第103話 廉価版魔導武器

 アルフォス支部長が魔導武器だと言う事に気付き驚いたようだ。俺に異様な視線が集まったので驚き、理由をディンに尋ねて非常事態なのを知らされた。伊丹からの手紙も受け取り、ウェルデア市が戦争蟻の襲撃を受けているのを知る。


 剛雷槌槍を観察したアルフォス支部長は、小さな魔導核が一つだけ存在するのを見て不審に思った。魔導武器を製作するには補助神紋を刻み込む魔晶玉を用意しなければならない。


 点火魔道具などのちょっとしたものなら小さな魔晶玉を使う事も有るが、魔導武器に使われる補助神紋には大きな魔晶玉が必要で、それが魔導武器の製作原価を引き上げる原因となっている。


 アルフォス支部長は初めて見る異型の槍を見て値踏みするように見定める。

 これはミスリル合金だな。魔導武器は一等級のミスリル合金で作るもんだが三等……いや四等級のもので作られている。


 それに小さな魔導核は最低ランクの魔晶玉を使っている。こんな魔導核では威力の有る魔導武器は作れないはずだ。


「玩具みたいな魔導武器で本当に歩兵蟻を倒したのか?」

 アルフォス支部長が呟いた。

「玩具とは失礼だな。確かに金を掛けてはいないが、歩兵蟻くらいなら余裕で倒せる武器だぞ」


 俺が抗議するとアルフォス支部長の眼が輝いた。

「それは凄い、私も欲しいくらいだ。一本いくらで売ってくれる?」


 アルフォス支部長が何を考えているのか判らない。しかし、趙悠館の建設で資金が心細くなっていたのでちょっと吹っ掛けてみた。

「そうですね。金貨六十枚で売りますよ」


 四等級のミスリル合金で製作された『剛突の槍』は金貨七枚、『雷発の槌』は金貨五枚、魔導核を含む長柄の部分は金貨六枚の費用が掛かっていた。合計した製作原価は金貨十八枚になる。


 本来の魔導武器で最も製作費用が高い部分を魔物の素材に秘められた源紋で代用し、薫が非常にコンパクトな補助神紋を開発してくれたからこそ驚異的に安く製作出来るのだ。


「安いな。本当に歩兵蟻を倒せるのか?」

 ダルバルが疑わしそうな眼で剛雷槌槍を見ている。ミスリル合金は等級が高いほどミスリルの含有率が増え、独特の青い筋が浮かび上がる。その青い筋を見て安いミスリル合金を使っているとか判ったようだ。


 ダルバル爺さんに剛雷槌槍の威力を見せてやるか。欲しがるようなら製作して売ってもいいしな。

「仕方ない。剛雷槌槍の威力をお見せしますよ」


 ディンから歩兵蟻から剥ぎ取った外殻を貰い、中庭に有る立ち木に縛り付けた。

「おっ、そいつを使って試し切りするのか。ちょっと私たちにも使わせてくれ」

 アルフォス支部長が言い出し、ラシュレ衛兵隊長に何か告げた。


「いいだろう……サフス、剣で斬り付けろ」

 衛兵の剣を使って試し切りをしてみるようだ。サフスと呼ばれた衛兵が剣を抜き歩兵蟻の外殻に斬り付ける。鈍い音がして黒い鉄板で出来ているかのような外殻に掠り傷が生じるだけだった。

