第116話 再生系魔法薬の薬効
サラマンダーを探すうちに大小の岩が地面から突き出ている地形の場所に出た。微かに硫黄の臭いがしており、周りの岩を見ると所々が焼け焦げている岩がある。
「サラマンダーが出そうな場所だな」
岩の陰を見ると緑スライムが何匹も居る。草も生えていない場所にスライムが居るのは奇異に感じるが、スライムは魔粒子の濃い場所にならどこでも居ると聞いているので、ここにいても不思議ではない。
一匹のスライムが大きな岩によじ登っていた。ズルッズルッと身体を上へと引き上げ、漸く岩の頂上に到達した時、岩の後ろから黒いロープのようなものが伸びて来て、スライムの身体を絡めとった。
黒いロープはスライムを捕まえると岩の陰に引っ込んだ。
「何かが居る。気を付けろ」
「承知」「サラマンダーかしら」
俺の声に伊丹と薫が応える。
大きな岩を回り込むようにして進み、岩の陰に大きなトカゲを発見した。オレンジ色をした子牛ほどの大きさの大トカゲだ。足の長いトカゲで光沢のあるオレンジ色の皮膚から油のようなものが
顎を左右に動かし緑スライムを咀嚼していた。体液が酸である緑スライムを平気で食べている点を考えるとその内臓は特殊な耐性を持っているのだろう。
「サラマンダーだ。散開!」
それぞれが飛び退いて地面に荷物を放り投げる。邪爪鉈を構えサラマンダーの動きを観察する。その動きはゆっくりしており、強敵には見えなかった。
警戒しながらも近付くと、サラマンダーのキョロキョロ動く眼が俺、伊丹、薫の順で視線を向ける。
薫が先手必勝とばかりに<
サラマンダーのオレンジ色をした皮が、風刃の切断力に
魔導師の中にはサラマンダーの革で上着を作らせる者も居るほどなので、その革の魔力耐性は評価が高いのだろう。
薫も一瞬、サラマンダー革でマントでも作ろうかと考えたが、今装備しているバジリスクの鎧の方が何倍も魔力耐性が高いのを思い出し苦笑する。
薫の<
「こいつ、そんな動きも出来るのか」
俺は邪爪鉈を持って追撃し、鋭い踏み込みから、その頭上に鉈をお見舞いする。サラマンダーは首を振って躱すが、邪爪鉈の刃が頬を掠め浅い傷を作った。
サラマンダーは流れ落ちる血を見て燃え上がった。それは比喩的表現ではなく本当に炎が上がったのだ。皮に滲み出ていた油のようなものに点火し体全体から炎が吹き出した。
「アチッ!」
一番傍に居た俺は、熱気に耐えられず飛び退る。
「燃え上がる生き物なんて、初めて見た」
「拙者もでござる」
「このトカゲ、熱くないのかしら」
サラマンダーの皮に秘められたもう一つの特性は、この耐熱性である。極端に断熱効果が高く難燃性であるので超高級な書類保管箱にはサラマンダー革が使われていると聞いている。
サラマンダーが反撃して来た。あのスライムを捕らえた黒いロープのようなもの、実際は舌なのだが、その黒い舌が伊丹の首目掛けて伸び巻き付こうとする。
伊丹は豪竜刀で打ち払うが、黒い舌は弾力が有り強靭で切れず刀に巻き付いた。その直後、全身炎の塊となっているサラマンダーが跳躍し伊丹に体当たりを敢行する。
この攻撃には伊丹も驚いたようで、豪竜刀を手放し地面を転がるようにして避けた。伊丹に体当たりを避けられたサラマンダーは、面白く無さそうに奪いとった豪竜刀をポイッと捨て、今度は薫を狙う。
「カオル、気を付けろ」
俺が声を掛けた途端、サラマンダーが跳躍した。……お前は蛙か、トカゲなら噛み付き攻撃とか無いのかよ。有ってもそれはそれで嫌だけど、としょうもない考えが脳裏に浮かぶ。
薫も地面に身を投げ出すようにして転がり辛うじて避けた。素早く起き上がった薫は、サラマンダーを睨み付け反撃とばかりに<
空気の刃は敵に命中し鎧であるオレンジ色の皮を切り裂こうとする。だが、威力の有る<
