第113話 ラシギリ草
錬法術は魔力変現と同じように特殊空間を使って魔法効果を発揮する。魔力変現が使う特殊空間は、魔粒子を魔系元素に変換し様々な物を作り出すものだ。
一方、錬法術の空間は、その場に有る材料を投入し様々な効果を使い分けて目的の物を作り出すものだった。
錬法術は『錬法術の神紋』が必要であり、これは王都の魔導寺院にしか無い加護神紋である。普通なら王都に行かねば手に入らないものなのだが、実はエヴァソン遺跡でも発見されていた。
薫が既に修復している神紋付与陣は、『魔力袋の神紋』『魔力発移の神紋』『
最初の二つは犬人族に授けるために修復したが、最後の『錬法術の神紋』は王都の魔導寺院にしか無い加護神紋だったので、興味を惹かれて修復した。名前から錬金術の類ではないかと考えたのも優先して修復した理由の一つだ。
だが、『錬法術の神紋』を授かろうと思っている訳ではない。この神紋と『魔力変現の神紋』を組み合わせれば面白い事が可能になると考え修復しながら調査したのだ。
錬法術の基本魔法で作り出す特殊空間は<剛性変化>と呼ばれる。どんな硬い物質でも柔らかく変化させ金床と金槌で普通の鍛冶仕事の要領で加工可能となる。
錬法術の<剛性変化>は鍛冶屋の炉の代わりとなる特殊空間を作り出すのだが、炉が不要になる訳ではない。焼入れや焼戻しの効果を再現してくれないからだ。
俺と薫は、『魔導眼の神紋』の応用魔法の一つである<記憶眼>を使って、壁に書かれている錬法術の情報を脳内に作られた高密度記憶領域に記憶した。高密度記憶領域は、<記憶眼>を使えるようになると作られる魔導細胞製の記憶素子群である。
<記憶眼>を使って記憶した情報は、すべて高密度記憶領域に蓄えられる。これはJTGの研究者が発見したのだが、この記憶した情報をリアルワールドに持ち帰れると判った時、脳を研究する科学者は『魔導眼の神紋』に注目した。
そして、『魔導眼の神紋』を持つ案内人に実験的依頼が課された。<記憶眼>を使って異世界の本を丸ごと記憶し日本で口述せよと言う依頼だった。
俺は東條管理官の命令で『魔物事典』という厚さ十五センチも有る事典を記憶させられた。<記憶眼>は発動して記憶する情報を集中して見るだけなので面倒ではないのだが、長時間続けると頭が熱を持ち始め頭痛がするようになる。
二千ページ以上も有る事典を記憶するのに三日掛かり、日本で口述するのに五日、まさに地獄だった。
依頼の目的は高密度記憶領域の記憶容量を調査したかったらしいのだが、広辞苑並みの情報量も負荷なく記憶出来ると判明しただけだった。
取り敢えず、地下室から出て大岩を元に戻した。
「他の人たちも、あのスケルトン神殿騎士を倒して抜け道を通ったのかな?」
「それなんだけど、迷宮ギルドのマゼルダさんなら、こんな危険なスケルトンが待ち構えていると知っていたら教えてくれると思う。……たぶんだけど、もっと簡単な別の脱出経路が存在するのかもしれない」
後で迷宮ギルドのマゼルダさんに抗議すると、町の反対側近くに在る井戸から町の外へ出られると教えてくれた。
その井戸は周りに家がない場所に存在するので、皆怪しいと気付いて脱出経路を見付けるそうだ。それを聞いた時、俺たちは苦笑いするしか無かった。
祭壇の抜け道から町の外に出ると下へ続く階段が有った。
「それじゃあ、第九階層へ」
俺たちは第九階層に向かう。階段の下から冷気が登って来るのを感じた。
「ムッ……下から冷たい風が吹き上げてくるようでござるな」
