舎の屋上には横断幕が吊るされていて、そこには『祝空手部、全国大会準優勝』という言葉が書かれていた。スポーツが盛んな学校のようで授業が終わると部活動の少年少女が校庭に飛び出し練習を始めた。
帰る準備をしていた薫は、クラスメイトの神埼に声を掛けられた。
「三条さん、今日は僕の誕生日なんだ。クラスメイトの何人かがお祝いしてくれるって言ってるんだ。良かったら君も来てくれないか?」
神崎は空手部の主力選手でイケメン、成績も良いという優良物件だった。しかも総合病院の院長の息子で、女子の人気も高い。
クラスメイトの女子の半分と何人かの男子は、彼に好意を寄せているらしい。現に神埼の後ろに数名の女子が集まっていた。
だが、薫の眼中に彼は居なかった。
「御免なさい。今日は先約が有るの」
薫が誘いを断ると神崎の後ろに居た女子が口を挟んだ。
「三条さん、デートなの。それじゃあ仕方ないわね」
神崎が驚いたように声を上げた。
「ほんとなのかい。三条さんに彼氏が居るとは思ってなかったよ」
失礼な言葉だ。でも、そう思われるのは薫にも原因が有った。中学に入学して早々、美少女である薫にアタックする男子が大勢現れた。
その尽くを拒絶した薫は、『鉄壁華人』と言う有り難くないあだ名を頂いた。クラスメイトの間に男嫌いなんだと噂が広まったほどであった。
「失礼ですね。彼氏くらい居ます」
薫が神崎の言葉に反発し言い返すと、クラス中から驚きの声が上がった。
「ありえない」「洪水注意報を出せ」「天変地異が来るぞ」
本当に失礼な奴らである。
「まあまあ、落ち着いて。人間誰しも見栄というものが有るよ」
薫の前に出て来た委員長の森村カエデが皆を沈める。―――更に失礼な奴が出て来た。薫は拳をギシッと音が鳴るほど握り締めた。
カエデは背が高く雰囲気が高校生くらいに見えるので、周りから頼られるタイプの少女だった。
「五月蝿いわね。今日は本当に彼と約束が有るんだから」
野次馬根性丸出しのカエデが、薄笑いを浮かべ。
「よし、確かめに行きましょう」
「冗談じゃないわ。付いて来ないでよ」
薫は手早くノートと筆入れを鞄に詰め込み教室を出た。
校門を出てすぐの本屋でミコトは待っていた。
「遅くなってごめん」
「いや、いいんだけど。後ろの人たちは誰?」
薫の後ろに、神崎とカエデを始めとする数人の中学生がぞろぞろと付いて来ていた。
「冴えないわね」「普通じゃない」「体付きはガッシリしてるよ」
そいつらが好き勝手に言い始めた。俺は微妙に不機嫌になる。
「気にしないで行きましょ」
俺は薫に引っ張られて商店街の方へと向かった。
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