第109話 再生薬を求めて
俺は小瀬と東埜を探し出すと教会の治療院に運び込んだ。そこで簡単な治療を行い、迷宮都市で本格的な治療を行う為に馬車で運んだ。
東埜は骨折した骨が正常な位置に矯正されないまま治癒した為、以前のようには動けない状態になっていた。小瀬は傷自体は治癒系魔法薬のお陰で治ったのだが、精神的に相当なショックを受けていた。
拷問されたのだろう。小瀬の右手人差し指が無くなっていた。小瀬が何を喋ったのか気になったが、今の小瀬に何を喋ったか尋ねても返事は貰えないだろう。
あれだけ面倒を掛けた二人が、痛々しいまでの姿になっているのを見て、薫は複雑な気持ちとなった。
迷宮都市に帰ると二人を医師である鼻デカ神田とマッチョ宮田に任せた。その事により仮設研究室が病室になってしまったが、二人の医師からは反対の声は上がらなかった。
「東埜は骨折した箇所をもう一度折って治療をやり直す。完全に付いている状態じゃないから、専門医じゃない私でも可能だろう。それに完成した中級の治癒系魔法薬を試せる」
マッチョ宮田がマッドな一面を見せ嬉しそうに笑う。麻酔薬が完成していないのに大丈夫だろうかと一瞬思ったが、勇者なら耐えられるだろうと心配するのを止めた。
「小瀬君の方は、日本に連れ帰って心療内科の専門医に任せた方がいいだろう」
鼻デカ神田が余り興味無さそうに応えた。
「ちょっと待って下さい」
マッチョ宮田が反対した。
「小瀬君の指を元に戻さないんですか?」
「無理を言うな」
鼻デカ神田が呆れた顔でマッチョ宮田を見ていた。だが、俺はマッチョ宮田が言いたい事に気付いた。
「リアルワールドならそうかもしれませんけど、ここには再生系魔法薬が有ると言いたいんじゃないですか」
「そうですよ。神田先生、再生系魔法薬を試してみましょう」
マッチョ宮田が急に大声を出す。
俺としては気乗りしなかった。薬屋の店主から聞いた情報を思い出したのだ。再生系魔法薬は最も安価なものでも金貨八枚もすると言っていた。
そして、欠落部分が完全に再生するまで何日も飲み続けなければならないらしい。見ている内にどんどん再生すると言う訳にはいかないのだ。
「でも、再生系魔法薬は高いですよ。まだ剛雷槌槍の代金を貰っていないんで資金的に苦しいんです」
金がない訳ではないが、趙悠館の建設費や仮設研究室の研究資金などで余裕がない。薄情だと思われるかもしれないが、他人の小瀬や東埜の為に援助するほどお人好しではない。
ただ、このまま日本に連れ帰った場合、小瀬の親からJTGが非難されないか心配になった。薫から聞いた話では、小瀬はいい所のお坊ちゃんらしいので、親がモンスターペアレント化しないか気になったのだ。
俺が保護する前に失踪したのだから、俺やJTGには一切責任は無いが、常識的な理屈が通らないのがモンスターペアレントなのだ。
「金が無くて買えないなら、自分たちで作ればいい。これはチャンスなんです。人体実……いや、小瀬君の精神状態も指が再生すれば改善するはずです」
相変わらず元気の良い声でマッチョ宮田が言い出す。明らかに人体実験のチャンスだと喜んでいる。マッチョ宮田はマッド宮田でもあったらしい。
「声が大きいよ、宮田君。今回の依頼されたものの中に再生薬の研究も有ったから、自ら製造し試験する事も問題ないが、製造方法は判っているのか?」
「再生系魔法薬のレシピは、トリチルが知っていると思います」
外でお湯を沸かしていたトリチルを呼ぶ。仮設研究室に入って来た赤毛の少女は、初めて来た時のやせ細った様子から女性らしい体型へと変化していた。
「何かご用ですか?」
「再生系魔法薬について教えて欲しいんだ」
「はい……私の知ってるのはオーガの魔晶管内容液とポポン草・ラシギリ草・サラマンダーの血を使うものです」
オーガ、ポポン草、サラマンダーは知っているが、ラシギリ草は知らなかった。ラシギリ草についてトリチルに聞いてみると迷宮で取れる薬草らしい。
「材料は揃えられそうかね?」
鼻デカ神田が確認する。
「迷宮ギルドに行って確かめます」
いつの間にか再生系魔法薬を製造する事に決まったようだ。
次の日、迷宮ギルドへ行って、オーガやサラマンダー、ラシギリ草について情報を集めた。オーガとサラマンダーは勇者の迷宮十二階層に棲息し、ラシギリ草は九階層の雪山エリアに生えていると知った。
「再生薬の素材集めかな」
迷宮ギルドの受付嬢の中で顔見知りのマゼルダさんから、目的を言い当てられた。金髪蒼眼の美女で年齢は二十歳前後だろうか。スラリとしたモデル体型で、胸だけは残念な美人さんだった。
「ちょっと、何処見てるのよ。私の胸を見て溜め息とはどういうつもり?」
夜叉の顔に変化したマゼルダが、こちらを睨んでいる。俺は慌てた。
「ち、違いますよ。知人が指を無くしたんで、その事を考えていたんです」
「そうなの……それで再生薬か、大変ね」
俺の言い訳を信じてくれたようで、マゼルダさんが機嫌を直した。
「買うと高いんですよね」
「オーガを倒すのは面倒だからね。ルーク級中位の魔物だけど、あの再生力だけは一ランク上のナイト級に匹敵するから」
「弱点とか無いんですか?」
「さあ……そんなものが有ったら再生薬ももっと安いわよ」
迷宮ギルドから戻ると伊丹と薫に相談した。薫はまた迷宮に挑戦出来ると喜び、伊丹はオーガに興味が有るようで、大型で人型の魔物とどう戦うかを考え始めていた。
久しぶりに迷宮へ潜る薫は、迷宮に挑戦できるという喜びと同時に、自分の持つ攻撃魔法に不安を覚えていた。『風刃乱舞の神紋』は魔力消費量も少なく素早い攻撃が可能な魔法が揃っているので気に入っているが、硬い外殻を持つ魔物を相手にする場合、威力不足だと戦争蟻との戦いで痛感したのだ。
『風刃乱舞の神紋』を改造し呪文無しで使える基本魔法を<
薫は『魔導眼の神紋』を授かった事で神紋記憶域の空きがどれくらい有るか感じられるようになっていた。現在、四つの神紋を持っているが、神紋記憶域の空き容量は七割以上残っているように感じれる。
エヴァソン遺跡で発見した『
本心を言えば『
趙悠館建設予定地の一角に作られた
「戦力の増強はしたいけど、中々良いアイデアが浮かばないのよね」
迷宮攻略で戦力不足となる不安を口にする。俺は薫に視線を向ける。
「第二階梯神紋の凍牙氷陣か雷火槍刃にしたらいいんじゃないか?」
属性魔法が使えるようになる神紋の中で第二階梯に属する神紋は、紅炎爆火・土属投槍・凍牙氷陣・雷火槍刃・風刃乱舞が迷宮都市の魔導寺院に存在する。その中の風刃乱舞を薫は所持しているので、他の神紋を提案した。
「風刃乱舞よりは威力が有りそうだけど、正面から一発で仕留めるだけの破壊力が無いのよ」
「第三階梯神紋の
ミコトが上げた二つの神紋で使えるようになる魔法は広域攻撃魔法であり、狭い迷宮内で使えるようなものではなかった。
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