第104話 ウェルデア市の攻防

 ダルバルは自ら衛兵二〇〇人を引き連れウェルデア市へ向かった。この遠征にはディンも参加している。帝王学の一環として修羅場を見せる為だ。


 そして、今回の戦いに参加する薫もディンの馬車に乗せて貰っている。ダルバルも一緒に乗っているのだが、何故か鎧姿である。ミスリル合金製のスケイルメイルで防御力は高そうだ。


「お祖父様、張り切ってますね。でも、馬車では鎧を脱いだらどうです」

「ふん、常在戦場の心意気を知らんのか」

「今からそれじゃ疲れてしまいますよ」

「心配無用、若い者とは鍛え方が違う」


 何となく聞いていた薫は、『年寄りの冷や水』という言葉が頭に浮かんだ。

 ダルバルがキッと薫の顔を睨む。

「何か言いたそうだな」


 薫はドキリとする。……この爺さん心が読めるのか?

「何も……ただ、衛兵の方が剛雷槌槍に慣れる時間が欲しいなと思って」

「魔物が出たら、あの槍を使わせてみるか」


 今夜の野営地となるアスケック村に到着するまでゴブリンの小集団と長爪狼の群れに遭遇したが、剛雷槌槍を持つ衛兵により簡単に駆逐された。


「中々良い武器だな。欲を言えば、相手によって『雷発の槌』だけ二回とか使い分けられるといいんだが」


 相手がゴブリンだと『雷発の槌』だけで決まってしまうので、『剛突の槍』が必要ないのだ。とは言え、剛雷槌槍がどういう武器なのかは衛兵たちも理解したようである。


「衛兵が剛雷槌槍に注文を付けていたようだが、改良出来んのか?」

 ダルバルが薫に尋ねた。


「いえいえ、本来ならルーク級魔物を相手する為に開発した武器なのです。ゴブリン相手に使う方が間違っていると、私は思うのですが」

「ムッ……それもそうか」


 次の日の夕方、クエル村に到着した薫たちは伊丹と合流した。

「オヤッ、ミコト殿は来られなかったのでござるか?」


「ミコトは太守補佐のダルバル様に蟻退治用の武器製作を頼まれてしまったのよ」

「もしかして薫会長に頼んでいた補助神紋図を組み込んだ魔導武器でござるか?」

「『剛雷槌槍』と名付けた魔導武器よ。三日で三〇本欲しいと言われて、必死で作っているわ」


 伊丹と薫は情報交換し近況を教え合った。薫が心配した美鈴は意外にも元気で、小瀬と東埜の心配をしているが、どうしようもない現実に半端諦めているようだ。


 一方、ダルバルは自分の目でウェルデア市の様子を確認し戦術を考えていた。

「市内に居るエンバタシュト子爵と連絡を取らねばなるまい」


 衛兵の中に『調教術の神紋』を持つ者がおり、その者がティムしている白頭大鴉の足に手紙を結び付け子爵の城に飛ばした。この魔物は頭部分だけが白い大鴉で大きさは日本にいるカラスの二倍ほど有る。

 手紙の内容は、迷宮都市から救援に来た事と明後日には戦う準備が整う事である。


   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 ウェルデア市のエンバタ城では、エンバタシュト子爵とその一族が怯えた様子で相談をしていた。場所は子爵の豪華な執務室で三階建ての城の一番上にある。


