第99話 欠陥魔法
距離を取った魔導師カガムは、呪文を唱え始める。
「ギャムフェス・リトロトス・フェブレウス・ムスカ……<
衛兵が毒煙で混乱している間に、カガムは詠唱を終わらせ世間には余り知られていない応用魔法を使った。
赤い炎がカガムの全身を覆い尽くし、その肉体に信じられない程の活力を与え、全身の筋肉の束がゴリッと膨れ上がる。そして、筋肉の膨張が止まると纏っていた炎が消える。
この応用魔法を開発した本人はこれを欠陥魔法として廃棄した。何故なら筋力を三倍にするほどの活力を与える代償として身体全身を焼かれるような苦痛とそれを抑える為の麻薬のような副作用を持つからだ。
カガムは地面に落ちていた衛兵の剣を拾い上げ、生き残った衛兵に向かって炎のような闘気を放つ。
「何じゃこれは?」
ダルバルが動揺し声を上げる。洞穴の入り口まで降りて来た薫も驚きに目を見開き、カガムの様子を見守っている。
だが、薫は単に見ているだけではなく、カガムが使った応用魔法の分析も始めていた。魔導眼を手に入れて以来、魔法が発動する時に起こる魔力の干渉波を感じられるようになっていた。
魔力の干渉波を分析し、その魔法がどのような作用を引き起こすかを大体予想出来る。
「何これ、完全な失敗作じゃない」
薫の呟きにカガムが応える。
「小娘……これは失敗作などではない。大いなる力を得る為には代償を必要としているだけ。当たり前の事だ」
カガムは麻薬効果で抑えられなかった苦痛に耐えながら言い返す。
◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇
武器を手放した俺は薫たちが動くのを待っていた。
「今回の仕事は楽勝のようだな」
剣士がにやけた笑いを浮かべて斧戦士に声を掛ける。正面に剣士、左側に斧戦士、右側に盗賊が武器を構えて取り囲んでいた。
「さて、次はどうしようか。高そうな革鎧でも脱いで貰おうかな」
剣士の言葉を聞いた小男が下卑た笑いを浮かべ。
「それじゃ中途半端だぜ。素っ裸になって貰おうぜ」
面白い冗談を聞いたかのように三人が笑う。
その時、奥の方で戦いが始まった。一人残ったカガムと衛兵たちが戦い始めたのだ。その騒ぎと争う声はここまで届く。
「貴様、一人で来たんじゃなかったのか」
「一人で来たさ。だけど、別の連中もここに用が有ったんだろ」
馬鹿にするような俺の答えに剣士がいきり立ち、両手持ちのロングソードを袈裟懸けに振り下ろす。その剣をステップして躱し投げ捨てた鉈を拾おうとするが、小男が邪魔をする。
俺の鼻先を小男の持つダガーが横切る。反射的に切っ先を躱し飛び退いていた。小男は両手に握るダガーを巧みに操り俺を攻め立てる。その攻撃は反撃を許さないほど素早かった。
俺はダガーの攻撃を躱し続け、一瞬だけ攻撃が途切れた瞬間、奴の懐に大きく踏み込み躯豪術を使った拳打を胸に減り込ませた。
肋骨が砕ける手応えがあり小男が血を吹き出して倒れる。
「貴様ぁー!」
斧戦士が怒りを
倒れた斧戦士の右手を蹴り戦斧を放り投げさせる。顔面に膝を落とそうとして斧戦士が口をモゴモゴしているのに気付いた。
「うわっ!」
意外な攻撃に慌てて避ける。デカイ
剣士が左手に鞭を取り、俺の首に巻き付けた。強烈な力で首を締め上げられ息が出来ない。チャンスと見た斧戦士は立ち上がり体当たりして来る。
俺は斧戦士の両腕を掴み引き付けながら後ろに倒れ、片足で奴の腹をかち上げ剣士に向かって投げた。完璧な巴投げが決まった。
盗賊の小男に近付き確かめてみると死んでいた。
放り投げた鉈を拾い上げ背中の鞘に仕舞い、未だに戦いが続いている薫たちの方へ向かう。
洞穴の前では、二人の衛兵とカガムが戦っていた。魔導師の足元には顔が潰れた衛兵が横たわっている。目を惹くのはカガムの変貌である。痩せていたはずの魔導師がマッチョな男に変わっていた。
「何だ……超人ハ○クか」
カガムは魔法で強化した腕力で衛兵を圧倒していた。重いはずの剣を小枝のように振り回し、斬るというより叩き付けるという感じで攻撃している。
カガムの眼は狂気に
<
心配になって薫を探す。薫はダルバルの背後に控えており、何故か戦闘には参加していないようだ。ダルバルがそう命じたのかもしれない。
リーダーである魔導師は生きて捕らえたかったので鉈は抜かずに素手のまま近付いた。
俺はカガムの背後に回り、その足を蹴りで刈り取る。カガムが頭から地面に倒れた。普通なら気絶するほどの威力は有った。だが、カガムは平然と首を捻り俺の方を向きニヤリと笑った。理性が失われた瞬間だった。
俺は空中へ跳び上がり一回転してから右足の踵を未だに倒れている奴の頭に落とす。グシャリという感触が足に響く。一瞬、やり過ぎたかと思い生きているか確かめようと起き上がる。
その時、いきなり凄い力で足を捕まれ投げ捨てられた。地面をゴロゴロと転がり体中に痛みが走る。仕留めたという感触が有ったのに、カガムは起き上がり、酷く変形した顔で俺を睨み付けていた。
「おい、何故倒れないんだよ?」
鼻が曲がり、頭の一部が陥没している。良く見ると衛兵が付けた傷らしき斬撃の痕が身体のあちこちに有る。
「ミコト、手加減しちゃ駄目よ。完全に止めを刺して……そいつは危険な魔法でゾンビみたいになってる」
痛みを堪えて起き上がり、背中の鞘から邪爪鉈を引き抜く。俺はカガムを怖いとは思わなかった。確かに驚異的な筋力と無類のタフさを持っているが、それを活かすような技術を持っていなかったからだ。
左手に<
それでも奴の懐に入り込むのに成功した俺は、奴の太腿を切り裂き背後に走り抜ける。剣で押された分だけ鉈の食い込みが浅かったので、骨まで断つ事は出来なかった。
傷を負ったにもかかわらず、カガムは怒りの叫びを上げ剣を振り回す。魔導師だというのに理性の欠片も残っていないようだ。俺は冷静に距離を取る。
カガムは傷を負った足で走りだそうとしてよろけた。
その隙を見逃すはずは無い。躯豪術を使い脚力を強化した俺は、瞬時に肉薄し奴の首に邪爪鉈の刃を滑り込ませた。ほとんど抵抗もなくバジリスクの爪が首を両断する。
生きて捕まえようとしていた俺は、カガムの遺体を見て少し敗北感のようなものを感じる。
「俺もまだまだって事だな」
薫が駆け寄って来た。その顔は少し怒っているように見える。
「心配させないで! 油断するから痛い思いをするのよ」
カガムに投げられたのを見て心配したらしい。薫は荷物から治癒系魔法薬を出しミコトに飲ませた。
アカネ、ディン、コルセラの三人を助け出した俺たちは、捕まえた二人を衛兵に引き渡し迷宮都市に戻った。
剣士と斧戦士を尋問した結果、依頼人はやはりエンバタシュト子爵一族だと判明する。
そして、子爵一族の下に小瀬と東埜が捕らえられていると判り、俺と薫は頭を抱えた。
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