第112話 スケルトンの町
勇者の迷宮の第八階層に到達した俺たちの眼前に広がるのは、廃墟と化した町だった。薄汚れた粗末な家々と迷宮特有の雑草だらけの細い道。その道の向こうには、町の中心らしい商店街が見える。
「迷宮に町? ……何だそりゃ」
迷宮ギルドで第八階層の情報を訊いた時、この階層だけはギルドでは教えない事にしていると言われた。何かあるとは思っていたが、町が在るとは思わなかった。
しかも、町の住人はスケルトンだった。荷物を持ったスケルトンが往来を歩いており、その間を縫うように子供スケルトンが樹の枝を振り回しながら走っている。
買い物カゴを持つおばさんスケルトンが夕食の材料らしいものを買っており、店に居るスケルトンは呼び込みの声を上げているのか、顎をカクカクさせている。
「シュールだ。迷宮ギルドのマゼルダさんが見て驚きなさいとか言ってたけど……本当に驚きだ」
俺たち三人は唖然として、町の様子を見詰めていた。
「で……どうするの?」
薫がどうやってこの町を突破するか尋ねる。
「地形から一考するに町を通り抜けねば、迷宮の先へは行けそうにござらん」
伊丹の言う通り、町の両側には岩山が迫り出しており、町を避けて通るのは難しそうだった。
「この平和そうな町に武器を持って突撃するのは、人間として間違っているような気がする。カオルはどう思う?」
「これは偽装ね。油断させて不意打ちを狙っているのよ」
「虎穴に入らずんば虎児を得ずでござる。町に参りましょう」
俺たちは周囲に気を配りながら町に入った。意外にもスケルトンの反応は全く無かった。俺たちが見えていないかのように行動している。
道を歩くスケルトンを避けながら町を散策し、通り抜ける道がないか探す。一時間ほど探し回ったが見付からなかった。
広場まで辿り着いて、そこで休憩する事にした。広場に有った倒木に座り周りを見渡した。広場の周りには教会だったらしい建物や倉庫、大きな屋敷などがあった。どれも古ぼけており、廃墟同然だった。
何となく景色を眺めていると武器を持ったスケルトンが目に入った。二体のスケルトンが広場に沿って西から東へ続いている道を歩いている。
教会を過ぎると左折して教会の陰に隠れ見えなくなった。数分ぼんやりと教会を見ていると、また、武器を持つスケルトンが現れた。
「ん……あれは」
俺がおかしな点に気付いて声を上げると。
「どうかしたのでござるか?」
「あの教会の周りを武装したスケルトンがグルグルと回っているんだ。まるで警備しているかのようだ」
「何か宝物が有るのよ」
薫が目を輝かせ教会を見詰める。この三人の中では薫が一番ハンターらしいと言えるかもしれない。
何故この町ではスケルトンが襲って来ないんだろう。まさか、このスケルトンたちは死んだ事に気付いていないのか。
そんなはずがない。アンデッドが人間を襲うのは、生きている動物が発する生命波動を嫌悪しているのだと言われている。
「このまま素通りして、町の出口を探す方が賢明でござる」
「師匠……堅実なのはいいけど、少しは冒険しなきゃ。あそこには何か有るのよ」
薫と伊丹が教会に宝物が有るか確かめに行くかどうかで意見を戦わせていた。
「少し考えて下され、この迷宮に挑戦する為にどれほどの探索者が訪れたか。その中には教会を探索した者も多かったはず、宝物が有ったとしても、既に持ち去られておるだろう」
なるほど、一理あると感じた。
「伊丹さんの主張に一票」
俺が伊丹に賛同すると薫が慌てて。
「ちょ、ちょっと待って。教会の中に出口に通じる抜け道が有るかもしれないわよ」
薫の反論で俺と伊丹は考え直し、教会の中を調べる事に決まった。広場を横切り、協会の近くに立つ石碑の影に隠れて教会に入るチャンスを窺う。
武装したスケルトンが角を曲がって現れた。その姿を石碑の陰からジッと観察する。巡回中のスケルトンが視界から消えた瞬間、俺たちは教会に走り込んだ。
教会の庭に入り込んだ俺たちは、教会の正面にある扉を開くか試してみた。開かない、鍵が掛かっていた。