「こいつに<崩岩弾>を使っていい?」
俺は<崩岩弾>がサラマンダーに命中した場合を想像し止めた。<崩岩弾>が腹とかに命中し爆発したら、手に入れたい血液も飛び散り大半が流れだしてしまうだろう。
「俺が仕留める」
五芒星躯豪術の準備を始め魔力の流れを制御する。この状態のサラマンダーに接近戦は不可能に近い。それでも接近戦をやろうとするなら、一瞬で敵の懐に飛び込み攻撃し、直ぐ様飛び離れる超高速のヒットアンドアウェイ戦法を取るしか無い。
「一撃で仕留めてやる。見てろ」
俺の宣言に伊丹と薫が笑顔を見せる。
「お手並み拝見」
「期待してるわ」
俺はサラマンダーの動きに集中し、奴が俺に向かって舌を出した瞬間、地面を踏み潰すような力を込めて右足を蹴りだした。俺の身体は一瞬消えたかのように見えたかもしれない。
次の瞬間には奴の黒い舌を躱しながら懐に飛び込んでいた。熱い、炎に身体を突っ込ませたような感じがする。
熱気を堪えて邪爪鉈に魔力を送り込みながらサラマンダーの頭に鮮烈な真紅の輝きを放つ刃を叩き込んだ。邪爪鉈の刃は頭蓋骨を割り中の脳味噌を切り裂いていた。俺は大きく後ろに飛んだ。
サラマンダーの炎が消えるまで数分が必要だった。
「さて、血を採取するか」
背負い袋から出した
サラマンダーの皮、肉は高値で取引されるので剥ぎ取って大きな革袋に入れた。元々が子牛ほどの大きさのサラマンダーである。
剥ぎ取れた皮や肉の量も多く持ち運ぶには多過ぎる。仕方なく<圧縮結界>を使って掌サイズに縮小して背負い袋に入れた。後は帰るだけなので魔力を消費しても問題ないと判断する。
使う度に思うのだが、この<圧縮結界>の応用魔法は消費魔力が多く気軽に使えない残念な魔法である。
目的を達した俺たちは迷宮を引き返し、その日の夕方には趙悠館に戻った。
「先生たち、再生薬の素材を持って来たぞ」
俺はサラマンダーの血とオーガの魔晶管を手渡した。
「漸く揃ったか、全く何を手間取っておった」
鼻デカ神田が人の苦労も知らずに勝手な事を言う。カチンと来たが相手は依頼人である。我慢して何時頃再生薬が完成するか訊く。
「下級再生系魔法薬なら、明日には完成する。あの少年に試して貰おう」
鼻デカ神田が不穏な発言をする。それを聞いたマッチョ宮田が慌てて口を挟む。
「待って下さい。ウサギを使った動物実験をしてからの予定でしょ」
「判っとる。だが、この再生薬は薬効が確定しとるものだろ」
治癒系魔法薬の薬効が、薬師見習いの少女トリチルの言う通りだったので、再生薬についても信用しているようだ。
「ですが、医師兼研究者としては確かめないと」
「ここは異世界だぞ。厚生労働省もなければ警察もないんだ。自由な研究が許されておるんだ。これくらいのリスクは患者自身も承知しておる」
この世界で怪我や病気をした者が治療の甲斐もなく死亡したとして、治療者を訴える者は居ない。医療というものの限界を知っているからだ。治療者の多くが宗教家だというのも影響しているのかもしれない。
「ですが、あの少年は日本人です。日本に戻った少年が訴えたらどうします」
「ふん、我々が試そうとしているのは奇跡の治療だぞ。指が再生しなくとも奇跡が起きなかっただけ、何を訴えると言うんだ」
「少なくとも副作用がない事を確認しないと」
マッチョ宮田は鼻デカ神田を宥め、副作用の確認作業を了承させた。
「しょうがない」
何処にでも問題を起こしそうな人物はいるものだ。この鼻デカ神田が異世界行きに選ばれたのは、上司から嫌われて飛ばされたのではと勘ぐりたくなる。ただ、専門分野に関して言えば一流なので、選ばれた理由は優秀な人材だからでもあった。
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