 何回目か斬り付けた時、一際甲高い音がして剣が折れた。


「ああっ!」

 試し切りをしていた衛兵が情けない声を上げる。ラシュレ衛兵隊長が不機嫌な顔になり折れた剣を確認している。刃が潰れボロボロになっていた。


 薄く鋭利な刃物は人間相手なら十分な威力を発揮する。普段人間を相手にする衛兵にとって最適の武器なのだ。


「ゴブリンやコボルトなら、この剣で十分に戦えたのですが……」

 サフスが戦った事のある魔物の名前を上げた。街道を移動中に遭遇した魔物なのだろう。


 次に冒険者の剣で試す。先程より深い傷が外殻に付いたが断ち切ることは出来なかった。

 ラシュレ衛兵隊長が冒険者の剣を確認する。少し傷んではいたが十分戦える。歩兵蟻の関節を狙えば倒せるだろう。


「さて……それではミコトが作った魔導武器の威力を見せて貰おうか」

 アルフォス支部長が俺に催促する。


「この剛雷槌槍は二つの力を秘めている。まずは魔導核に触り魔力を充填……そして、『雷発の槌』で魔物の頭を叩く」

 立ち木の幹に槌を打ち付ける。バチッと音がして青白い火花が散る。


「オオーッ!」という声が聞こえた。


「この様に雷撃が発生し魔物を麻痺させます。ですが穂先に注目!」

 槍の穂先に赤い光が生まれ、何らかの魔力効果が発生しているのを知らせている。


 俺は槍の穂先を歩兵蟻の外殻に突き入れた。ガツンと音がして外殻を突き破り、槍の穂先が幹にまで突き刺さっている。


「魔法で貫通力を高めた槍は、ルーク級の装甲でも突き破ります。どうです、なかなかでしょ」


 剛雷槌槍の性能紹介は見ていた者全員に感銘を与えたようだ。

 だが、次の瞬間後悔する。


「ええーっ、無茶ですよ。三日で剛雷槌槍を三〇本製作しろなんて」

 ダルバルが俺を睨み付ける。

「本当に不可能なのか?」


「剛雷槌槍を製作するには、雷黒猿の雷角とバジリスクの爪が必要です。数が足りません」

 アルフォス支部長が身を乗り出し、ハンターギルドで用意すると言う。

「いくつ必要だ?」


「最低四本ずつは必要です」

「それなら大丈夫だ。来月の王都オークションに出そうと思っていたものがギルドに有る」

「魔導核を作る魔道具職人も」


「ギルドで揃える。もちろん、補助神紋図は提供して貰う必要があるが、非常時なのだ我慢してくれ」


 非常時だという理由で、アルフォス支部長は俺から魔力制御補助神紋図を取り上げる気らしい。大量の魔導核を作るには、補助神紋図をコピーして魔道具職人に渡す必要があるのだ。


「そんな顔をするな。その補助神紋図の価値が判らない訳じゃない。魔道具職人が補助神紋図を使う場合は、金貨五枚をミコトに払うよう約束させる。但し五年間だけだ」


 異世界の特許制度と言う事か。源紋を複写する技術は渡さないから、源紋を秘めた魔物の素材を加工して廉価版の魔導武器を売り出すようになるだろうが、年間一〇〇本なら五〇〇枚の金貨が手に入る。悪くはない。


 その補助神紋図を考案した薫からは、機能を制限し小さな魔晶玉に収められるようにコンパクト化しただけのものだから大したものではないと聞いている。


 だが、安い魔晶玉から魔導核を製作可能な補助神紋図は、この異世界においては非常に有益だと思われる。但し、ウェルデア市の住民を犠牲にしても守るべき価値のあるものとは思えなかった。


 俺が承知するとヒンヴァス政務官とダルバル爺さんが満足そうに頷いた。二人は新たな迷宮都市の特産品が誕生すると期待して喜んでいるのだ。


「アルフォス支部長、魔導師ギルドの協力は無いのですか?」

 歩兵蟻には火の魔法が有効である。その事はアルフォス支部長も知っているはずだ。


「もちろん、ハンターギルドに所属している魔導師には協力を呼び掛けるが、魔導師ギルドに直接依頼しても無駄だ。魔導師ギルドのスコキス支部長は事なかれ主義の権化だから、門前払いされるだけだ」


 既得権益に固執し争い事を極端に嫌うスコキス支部長は、ウェルデア市への救援部隊には絶対賛成しないだろう。今までの付き合いでダルバルとアルフォス支部長は判っていた。


「衛兵の中に火の魔法が得意な者は?」

 ラシュレ衛兵隊長に尋ねてみたが、答えは否定的だった。

「衛兵には魔法が得意な者は少ない。二、三人いるかどうかだ。魔法ならハンターの方が得意だろ」


「ハンターでも、歩兵蟻に通用するような魔法を使える奴は少ない。『紅炎爆火の神紋』以上のものを持っていないと仕留められないからな」


 ハンターは剣や槍をメイン武器として戦う者でも奥の手として強力な神紋を持っている場合が多い。そう言うベテランハンターは、『魔力袋の神紋』の後に『躯力強化くりょくきょうかの神紋』を授かる者が多く。三番目に奥の手となる神紋を授かるらしい。


 話を聞いていたモクノス商務官が一つの提案をした。

「アルフォス殿、迷宮都市が資金を出し、その『紅炎爆火の神紋』と言うのを衛兵たちに授けては駄目なのですか?」


 モクノス商務官は魔法には詳しくなかった。神紋を授ける衛兵と授けない衛兵とで不公平になると判っていたが、非常時なのだから蟻退治の手段として有効だと考える。


「ん……確かに衛兵に神紋を授けて魔法を使わせるという方法も有ると思う。だけど、今回の場合時間が足りない。神紋を授かった直後には基礎魔法しか使えません。神紋レベルを上げ強力な応用魔法を使えるようになるには訓練期間が必要なのです」


「強力な基礎魔法を持つ神紋は無いのですか?」

「有りますが、それらの神紋はミコトの槍以上に高価ですし、基礎魔法といえど練習は必要です。間に合わない」


 蟻退治の対策として新たに神紋取得し利用するのは無理なようだ。

 俺は剛雷槌槍をダルバル爺さんに預け、カリス親方の所へ向かった。


 ミコトが去ったのを見届けたダルバルがアルフォス支部長へ問い掛けた。

「あの若造は、槍に使われている補助神紋図の価値を見抜けなかったようだな」


「補助神紋図の価値には気付いているんじゃないですか。ただ我々とは価値観が違うのだと思います」

「価値観が違う? ……どういう意味だ?」


「ミコトやイタミと何度も話している内に、人命が失われる事を非常に嫌っているのに気付きました。仲間を攫って人質にするような奴らでさえ殺すのに躊躇いが有るのです」


 ダルバルは思い出す……ディンが人質となった時も、犯人を皆殺しにはせず捕縛していた。あれは情報が欲しかったからではなく、単に殺したくなかったのか。

「そうか……ミコトが協力しなければ、より多くの人命が失われる可能性が有るからな」


「アルフォス支部長、ミコトは王子にとって優秀な人材になると思うか」

「ミコトはギルドの資料室を最も多く活用しているハンターです。奴の頭には樹海や迷宮の地形、出没する魔物に関する情報が詰め込まれています。最近では魔法薬の研究も行わせているようで注目しています」


「ほう……武器だけでなく魔法薬も研究しているのか。その知識は孫にとって必要になるかもしれんな」


 カリス工房に到着し、事情をカリス親方に話すと怒られた。

「馬鹿野郎、三日で三〇本だと……工房の全員が死ぬほど働いても無理だ」


「この工房だけじゃなく他の工房にも手伝って貰えば大丈夫じゃないかな。親方の知り合いで腕のいい職人を紹介してよ」


「チッ、好き勝手言いやがって。ウェルデア市の住人の命が掛かっているから協力してやるが、次にこんな真似をしたら、てめえの頭かち割るからな」


 カリス親方の協力で必要な職人を助っ人としてカリス工房に集まって貰い、必要な三つのパーツを三〇本分製作してくれるように頼んだ。


 次に薫が描いた魔力制御補助神紋図をアルフォス支部長に渡し魔導核の製作を頼み、支部長からはバジリスクの爪と雷黒猿の雷角を受け取った。


「ミコト、私はハンターたちを集めウェルデア市へ向かう手配をせねばならん。後はカレラに任すから彼女と相談して製作を進めてくれ」

 顔見知りの赤毛のギルド職員が呼ばれ、三人で打ち合わせをした後別れた。


 カリス工房に戻った俺は、何時になく喧騒な工房の様子に目を見張る。カリス親方たちが必死の形相で槍の刀身を製作していた。


「炉の温度が低くなってるぞ。ふいごを動かせ」


「よし、焼入れ用の油を用意しろ!」


 鍛冶場の傍らを見ると出来上がった槍と槌が置かれている。

「さて、俺も仕事をするか」


 作業台の上にバジリスクの爪と出来上がったばかりの槍の刀身を置き<源紋複写クレストコピー>の呪文を唱える。

 淡い紫の泡のような力場がバジリスクの爪と槍の刀身を包み込む。槍の刀身に変化が現れた。源紋を構成する神意文字と神印紋が浮かび上がり淡い光を放ちミスリル合金の内部に消えた。


「一つ目成功だ。魔粒子が抜けて弱くなった源紋を回復させなきゃな」

 歩兵蟻の魔晶管内容液を満たした陶器製の容器にバジリスクの爪を沈める。研究の結果、魔晶管内容液に浸すと源紋の回復が早くなるのが判明しているのだ。

 自然回復だと五日程掛かるが、魔晶管内容液に浸すと十数倍早く回復する。


 初日は六本分のパーツが完成した。だが、そこで魔力が尽き俺は気を失ったようだ。


 翌朝、目を覚ますと目の前に知らない天井が有った。……と一瞬思ったが、良く見るとカリス工房の天井だった。

「失敗した……魔力回復系の魔法薬を用意しておくんだった」


 周りを見ると無精髭を生やしたオッさんたちが藁束を布団代わりにして寝ている。あちこちからいびきが聞こえるので、疲れて寝ているだけらしい。

 顔を見ると見覚えが有る。カリス親方が近くの工房から助っ人に頼んだ職人たちだ。


 俺も藁束の上に寝かされているので、カリス親方か弟子の誰かが運んでくれたらしい。


「起きろ、朝飯が出来たぞ」

 カリス親方が工房に入って来て皆を起こし始めた。

「ミコト、大丈夫なのか? 突然、ぶっ倒れたんで心配したぞ」


「すみません、魔力切れです。魔法薬を用意しとくべきでした」

「ふん、そんな事だろうと思ったよ。お前しか源紋を複写出来ねえんだから気を付けろよ」

 俺はもう一度謝り、親方の奥さんが用意してくれた朝食を食べた。


 仕事を始めて少しした頃、薫が工房を訪れた。

「ミコト、大丈夫なの……倒れたと聞いて心配したのよ」

 カリス親方から事情を聞いたのだろう。薫が確かめるように俺の全身をチェックする。


「カオルはこれからどうするんだ?」

「私は小瀬と東埜の件が有るから、蟻退治を手伝いに行くわ。伊丹たちと合流してちょっとでも戦争蟻の数を減らしてくる」


 それを聞いて心配になった。

「無理はするなよ。最悪、あの二人が死んでも自業自得なんだからな」

「判っている。太守館のダルバル様が選んだ衛兵たち第一次救援隊が、今日の午後出発すると言っていたから一緒に行く事にしたの」


「第一次救援隊……規模はどのくらいだ?」

「二〇〇人ほどよ。明日はハンターたちの第二次救援隊が出発するそうよ」


「ああ……何で武器の製造なんて引き受けたんだろ。俺が行って戦争蟻を退治した方が良かったんじゃないか?」


「無理よ。相手は数百匹なのよ。邪爪鉈を持ったミコトでも倒せるのは数十匹が限度よ」

 確かに体力と魔力が続かないだろう。

「頑張って剛雷槌槍を作って頂戴。期待してるわよ」


 ギルドからカレラが出来上がった魔導核五個を持って現れたので、剛雷槌槍を仕上げる。カリス親方が最後の組み立てを行い、俺が最終チェックをした。


 問題なく魔法効果が発生し魔導武器として完成しているのを確認する。


 完成した五本を太守館に届けた。丁度出発するところでダルバル爺さんが鎧姿で応対してくれた。

「五本か……三日で三〇本だぞ。大丈夫なのか?」


「今は頑張りますとしか言えません」

「期待しているぞ」

 そう言うとダルバル爺さんは五本の剛雷槌槍を受け取り忙しそうに行ってしまった。


 工房に戻った俺は、ブラック企業の眠らない戦士のように栄養ドリンクならぬ魔法薬をグビッと飲み、『剛突の槍』と『雷発の槌』を完成させる作業を再開した。


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