「何故なんだ? ……どうして蟻共は我が街を取り囲んでるのだ」

 子爵の弟であるミナステスが、恐怖を隠し切れない兄を見ながら問う。

「兄上、伝令は包囲を突破出来たのですか?」


 子爵が忌々しそうに首を振る。危険を犯し迷宮都市とモントハル市に救援を求める伝令を出したが、ことごとく歩兵蟻に捕まり蟻の餌食となっている。


 そこへ子爵家の執事が来て子爵に報告した。

「御主人様、大変でございます。大勢の市民が城に避難させてくれと集まっております」

「何っ……追い返せ!」


「ですが、街の石壁を越えた蟻の化け物が、街で暴れたので怖がっているようです」

「石壁を越えた歩兵蟻は、衛兵が撃ち漏らした数匹だけであろう。そいつらもハンターが仕留めたはず」


「それはそうなのでございますが、民家に入り込んだ歩兵蟻が老人を食い殺したようで、市民の中に不安が広がっているのです」

「平民の一人や二人が魔物に殺されたのがどうだと言うのだ。絶対に中に入れるな」


 領主の非情な返答に怒りが込み上げるのを抑え。

「分かりました」

 執事が返答して部屋を出ようとした。


「待て、衛兵の様子はどうだ?」

「限界です。疲労の蓄積でこれまでのように撃退出来なくなっているようです」

「衛兵を城に引き上げさせたらどうなる?」

「えっ! ……それは街を諦め、この城に籠城すると言う事でございますか?」


「馬鹿者……問うているのは儂だ!」

 子爵が怒りを表したのを見て、執事は慌てて答える。

「申し訳ございません。衛兵が居なければ、街の防備に大きな穴が空き戦争蟻が街を蹂躙してしまう事でしょう」


 子爵は街の住民と自分の命を天秤に掛けた。もうすぐ日が暮れる。夜になれば戦争蟻の活動も不活性化するので今日までなら街を守れるだろう。だが、明日は難しい。そうなれば衛兵が戦争蟻の餌食となる。


 街を守っている衛兵は、本来なら自分を守るべき衛兵なのだ。だが、この街も子爵の持ち物である。荒廃すれば収入が減る。


「ハンター共は何をしている。奴らがしっかりしておれば、こんな事にはならなかったのだぞ」

 ウェルデア市のハンターは、低ランクの者たちが多い。ある程度の技量を持つと迷宮都市へ移ってしまうからだ。それは子爵も承知している。


 恐怖に起因する苛立ちを隠せない子爵が、テーブルの上に置いてある高価な花瓶を掴み壁に投げ付けた。花瓶の割れる乾いた音と荒くなった子爵の息遣いが周囲に響く。


 窓の外で、鳥が羽ばたく音がし騒がしい鳥の鳴く声が響いた。

「うわっ!」

 子爵の甥であるバルデスが窓から飛び込んで来た白頭大鴉を見て大騒ぎする。


「お静かに……使い魔のようです」

 執事が白頭大鴉の足に手紙が括り付けられているのに気付き、大鴉に近付き手紙を取った。


「御主人様、迷宮都市から救援部隊が来ているようです」

「それを寄越せ」

 子爵は手紙を奪い取るように手に取り読む。


「実際に助けに動けるのが明後日だと……遅過ぎる。返事を出す。書く物を持って来い」

 子爵は街が持ち堪えられるのは今日までで明日になれば多くの犠牲者が出ると現状を記し、自身の安全確保の為に明日から衛兵の半分を城に移動させるので、すぐにでも戦争蟻の駆逐を始めろと書いた手紙を白頭大鴉の足に括り付けた。


 白頭大鴉が飛び立ったのを確認して、子爵は衛兵の半分を城に戻すように命じた。自分の財産である街も守りたいが、安全も確保したいという気持ちから、最もやってはいけない中途半端な決断をしたのだ。


   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


「エンバタシュトの阿呆が、愚かな事を」

 子爵が書いた返事を読んでダルバルは怒りを覚えた。

「如何なさいますか?」


 ラシュレ衛兵隊長がダルバルに尋ねる。ダルバルは渋い顔をして決断した。

「戦争蟻が活発化する日の出と共に戦いを始める」


「承知しました。ですが、偵察班から約四〇〇匹の歩兵蟻と三〇匹ほどの軍曹蟻が取り囲んでいると報告を受けています。真正面から戦えば不利です」

「判っておる。明日の戦いは時間稼ぎで良い。蟻共を混乱させ、引き摺り回してやるのだ」


 翌日、薫と伊丹は暗い内に村を出発し日の出頃にウェルデア市の前に到着した。『稀竜種の樹海』に沿って南西から北東へ伸びるココス街道と交わる西門の周囲は草原となっており、成人男性の膝まで伸びる背の低い雑草に覆い尽くされていた。


