第114話 オラツェル王子の戦備

 趙悠館に戻った俺たちは、太守館から呼び出しが来ているのを知った。

「何だろ。ウェルデア市の騒動で活躍したから、ご褒美でも貰えるのかな」

「いや、きっと面倒事よ」


 俺の楽観的な予想に反して、薫が嫌な予測を口にする。

「こんな所で喋っていても仕方ござらん。行こうではないか」

 三人は太守館へ向かった。


 太守館で迎えてくれたのは、ディンとダルバル、アルフォス支部長だった。

「ミコト、急に呼び出して済まん」

 ディンが駆け寄って出迎えてくれた。


 太守館の応接間に通された三人は、豪華な内装にプレッシャーを感じた。

「遅くなったが、三人には礼を言っておく」

 ダルバルが感謝の礼を三人に述べ、重そうな革袋を渡した。俺は受け取ると中身が金貨であるのを確信した。


「本来ならウェルデア市の領主がするべき事なのだが、その領主一族が不運にも賊に皆殺しに遭ったと報告が来た。よって、国王の代理としてシュマルディン殿下が褒美を下賜される事となった」

 ダルバルが荘厳な口調で述べる。


 俺はちょっとおかしいと感じた。今回の依頼はハンターギルド経由のものだったので、太守が特別な褒美を与えるのは不自然なのだ。


 剛雷槌槍の件は太守からの直接依頼となっているが、正当な報酬を貰っての製造販売だから、褒美を貰う理由はない。

 確かに薫や伊丹は活躍したが、活躍したハンターは他にも居る。


 ダルバルに促され、三人は応接室の高そうなソファに座って会話を続ける。テーブルを挟み反対側にディンたちが座った。


「私たちだけに褒美など、何か有ったのですか?」

 ダルバルが渋い顔をする。

「気付かれたか、お前たちに頼みが有る。だが、我らが感謝しているのは本当だぞ」


 ダルバルが厳しい表情で言い出した。

「オラツェル王子から、簡易魔導核を大量に売ってくれと申し出が有った。但し、そなたたちの開発した補助神紋図を一部修正して欲しいそうだ」


 剛雷槌槍に使っている魔導核を、太守館では『簡易魔導核』と呼び始めていた。

「修正してくれと言われても、どう変更するのですか?」


「今の簡易魔導核は、二つの魔導武器を連続して稼働するようになっている。それを一つの魔導武器だけにして、魔導武器の使用時間を伸ばして欲しいそうだ」


「もしかして魔物の素材を使って魔導武器を作成するつもりなのではござらんか?」

 伊丹が口にした推測は、たぶん正解だろう。


「大量とは、どれほどですか?」

 俺は気に掛かっている個数を聞いた。

「今年の分だけで一〇〇個だそうだ」


 戦闘集団を強くする方法は幾つか存在する。その中で最も簡単な方法は、兵士一人一人に強力な武器を持たせる事だ。だが、その簡単な方法を取るには膨大な資金が必要となる。


「オラツェル王子の資金源は何処に有るんでしょう?」

 ダルバルが俺の疑問に答えてくれた。


「港湾都市モントハルを出入りする船は、年間七千隻以上だと言われている。そして、今月から出入りする船すべてに税を掛けると通達が有った」


 これまでも外国船だけからは税を徴収していたが、今月から国内船からも税を取るとなると膨大な資金がオラツェル王子の下に集まる事になる。


「兄上は、本気で内戦を起こすつもりなのだろうか」

 ディンが暗い表情で呟くように言う。第一王子派と第二王子派との間で争いごとが増えているのは、ディンも聞いていた。長男であるモルガート王子が王家の隠密部隊『闇風組』にも命令を出していると聞いている。


