第102話 戦争蟻の襲撃 (2)
伊丹たちがウェルデア市直前で引き返した翌日、早馬を乗り継いで来た伝令が迷宮都市に駆け込んで来た。
「太守……太守様を呼んでくれ、一大事なんだ」
迷宮都市の門の前で馬から降りた伝令は息も絶え絶えの様子で門番に訴えた。ただ事でない様子に門番は太守館へ知らせを走らせる。
太守館から数人の衛兵が来て伝令を連れて戻っていった。
「何だと!」
ヒンヴァス政務官が大声を上げた。クエル村の伝令が運んで来た知らせはウェルデア市が数百匹の戦争蟻に襲撃されているというものだった。
「確かな情報なんだろうな?」
ダルバルが確かめると伝令が戦争蟻に襲われたという商人とそれを助けたハンターの証言を伝えた。
「ハンターのイタミと言う方が確かめた話なんですが、石壁の周りをぐるりと取り囲むように群がっている戦争蟻を見たそうです」
「ハンターのイタミだと……バジリスクを倒したハンターではないか。だとすると信憑性が高いな」
ヒンヴァス政務官は深刻な顔をしてダルバルの方へ視線を向け問う。
「どういたしますか。ダルバル様」
「まずは偵察班を送る。衛兵から数人選んでくれ」
「承知しました」
「それから、ハンターギルドのアルフォス支部長を呼んでくれ」
太守館がにわかに騒がしくなった。偵察班が送り出され、アルフォス支部長が到着すると館の奥に在る会議室で対策会議が始まった。
出席者はヒンヴァス政務官・モクノス商務官など数人の行政官とラシュレ衛兵隊長、それにたった今到着したアルフォス支部長とダルバルである。本来なら太守である王子も出席しなければならないのだが、外出していると言う。
ダルバルは王子を探し出すように命じ会議を始めた。
「ウェルデア市が動員可能な兵力はどれほどです?」
ヒンヴァス政務官の質問にラシュレ衛兵隊長が応える。
「あそこは警邏兵も合わせて二〇〇人ほどの兵士が居ます。他にもハンターが居ますが、使えるのは五〇人が精々でしょう」
「二五〇か、少ないな」
普通の兵士の実力は、ポーン級上位の魔物を倒せるかどうかと言ったところである。確実に歩兵蟻を倒すには三人の兵士が必要だろう。戦い方にも依るだろうが少なくとも戦争蟻と同数の兵力が無ければ対抗不可能である。
「戦争蟻は何故ウェルデア市を襲っているのでしょう?」
モクノス商務官が疑問を口にする。
「分かりません。ですが、過去にパルサ帝国の辺境都市でも同様の襲撃が有りました」
ヒンヴァス政務官が静かな口調で応える。
「その時の原因は判っているのでしょうか?」
「呪術らしい。辺境都市の貴族を呪った呪術師の仕業だと聞いた事が有ります」
皆は信じられないという顔をする。魔法がある世界なのに呪いは迷信だと考えられているのだ。
「それより、その辺境都市はどうなった?」
ラシュレ衛兵隊長は原因より結果が気になるようだ。
「蟻の攻撃を十四日間防いだが、十五日目に守っていた兵士が力尽き辺境都市は廃墟と化したと歴史書に記載されていました」
「十四日間も魔物が包囲していたなど異常だ。信じられん」
ダルバルは自慢の髭を撫でながら呟く。
「ウェルデア市はどれくらい持ち堪えられるでしょう?」
モクノス商務官がまたも疑問を口にするが、それに答えられる者は居なかった。
「それより、救援部隊として派遣出来る人数はどれほどになる?」
ダルバルの質問にラシュレ衛兵隊長は二百人ほどだと答える。同様の質問をアルフォス支部長に向ける。
「歩兵蟻を狩れるほどの技量を持つハンターは千人を越えております。ですが、時期が悪い。それらの手練れの多くが樹海の中に在るサルベ湖へ青真珠の採取に行っています」
青真珠はサルベ湖に棲息する
その依頼を引き受けるのがベテランのハンターたちなのだ。
迷宮都市からサルベ湖までは片道三日、普通はキャンプを張って数日掛けて湖蜃貝を採り、また三日掛けて戻って来る。
ダルバルは言い訳めいたアルフォス支部長の状況説明を聞いて不機嫌になっていた。
「なんて事だ。だが、全く居ないという訳ではなのだろう。どれほど集められる?」
「動員出来るのは精々二百人ほどでしょう」
「合わせると約四百人か。これなら蟻共を
ダルバルがホッとしたように声を出す。だが、アルフォス支部長はその数字を聞いても憂いを拭えないようで顔色が冴えない。
「どうした、アルフォス支部長。何か懸念事項でも有るのか?」
「遠征ともなれば、食糧やテントなども必要です。衛兵の皆さんは大丈夫なんですか?」
ダルバルは頷き、目線をヒンヴァス政務官に向ける。
「糧秣の確保を頼む。テントなどは市内から掻き集めろ」
「それならば問題は兵士の方々の武器だけですな」
アルフォス支部長の言葉に、ラシュレ衛兵隊長は怪訝な顔をする。
「私の部下たちは、それほど粗末な武器を装備してはおらんぞ」
「いえ、兵士の一般的な武器は鋼鉄製の剣か槍。それも対人用のものだと聞いています」
ハンターも低ランクの者たちは兵士の装備と同等か、それより劣る武器を装備しているが、樹海の奥や迷宮に挑戦するようになると頑丈で威力の有る武器を求めるようになる。
