第106話 ウェルデア市の攻防 3

 三十名の雷槍隊が剛雷槌槍を掲げて歩兵蟻の足元に走り込んだ。雷槍隊の一人であるポレスコは、槍の魔導核に魔力を流し込み『雷発の槌』を歩兵蟻の頭に叩き込む。


 歩兵蟻が雷撃の衝撃で麻痺を起こし地面にうずくまる。そこに魔力により貫通力を増した槍の穂先が蟻の身体を貫く。昨日、剣で戦っていたポレスコは余りに容易く歩兵蟻の外殻を貫いてしまう剛雷槌槍に興奮する。


 この武器が金貨六十枚だと聞いた時、太守は騙されていると思った。ミスリル合金製の魔導武器で最も安い紅炎剣フレイムソードでも新品なら金貨百六十枚はすると知っていたからだ。


 もちろん、紅炎剣フレイムソードより安い魔導武器も存在する。中古品や魔物の素材を使ったものだ。だが、それらは数を揃える事が難しい。


 ルーク級の魔物を倒す事が出来る魔導武器を作るには一ランク上のナイト級以上の魔物の素材が必要だと聞いているので、安くなるとは言え、金貨一〇〇枚以上は必要となるだろう。


 ハンターなら一つだけ魔導武器が有れば十分だが兵士は違う。同じ性能の武器を数多く揃え隊列を組み戦いを挑まねばならない。魔導武器を装備した部隊など奇跡に近いのだ。


 ポレスコは五回魔導核に魔力を込め、三匹の歩兵蟻を仕留めた。二回は仕留め損なったのだが、新しい武器に慣れていない状態では、これでも最善の結果だろう。ポレスコは後方で待機していた衛兵と交代し後方に下がると全体を見渡した。


 東門の周囲に居た歩兵蟻は、ほとんど駆逐され安全な脱出路が作り出されていた。そこを街から出て来た大型の馬車三台が通る。また、その馬車を守るように五〇名ほどの子爵の部下も武装して出て来た。


「領主のくせに領民を見捨てやがって」

 ポレスコの口から吐き捨てるような呟きが溢れる。


「今だ、中に入るぞ!」

 ラシュレ衛兵隊長の大声が響き、約六〇名ほどの衛兵を率いたラシュレ衛兵隊長が街の中に走り込んでゆく。

 ここまでは順調だった。しかし、北門や南門近くに居た戦争蟻が集まり始めていた。


 一方、俺たちは東門に居た軍曹蟻を狙って戦いに身を投じた。東門の前には、軍曹蟻が四匹居た。その大蟻は三メートルほどの巨体を意外に速い速度で移動させ、一番近くの敵、俺たちに襲い掛かった。


 邪爪鉈を持つ俺は、躯豪舞の練習で鍛え上げた躯豪術の連続使用を試す事にする。躯豪術の呼吸法により丹田に魔力を溜め込む。溜め込んだ魔力は下腹中心に縁日の水風船のような球体を形成する。


 以前は完全な球体になるようにイメージしていたが、鍛錬を続ける中で一定の流れが有る方が使い易いと気付いた。


 試行錯誤した中で球体の中に一筆書きの五芒星のような流れを作り出すと魔力の制御が安定すると判った。五芒星の五つの角が両足・両手・頭に相対し、その角から身体の各部に魔力が流れるようにする事で躯豪術のレベルが一段上がった。


 これまでの躯豪術を初級だとすると、五芒星の流れを形成する躯豪術は中級に相当するだろう。しかも五芒星躯豪術は魔力の消費量も少なくなるようで、五分ほど躯豪術を使い続けても魔力切れとならなくなった。


 だが、この躯豪術も未完成だと言える。五芒星躯豪術に進化して、より多くの魔力が魔導細胞で強化された筋肉に流れ込むようになり、発揮される膂力は半端なものではなく、身体運用が著しく難しくなった。


 単に躯豪術を駆使して走るだけでも、身体が浮き上がり有り余る筋力が空回りするようになる。


 俺は慎重に地面を踏みしめ軍曹蟻の近くまで飛び込む。四メートルほどを一歩で飛び越え邪爪鉈を軍曹蟻の前足に振り下ろす。邪爪鉈の刃が黒光りする太い足をスパッと切断する。


 そのダメージに軍曹蟻が大顎をギチギチと鳴らし怒りを表す。近くで聞くと背筋がゾクッとする音である。軍曹蟻が俺の腰に大顎を伸ばして来たので、一旦飛び退る。


 冷静な目で軍曹蟻の様子を観察し切り取った足の側に大きな隙を見付け、そこに踏み込むと大蟻の首関節に邪爪鉈を打ち込む。傷口から体液が吹き出し軍曹蟻が倒れた。


「まずは一匹、次は……」

 薫の後ろから近付いて来る軍曹蟻が居た。素早く駆け寄った俺はすれ違いざま、軍曹蟻の足二本を切り飛ばす。その時、邪爪鉈が赤い光を放っていた。


 足を斬られた事で動きがおかしくなった大蟻の背後から近寄り、その背中に飛び乗った。ポーンと背中を蹴って空中に躍り上がった俺は、奴の頭に赤く輝く邪爪鉈を振り下ろす。

 確かな手応えを感じた瞬間、軍曹蟻の頭が二つに両断された。


 伊丹と薫を見ると軍曹蟻を相手に有利に戦いを進めている。俺は周囲の歩兵蟻を狩り始めた。


 子爵を乗せた馬車とそれに続く二台の馬車が東門から離れ、安全な場所まで来た。それを確認したダルバルは戦っている衛兵と俺たちに退却を指示した。


 ダルバルは馬車を止め、エンバタシュト子爵に馬車を降りるように指示した。

「貴様……子爵の儂に向かって馬車を降りろだと。何者だ?」

 馬車の窓から不機嫌そうな顔が突き出され、辺りを睥睨へいげいする。


「迷宮都市太守補佐のダルバルだ。聞きたい事が有る」

 子爵は慌てて馬車を降りる。ダルバルがゴゼバル伯爵家の人間で、第三王子の祖父だと知っているのだ。

「これは失礼しました。それで聞きたい事とは?」


 遠くから子爵の姿を見た俺は、トドが人間の服を着て二本足で歩いているのかと錯覚した。オーバーな感想だがツルリとした頭にピンと横に伸ばした髭、そして丸々と太った体型は、北の海に棲息する海獣にそっくりだった。


 興味を持って子爵の馬車に近付いた。聞き耳を立てると子爵とダルバルの話が聞こえて来た。


「エンバタシュト子爵、王都への救援要請は不要だと思われるが、それでも王都へ行くのか?」

 子爵は不機嫌な顔になり。

「何故、不要だと仰るのですか?」


「もうすぐ、迷宮都市からの第二次救援部隊が到着する。そうすれば、蟻共を駆逐出来るだろう」

 子爵は嫌な笑いを浮かべ。

「信じられませんな。あなた方は二度戦い敗退した」


「あれは作戦だ。こちらの戦う準備が整うまで時間を稼いでいただけ。連絡で知らせたように準備に時間が掛かるのだ」


「そんな事は知らん。我が子爵家は第一王子派、モルガート王子に助けを求めるのは当然の事。邪魔せんで貰いたい」


 ダルバルが馬車から顔を出している子爵一族と重そうな荷物を積んでいる三台目の馬車を確認する。

「救援だと言ってるが、一族全部を引き連れて逃げ出したんじゃないのか。救援要請に王都へ向かうのなら、何故、財貨を積んだ馬車まで必要なんだ。戦争蟻は財貨なんぞに興味はないぞ」


「五月蝿い、儂の邪魔をするな」

 逆ギレした子爵が、制止するダルバルを振り切り馬車に乗り込んだ。


「待て……貴様、ミコトと言うハンターを殺す為に迷宮都市に刺客を送っただろ。そいつらが何をしたか、知っておるのか。シュマルディン王子を人質にとって、ミコトを誘い出したのだぞ」


 子爵が顔色を変えた。

「知らん、そんな奴らは知らんぞ……出せ、早く馬車を出すんだ!」

 子爵は逃げるように去って行った。ダルバルは制止の命令を出そうとしたが、後方から負傷した衛兵の呻き声が聞こえ、子爵への制裁は後でする事に決めた。去って行く馬車を睨み付けるように見てから、負傷者の確認の為に衛兵たちの下に戻った。


 王都へ向かう街道の脇に有る茂みに、その馬車を監視する眼が有った。第二王子派のエルバ子爵の配下ニジェスの同僚だったオボノと言う傭兵である。


「三台目の馬車には相当なお宝が積まれているようだな。エルバ様の命令通りだと、あの子爵の命運もここまでか。運のない奴」


 その後、エンバタシュト子爵の一族が王都へ到着する事はなかった。王都へ救援要請へ向かう途中、野盗に襲われ皆殺しとなったと噂されたが、真相はエルバ子爵たち以外知る者は居ない。


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