「このままでは内戦は必至でございましょう。オラツェル王子も、それを強く感じ武器を揃えようとして、今回の依頼をしたのでござろう」

 伊丹が珍しく私見を述べた。


「しかし、内戦ともなればモルガート兄上は王都に配備している軍を動かすのではないか。そうなれば、オラツェル兄上に勝ち目がない」


 ダルバルは首を振る。軍を動かすには王の許可が要るからだ。軍務卿がモルガート王子の後ろ盾だとは言え、王が軍を動かすのを認めるはずがない。


「内戦が起こったとて、貴族の私兵同士の戦いとなるだろう」

「それでもモルガート兄上の有利は変わらないのではないか。軍務卿には『孔竜こうりゅう騎士団』がある」


 軍務卿コルメス伯爵が組織した孔竜こうりゅう騎士団は、二千人規模の大きな軍事組織で精強な騎士が揃っていると評判になっていた。


「財務卿クモリス侯爵は、傭兵ギルドを手懐けたと報告が来ておる。すべての傭兵がオラツェル殿下に味方するとは思えないが、千を超える傭兵を動かす事は可能であろう」


 傭兵が味方したとしても、第二王子派が兵力では劣るのに間違いない。そこで魔導武器を揃え、味方の増強を図りたいのだろう。


「しかし、簡易魔導核だけでは魔導武器を製作出来ない。その他の素材はどうするのか?」

 俺が疑問を口にすると、アルフォス支部長が。


「迷宮都市のハンターギルドと迷宮ギルドに大量の依頼が来ている。共通するのは、魔物の素材で武器に転用すれば強力な魔導武器となる点だ」


「どんな素材なのです?」

「大剣甲虫の剣角・足軽蟷螂の鎌・雷黒猿の雷角・炎角獣の角など様々な素材をオラツェル殿下はお求めらしい」


 炎角獣と言うのは、犀に似た魔物で二本有る角の大きい方に炎を宿し、戦いとなるとその炎角から炎を吹き出し敵を焼き殺すと魔物事典に記されていた。


「そのような依頼はお断りになると思っていました」

 薫がダルバルに目を向けながら言う。ダルバルは面目ないというように目を逸らす。


「クモリス侯爵が圧力を掛けて来たのだ。我が派閥の貴族は海から遠い内地を領地とする者が多い。そこを突かれたのだ」


 俺はピンと来る物があった。

「もしかして塩ですか?」

「そうだ、塩を作っている海岸付近は第二王子派が支配する領地がほとんどなのだ」


 要求を聞き入れなければ塩をつと、オラツェル王子が脅したのだろう。

「王都から塩を取り寄せられないのですか?」

「王都の商業ギルドを牛耳っているのは財務卿である。無駄であろう」


「カオル、今回は仕方無さそうだ。補助神紋図の修正を頼めるか」

「いいけど、このままだとずっと要求を飲まされる事になるわ。どうするの?」


 俺はエヴァソン遺跡で塩田を作ろうとしていたのを思い出した。

「迷宮都市で塩を生産するしか無いだろう」


 それを聞いたディンたち三人が驚いた。昔から迷宮都市で塩を生産しようと言う試みは何度も有り、その尽くが失敗していたからだ。


「無理を言うな。海の魔物の手強さを知らんから、そんな事が言えるのだ」

 アルフォス支部長は、何度も海の魔物の襲撃で製塩所が潰されたのを語った。迷宮都市の近くに在る海は三本足湾と呼ばれる細長い湾である。


 この海には灰色海トカゲやワタリ大蟹、クラーケンなど厄介な化物が住み着いており、海の近くに製塩所を作ると何故か押し寄せて潰してしまうのだ。

 魔物の縄張り意識がそうさせるのかもしれない。


「私なら製塩所を作れると思います」

「本当か、ミコト。それが可能なら、どんな褒美でも約束しよう」

 ディンが嬉しそうに言う。ダルバルが慌てた。王家の人間の約束には責任が伴う。


「待ちなさい、シュマルディン。軽々しく約束などするでない」

「ダルバル様、慌てなくとも大丈夫ですよ。私が褒美として欲しいのは、今は誰も所有していない土地です」


「ホウ、それは何処だ?」

「エヴァソン遺跡です」

 アルフォス支部長が興味を示し身を乗り出す。

「あの遺跡に何か有るのか?」


「遺跡の前に広がる海岸に塩田を作ろうと考えています」

「あそこか……なるほど、製塩所には都合の良い場所だが、海の魔物はどうする?」


「対策は考えています。ですが、詳細は教えませんよ。真似されると嫌なので」

「ふむ……」

 ダルバルが考え込み、アルフォス支部長は苦笑いを浮かべ俺を見ている。


「お祖父様、エヴァソン遺跡は調査も終わり放置されているものでしょ。ハンターもとうの昔に探索し尽くしていると聞いています。ミコトの所有権を認めても問題ないはず」


「製塩所を作る労働力はどうする」

「スラム街の人たちや犬人族を集めるつもりだ」

 アルフォス支部長が犬人族と言う言葉に反応する。


「犬人族だと……樹海に潜んでいると聞いていたが、奴らは敵ではないのか」

「大昔に魔王軍に利用されたというだけです。今は部族ごとに小さな隠れ里を作って静かに暮らしています。敵対する必要は無いでしょう」


