第98話 魔導師カガム
衛兵一〇人を引き連れ迷宮都市を出発したダルバルと薫は、誘拐犯が待つ小山へ回り込むように進んでいた。
「カオルと申したな。そなたは魔法を何処で学んだのだ?」
ダルバルが探りを入れて来た。ディンに魔法を教えていると聞いて興味が湧いたのだろう。
「家で勉強しました」
ふむとダルバルが頷く。たぶん両親から習ったと受け止めたのだろう。実際は神紋術式解析システムを駆使して研究し知識を深めたのだが、嘘は言っていない。
「ミコトとか言う若いハンターには、微かに見覚えが有るのだが何者だ?」
薫が思い付くのは一つしか無かった。
「ミコトはバジリスクを倒したパーティの一人です」
「おお、イタミとか言う剣士の仲間だったか」
確かにダルバルはミコトと一度会っている。だが、貴族という人種はなかなか一般人の顔を覚えようとしないものらしい。しかし、印象に残る人物は覚えるものだ。
歴戦の剣士という風格の有る伊丹は記憶していたが、ミコトの顔までは覚えていなかったらしい。ミコトの方は伊丹に付いて回る若造という認識だったようだ。
ミコトの性格だと率先してちょこまかと動き、伊丹が後ろでどっしりと構えていたのだろう。貴族のダルバルとしては、ミコトよりリーダー格に見える伊丹を注目したのは無理ないかもしれない。
しかも王家から正式な感謝の言葉と贈答品を下賜された時、ミコトはリアルワールドへ戻っており伊丹が応対したのでダルバルの記憶には伊丹しか残っていなかったようだ。
可哀想なミコト。武士である伊丹のインパクトが強過ぎてミコトの存在が霞んでしまったのね。
小山を横目に見ながら通り過ぎ、裏から登り始める。中腹まで登り洞穴の有る方へ回り込もうと進み始めた時、前方に三匹のゴブリンが見えた。
野ネズミの巣穴でも見付けたのだろうか、三匹が協力して穴を掘っている。幸いにもこちらには気付いていない。
「まずいな。騒がれると誘拐犯に気付かれる」
ダルバルが衛兵にゴブリンの排除を命じようとした時、薫が進み出た。
「私が魔法を使います。撃ち漏らした場合に備えて衛兵は止めを刺す用意を」
薫が当たり前のように衛兵に指示を出す。その口調が命令を出すのに慣れた指揮官のようだったので、思わず衛兵たちが従ってしまう。
ダルバルがオヤッと言う顔をする。若い娘に過ぎない薫の口調に高位の貴族が持つ品格を感じ取ったからだ。イタミとか言う剣士やあの小僧もそうだったが、バジリスクを倒したパーティのメンバーは只者じゃないようだ。
薫がゴブリンを見詰めながら精神を集中している。ハッと言う小さな気合とともに三つの風刃が現れゴブリン目掛けて飛翔する。
一匹目は真正面から唐竹割りとなり、二匹目は首筋に風刃が食い込み刎ね飛ばす。最後の一匹は気配を感じたのか逃げようと横に飛び退いた。だが、それを風刃が追い掛け脇から腹に向かって大きな傷を作る。どのゴブリンも致命傷だった。
この光景にダルバルも衛兵たちも驚いた。
普通なら応用魔法を発動するには詠唱が必要である。例外は、長年使い続け精神内部にある加護神紋が擬似的に進化した者のみが無詠唱で発動出来ると言われている。
ベテランの魔導師のみが可能となる応用魔法の無詠唱発動を成人したかどうかの少女が使ってみせたのだ。
ダルバルは無詠唱など当たり前というような薫をチラリと見て思った。
無詠唱で<
薫たちは小山を半周し洞穴の一〇メートルほど上にある灌木の茂みに身を潜め、ミコトの到着を待った。
程なくしてミコトが<魔力感知>を使ったのを薫は感じた。
「ミコトが来ました」
ダルバルにミコトの到着を知らせ、次の<魔力感知>を待つ。打ち合わせ通りもう一度<魔力感知>を感じ、薫も<魔力感知>を発動する。
「判りました。人質は洞穴の中、誘拐犯が一人入り口で見張っています」
ダルバルが頷き、他の誘拐犯の居場所を訊いて来た。
「他の三人はあそこに見える大木の下に二人、枝の上に一人います」
「やはり見張りがいたか」
薫は洞穴内部の様子を探る為に<
その頃、洞穴の中では。
洞穴の入り口は天井部分から崩れ落ちた岩で塞がっていた。だが、完全に塞がった訳ではなく一〇センチほどの細長い隙間が有り、そこから光が暗い洞穴の中を照らしている。中は高さ二メートル、幅一メートル少しある。
閉じ込められた当初、他に出口がないか探したが見付けられなかった。この洞穴は二十メートルほどの長さしかなく一番奥にはゴブリンの住処だったらしい場所が有るのみだった。
「奴ら何者なんだろ?」
アカネが誰にとはなしに疑問を口にする。
「分からにゃい」
「僕も心当たりがありません」
三人には理不尽に洞穴に閉じ込めるような敵の心当たりは無かった。しかし、現実に命の危険が迫っている。
「どうしてこんな事をするの? 何者なんですか?」
アカネが崩れ落ちた入り口に向かって声を張り上げる。
「
アカネたちをここに閉じ込めた本人である魔導師カガムが三人を脅す。
「済まない、僕が洞穴の中を確かめたいと言わなければ……」
ディンが青褪めた顔色をして謝る。アカネが首を振る。
「ディンの所為じゃない。洞穴に入らなければ別の方法で襲われていた可能性が高いわ」
「きっとミコトが助けに来てくれる」
コルセラがミコトの名前を出した途端、外に居る敵が不敵な笑いを浮かべた。
薫は聞こえてきた情報を整理してダルバルに伝えてた。
「何、奴らはシュマルディンを焼き殺すつもりなのか」
「ええ、下に居る魔導師は抵抗する暇を与えず制圧する必要がありますね」
「衛兵に任せろ。腕利きを集めて来ている」
弓を持った四人の衛兵が下に向かう。弓を射る最適な場所へと移動する為だ。五メートルほど移動し弓を構えた衛兵が魔導師に狙いを定める。
弓を構えた衛兵が一斉に矢を放った。矢は大気を切り裂きカガムへと飛翔する。その矢が風を切る音を気配として感じたカガムは、自分の勘に従って地面に身を投げ出し矢を避ける。
「チッ、突撃!」
衛兵のリーダーは全員に突撃するよう命じた。小山を下り一〇人の衛兵がカガム目掛けて襲い掛かる。
地面を転がったカガムが跳び起きて杖を構え、襲い来る衛兵を憎々しげに睨む。
「クソッ、焼き殺してやる!」
「いかん、止めろ!」
魔導師が魔法を放とうとしているのに気付いたダルバルが焦った表情で制止の声を上げる。
それを無視して、カガムが<
炎の玉が洞穴を目掛けて飛翔する。
「誰か炎弾を止めろ!」
ダルバルの必死の叫びを聞いて一部の衛兵が炎弾目掛けて矢を射るが当たるはずもなかった。
炎弾がもう少しで着弾しようとした時、上から見下ろしていた薫の<
風刃が炎を切り裂き地面に叩き落とした。
「なにっ、炎弾を撃ち落としただと!」
他人が放った魔法を魔法で撃ち落とすのは至難の業だった。精密な魔法制御とそれを素早く行える技量が必要だからだ。
「おおっ……良くやった。衛兵は魔導師を捕らえろ」
ダルバルの命令に応え衛兵が魔導師に剣を向ける。衛兵に取り囲まれたカガムは苛立った様子で衛兵を睨むが、怯えた様子はない。一〇人の衛兵に囲まれ平然としているのは、余程胆力が有るのか隠し球を持っているのか。
「衛兵相手に使いたくなかったが、こいつを喰らえ!」
カガムは懐に持っていた陶器の瓶を地面に叩き付けた。瓶の中に入っていた液体が周囲に飛び散りすぐに気化して煙のように周囲に広がる。
その煙を吸った衛兵が。
「うっ……ガハッ」
毒煙を吸った衛兵が次々と倒れる。その惨状を見たダルバルが素早く退避の命令を出す。
「煙から離れろ! 息を止めろ!」
七人の衛兵が倒れ三人が逃げるのに成功する。当然、息を止めていたカガムは素早く退避している。
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