「アルフォス殿は魔導武器でも揃えろと言っているのか?」
「用意出来るものなら、それが一番でしょうが……ヒンヴァス政務官が渋い顔で睨んでおりますから無理でしょう」
「当たり前です。魔導剣一本は最低でも金貨百二十枚、戦力とするには少なくとも三十人分は必要でしょう。合計で金貨三六〇〇枚。そんな予算はない」
迷宮都市の財政状況を考えると今回の騒動に支出可能な予算は金貨三〇〇〇枚ほど、武器だけで予算を超えてしまう訳にはいかない。
ドアがノックされ衛兵の声が聞こえた。
「シュマルディン殿下がお帰りになりました」
ドアが開き神妙な顔をした王子が入って来た。帰って来たところをそのまま連れて来られたらしく革鎧とホーングレイブを装備し、手には狩りで手に入れたものが入っている革袋を持っている。
「シュマルディン……この非常事態に何処に行っておった」
ダルバルの怒気がディンの全身に突き刺さる。
「そんな……朝は何事もなかったではないか」
ダルバルが説教を始めそうになったので、ヒンヴァス政務官が止め概要を王子に説明する。
「今は、兵士たちの武装について話していたところです」
「ああ、アルフォス支部長の心配は判るぞ。歩兵蟻を倒すなら最低でも僕の持つホーングレイブ並みの武器が必要だからね」
自慢そうにホーングレイブを見せる王子に、ダルバルが苦い顔をする。
「何を自慢気に言っておる。歩兵蟻の一匹でも倒した事が有るとでも言うのか?」
祖父の言葉にムッとしたディンは、革袋に入れて有った本日の戦利品をテーブルの上に広げた。
「どうだ、僕とミコトで七匹の歩兵蟻を仕留めたんだぞ」
言ってしまった直後、ミコトから口止めされていたのを思い出す。
ダルバルはミコトを呼べと従士に命じた。ディンは心の中で……ミコト、ごめんなさい。
眉間に青筋を立てたダルバルから、今日の出来事を全部喋らされたディンはしょげた様子で椅子に座っている。
だが、会議は続き武器の問題をアルフォス支部長が説明する。
「歩兵蟻の外殻は硬く通常の剣などで戦えばすぐに武器が駄目になるかもしれません」
「それは使うハンターの技量が劣っているのではないのか」
アルフォス支部長とラシュレ衛兵隊長の間で議論が白熱化し、実際どういう武器を使っているか調べようという事になった。
アルフォス支部長はギルドから数人のハンターを呼び寄せ、装備している武器を確かめさせた。ハンター歴一〇年のベテランの男が持つ剣は通常の剣より厚く重いものだった。
「較べてみて貰おう。衛兵の剣は彼らの持つ剣の半分の厚さしか無い」
◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇
俺が太守館に連れて来られたのは、広い中庭で衛兵とハンターの剣の違いを検証している時だった。
「ミコト、済まん。迷宮の事、ポロッと言っちゃった」
俺は溜息を吐いた。
「そんな事だろうと思っていましたよ」
剛雷槌槍についてカリス親方に相談しようと工房へ向かう途中に見付かり、ここに連行された俺は口論しているアルフォス支部長とラシュレ衛兵隊長の二人を指差し、どうしたのかディンに訊く。
「衛兵が装備している剣で歩兵蟻が倒せるかどうか議論しているんだ」
議論している二人の横に衛兵の剣とハンターの剣が置いて有った。俺は衛兵の剣を見て、衛兵の使う剣はこんな奴なんだと感心していると、ダルバル爺さんに見付かった。
「ミコト、勝手に孫を連れ回すな。これでも王子なのだぞ」
ディン、祖父さんから「これでも」とか言われているぞ。
俺はダルバル爺さんとちょっとばかし話をするようになって、中々懐の広い真っ当な人物であると知り、心の中で『ダルバル爺さん』と呼ぶようになっていた。
「ですが、殿下が迷宮に連れて行けと駄々を捏ねるんですよ。平民の私としましては否とも言えず」
ダルバル爺さんがチッと舌打ちをする。
「貴様が、そんな殊勝な人間なら孫の傍になど置かん。……それより、バジリスクを倒したほどのハンターとしての意見を聞きたい。衛兵の剣で歩兵蟻が倒せると思うか?」
「衛兵の方の技量を知らないので断言できませんが、一人では難しいでしょう。例え倒しても武器はボロボロになると思いますよ」
「だが、シュマルディンは一人で倒したと聞いたぞ。貴様から秘蔵の武器を貸して貰ったとは言え、そんな危ない事をやらせたのか?」
ディンは『剛雷槌槍』の事を詳しくは喋らず、秘蔵の武器と説明したらしい。下手に嘘を言えばダルバル爺さんを敵に回すかもしれない。
「従士の方に俺が預けた武器を持って来るように命じて下さい」
ダルバルが承知すると従士が剛雷槌槍と邪爪鉈を持って来た。
「これが、カリス親方と俺たちで新しく開発した剛雷槌槍です」
槍と槌が組み合わされた異型の武器を見せた。
「ハルバードに似ているな。
アルフォス支部長が最後に大声を上げたので、ダルバルを始めとする皆が剛雷槌槍を食い入るように見始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます