第111話 再び勇者の迷宮
「ただ今、戻ったでござる」
伊丹たちがクレイジーボアを仕留めて帰って来た。全長三メートルもある大猪で、その突進力で岩を粉砕するほどの力を持っている。
牙や魔晶管と肉の半分はギルドで精算し、残った肉を持って帰って来た。肉は燻製にして酒の肴にすると伊丹が言っていたが、一〇〇キロ以上ある肉のほとんどは趙悠館に住んでいる猫人族に分けるのだろう。
その代わりとして燻製肉を作る手伝いをさせるのだが、大猪の肉を囲む猫人族たちの顔は笑顔になっている。この趙悠館に移り住んでから、こういう事が度々あり楽しみにするようになっている。
「凄いにゃー」「師匠、俺も狩りに連れてってよ」
子供たちが伊丹の周りに集まり、嬉しそうに飛び跳ねている。
「アカネ、ハンバーグ作ってぇー」
JTGでは異世界の文化破壊を危惧して、リアルワールドの料理や衣服、生活雑貨などを作り、異世界に広める事を禁止していた。だが、ミコトなどの第一次転移者が広めてしまったものは対象外となっている。
現在案内人となっている者たちにより、マヨネーズやラー油などの調味料やハンバーグ、天麩羅などの料理が異世界の一部で広まっており、文化面の侵犯は黙認される事が多くなっていた。
料理の得意なアカネは、日本で覚えたいくつかの料理をここで披露していた。その中で子供たちに人気が高いのがハンバーグで、この辺は日本の子供と同じらしい。
「それじゃあ、真希、玲香。手伝って頂戴」
食堂で手伝いをしている真希と玲香が近づいて来ると、二人に肉の塊を渡した。
「ちょっと重いわよ」
エプロン姿で文句を言う玲香に、相変わらずだなと薫が笑いを浮かべる。
その夜は大猪のハンバーグで元気を付け、明日に備えて早めに寝た。
翌朝、日の出頃に起きた俺たちは、迷宮ギルドへ向かった。手続きを済ませ、許可札を貰うと勇者の迷宮へ向かう乗合馬車に乗り込んだ。
俺たちはバジリスク製の革鎧・脛当て・籠手を装備し、武器と背負い袋、水筒など万全の準備をして迷宮に臨んだ。背負い袋の中には防寒着や魔法薬、携帯食なども入っている。
迷宮の前には朝早くだと言うのに荷物運びの子供たちが屯していた。初めて挑戦する階層へ向かうので、荷物運びは雇わなかった。
第六階層への直通階段を選んで下りる。階段を下りた先は、魔物が跋扈する森林だった。初めにコボルトの集団と遭遇する。
俺の邪爪鉈、伊丹の豪竜刀で迎え撃ったが、手応えが無さ過ぎて物足りないくらいだった。剥ぎ取りもせずに階段へと向かう。
途中、ゴブリンや鎧豚を蹴散らしホブゴブリンが巣食っている場所へと出た。俺たちに気付いたホブゴブリンたちが走り寄って来る。
ショートソードを持つホブゴブリンが二匹、槍を持つ奴が三匹、そして杖を持つホブゴブリンメイジが一匹。
ゴブリンよりは人間に近いが、緑色の醜悪な面相は嫌悪を覚える。ホブゴブリンメイジはボロい貫頭衣を身に付けていたが、その腰の部分が破けており、身動きすると確実にセクハラ認定されるものが見え隠れする。
「これはセクハラよ。訴えてやる」
大声を出す薫に苦笑いしながら、俺と伊丹は敵に突撃する。
薫がメイジと対峙するが、チラチラと見えるものが気になって集中出来ない。最初の魔法はホブゴブリンメイジが放った。突然、地面から岩の槍が飛び出し薫を串刺ししようとする。
薫は横に身を投げだして避けた。地面で一回転して起き上がると<
「セクハラメイジのくせに……」
もう一度<
「ぐぬぬっ……この変態野郎」
女の子が発してはいけないような声が溢れる。足元で地面が微かに震えるのを感じて飛び退る。予想通り、岩の槍が地面から飛び出した。
薫は<
薫が周りを見回すと、他のホブゴブリンも地面に倒れていた。
「メイジの魔晶管だけは回収いたそうか」
伊丹が提案するが、倒した薫は触りたくないらしい。仕方なく、俺が解体し魔晶管を剥ぎ取る。期待通り、魔晶玉が入っていた。
俺たちは第七階層への階段を下り、岩山の連なる荒野に出た。岩山により迷路のようになっている谷底を進む。足元は砂利と小岩が転がっており歩き難い。サボテンのような植物がちらほらと見えるが、ほとんどは乾ききった地面である。
ギルドで集めた情報によれば、第八階層への階段は中央付近に有るらしいので、その方向へと進む。
「左前方から、スケルトン三体が来るぞ」
俺が<魔力感知>で知った情報を伝えるとホッとした雰囲気が生まれる。ここの敵でスケルトンはマシな方だからだ。
俺たちは速攻でスケルトンを倒し進む。
「うっ……この臭い」
全員が顔を顰める。右から強烈な悪臭が漂って来ている。
「ミコト、お願い」
薫が俺を前に押しやる。
「俺だって臭いのは嫌なんだけど……防臭マスクを用意すればよかった」
鼻を摘んで、<
そして、レイスが現れた。前回の時は、こいつに苦しめられたのだが、今回は伊丹の『聖光滅邪の神紋』が有る。
この神紋の基本魔法は<聖光付与>で、魔力伝導率の高い金属製品に破邪の聖光を付与する効果が有る。もちろん、それには有効時間が有り、三分ほどで効果が切れる。
伊丹は豪竜刀に、俺と薫は予備の武器として持って来たミスリル合金製のショートソードに<聖光付与>を掛ける。それぞれの武器が淡い銀色の光を帯びているのを確認してから、レイスと対峙する。
レイスはゆらゆらと揺れる発光体で形は様々である。光の玉として浮遊している場合が多いが、何となく人の形に似ているものも居る。
通常武器ではレイスへダメージを与えられない。前回は何度切り付けてもレイスの身体を素通りして倒せなかった。魔法なら多少効果が有ったが、止めを刺せるほどではなかった。
ゆらゆらと近付いて来るレイスを、聖光付与したショートソードで斬り付ける。水の塊を斬り付けたような手応えがあり、レイスが真っ二つに切り裂かれ光を失い消えた。
後には何も残らなかった。普通の魔物なら最低でも魔晶管くらいは剥ぎ取れるのを考えると、何も残さないレイスがハンターから嫌われるのは当然かもしれない。
「前回あれだけ苦労したのは何だったんだろうと思うほど、あっさりと仕留められたな」
「やっぱり、アンデッドには聖属性の魔法ね。『聖光滅邪の神紋』は正解よ」
薫の言葉に、伊丹が笑顔を見せる。
問題なくレイスを駆逐すると俺たちは前に進む。
立ち塞がるアンデッドたちを切り伏せ、迷宮の中央付近へと到達した。岩山の麓に洞窟が有り、そこを探すと第八階層への階段を見付けた。
「ここから未知の迷宮になる。気を引き締めていこう」
俺が声を上げ、先頭に立ち下へ歩き出した。階段を下り周りを見渡すと、迷宮には似つかわしくない風景が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます