第115話 驚異の爆裂砂蛇
翌朝、薫は太守館で頼まれた補助神紋図の修正を済ませ、修正版の補助神紋図を描く。簡単な修正だったので短時間で終わった。
薫が修正版を完成させたと聞いて、俺は薫と伊丹に迷宮へ行こうと告げた。迷宮へ行く途中、ハンターギルドへ寄ってアルフォス支部長に出来上がったばかりのものを手渡した。
「早かったな。もっと時間がかかるのだと思っていたよ」
アルフォス支部長はギルドに泊まったらしく、寝癖の付いた髪で応対してくれた。
「製塩所の件は、迷宮から帰ってから相談させて下さい」
俺が頼むと支部長は承知する。
「本当に大丈夫なのか、海の魔物は本当に手強いぞ」
支部長は製塩所については懐疑的なようだ。何度も製塩所建設を試み失敗した歴史があるからだろう。
成功する確率は高いと請け合って支部長と別れ、迷宮へと向かった。
「今日、第十二階層にいるオーガとサラマンダーを倒して、オーガの魔晶管とサラマンダーの血を手に入れるつもりだから頑張ろう」
俺の言葉に伊丹が心配そうに反応する。
「第十一階層の魔物は大丈夫なのでござるか?」
「ギルドで調べたら、爆裂砂蛇と砂漠大鼠、化けムカデが居るんだけど、ネズミとムカデは問題ない。だけど、爆裂砂蛇は仕留めると爆発するらしいんだ」
「うわっ、自爆する魔物なんかが居るんだ」
薫が嫌そうに言う。爆発して血肉や内蔵が飛び散る光景を想像したようだ。
「爆裂砂蛇はなるべく避けて、戦わなければならなくなった時は、遠距離で仕留めよう」
俺は薫に視線を向けた。
「えっ、私……<崩岩弾>で仕留めろと言ってるの。……遠距離だとあんまり命中率は高くないんだけど」
薫が珍しく弱音を吐く。使い始めたばかりなので高い命中率を要求するのは酷というものだ。
「まあ、いざとなれば近くで仕留めて、俺が<
勇者の迷宮へ到着し、第十一階層へ直通の階段を下りる。第十一階層は砂漠エリアだった。
「雪山、氷湖と来て、次が砂漠か。迷宮の正体って何なんだ?」
愚痴っても仕方ないので前進した。ギルド情報によると真っ直ぐ進めば砂漠を抜けられるらしい。前方に広がる砂漠は、幾つもの砂丘の連なりで歩きにくかった。それに加え砂に擬態した化けムカデがそこら中に居た。
体長一メートルほどの巨大なムカデだが、外殻の模様が砂と酷似しており、ジッとしていると砂漠と見分けがつかない。俺と薫で交代で<魔力感知>を使いながら化けムカデを見つけ出し仕留めていった。
俺がムカデに邪爪鉈を叩き付け時、伊丹が警告の声を上げた。
「砂漠大鼠でござる」
その大鼠は成人男性ほどの大きさがあり、前方の砂丘に立ち止まって俺達を見ていた。リアルワールドにもカピバラとか言うデカいネズミがいるが、砂漠大鼠は魔物らしい凶悪な容貌をしていた。
「あっ!」
砂漠大鼠が居たはずの場所に、嫌になるほどデカい蛇が現れた。体長八メートルは有りそうな大蛇が砂漠大鼠を呑み込んだのだ。一瞬、大蛇の口が開いたかと思うと大鼠が消えていた。大蛇の頭からすぐ下辺りに大きな膨らみが有る。大鼠が入っているのだろう。
程なく、その膨らみが消えた。消化するには早過ぎる。
「ちょっと、もう消化したんかい」
爆裂砂蛇が砂漠大鼠を消化している間に、先に行こうと考えていた俺は、予定が狂い慌てた。大蛇が砂丘を滑り降りてくる。
「カオル、頼む」
「撃ったら、すぐに<
薫が<崩岩弾>を爆裂砂蛇へ向け撃ち放った。ゴルフボールサイズの崩岩弾は回転しながら飛翔し、大蛇の首辺りに命中した。本当は頭を狙ったのだが、ずれてしまった。命中した崩岩弾は大蛇の首に減り込んでから爆発し首を吹き飛ばす。
爆裂砂蛇のウロコは結構頑丈なのだが、物ともせず減り込んで成人男性の胴体ほども有る首を吹き飛ばすとは、<崩岩弾>の威力に俺達は驚いた。
頭を切り離された胴体がピクピク痙攣していたかと思うと、胴体が爆発した。大蛇のウロコや肉片が飛び散り、俺たちのいる場所にも降り注いだ。
幸い<
爆裂砂蛇はハンターに嫌われているとギルドで聞いたが、なるほどと納得した。こんなものが近くで爆発したら、凄い勢いで飛び散る硬いウロコがハンターの身体に穴を開けるだろう。
爆発が収まり結界を解除し周りの惨状を確認する。爆裂砂蛇の頭は爆発しなかったようでゴロリと転がっていた。それだけでもグロテスクだが、胴体の肉片はもちろん、餌食にした砂漠大鼠の死体も丸々残っており地面に落ちていた。酷い臭いが辺りに漂い出す。
「んん……」
何かがおかしいと感じたが、それが何か判らない。
「なあ、この光景、何かおかしくないか?」
薫と伊丹に訊くと二人は周りを見て首を傾げる。三人で間違い探しをするように考え込む。
「謎は解け申した!」
不意に伊丹が大声を上げた。
「ミコト殿が不審に思われたのは、あの大鼠の死体でござろう」
俺はポンと手を叩く。
「あっ、そうだよ。爆裂砂蛇が大鼠を食って消化するのを見たのに、その死体が丸々残っているのがおかしいんだよ。そうかそうか。ああ、なんかすっきりした。それじゃあ、行こうか」
俺と伊丹が歩き始めると、薫もそうだったのかと納得し、歩きだ……。
「ちょっと待って、不審なものが目の前に有るのに何で行っちゃうのよ」
「そうでござった。間違い探しをやっているような気分だったので、見付けた途端終わったような気がしたでござる」
「俺も同じく」
「まったく、二人してボケないでよ」
改めて爆裂砂蛇の死体をチェックすると、黒い胃袋がズタズタに裂け、中に入っていた未消化のものが飛び散ったようだ。
大鼠を呑み込んだ直後、爆裂砂蛇の胴体は丸呑みした大鼠の所為で膨れていた。それがすぐに元の状態に戻ったので、消化されたと思っていたのだが……。
「判らない。この謎は後日という事にしないか」
俺が提案すると薫が駄々を捏ね始めた。
「駄目よ。私には時間がないんだから」
薫は悲壮な表情で告げる。俺は苦笑いした。三日後に二つの月が重なる夜が来るのだ。その日にリアルワールドへ戻らないと学校を長期欠席する事になるらしい。
「では、どう致そう?」
「爆裂砂蛇を生かしたまま腹を裂けば、何か判るんじゃないか」
その言葉に薫が引く。
「いい考えでござる。『治癒回復の神紋』の応用魔法の中に<
爆裂砂蛇を探し始める。十数分後、<魔力感知>で魔物の魔力を感知した。
そいつは砂丘と砂丘の谷間でトグロを巻いていた。先程の大蛇より大きく、全長が一〇メートルほども有った。
リアルワールドで最大の蛇はアナコンダかニシキヘビだろうか。それらの最大級は一〇メートルほどだと聞いているので、長さは同じくらいだが、太さは爆裂砂蛇の方が太いようだ。
爆裂砂蛇は俺たちに気付いていない。奇襲だ。
俺は呪文を唱え<
「我、奇襲に成功せり」
爆裂砂蛇は目が潰れ脳震盪を起こしているようだが、致命傷には程遠い。頑丈なウロコが急所を守ったようだ。それでも相当のダメージを与えたようで、砂丘の谷間で苦しみ藻掻いている。
伊丹が近付き、<
爆裂砂蛇が伊丹を攻撃しようとしたら首を切断しようと考えながら、俺は邪爪鉈を構えた。
心配は無用だった。伊丹の<
俺は<
「何じゃこりゃ?」
折り畳まれていた胃袋を引き出し砂の上に横たえ広げてみる。それは
「どうするの?」
薫が尋ねる。俺にも明確なアイデアが有った訳ではないが、爆裂砂蛇が死んだら胃袋がどうなるのか見たかった。
「爆裂砂蛇の息の根を止めてくれ」
三人は爆裂砂蛇から距離を取り、薫が<崩岩弾>で頭を潰した。その瞬間、胃袋が跳ね上がり、空中で瞬時に膨らんだ。爆発が起こるだろうと思っていた俺たちは、訳が判らなくなった。
「何が起こったの?」
爆裂砂蛇に近付いて胃袋を見てみると未消化の獲物がたっぷりと入っているようだ。
「爆裂砂蛇の胃袋は亜空間にでも繋がっていて、そこで食べ物を消化してるんじゃないのか。それで死ぬと亜空間から未消化の食べ物が戻って来て、この状態になるんだ」
俺は思いついた事を言ってみた。
「ん……その可能性もござるが、亜空間とか言われても」
そうなのだ、亜空間が何か判らずに言っているだけなので、今ひとつ説得力がない。
「爆発したのは、その亜空間から食べ物が戻った所為なの?」
「判らん、取り敢えず胃袋を切り取って中身は洗い出して持って帰ろう」
俺と伊丹で胃袋を切り離し、中身を絞り出し魔系元素の水で洗浄した。薫は臭いに耐えられないと早々にリタイヤした。
後日、胃袋を調査し奇妙な源紋が秘められているのを発見した。この源紋に魔力を流し込むと胃袋の中身が消え、中身の重量も消失してしまう効果が有るのが判明した。俺たちは小説やゲームで出て来るアイテムボックス的なものが作成出来ないか研究する事にした。
迷宮の俺たちは再び第十二階層を目指して進み始めた。砂漠を走破し下への階段を見付けたのは、午後を少し過ぎた頃であった。
第十二階層は岩山エリアだった。ゴツゴツした岩山が連なる光景は荒涼で、生き物など一匹も居ないような感じがする。俺たちはオーガとサラマンダーを求めて彷徨い歩いた。
三〇分ほどでオーガの集団に遭遇。岩山の麓に洞窟が有り、そこの前にオーガ三匹が
迷宮のオーガが何故か鉄製の棍棒を持っていた。どこから手に入れたのか不思議だ。
オーガの再生能力は樹海で遭遇した奴から学んでいる。仕留めるには一撃で大ダメージを与えるような戦い方をしないと難しいだろう。
但し、薫の<崩岩弾>は禁じた。威力が有り過ぎて目的である魔晶管まで傷付ける可能性が高いからだ。
俺は邪爪鉈を取り出した。同時にオーガが俺たちに気付いたようで、吠えるような声を上げながらドタドタと走って来る。
最初の攻撃はリーチの長いオーガによる棍棒の振り下ろしだった。相当な威力の有る一撃だったが、スピードはそれほどでもなく軽くステップして躱す。体の横を鉄製の棍棒が通り過ぎ地面に減り込んで止まった。
大した威力である。身体に命中したら致命傷を負っただろう。
オーガの背後に回り込み、跳躍して首に邪爪鉈の刃を打ち込む。太い筋肉に食い込んだ刃は一〇センチほど食い込んだ所で筋肉に押し返された。
首から血が吹き出し、オーガが片膝を突いた。仕留めたかと思ったが、すぐに血が止まり立ち上がる。
「さすがオーガだ」
俺は一気に勝負を着けようと、五芒星躯豪術を用意する。魔力の流れが五芒星を形成すると同時に爆発的な力で地面を蹴り、オーガに接近し大鬼の頭上を飛び越えるように跳躍する。
魔力を邪爪鉈に込め鮮やかに赤く輝き始めた刃をオーガの脳天に叩き込む。オーガの頭が二つに割れた。地響きを立ててオーガが倒れる。
伊丹は巧みな戦闘術でオーガを翻弄し、赤く輝く豪竜刀でオーガの足を斬る。両足の付け根を斬りオーガを
伊丹らしい鮮やかな手並みだ。
薫も善戦していた。<
両眼に<
それを六回繰り返した時、オーガの動きがおかしくなった。出血多量でフラフラし始めたのだ。薫は最後にもう一度、首の動脈を切断し止めを刺した。
「オーガの再生力は噂通りね。仕留めるのに首を七回も切る必要があるなんて」
薫はオーガのしぶとさに驚嘆し、疲れたと言って座り込んだ。
俺と伊丹はオーガから魔晶管を剥ぎ取る。中には魔晶玉が入っており、二人してニヤリとする。角も魔法薬の素材となると聞いていたので採取する。
角は精力系魔法薬になると聞いているが、趙悠館では作成する予定はないのでギルドで売却しようと思う。
再生薬を作るのに必要な最後の素材、サラマンダーの血を求め、俺たちはラストスパートに入った。
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