第108話 オラツェル王子の手柄

 オラツェル王子はディンと同じ碧眼だったが、髪の色は第三王妃の遺伝を受け継ぎ赤毛だった。体型は中背の太り気味で慣れない鎧を着て顔を少し赤らめ上気していた。


 そして、オラツェル王子が引き連れて来たハンターたちは、ほとんどが高ランクの者たちだった。最低でも中堅ハンターとして認識される幕下7級ランクに到達していた。


 中でも剣士ダロイスは、迷宮都市でも上位二〇名に入る小結5級ランクに到達している。俺が十両6級ランクなので、ダロイスは一ランク上である。


 格上であるダロイスに軍曹蟻程度で逆らう事は得策ではないと考え、伊丹と薫を抑え引き下がる。悔しいが実力は互角か向こうが上なので、争うのは危険だと判断した。高ランクのハンターはどんな隠し球を持っているか判らないからだ。


 俺たちが引き下がるとダロイスが鼻で笑い軍曹蟻を仕留めていく。生粋の剣士らしいダロイスは、『躯力強化くりょくきょうかの神紋』を授かっているらしく戦闘時に魔力が体中を循環しているのが感じられた。


 躯豪術とは違い全身が強化されているようで動きに安定感が有る。但し、強化率は初歩の躯豪術と同等か少し低いくらいである。たぶん神紋レベルが5くらいではないだろうか。


 ダロイスは四キロほどもある特注のバスタードソードを軽々と操り、戦争蟻を倒していった。戦争蟻の外殻より魔導鋼製の剣の方が硬度が高いようで、剣の刃が蟻の外殻に食い込み切り裂く。


「見事だ、ダロイス!」

 オラツェル王子が配下のハンターの活躍に称賛の声を上げる。第二王子が集めたハンターたちは、港湾都市モントハルのハンターギルドを中心に周囲の都市や町から集めた高ランクの強者つわものたちだったが、強さだけを基準にしたので中にはたちの良くない者たちも含まれていた。


 ディンが率いる混成部隊とオラツェル王子が率いるハンター部隊で獲物を奪い合うように戦いが進み、程なく戦争蟻が駆逐された。


「ハンターたちは北門へ、衛兵たちは南門へ応援に行って!」

 ディンが打ち合わせに従い、他の場所で戦っている味方の応援に混成部隊を送り出した。それに気付いたオラツェル王子も配下のハンターたちに指示を出そうとして、側近のアクベルに止められた。


 アクベルはクモリス財務卿の次男で、オラツェル王子を補助するように命じられていた。

 オラツェル王子配下のハンターたちは、倒した戦争蟻から嬉々として剥ぎ取りを行なっていた。自分たちで倒した戦争蟻はもちろん、迷宮都市の混成部隊が倒した戦争蟻からも剥ぎ取りを行っている。


 浅ましい限りの行為だが、スカウト時の契約で倒した魔物の剥ぎ取りは自由に行って良いとしているので、今ハンターたちの剥ぎ取りを止めるのは契約違反となってしまう。


「何故止める。もう少しハンターたちの技量を見てみたい」

 オラツェル王子が不服そうな顔をする。アクベルは剥ぎ取り自由の件について説明し、連れて来た少数の王子付き近衛部隊を投入するのを提案した。


 貴族子弟から武勇優れた者たちを集め王族を守護する近衛部隊は、継承権を持つ王族が成人すると用意される。


 彼らの使う武器はほとんどが鋼鉄製の幅広の剣ブロードソードで、衛兵の剣よりはマシだが硬い外殻を持つ魔物退治には不向きなものだ。

「近衛部隊は南門へ向え」


 俺たちはディンと一緒に南門へ回った。そこでは雷槍隊と衛兵が戦争蟻と戦っていた。

「おおっ、剛雷槌槍はいい仕事してるな」


 雷槍隊が異型の槍を手に多くの戦争蟻を倒していた。南門の周りには数十匹の巨大な蟻が動かない岩と化している。


 そして、赤い色を発する槍の穂先が戦争蟻の黒い外殻に穴を空ける度に歓声が上がっている。

 ここで戦っている雷槍隊は交代要員を含めて六〇名、それだけの人数だけで倍ほどの戦争蟻を仕留めていた。


「加勢する必要は無さそうだな」

 南門で生き残っている戦争蟻は三〇匹ほどまでに減っていた。雷槍隊は横一列に並び戦争蟻を防壁の一角に追い込んでいた。仲間を大勢殺された蟻たちは混乱し怯えていた。少しでも雷槍隊から離れようとしてる。

 そこへオラツェル王子と近衛部隊が現れた。


「魔物を仕留めよ!」

 二〇名ほどの近衛兵が剣を抜き、雷槍隊を押し退け混乱している戦争蟻に殺到した。近衛兵の一人一人は、幼い頃より剣や槍の技を鍛えている。


 よって衛兵より技量は上だろう。それに彼らが持つ剣は、一流の武器職人が鍛えた業物で握りや鍔に華麗な装飾が施されていた。


 だが、相手が悪かった。混乱している戦争蟻にブロードソードが振り下ろされるが、戦争蟻の外殻は硬く鋼鉄製の武器では弾かれてしまう。


「関節だ……関節を狙え!」

 近衛部隊の部隊長が指示を出すが、近衛兵たちの動きがおかしい。恐怖が体の動きを鈍らせているようだ。


 オラツェル王子が失望の声を上げる。

「どうした……近衛兵は最強ではなかったのか!」

 貴族の子弟の中にも迷宮に潜ったり、樹海の魔物と戦って武者修行をする者は存在する。だが、それらの場合、多くの護衛が付き従い、止めだけを貴族の子弟が刺すという形が多い。それが本当に武者修行になるのかどうかは疑問であるが、貴族家としては大事な家族を失う訳にはいかないのだ。


 これまで死の恐怖に直面した事の無かった貴族の子弟が、初めて本物の恐怖に対面し冷静ではいられなかった。戦争蟻が反撃を開始した時、身体を強張こわばらせた数人の近衛兵が犠牲者となった。

 それを確認した雷槍隊の隊長が大声を上げる。

「雷槍隊、近衛兵を助けるぞ」


「「「オウ!」」」

 雷槍隊の衛兵が剛雷槌槍の魔導核に魔力を流し込み、戦争蟻目掛けて突撃する。振りかざした槍が戦争蟻の頭に命中し青白い火花を散らす。


 戦争蟻がピクッと痙攣し地面に蹲るのを確認した雷槍隊は、赤色に輝く槍の穂先を蟻の急所に突き入れた。近衛兵の剣を簡単に跳ね返していた外殻が、あっさりとその穂先を受け入れ魔物が絶命する。


「アクベル、あの槍は何だ?」

 オラツェル王子が不機嫌な顔で問い質す。

「魔導武器でしょう。魔力で輝く光りが証拠です」

「待て……財務卿は迷宮都市の財政は良くないと言っていたぞ。あの数の魔導武器を揃える余裕が有ったのか?」


「おかしいですね。迷宮都市からはギリギリまで税を徴収し余分な資金は残っていないはずです」

 ひょろりとしたアクベルは額にシワを寄せ考え。


「迷宮から産したものでしょうか。しかし、あれほどの数が揃って迷宮で手に入るなど奇跡です」

 オラツェル王子は、少し離れた場所にディンが立ち止まって戦闘の様子を見詰めているのを目にして、近付き同じ質問をした。


 ディンは兄王子からの不意の質問に戸惑った。助けを求めるように俺の方に視線を向けて来た。

「それについては、こちらのミコトに答えて貰いますが、よろしいでしょうか」

「誰でもいい、答えよ」


 俺は面倒な事を押し付けてきたディンをジロリと睨んでから。

「あの槍は、剛雷槌槍と申す魔導武器でございます」

「どうやって、あの数を揃えた?」


「迷宮都市の工房で新しく開発された製造方法により作られたもので、従来の魔導武器より安価な素材を使って作られた廉価版の魔導武器でございます」


「ダルバルに幾らで売った?」

「武器屋で売られている魔導武器の半額以下です」

「ふん、要するに二級品だと言うのだな?」

 この発言にはカチッと来た。確かに剛雷槌槍は耐久性や魔力効率は従来の魔導武器より劣るが二級品だとは思わない。


「あの槍は二級品ではありません。全体としては安価な素材を使っていますが、バジリスクの爪と雷黒猿の雷角も製造過程で使っています。決して安いだけではありません」


 オラツェル王子は第一王子の為に迷宮都市の高ランクハンターが総動員され、バジリスクが仕留められたと言う事実は知っていた。


 雷黒猿は兎も角、バジリスクは滅多に仕留められる事は無い。王家からの依頼で狩ったバジリスクの素材を使ったのか。シュマルディンめ運がいい。


「貴様は槍の製造に関係しているのか?」

 ここで関係ないと言っても、オラツェル王子が信じないのは予想がついた。

「少しだけ」


「だったら、私の為に同じ魔導武器を製造しろ。その愚弟が三〇本なら私には一〇〇本を作れ」

 本人の居る前で愚弟だと、気に入らない奴だな。俺は断る理由を頭の中で模索する。


「剛雷槌槍に使われている補助神紋図は迷宮都市で管理していますので、ダルバル様の許可が必要です。それに、バジリスクの爪や雷黒猿の雷角を用意して貰わないと製造出来ません」


 嘘は言っていない。補助神紋図は太守補佐が用意した太守館の一室でのみ、それを使った魔導核の製作が出来ないように契約で制度化された。つまり、太守補佐であるダルバルが許認可権を持っている。


 そして、製造するには魔物の素材が必要だが、俺の持っている素材を使って製造する気はなかった。この王子様のディンに対する言動を見聞きして、協力する気にはならなかったからだ。


 アクベルはダルバルの名前を聞いて顔を顰める。ダルバルが素直に許可を出すとは思えなかったのだ。しかもバジリスクの爪は難問だった。


「王子、あの槍は後日検討すればよろしいでしょう。今はウェルデア市を……」

「判った。中に入るぞ」

 オラツェル王子と近衛部隊の生き残りは、南門を開けさせ中に消えた。


 しばらくして、南門の戦争蟻は雷槍隊の槍により一掃され、東門と北門も迷宮都市から来たハンターたちにより駆逐された。ついにウェルデア市に平穏が訪れたのだ。


 この騒動の顛末は、アクベルとダルバルにより王都に報告され、ウェルデア市奪還の功績はオラツェル王子とシュマルディン王子で分け合う形となった。


 最期の日だけ戦い、シュマルディン王子と同等の功績を上げたと主張するオラツェル王子側の報告は、ダルバルを激怒させたが、王都での権勢はオラツェル王子が上なので彼らの主張が通ってしまった。

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