第105話 ウェルデア市の攻防 2

 衛兵の犠牲によって、今日一日は戦争蟻の脅威からウェルデア市を守り抜けた。だが、状況は余り変化してはおらず、街は相変わらず多くの戦争蟻に取り囲まれている。

 それに今日戦った衛兵の多くが武器を失い、戦力は低下していた。


 ダルバルとラシュレ衛兵隊長は、村長の屋敷の一室を借り話をしていた。粗末な土壁と木を使った年代物の建造物だが、村の中では一番マシな建物だ。


「阿呆子爵め、今度は脱出を支援してくれだと。領民を見捨てて自分だけ逃げ出す気のなのか。そこまで見下げ果てた奴だったとは」


 ダルバルは子爵と連絡を取り激怒した。今日の戦いの様子を聞いた子爵が、危機感を募らせウェルデア市の放棄を考え始めたようなのだ。


「子爵は我々が敗れたと判断したのでしょう」

 ラシュレ衛兵隊長が苦虫を噛み潰したような顔で応える。


「クッ……こんな戦いをせねばならなかったのは、準備が整う前に奴が戦いを始めるように要請したからではないか。当初の予定通りにハンターたちが到着して、戦備が整ってから作戦を開始すれば蟻共を駆逐出来たはずだ」


 ダルバルは今日の戦いを敗北だとは思っていなかった。序盤で敵の数を減らした後、戦争蟻の大群を誘引しウェルデア市から遠ざける事が狙いだったからだ。


 配下の衛兵たちは犠牲を出しながらも立派に目的を果たした。その戦いを見て『敗北』だと判断されるのは我慢ならなかった。


「それで子爵は、何と言って来たのです?」

 ラシュレ衛兵隊長が子爵からの手紙の内容を問う。


「自ら王都に救援を乞う為に脱出したいと言っておる。日の出と共に東門の戦争蟻を排除して欲しいそうだ」


「奴め、我らを召使だとでも思っているのか。ダルバル様、断固拒否しましょう」

 ダルバルは深刻な顔で考えてから決断した。


「いや、子爵は脱出させる。奴がウェルデア市に居ない方が戦い易い。それに街の中に衛兵を送り込みたい」

「奴が居ない方がいいと言うのは判りますが、何故、街の中へ?」


「衛兵の多くが武器を失ったのは承知しておるな。……野営地の村では補充が出来ぬ。そこで考えてみた。ウェルデア市なら武器の補充が可能だ。その為に衛兵を中に入れ、内側から守らせようと思う」


 ラシュレ衛兵隊長は戦力を二分するのは反対である。しかし、このままでは戦力にならない衛兵が残る。

「迷宮都市から武器を運んで来れないのですか?」


「時間が掛かる。ハンターギルドの者たちも到着が遅れ明日になりそうだ。食糧や医療品、その他の輸送に手間取っているらしい」


 ダルバルと衛兵たちはぎりぎりの食料だけを持って遠征したが、野営地の村は小さく現地で食料品などを集めるのは問題が有った。


 冬小麦は収穫直前で、他の作物は秋にならないと収穫出来ない。この時期は村の食料もカツカツで衛兵に分けるだけの余裕が無いのだ。


「あの槍はどうなんです? もうすべて完成しているのでしょ」

 ラシュレが言う槍とは、ミコトたちが製作しているものだ。


「明日の朝には到着する。アルフォス支部長から連絡が来た」

 ハンターギルドに所属する魔物使いが白頭大鴉を使って連絡を寄越したようだ。


「子爵は他の領民を脱出させる気は無いのでしょうか?」

 人数が多くなると戦争蟻の囲いを突破するのも困難になる。子爵は、それが判っていて自分たちだけ抜け出そうとしている訳ではなく、ただ単に自分や家族の安全しか考えていないだけらしい。


「あの子爵にそんな情を期待するのは無駄だ。シュマルディンの事も有るし、子爵には責任を取って貰おう」


 ダルバルは子爵を見限り、冷徹に処分を決めた。その後、二人は明日の作戦について打ち合わせを行い、それが夜遅くまで続いた。


 翌日日が昇る前に、待っていた残り二十五本の剛雷槌槍を積んだ馬車が到着した。途中で第二次救援部隊を追い抜き、危険な夜道を走った馬も人間も疲れきった様子で姿を見せる。


 その中にはミコトの姿があった。剛雷槌槍三十本を作り上げた後に輸送馬車に飛び乗ったのだ。睡眠時間を削って生産活動を行い疲労困憊している俺は、馬車の中で爆睡した。


 起きた時にはクエル村近くまで到達しており、馬車の護衛をしているハンターによく眠れるものだと笑われた。


 眠った事で精神的な疲労は取れたが、窮屈な馬車の中での眠りでは肉体的な疲労は残った。バキバキ言う身体を無理やり動かし馬車から降りると伊丹たちを探す。


 すぐに見つかった。伊丹・薫・ディンの三人は村の出入口近くで出陣の合図を待っていた。

「伊丹さん、状況はどうなっているんです?」


「あれっ……ミコト。来たんだ」

 俺を見付けた薫が声を上げる。伊丹も気付き頷いて状況を説明する。状況的には一進一退というところなので救援部隊の雰囲気はかんばしくない。


 特にディンがうつむき元気がないようだ。

「十八名死亡か。住民の命を護る為とは言え辛いな」

 その言葉を聞いたディンが肩を落とす。

「死んだ衛兵たちの中には顔を知っている者も居たんだ」


「生き残った我らがすべき事は、死んだ者たちが犬死だったと言われないようにするだけでござる」

「どういう意味?」


 今回の作戦行動は太守であるディンが決断したものだと言う事になっている。迷宮都市の衛兵を動員する作戦だから当然なのだが、実際は太守補佐であるダルバルが決意したものだ。


 それでも命令書にサインをしたのはディンである。犠牲者が出た責任は自分にも有ると感じてしまうのは仕方ないことだろう。


 俺は伊丹が言いたい事が何となく判った。

「戦争蟻を駆逐して、元の安全なウェルデア市を取り戻すんだ。そうしたら死んだ衛兵たちも勇士として歴史に刻まれる。……でも、無茶は駄目だ。味方の犠牲は最小で、目的を完遂する方法を考えるんだ」


「だけど、僕にはそんな能力は無い。味方を勝利に導く戦術を考える頭も無いし、どれが一番いいのか判断する知識もない」


 三番目の王子であるシュマルディンは、王家からは余り期待されない子供だった。後援者であるゴゼバル伯爵家が何の官職も得ていない無派閥の貴族だったのも影響している。


 王も後継者は第一王子か第二王子だと考えていたので、教育に熱心ではなくダルバルに任せた。その結果、のびのびと育ったが、王子としては知識も見識も足りない王子となった。


「これから勉強すればいい。効率的に学べば、数年で兄さんたちにも追い付くさ」

 ディンが首を捻っている。


「効率的に学ぶと言うのが判らないよ。後で詳しく教えて」

 俺は余り考えずに承知した。それが王家の争いに深く関わる原因になるとも知らずに。


 追加された剛雷槌槍を配って雷槍隊の再編成が終わり、戦いの準備が整った。ダルバルの号令で村を出発した我々は、昨日と同じ日が登る頃にウェルデア市の東門に到着した。


 武器を失った衛兵六十二名は、雷槍隊の背後で突入の準備をしていた。戦闘開始の合図は、子爵が東門を開くのを合図にすると決められている。俺たちは戦争蟻の散在する草叢くさむらを見詰めながら静かに合図を待っていた。


 程なくして東門の扉が上がり始めた。門の扉は上下に動く重厚なもので滑車とロープ、巻き上げ機を使って開閉する構造になっている。


 その扉が全開する音は、戦争蟻も気付いたようで黒い岩のようだったものが動き始めていた。まず始めに雷槍隊が突撃した。


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