 しばらく考えてダルバルが答えを出した。

「いいだろ。製塩所が完成したら、小僧がエヴァソン遺跡の所有者だと認める書類を作成してやる」


 辺境に領地を持つ貴族は、新しく開拓村を起こした者がいる場合、その土地を開拓者の所有と認める権限がある。今回の場合も開拓村と同じ扱いとなるだろう。


 その後、細かな打ち合わせをして趙悠館に戻った。褒美として貰った革袋を開けてみると金貨三〇枚が入っていた。ご機嫌取りで貰ったような褒美なので十分な金額だろう。


「食堂に行って、夕食にしようよ」

 薫の声に頷いて、食堂へ向かう。趙悠館建設で働いている人たちの為に建てた食堂だが、最近では関係ない人も食べに来ているようだ。


 どうやら近所の人々や建設関係者の間で評判になっているらしい。どう評判になっているかというと、珍しい料理を出し、それがもの凄く美味いと広まっているようだ。


 俺たちが食堂に入ると、趙悠館建設の職人は食べて帰った後であるにも関わらず、二〇人ほど座れる椅子の殆どが埋まっていた。


 俺たちは端に空いている席を見付けて座り、壁に貼られているメニューを見た。料理名と値段、それに料理の絵が描かれていた。この町の識字率が五割ほどなので絵が無いと選べない者も居るのだ。


 メニューの数は定食系が三種類、一品ものが五種類、丼ものが三種類である。この世界にも米に似た作物が有る。長粒米だがそれなりに美味いものだ。


 定食は鶏肉と野菜の煮物・鎧豚の生姜焼き・コロッケであり、丼ものはカツ丼・親子丼・牛丼の三種類がある。どれもリアルワールドに存在する食材と似たものを使って料理している。


 生姜や肉、馬鈴薯、玉ねぎは似たものが存在し、出汁だしは干した海藻や煮干し、干し茸を使っている。醤油などの調味料がないので完全な再現は無理だが評判は良く、特に鎧豚の生姜焼き定食と牛丼は人気で、遠くから食べに来る人も居るくらいだ。


「俺、コロッケ定食」

「私は親子丼を」

「拙者は鶏肉と野菜の煮物定食をお願い致す」


 定食にはご飯かパンが付き、お客さんが選べるようになっている。俺たち三人はもちろんご飯だ。

「カオルちゃん、今日はどうだったの?」


 食堂を手伝っていた真希が薫を見付け声を掛ける。薫が迷宮を探索している事が心配なようだ。

「どこまで探索が進んだの?」

「やっと第十一階層まで到達したよ。もう少しでオーガとサラマンダーが居る第十二階層に行ける」

「大丈夫なの? 危険じゃない」


「迷宮はどれも危険なの。でも十分に対策は練って行動しているから問題ないよ」

「ミコトさん、本当ですか?」

 俺は頷き、十分な調査をした上で挑戦していると伝えた。


 夕食を済ましてから部屋に戻ろうとしていると薫が付いて来た。

「何か用事かい?」

「加護神紋の改造方法を教えると約束したでしょ」


 二人で部屋に戻り、俺と薫は寝台に腰掛けなんとなくいい雰囲気になった。二人が黙り込んだまま時間だけが過ぎ、俺の心臓がバクつき始め喉が渇いて来る。


 薫が顔を赤らめ、恥ずかしそうにしている。そして、唐突に薫が、

「変な事しようとしたら、伊丹さんに言うわよ」

 それはないぜ、俺はがっくりした。


 伊丹が豪竜刀の手入れをしている姿が脳裏に浮かんだ。浮ついていた心が、一気に冷める。

「な、何もしないよ。それより加護神紋の改造方法を教えてくれ」


 薫から教えて貰った方法は、躯豪術が鍵となっていた。躯豪術で神紋記憶域を魔力で満たし加護神紋を明確に浮かび上がらせるのがコツだった。


 通常、自分の持つ加護神紋を感じ取ろうとしても使われている神意文字と神印紋が渾然一体となって漠然と認識出来るだけなのだ。


 普通ならどんな神意文字と神印紋が使われているかは判るが、それらがどのような構図で並んでいるのかは判らない。


 しかし、神紋記憶域を魔力で満たすと、完全な形で加護神紋が浮かび上がり満たされた魔力を制御する事で加護神紋を改造可能となる。


 俺が改造しようと思ったのは『魔力変現の神紋』である。エヴァソン遺跡で発見した『錬法術の神紋』に秘められている魔法機能を『魔力変現の神紋』に融合させようと考えたのだ。


 この二つの神紋は非常に似ており、共通化出来る部分が多く融合する事が可能だと判断した。俺はすぐにでも改造したかったが、大規模な改造になるので神紋術式解析システムで解析してからでなければ、危険だと薫に言われた。

「仕方ない次の機会にしよう」


「それより製塩所の件だけど、私たちがエヴァソン遺跡に作る事が第二王子派の人たちに知れると妨害してこないかな」


「そうだな、その可能性は有る。知られないように極秘に作るしか無い」

「そうするとスラム街の人たちは労働力としては使えないか」

 その夜は時間が過ぎるのを忘れ、二人は遅くまで話し合った。



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