第110話 戦力増強

「改造したらいいんじゃない。天雷嵐渦てんらいらんかは難しそうだけど、崩岩神威ほうがんしんいなら何とかなりそう」

 加護神紋の改造と聞いて、俺は羨ましそうに薫を見た。


「何、どうかした?」

「どうやったら加護神紋を改造なんか出来るんだ。教えてくれよ」

 頼むと薫がちょっと考えるような仕草をしてから。

「仕方ないわね。ミコトだけに特別に教えてあげる。その代わりに……」


「分かってるよ。リアルワールドで活性化した魔粒子の件だろ。『魔力変現の神紋』を使って俺の体内にある魔粒子を体外に放出すれば、夕陽の光エネルギーを使って魔粒子を活性化させられる」


 リアルワールドで活性化した魔粒子を吸収した時、筋肉中に新たな魔導細胞が生まれるのを感じた。異世界で身に付けた魔導細胞とは違うリアルワールド専用のものだ。そして、授かった神紋が活動を始めるのを感じた。


「それを吸収すれば、私も日本で魔法が使えるようになるのね」

「ああ、ちょっとした魔法なら使えるようになる」


 リアルワールド専用の魔導細胞は細胞内に溜め込める魔粒子の量が多いようだ。その代わり吸収した魔粒子の量と比較して使える魔力が少ないように感じる。


 試した結果、使えたのは基本魔法である<魔力感知><変現域>の二つだけ、<変現域>は大量の魔粒子を使うので、不活性化している魔粒子は使えないかと思ったが、予想外な事に問題なく使えた。


「それじゃあ、魔導寺院へ行きましょ」

 薫と共に魔導寺院へ行き、薫は『崩岩神威ほうがんしんいの神紋』を手に入れた。『神威光翼かむいこうよくの神紋』は授かる条件を満たせなかったが、『崩岩神威ほうがんしんいの神紋』については条件を満たせているのを知っていた。


 魔導寺院で支払った金額は金貨九二枚、日本政府が設定した為替レートだと金貨一枚三〇万円なので二七六〇万円、一流の魔導師でなければ手に入れられない神紋だ。


 因みに魔導師と呼ばれる条件は、魔導師ギルドに所属する上級術者か、新しい魔法を開発した者に送られる称号で、薫は新しい魔法を開発した事で魔導師と名乗る資格を得た。


 しかし、魔法攻撃を得意とするハンターが魔導師と名乗る場合も多いようだ。こういう者たちは魔導使いと名乗るのが正しいのだが、魔導師と名乗った方が箔が付くと考えているらしい。


 薫は新しい神紋を授かった影響が抜けると、早速、加護神紋の改造を行った。『崩岩神威ほうがんしんいの神紋』の基本魔法である<崩岩砲爆>は、直径三メートルの溶岩を五〇〇〇メートル上空に召喚し敵の上に叩き付ける魔法である。


 その威力はバジリスクを一発で仕留めるだけの威力を持つ。

 この<崩岩砲爆>を改造し、<炎弾フレームスフィア>と同じように水平に飛ぶように手直ししたものをもう一つの基本魔法として追加する。


 もちろん、<崩岩砲爆>ほど大きくはなく、弾丸・ゴルフボール・ソフトボールの三つのサイズから選択可能にした。


 ゲームや小説に出て来る定番のファイヤーボールに似ているが、その威力はまったく異なる。ファイヤーボールは標的に命中すると表面で爆散する。


 爆発の衝撃と高温の炎でダメージを与えるのだが、薫が追加した魔法はライフル弾のように回転しながら飛翔し敵の表皮を貫通してから内部で爆発する。


 薫が実験したいと言い出したので、ハンターギルドの訓練場に案内した。訓練場はハンターギルドの建物から歩いて五分ほど離れた場所にあり、広さは二ヘクタールほどで楕円形をしている。


 魔法の試し打ちに使う場所は、訓練場の北側に有り、高さ六メートル・厚さ三メートルの土壁が三方を囲み、正面の土壁には鉄板の的が五メートル置きに八個ほど取り付けられている。