「別の入り口を探してみよう」
教会に付け足されるように増設されたらしい一角が有った。小さな煙突が有り炊事場なのではないかと推理し、それなら勝手口のようなものがないか確認する。
煙突の脇に小さな入口が有った。そのドアはボロボロに風化しており、そこから中に入る事が出来た。
中は少しカビ臭く空気が淀んでいた。その部屋は暗く<
<魔力感知>により作り出された感知の風に込められている魔力が誰かに吸い取られるように消え、感知の風も霧散した。
「ん……何かが邪魔していて上手く索敵出来ない」
「何が邪魔しているの?」
薫が不安そうに周りを見回しながら尋ねる。
「判らない、注意して進もう」
そこを通り廊下に出ると礼拝堂が有ると思われる右の方へ向かった。礼拝堂へ入るドアを見付け用心しながら開ける。ギギッと蝶番がきしむ音がしてあっさりと開いた。
そこは確かに礼拝堂で有り、祭壇と祈りを捧げる空間が存在した。ゴトッと音が聞こえ、礼拝堂の中心に置かれている大岩の上に何かの気配がした。
俺は何で礼拝堂の真ん中に岩が有るんだと疑問を感じた。だが、そんな疑問を感じたのは一瞬で、次の瞬間強烈な殺気を全身に浴び、反射的に薫を抱きかかえて横に跳ぶ。
邪気を
「グッ」
俺と薫はギリギリ躱したが、伊丹が右の太腿を斬られた。真っ赤な血が太腿から飛び散る。
「伊丹さん!」
「大丈夫だ……敵に気を付けろ!」
俺と薫は立ち上がり大岩に目を向けると、岩の上に神殿騎士と思われる格好をした大柄なスケルトンが、俺たちを見下ろしていた。神殿騎士だと思った理由は、そいつが白い鎧を装備していたからだ。
そのスケルトン神殿騎士は左手に刃が真っ黒な剣を持っていた。その剣が振りかぶられ俺に向けて振り下ろされた。
もちろん、相手は大岩の上に居る。その剣が届くはずはないのだが、嫌な予感を覚え薫を突き飛ばし俺は横にステップする。
剣から真っ黒な魔力の刃が放たれ、頭を掠めた。焼け付くような痛みが走り悲鳴を上げそうになるが、堪えて歯を食いしばる。
「ミコト!」
泣きそうな顔でこっちを見ている薫に、無理して笑い大丈夫だというように頷く。血が流れているが、頭蓋骨に異常はなく本当に浅い傷だった。
薫が大岩の上に<
「済まん、手当が終わるまで時間をくれ」
「任せて下さい」
俺は<
薫は青褪めた顔をして、神殿騎士から目を離さずに問う。
「傷は大丈夫なの?」
「
「狙いを付ける時間を頂戴。新しい魔法を試してみるから」
間合いが遠いにも関わらず、黒い剣が薙ぎ払われた。俺は薫の前に出て<
薫が結界の後ろから飛び出し<崩岩弾>を撃ち出す。薫は新しい魔法を<崩岩弾>と命名していた。
ゴルフボールサイズの崩岩弾は回転しながら敵に向かって飛翔し、黒い剣を真ん中辺りでへし折ると神殿騎士の右肩に命中する。その瞬間、爆発が起こり大柄なスケルトンの身体が大岩に向かって吹き飛ばされ叩き付けられた。
俺はやっと躯豪術を発動するチャンスを得て、腹の中に在る魔力の塊に五芒星を描く流れを作り出す。
「仕留められた?」
薫が大岩の前で倒れているスケルトン神殿騎士を確認する。白い鎧が破れ右肩から腕が無くなっていた。それでも敵は健在だった。白い骨だけの左手で半分の長さになった黒い剣の柄を握り直し立ち上がる。
俺は邪爪鉈を構え五芒星躯豪術を使う。爆発的な脚力で床を踏み砕くように蹴り一瞬で敵の懐に飛び込み、邪爪鉈を奴の左腕に叩き込む。
バジリスクの爪が白い骨を断ち割り、黒い剣を持ったままの左手を弾き飛ばす。そして、邪爪鉈を振り抜いた勢いを利用して空中で一回転し、右足の甲を奴の頭蓋骨に叩き込む。
頭蓋骨が陥没する手応えがあった。致命傷ではなくてもかなりのダメージを与えたはず。俺の感覚は正しかったようで、神殿騎士が前のめりに床に倒れた。
確実に仕留める為、奴の頭に邪爪鉈を振り下ろす。邪爪鉈が頭蓋骨を両断し、その身体がピクリと震え動かなくなる。
スケルトンの体から魔粒子が放出され始めた。ナイト級下位の雷黒猿に匹敵する濃密な魔粒子が空中を漂い、俺と薫に吸収された。
「拙者は間に合わなかったようでござるな」
手当を終えた伊丹が礼拝堂へ入ると俺たちの所まで近づく。神殿騎士の持っていた黒い剣に興味が有ったようで、拾い上げると確認する。
元々の刀身は八〇センチほどで魔物の素材を加工したものだと思われる。今は四〇センチほどになり、
「魔導武器ですか?」
俺が声を掛けると伊丹は頷き、魔導核に触って魔力が吸い取られるのを確認してから黒い剣を振る。刀身が半分になっても魔導核は正常に機能するようで、魔力により形成された刃が生まれ斬線に沿って飛翔する。
スケルトンが使った時は、飛翔する刃に邪気を
「ミコト、傷を見せて」
薫が治癒系魔法薬を俺の頭に振り掛ける。中級の方で治癒効果は高い。程なく出血が止まり傷口が瘡蓋で覆われた。
「伊丹さんの方はどうなの?」
「魔法薬と<
俺と伊丹の傷が心配する程でもなかったと知った薫は、ホッとしたようで顔色も元に戻った。
スケルトン神殿騎士の肋骨を砕き魔晶管を剥ぎ取った。中には魔晶玉が入っており、ホブゴブリンメイジのものより数倍大きなものだった。
「お宝は無さそうでござるな」
礼拝堂の中をざっと見回すが、宝が隠されていそうな物は無かった。
「お宝は、その剣だけのようです」
「おかしいわね。そのスケルトンがボス的な魔物だとすると、この礼拝堂にお宝が有りそうだと思ったのに」
伊丹が苦笑して。
「お宝より抜け道を探そうではないか」
「こんな場所にある抜け道は、祭壇付近と決まっているわよ」
「そんな馬鹿な」
そんな安直なとは思ったが、祭壇を調べると本当に抜け道が有った。祭壇の一部が取り外せるようになっており、それを取り外すと地下へ通じる階段が現れた。
「やっぱり抜け道だけだったのね……残念」
薫が階段を下りようとするのを俺は止めた。
「待って……あの大岩だけは場違いだと思うんだけど。どう思う?」
「調べましょ!」
俺が止める間もなく、薫が大岩の傍に駆け寄り調べ始めた。
「この岩、金鉱石とかじゃないよね」
薫の推理は斜め上を行っているようだ。大岩は何かの鉱石には見えず、灰色に白い粒が混じった玄武岩に似ていた。俺がその事を告げると。
「ミコト、この岩をどけて」
俺が三トンほどもありそうな大岩に手を当て押そうとすると。
「なんでやねん……時間がないんだから、そんなボケは要らないの」
薫の突っ込みにニヤッと笑って、大岩を<圧縮結界>で包み込み掌サイズまで圧縮する。大岩の下に小さな縦穴が有り下には地下室が有った。
「お宝部屋!」
穴に首を突っ込み中を確認すると、二畳ほどの狭い空間があった。罠もないようなので地下室に下り、周囲を見回す。お宝でも眠っているのかと思ったが、中は何もない空間だった。
但し、四方の壁には青い塗料でびっしりと文字が書かれていた。それは迷宮に挑戦し罠に嵌って死んだ探索者の遺言めいた文章だった。
「『タノバス・キメル 一瞬の油断により迷宮にて死す』だって……カオル、下りて来てくれ。伊丹さんは見張りをお願いします」
地下室に下りて来た薫と二人して遺言を読んだ。内容はドジを踏んで、ここに閉じ込められた探索者が後悔と愚痴を書き綴ったもので読むに耐えない文章だった。
「チッ、何か重要な事が書かれているかと思ったのに……」
「こっちを読んでみてよ。錬法術についての研究成果が書き残されている」
錬法術と言うのは、『錬法術の神紋』を元に開発された応用魔法群を使って行う異世界の錬金術とも言える製造技術である。
壁に書かれていたのは、各種魔法薬や聞いた事のない薬品、合金の製造方法などで有り、『魔粒子貯蔵金属』『逃翔水』『魔導反応金属』などには興味を惹かれた。
どうやらここで死んだ探索者は、錬法術の研究家でもあったらしい。
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