「蟻も夜は眠るのでござるな」

 伊丹が変な事に感心している。

「蟻は体内温度を調節出来ないから、温度の下がる夜間は動けなくなるそうよ。でも、日本の夏は熱帯夜になるから活動するのかもしれない」


 閉ざされた街の西門の周りに黒い塊が無数に散在している。一つ一つの大きさは二メートルほどで、凶悪な顎を持つ危険な魔物だが、動かないと黒い岩のように見える。

 

「だったら、夜襲が効果的なのでは?」

「戦争蟻は夜間に動くのを嫌うだけで、動けない訳じゃないのよ。だから、敵が迫ると起き出して戦い始めるの」


「夜間に黒い魔物は厄介でござるな。昼間戦う方がマシか」

「広域殲滅魔法とか有れば、夜襲は効果的だと思うんだけど」


 薫が眉間にシワを寄せ何か考えこんでしまう。伊丹は、薫がこんな顔をする時は何かアイデアが閃いた時だと知っているので、邪魔しないように側を離れ、ダルバルの背後で暇そうにしているディンに話し掛ける。


「戦闘開始の合図はディンが出すそうでござなるな?」

「はい、師匠。ミコトから習った<缶爆マジックボム>を放り込んで合図にします」


 ダルバルの配慮で太守であるディンに、その役が振られたのだろう。始めは号令を叫ぶだけの予定だったが、ディンが<缶爆マジックボム>を使うと言い出したようだ。


 全ての準備が整い、ダルバルがディンに頷く。それを確認したディンは呪文を唱え始める。


「カリチャス・ジェノベラス・ビッグボム……<缶爆マジックボム>」


 <缶爆マジックボム>は二種類存在し、今回ディンが使うのは威力が大きい方の<缶爆マジックボム>である。威力の小さい方は『魔力変現の神紋』の神紋レベルが2ならば使えるが、こちらは神紋レベルが3以上必要である。


 ディンの手の中にジュース缶ほどの爆弾が現れ、五〇メートル先の歩兵蟻目掛けて投擲された。爆弾は宙を飛び歩兵蟻の二メートルほど手前の地面に落下した後バウンドし歩兵蟻の足に当たった。


 その瞬間爆炎が上がり二匹の歩兵蟻を吹き飛ばす。同時に、静かな朝を制するような爆音が戦場を支配した。


 爆音を聞いた伊丹と薫は、我先に飛び出し動き出そうとしている歩兵蟻の懐に飛び込んだ。伊丹は躯豪術に古武術特有の体捌きを加えた動きで豪竜刀を操り歩兵蟻の首の関節に刀の刃をスッと入れる。柔らかい大根でも斬ったかのように歩兵蟻の頭がポロリと落ちた。


 一方、薫は伊丹から借りた邪爪鉈で歩兵蟻の足を断ち切り、弱った所に<豪風刃ゲールブレード>で止めを刺す。伊丹と薫は次々に歩兵蟻を倒し、衛兵たちの先頭に立って敵陣を切り裂く。


 伊丹や薫とほとんど同時に、衛兵たちもときの声を上げ突撃して行った。衛兵の武器は剣が多いが、ポールアックスや戦斧に持ち替えている者もいた。


 それらの武器は迷宮都市の武器屋に在庫として有ったものを根刮ねこそぎ購入したものだ。しかし、全員分は無理だった。


 戦いの序盤は衛兵たちが優勢となった。動きの鈍い戦争蟻の関節部分に刃物が食い込み、足や頭が断ち切られる。


 一匹の蟻に三人の衛兵が取り付き戦う戦法をダルバルが指示したようで、協力して戦う衛兵たちは余裕を持って戦いを進めている。


 そして、伊丹や薫並に活躍する存在が有った。ミコトたちが開発した剛雷槌槍を持つ衛兵たちだ。

「魔力切れに気を付けろ。各人五回の魔力充填で他の者に交代するんだ」


 ラシュレ衛兵隊長が大声で指示を出す。剛雷槌槍を持つ衛兵の一人が『雷発の槌』を歩兵蟻の頭に命中させ、槍の穂先を大蟻の頭に突き入れた。


「うおっ……本当に一撃で仕留められた」

 衛兵が剛雷槌槍の威力に驚嘆し、戦いの手が止まった。それを目にしたラシュレ衛兵隊長が大声を上げる。

「気を抜くな……敵はまだまだ居るんだぞ」


 剛雷槌槍を持つ衛兵たちの活躍は目覚ましく、序盤において歩兵蟻三〇匹ほどが五本の異形の槍で仕留められた。ダルバルは予想以上に購入した魔導武器が使える武器だったのでいささか興奮する。


 もし、この槍を装備した数百人の部隊を手に入れれば、シュマルディンに味方する貴族たちは確実に増えるだろう。それに戦争蟻を駆逐すれば、シュマルディンの名声が上がり、その分だけ王座が近づく。


 だが、アルフォス支部長が危惧していた事態が起きた。衛兵の剣が駄目に成ったのだ。刃が潰れ関節部分でもダメージを与えられなくなり、酷い場合はポキリと折れた。


 ダルバルはすぐさま退却の号令を発した。

「退けっ! 一旦退くのだ」


「雷槍隊は殿しんがりつとめろ!」

 剛雷槌槍を持つ集団を『雷槍隊』と名付けたようだ。


 武器を無くした衛兵の中から犠牲者が出る。まずい事に街の周りを囲んでいた戦争蟻が集まり始めていた。

「急げ、負傷者を残すな。協力して運び出すんだ」

 ダルバルが声を枯らしながら叫んでいる。


 退却する衛兵たちを戦争蟻が追って来た。雷槍隊が戦争蟻の追撃速度を少しでも遅らせようと先頭に居る大蟻に槍の穂先を突き入れる。


「チキショー……キリがない。何でこの槍が五本しか無いんだ」

 雷槍隊の衛兵は、歩兵蟻を確実に倒せる剛雷槌槍を用意したラシュレ衛兵隊長とダルバルの手腕を認めていた。だが、戦争蟻の数と比べて少な過ぎると感じた。


「無駄口を叩くな……少しでも蟻共を倒せ」

 ラシュレ衛兵隊長は部下を叱咤しながらも、今日の攻撃が無謀だったと分析する。……子爵の馬鹿があんな命令を出さなきゃ俺の部下が犠牲にならずに済んだのに……クソッ。


 時折、伊丹と薫、ディンが<缶爆マジックボム>を蟻の群れの中に投げ込み、その速度を遅らせる。それでも蟻の群れは二〇キロほど追撃を止めなかった。

 戦争蟻が追撃を諦めウェルデア市へ戻って行ったのは、昼を過ぎた頃であった。


「ウェルデア市は大丈夫でしょうか?」

 ラシュレ衛兵隊長は眉間にシワを作ってダルバルに問う。


「たぶんな。あれだけの戦争蟻を我らが惹き付けたのだ。ウェルデア市に留まって街を攻撃した奴は少なかったはずだ」


「そうで有れば、この戦いで死んだ者たちも無駄死にとは言われんでしょう」

 ラシュレ衛兵隊長の部下が十八名戦死していた。


「彼らの家族には十分な償いをする。……そうだ、雷槍隊の者たちとイタミとカオルによくやったと伝えてくれ」

「承知しました。……クッ、十八名か。あの槍の数が揃っていれば……」

 死んだ部下たちの事を思い出したのか。珍しくラシュレ衛兵隊長が苦い思いを口にする。


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