第101話 蟻退治の武器
小瀬と東埜がエンバタシュト子爵一族に囚われたのは判った。だが、相手は貴族であるので、俺が打てる手は限られていた。ダルバルに頼んで子爵一族へ二人を開放するように交渉してくれと頼むしか無かった。
子爵一族が雇った者たちが王子を襲った事実を奴らに突き付け、それを交渉のネタとして子爵一族をこちらの駒として取り込むくらい、ダルバルはするだろう。
俺自身がウェルデア市に乗り込み二人を救い出すような無謀な事はするなとダルバルから釘を差された。俺が行なったのは、この
俺と薫は何も出来ず、ダルバルの交渉待ちとなった。
迷宮都市に戻ったディンはダルバルから拷問に近い説教を受けたそうだ。しかし、不思議な事に趙悠館を訪れるのは許可され堂々と訪れるようになった。但し、護衛の衛兵が三人ほど付くようだ。
アカネとコルセラは怖い思いはしたが、それがトラウマになるような事はなく前と同じようにギルドの依頼を
薫は頭を切り替え、リカヤたちと一緒にエヴァソン遺跡へ行き神紋付与陣を復活させる作業を始めている。まずは『魔力袋の神紋』を復活させたいと言っていた。
俺は医師二人の様子を見ながら必要な素材を用意する仕事を行なっている。二人の医師は下級の治癒系魔法薬なら失敗無しに作製出来るようになったので、今は中級の治癒系魔法薬を研究している。
中級の治癒系魔法薬はレシピが判明しており、下級でも使われるポポン草と月花桃仁草の球根、そしてルーク級以上の魔物から剥ぎ取った魔晶管内容液が必要となる。
月花桃仁草の球根はギルドから購入する必要があるが、ポポン草とルーク級以上の魔晶管内容液は自前で用意するつもりだ。
特に魔晶管はルーク級ともなると最低でも銀貨十数枚が相場なのでギルドから購入すると予算がきつい。ポポン草は趙悠館に住む子供たちでも集められるので問題ない。
俺がルーク級の魔物を狩りに行けば済む事だが、定期的にリアルワールドに戻る事を考慮するとどうしても時間が足りない。
魔晶管内容液が傷まないように保存する方法が有れば、大量に魔物を狩って保存して置くという方法も取れるのだが、保存方法は確立されていない。
そこでリカヤたちレベルのハンターがルーク級魔物を狩れるようになれば解決すると考え、その為の武器の開発を始めた。ルーク級は防御力が高く並みの武器では倒せないからだ。
現在、リカヤたちの武器は強化武器である『剛突の槍』、ルーク級下位の歩兵蟻でも貫ける威力を持つ武器である。
それならばルーク級を狩る為の武器など開発する必要はないと思うかもしれないが、
確かに躯豪術や『魔力発移の神紋』を使って『剛突の槍』に魔力を込め歩兵蟻を全力で突けば仕留められるだろう。しかし、それは確実に倒せるという事を意味してはいない。
ルーク級魔物の攻撃を躱しながら接近し『剛突の槍』に魔力を込め最適な角度で槍を突き出す。これが
俺や伊丹が確実にルーク級魔物を仕留められるのは、武器に加えて技や技能のプラスアルファがあるからだ。
俺の場合は躯豪術に最も熟練しているので敵の攻撃を躱しながらでも魔力を制御出来るし、伊丹は鍛え上げた技で敵を翻弄し余裕を持って敵を仕留めている。
リカヤたちには熟練した魔力制御も鍛え上げた技もない。魔力を込めた『剛突の槍』の攻撃は一か八かの賭けになってしまう。それでは危険過ぎてルーク級の魔晶管採取など任せられない。
もちろん、リカヤたちだけにルーク級の魔晶管採取を任せようと考えているのではない。迷宮に入れるようになった迷宮初心者に武器を貸し与える代わりにルーク級の魔晶管を……と考えているのだ。
その為には躯豪術や『魔力発移の神紋』がなくとも使える武器で無くてはならない。
先日、常世の森で雷黒猿の雷角を手に入れ武器のアイデアが閃いた。雷角は『雷発』という魔力を雷力に変える源紋を秘めており、大鬼蜘蛛用の武器にならないかと考えていたのだが、まずは対ルーク級魔物の武器に応用する。
早速、武器防具工房のカリス親方に相談し試作品を作って貰った。アイデアを相談して一日後、カリス親方は試作品となる三つのパーツを作ってくれた。
四等級のミスリル合金で作られた『剛突の槍』と『雷発の槌』、そして魔導核が埋め込まれた丈夫な長柄である。魔導核と言うのは魔晶玉に魔道具職人が補助神紋を刻み込んだもので、刻まれた補助神紋の種類により様々な魔法効果を発揮する。
魔導核は魔道具の心臓部となるもので普通なら高価なものなのだが、長柄に埋め込まれている魔導核は最も安い魔晶玉に魔力の吸収・蓄積・放出の三機能だけを組み込み、金貨三枚程度の費用で収めた廉価版だった。
基礎となる三機能だけを組み込んだ魔導核と言えど最も安い魔晶玉に収めるほどコンパクトにするのは難事業で、それを可能にしたのは薫が開発した神紋術式解析システムが有ればこそだ。
薫が描いた魔力制御補助神紋図を元に魔導核を作成した魔道具職人は、その図の模写を懇願した。
「カリス親方、この緻密に描かれた補助神紋図は何なんだ。魔道具ギルドで調べてえから写させてくれよ」
「駄目だ。こいつは魔導師のお客さんが苦労して設計した新しいものだ」
親方がはっきりと断った。特許制度のない異世界では当然だ。
模写などせずとも実際に作った魔道具職人なら、組み込んだ補助神紋を理解し、ある程度は記憶するだろうと思うかもしれないが、それは無理なのだ。
補助神紋図を魔晶玉に刻む作業は写経に似ている。ひたすら補助神紋図に書かれている内容を魔晶玉に写すだけの単純作業なのだ。構成する神意文字と神印紋の意味を理解している訳ではない魔道具職人はほとんど中身を理解しないまま作業する。
出来上がったパーツはカリス親方の手で組み立てられ魔導武器『剛雷槌槍』として完成した。
この魔導武器の使い方は、まず長柄に埋め込まれた魔導核に触る事で魔力を充填する。これにより二回の魔法効果を発揮する分の魔力が魔導核に蓄積される。
そして、槌の部分で魔物を叩くと雷力が発生し一時的に魔物を麻痺させ、次に槍の刀身部分に魔力を流し込む。これにより『剛突』の源紋が励起した状態になる。
そして、源紋が励起した事により貫通力を増した槍で魔物を仕留める。
新しい武器が完成すると使ってみたくなるものだ。俺は武器の実験の為に勇者の迷宮へ行くとカリス親方に告げた。
「ミコト、迷宮に行くなら僕も連れて行って」
いつの間に来たのか、ディンがカリス親方の後ろに居た。周りを見ると護衛の姿がない。護衛を撒いて太守館を抜けだしたらしい。
「ディン、あんな事が有ったばかりだろ。しばらくはおとなしくしていたらどうだ」
「あれはミコトを狙っていたのであろう。僕は巻き込まれただけで危険なのはミコトだ」
「ムッ、確かに。だが、今日迷宮に行くのは俺一人、いざという時に守れないかもしれない」
「僕も
駄々をこねる王子様には勝てなかった。
俺とディンは勇者の迷宮へ行き、第一階層からスタートする。第一階層の魔物はゴブリンである。迷路のような通路に辿り着くとディンがキョロキョロと周りを見回す。初めての迷宮に戸惑っているようだ。
第一階層の地図は頭に入っているので、迷わず通路を進み一匹のゴブリンに遭遇した。
「最初はこいつで試してみよう」
俺は剛雷槌槍を構え魔導核に触れ、その指先から魔力が吸われるのを感じる。
棍棒を持つゴブリンが襲い掛かって来た。俺は剛雷槌槍を真上から振り下ろし槌の部分でゴブリンの頭を殴る。
『雷発の槌』がゴブリンの頭に減り込みバチッという音を響かせると同時に青白い火花を散らす。ゴブリンがクタッと倒れた。一撃で死んだようだ。
止めを刺そうとした剛雷槌槍の刀身が無駄に赤い光を放つ。
「駄目だ。ゴブリン程度じゃ実験にならない」
急いで第一階層を通過し第二階層へ下りた。ここでスケルトン相手に使ってみる事にした。使うのは躯豪術や『魔力発移の神紋』を習得していないディンで、彼が問題なく使えれば誰でも使える事が証明される。
ディンはスケルトンと相対すると魔導核に魔力を充填し『雷発の槌』を思いっ切り振り下ろした。普段ホーングレイブを使っているディンにとって手慣れた攻撃だ。
『雷発の槌』はスケルトンの頭蓋骨にぶち当たり青白い火花を放つ。結果はゴブリンと同じで『雷発の槌』だけで勝負は決まってしまった。
「凄い威力だ。でも、やっぱり第五階層へ行って試すしかないよ」
「そうだな。第五階層まで急いで行こう」
スケルトンやコボルトは剛雷槌槍を試すまでもなく瞬殺し、第四階層の朱毒蛙・大水蛇はディンが<
やっと第五階層へ下りる階段まで辿り着き、その階段を下りた。
第五階層の住人は歩兵蟻である。ルーク級下位の魔物であるので剛雷槌槍を試す相手としては申し分ない。蟻の巣を巨大化したような迷路を進み始めると前方に魔物の気配を感じた。
「最初は、俺が試してみる。成功したらディンにもやって貰うから歩兵蟻の動きを注意して観察してくれ」
「判った」
前方に居たのは一匹の歩兵蟻で、こちらに気付いて二本の触覚を振りながら近付いて来る。久しぶりに見る魔物の蟻は嫌になるほどデカい。黒光りする外殻は硬そうで普通の武器では貫けないというのも納得だ。
歩兵蟻の武器は強力な大顎とゴツゴツとした突起のある足である。強力な足で獲物を捉え大顎で止めを刺すと言うのが蟻の戦い方で、相対した時には意外に身軽な動きに注意しなければならない。
剛雷槌槍の魔導核に触れ魔力を充填する。『雷発の槌』はある程度強打しないと発動しないように設計されている。
敵の手足が触れただけで発動したのでは、敵にダメージを与えられないと考え、狙い澄ました一撃が決まった時だけ発動する仕様に決めたのだ。
歩兵蟻が軽快な動きで近付き前足で俺の足を掴まえ引き摺り倒そうとする。黒い鉄棒のような足を避けながら狙い澄ました一撃を蟻の脳天に振り下ろす。剛雷槌槍の槌が当たった瞬間、バチッと鋭い音がして青白い火花が飛び散る。
ゴブリンのように一撃で死ぬような事は無かったがヨロヨロとして地面にへたり込んでしまう。絶好のチャンスに赤い光を放つ槍の穂先を眼と眼の間に突き入れる。
源紋の魔法効果により貫通力を増した槍の穂先は硬い外殻を突き破り蟻の脳を破壊する。
「実験成功だ」
「凄い、僕にも試させて」
仕留めた歩兵蟻からは魔晶管だけ剥ぎ取り、次の獲物を探す。すぐに別の歩兵蟻と遭遇した。ディンに剛雷槌槍を渡し試して貰う事にする。
ディンは初めて戦うルーク級魔物を前にして緊張しているようだ。剛雷槌槍の魔導核に魔力を充填せずに槍を構える。
「魔力の充填を忘れるな」
俺が声を上げると慌てたように魔導核に触れる。その隙に歩兵蟻が迫って大顎をギチギチと鳴らし威嚇。
その音に驚いたディンは闇雲に剛雷槌槍を振り下ろす。狙いも付けずに振り下ろした剛雷槌槍は迷宮の地面を叩き、青白い火花を散らす。
歩兵蟻は火花に驚いたようで一旦距離を取る。
それを見た俺は考えた。『雷発』の源紋が発動する条件を改良する必要が有るかもしれないな。地面を叩いても発動するんじゃ、実戦ではまずい。
「もう一度、魔力を充填して」
幾分青い顔をしたディンが頷き魔力を充填した。離れていた歩兵蟻がディンの横から回り込もうとするところを、剛雷槌槍が追い掛けるように振られ蟻の
「おおっ!」
蟻の眼の下辺りで火花が散ったのを見たディンが思わず大声を上げる。歩兵蟻の身体は地面に横たわり動かなくなったが、触覚だけはピクピクと痙攣しているので死んではいない。
「早く止めを刺すんだ」
剛雷槌槍の穂先が赤い光を放ち源紋の魔法効果が現れている。その効果が一〇秒ほどしか続かないのを知っている俺はディンを急かした。
ディンが歩兵蟻に止めを刺す。絶命した歩兵蟻から魔粒子が放出され、それが俺とディンの身体に吸収される。この魔粒子吸収によりディンの魔力袋の神紋レベルが上がったようだ。
上がったと言っても神紋レベル2だ。今までゴブリン退治が精々だったので仕方がない。
それ以降、数匹の歩兵蟻を倒し実験を終了した。『雷発の槌』は歩兵蟻の頭に命中すれば十数秒ほど麻痺させる効果があるが、頭以外の胴体などに命中すると動きが遅くなりヨロヨロとはするが数秒で回復するようだ。
俺なら胴体に『雷発の槌』を当てても確実に仕留められるが、ディンの成功率は八割ほどだろう。
試しにディンが自分のホーングレイブで歩兵蟻を攻撃してみた。残念な事に関節部分への攻撃はダメージを与えたが、真正面からの攻撃は撥ね返された。
ディンは最後に倒した歩兵蟻から傷んでいない胴体部分の外殻を剥ぎ取り、記念に持って帰る事にした。
「ディン、今回の迷宮探索は内緒だぞ。……でないと、お前のお祖父さんから叱られる」
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