伊丹の言う通り、真冬の冷たい風を思わせる空気の流れが有った。
第九階層は真っ白だった。足元には雪が積もり、すべてを凍り付かせるような風が迷宮内部で吹き荒れていた。
「寒い、コートを出さなきゃ」
迷宮ギルドのマゼルダさんの情報で、第九階層が雪山エリアだと知っていたので、背負い袋の中にそれぞれコートを用意していた。
急いでコートを羽織ると改めて周りを見た。遠くに雪山が見えるが迷宮に高い山がある訳ないので、壁が雪山のように見えているだけらしい。そして、近くに幾つかの丘が有り、すっぽりと雪に覆われていた。
「この階層にラシギリ草が生えているとマゼルダさんは言っていたんだ」
俺が迷宮ギルドで得た情報を開示すると。
「でも、雪だけしか見えないわよ」
薫が背伸びするように伸び上がり見回す。確かに雪しか見えない。
洞窟に生えてる植物だと言ってたので、それらしい穴を探す。丘の麓に大きな横穴が有るのを見付けた。よく見ると幾つか有る丘全てに洞窟らしいものが有った。
「あの洞窟のどれかにラシギリ草が有るのでござるか?」
「そうなるのかな……仕方ない。一番端から探すか」
「面倒ね……探したいものが有る方角をピタリと当てる応用魔法とか無いのかな」
薫の口から愚痴が溢れる。上の階層で疲れたようだ。
「<魔力感知>で探せないのでござるか?」
薫が首を捻る。<魔力感知>は、本来魔力の大きさと位置を感知するものだ。よく知っている人や魔物なら魔力波形で識別できるが、植物は無理だろう。
「人間同士でも魔力波形は変わるんだったよね」
「そうよ。でも、人間同士の違いなんてほんのちょっとの違いだから、すぐ近くで高性能な魔道具を使って調べないと識別出来ないと思う。但し、私のように魔力制御と感知能力に優れていたら別よ」
三人で魔力波形について話しながら洞窟へ近付いて行く途中、雪狼に遭遇した。
肩の高さが俺の胸くらいまで有る大きさで、真っ白な毛皮を纏っている。雪の中だと見分け難いが、その雪を蹴散らして走ってくる姿は獰猛そうだ。
この雪狼は群れを作る魔物である。だが、今回遭遇したのは単独で狩りをしていたようだ。
「拙者が相手しよう」
伊丹が前に出た。手に持っているのはスケルトン神殿騎士から頂いた黒い魔導剣である。半分の長さになっているが、魔導武器としての性能は落ちていない。
伊丹は魔導剣を顔の横に立てて構える。いわゆる八相の構えである。
雪狼が唸り声を上げながら、八メートルほど手前まで迫って来た。伊丹の魔導剣が袈裟懸けに振り抜かれ、魔力の刃が飛翔する。光を反射しているのだろうか魔力の刃はキラキラと輝いている。
走り込んで来た雪狼の肩口に魔力の刃が食い込み、血飛沫が上がる。雪狼が地面を転がり、伊丹の目の前で蹲る。仕留めるまでには至っていないが、虫の息である。
「使えそうな魔導剣ですね。伊丹さんが使うの?」
「拙者の予備の剣にしていいだろうか」
「師匠の攻撃魔法は、アンデッド用だけなのは気になってたの。丁度いいんじゃないかしら」
「俺も賛成」
折れた魔導剣を持ち帰り、カリス親方に小剣として作り直して貰う事にした。
雪狼から毛皮と魔晶管を剥ぎ取る。雪狼の毛皮は高級品でギルドで銀貨一〇枚で買い取ってくれる。白く美しい毛並みが、貴族の奥様方に気に入られており需要が多いのである。
一つ目の洞窟に到着し中に入る。洞窟内部は三人がギリギリ並んで歩けるほど広く、何か生き物が掘った巣穴のような感じの洞窟だ。
風が入らない所為だろうか、中は温かく外よりは数十倍も快適だった。だが、こういう快適な場所には先客が居るもので、洞窟の奥に巨大な白