「さて、新しい玩具を見せて貰おうか」

 俺が気楽な調子で薫を促すと、薫が自信満々の様子で視線を的に向ける。


 今日は迷宮に潜る準備だけをする予定なので、俺も薫も軽装である。俺は紺に染められたズボンに作務衣に似たシャツ、薫は短めの白いズボンにベトナムの民族衣装であるアオザイに似た黄色の服を着ている。

 どちらも訓練をするような服ではなかったので、訓練場では目立っていた。


「おい、あいつら何しに来たんだ。いちゃつきたいなら他でやって欲しいぜ」

 剣の訓練中らしい一団が俺たちを見てぶつぶつと言っている。


「あれって、バジリスクを仕留めた奴じゃないのか?」

 俺も顔を知られる存在になったようだ。嬉しいような気もするが、一方、わずらわしいとも思う。


 薫は真ん中ほどに有る標的から二〇メートルほど離れて立つ。

「始めるよ」

 薫が右手の指を拳銃のような形にして、標的を狙って精神を集中する。


「ハッ!」

 気合の篭った声が響き、薫の指先一〇センチほど前方に小さな溶岩弾が召喚され猛スピードで標的に向かって飛翔する。その速度は拳銃弾の半分ほども有るかもしれない。


 狙いが少し逸れ標的の横二〇センチほどの所に溶岩弾が命中する。その瞬間、土壁に弾が潜り込み爆ぜた。バンと大きな爆発音と共に大量の土が周囲に飛び散り、土壁に直径三〇センチほどの穴が出現した。


「げっ! 一番小さなサイズの溶岩弾で、あの威力なのか……でも、こういう応用魔法なら、既に開発されていても良さそうな気がするけど」


 薫がドヤ顔で首を振る。

「魔導師ギルドの研究者は加護神紋を改造する方法を知らないから、付加神紋術式だけで新しい魔法を開発しようとしているの。でも、それだと魔力消費量を調整するような魔法の開発は難しいのよ」


「そうなんだ……だとすると加護神紋の改造というのは難しいんだろうな。習得出来るか自信が無くなって来た」

「躯豪術と『魔力変現の神紋』を応用する方法だから、ミコトなら大丈夫よ」

 薫が太鼓判を押すので信じようと思う。


「それじゃあ、次はゴルフボールサイズの溶岩弾を試射するよ」

「慎重に狙ってくれ」

 薫が先程と同じような姿勢で標的に指を向け、弾丸より数倍大きな溶岩弾を発射した。スピードは幾分遅くなったようだが、それでもあっという間に着弾し爆発した。


 ダイナマイトが爆発したような恐ろしく大きな轟音がして、炎と爆煙が立ち昇る。二〇メートル離れていた俺たちの所にも爆風が押し寄せ、薫の長い髪をかき乱す。爆風が収まった後に確認すると……。


「おっ!」「あっ!」


 二人の口から同時に驚きの声が漏れた。土壁に成人の背丈ほども有る大穴が空いていた。


「今の音は何だ?」「何事だ?」

 訓練場に居た他のハンターが爆音を聞き付け集まって来た。騒ぎが大きくなる前に、退散しなければ。

「試し打ちは終わりだ。続きは迷宮でやろう」


 逃げ出すように訓練場を後にした俺たちは、趙悠館まで戻った。

「伊丹さんの姿が見えないけど、何処に行ったんだ?」

 俺が入口付近で周囲を見回しながら尋ねる。


「師匠なら、アカネさんとディンを連れて狩りに行ったわ。今回は間に合わないけど次に迷宮に潜る時には連れて行って欲しいと頼まれたのよ」


 アカネさんは迷宮に有る珍しい香辛料や調味料を手に入れたいらしい。特に手に入れたがっているのが『嘘泣きトレント』から採取される実から精製する砂糖だ。

 この砂糖はリアルワールドの砂糖に一番近い甘味料で、デザート作りには必須らしい。

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