白狒々は雪狼より一ランク上のルーク級下位である。ナイト級の帝王猿やビショップ級のバジリスクに比べれば問題ない脅威度なのだが、狭い洞窟での戦いは不利だった。
「先程は拙者が獲物を頂きました故、今度は二人のどちらかが戦ってはどうでござる?」
「だったら、俺が戦うよ」
俺が前に出て邪爪鉈を構える。白狒々は歯をむき出して俺たちを威嚇する。洞窟の天井につかえそうな巨体がゆっくり近づいて来る様子は、恐怖心を煽る。
小瀬や東埜なら恐怖で身体が縮み上がり泣き叫んで逃げ出していただろう。俺は躯豪術を使って脚力を強化し一気に白狒々の懐に飛び込んだ。
白狒々は間近に俺が現れたので驚いて豪腕を振り回す。ステップしてラリアットのような攻撃を躱し、躯豪術で魔力を邪爪鉈に流し込む。バジリスクの刃が淡い赤い光を放ち始めるとそのまま白狒々の胸に叩き込んだ。
淡い赤い光を纏った刃は白狒々の胸に食い込み分厚い筋肉を切り裂く。白狒々は悲鳴を上げ、一旦退いた。俺は白狒々の筋肉に刃が弾かれる手応えを感じた。十分威力のある一撃なので急所に叩き込めれば仕留められたであろう。
今までなら満足ゆく一撃なのだが、五芒星躯豪術を使えるようになった現在は不満が残った。
傷付いた白狒々が警戒して攻撃を躊躇っている隙に、腹の中の魔力に五芒星の流れを起こす。十分な速度で五芒星の形に沿って魔力が流れ始める。流れる魔力を連続で右足・左足へと送り込んで爆発的な脚力を生み出す。
俺は稲妻のような速さで白狒々との間合いを詰め、邪爪鉈に魔力を送り込む。はっきりと大量の魔力が流れるのを感じ、邪爪鉈が鮮烈な赤い光を放ち始め、それを白狒々の肩口に叩き込んだ。
白狒々の身体が肩口から斜めに両断された。ズルリと滑った上半身が地面に落ちる。
薫と伊丹が驚きの表情を浮かべ俺を見る。俺が躯豪術を使ったのは判ったのだが、二度めの斬撃が余りにも強烈だったので驚いたのだ。
二人には両方の斬撃とも躯豪術を使ったのは判ったようだが、その威力の違いが何処から来るのか不思議に思っているようだ。
「ミコト、今のは何なの?」
薫がきつい口調で問い質す。伊丹は苦笑していた。
「俺の切り札だよ。躯豪術の改良版だ」
「それって私たちには教えてくれないの?」
「カオル殿、躯豪術の基本は教えて貰っているのでござる。それ以上は各々で工夫し自分独自の技を作るのが面白いかと存ずる」
薫が『会長』と呼ばれるのを嫌がり始めたので、伊丹はカオル殿と呼ぶようにしたようだ。薫は同年代の人間がいる前で『会長』と呼ばれると『生徒会長』に間違われると気付いたのである。
「ムッ……判ったわ。私も独自の技を研究してみる」
負けず嫌いの薫が闘志を燃やす。俺は躯豪術ではなく魔法関連を研究した方がいいと思うのだが、たぶん言っても聞き入れないだろうと放任する。
白狒々から魔晶管を剥ぎ取ると魔晶玉が出て来た。ラッキーと思いながら魔晶玉を仕舞う。
その後、洞窟を調べたが探しているラシギリ草は無かった。俺たちは外に出て、他の洞窟に移動し調査した。
二つ目も白狒々の巣で、薫がゴルフボールサイズの<崩岩弾>で仕留めた。しかし、そこにもラシギリ草はなく、三つ目の洞窟に移動した。
その洞窟はスライムの巣だった。それも初めて見るスライムだ。真っ白な色をしたスライムで魔物事典からの情報に依ると無害な魔物らしい、その代わり魔晶管内容液が薬の素材として使えず価値が無いそうだ。
だが、俺たちは白スライムの魔晶管内容液が別のものの素材になるのを知っていた。錬法術の研究家が書き残した記録の中にある『逃翔水』の素材に白スライムの魔晶管内容液が有った。
『逃翔水』は白スライムの魔晶管内容液と水銀、ミスリル粉末、ウツボ蛸の墨を錬法術により融合して製作する。
『逃翔水』は古代魔導帝国エリュシスで使われていたものだと書かれていたが用途の記述はなかった。ただ、場所によって『逃翔水』は空を飛ぶらしい。
情報を書き残した錬法術の研究家も、その正体は分からず正体不明の液体として記述を残していた。
「逃翔水か、ちょっと試してみたいから白スライム狩りをお願いしていいかな」
「私も興味有るから手伝うわ」
「お任せを」
俺たちは洞窟にうじゃうじゃ居る白スライムを狩り尽くす。白スライムの体液は酸でも毒でもないので、魔晶管を剥ぎ取るのは楽だった。
洞窟の壁や地面を這い回る数十匹の白スライムを狩り、奥へと進む。洞窟の奥は魔粒子の濃度が濃く、地中深くを流れる魔粒子の河である地脈から零れ出た一部が吹き出ている地点らしい。
用意して来た革の採取袋が三つほど満杯になったので白スライム狩りを止め、スライムを避けながら洞窟の奥へと侵入する。一番奥はテニスコートほどの空間が有り、そこには魔光石の結晶が
魔粒子を取り込んで光を放つ魔光石は、それほど珍しいものではない。但し迷宮の中ではだ。魔粒子の濃度が濃い迷宮では結晶化しているが、濃度が薄い地上ではゆっくりと崩壊してしまう。
魔光石を見た者は、これが照明として使えないかと持ち出すらしい。だが、三日と経たずに崩壊するので、使えないと知る。
テニスコート一面分の広さを埋め尽くす魔光石、豪華なシャンデリアのように輝く様子は自然の織りなす神秘であり、神の芸術だった。
「迷宮に、これほど美しい物があるとは思わなかったでござる」
魔光石の芸術に見惚れていた時、魔光石の間に植物が生えているのに気付いた。
「ラシギリ草だ」
細長い葉を持つかすみ草に似た植物だった。頼りなげで儚い感じの半透明な白く小さな花が咲いていた。
「やれやれ、やっとでござるか」
三人でラシギリ草を採取し、三〇株ほど集めた。再生薬に必要な三つの素材の中、一つ目を手に入れたのだ。
「魔光石か……幾つか採取して帰ろうか?」
「どうせ崩壊してしまうんでしょ」
「そうだけど……空気中の魔粒子濃度が問題なら、魔粒子が拡散するのを防ぐような物質が有れば解決するような気がするんだ。違うかな?」
「魔法瓶のようなものが有れば、魔光石は崩壊しないと言うのでござるな」
「そうだよ……魔粒子を遮断する物質……鉄、銅、銀、金、石、木材、色んな物で魔光石を密封して試して見ようと思うんだ」
「小学校の頃にやった理科の実験のようで楽しそうでござるな」
という訳で、魔光石も幾つか採取し背負い袋に入れた。
その後、洞窟を出て第一〇階層へ下りる階段を見付け、下の階層へと抜けた。第一〇階層は凍りついた大きな湖がほとんどを占めるエリアで、斑熊や雪狼、氷剣魚などの魔物と遭遇したが、少しでも早く寒い場所から脱出したい薫の<崩岩弾>により駆逐された。
「おらおら……どんどん行くわよ」
何処かのアニメの主人公のように魔物を蹂躙して突き進む薫に呆れながらも、俺と伊丹は凍った湖を縦断し、反対側に有った階段から、第十一階層へと下りた。
荷物もかなり重くなったので一旦戻る事にした。第十一階層には地上へ直通する階段が有るので、その階段を使って地上に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます