第97話 救出作戦

 趙悠館建設予定地の片隅にある食堂の中で、俺と薫は遅い昼食を食べていた。そこに猫人族の子供が一人訪れ、折り畳まれた紙を俺に渡す。

「何……これを俺に?」

「知らないおじさんが、ミコト様に渡せって」


 日本の過保護な母親なら、『知らないおじさんに物を貰ったら駄目でしょ』と叱る場面だろうか。


 馬鹿な事を考えてから、子供に礼を言って折り畳まれた紙を開く。中の文面を一読し驚愕する。

 俺が顔色を変えたのに気付いた薫が心配したようだ。


「どうかしたの?」

 俺は黙って手に持つ紙を薫に渡す。それを読んだ薫も眉をひそめ黙り込んでしまう。しばらく沈黙が二人の空間を支配した。


「アカネさんはコルセラとディンと一緒に狩りに出たんだろ。……まずいな。王子様を人質に取られるなんて」

 俺は天井を仰ぎ見ながら大きな溜め息を吐いた。


「一人で来いと書いて有るけど、どうするの?」

「俺一人で行ったら殺されそうだな。……でも、大勢で行ったら人質を殺して逃げられるかもしれない」


 犯人は誰だろう。怪しいのは昨晩出遭った四人組だな。脅迫文を持って来た子供に知らないおじさんの人相を聞いてみよう。もし、そいつの人相と四人組のどいつかの人相が似ていたら……。


「犯人はディンが王子様だと知っているのかな?」

 薫が気になる点を尋ねる。


「犯人が王子様の顔を知っていたとは思えない。それにディンの格好はそこらのハンターとほぼ同じだ。近くで観察すれば、育ちがいい少年だと判るだろうけど、学院にはそんな少年が一杯居るからな」


「そうよね。知っていたら王子様と一緒のアカネさんたちを襲うなんて馬鹿な真似はしないか」


「それより太守館に知らせなきゃまずいだろうか?」

 俺が尋ねると薫が難しい顔をする。

「大騒ぎになるのは確実ね」


「たぶん太守館の衛兵が部隊単位で出動して犯人を取り囲もうとするかも……犯人だって見張りくらいしているだろうから、衛兵部隊が見つかって人質を殺した上で逃亡……なんて事になりそうだな」


「まさか、王子の命が掛かっているのに……慎重に特殊部隊的な人たちを出動させるんじゃない」

「どうだろう。ディンのお祖父じいさんを知らないから、判断出来ないな」


 二人はしばらく相談する。脅迫文には日が暮れるまでに来いと書いて有ったので少しだが時間的余裕はある。

「特殊部隊や忍者みたいなプロが居るなら、任せた方がいいだろ」


「えっ、忍者が居るの?」

「忍者は居ないけど、魔法が有るんだから、透明になって敵地に潜入する特殊部隊は居そうじゃないか」


「可能性は有ると思うけど……私たちじゃ確認しようがないわ。知り合いで、そう言う存在を知っていそうなのはハンターギルドの支部長くらいじゃない」


「アルフォス支部長か……相談してみよう。俺はギルドに行くから、カオルはさっきの子供から脅迫文を渡した男の人相を聞き出してくれ」

「了解」


 俺は装備を整えるとハンターギルドへ急いだ。

 普段は人通りの多い道路なのに、刺すような陽射しを嫌ったのか、行き交う人が少ない。歩いて十数分の所だが到着するまでに全身から汗が吹き出る。暑い上に風がないのが原因である。


 逃げ込むようにハンターギルドの建物に入る。中は薄暗かった。外が眩しいほどなのでそう感じるのかもしれない。


 カウンターに近付き、ちょうど空いているカレラの前に立つ。

「すみません、アルフォス支部長にお会いしたいのですが」

「来客中なのですが、緊急なご用件でしょうか?」


 俺は声を潜めてカレラだけに聞こえるように言う。

「シュマルディン王子に関係する事なので早急にお会いしたいと伝言して下さい」

「分かりました。お待ち下さい」


 カレラが二階の奥に消えてから一分もしない内に急いで戻って来た。……戻って来たカレラの顔が幾分強張っているような気がするが、奥で何か有ったのだろうか。


「支部長がお会いになるそうです。二階の執務室へいらして下さい」

 階段を登り二階へ上がる。広い廊下を通り執務室のドアの前まで来る。ドアをノックしようとした時、中から声がする。


「ミコトだな。入ってくれ」

 気配に気づいてアルフォス支部長が声を上げたようだ。ドアを開け中に入ると正面に貴族らしい初老の爺さんがソファーに座っており、俺を睨んでいる。


 アルフォス支部長は俺に背を向けてソファーに座っている。不意に立ち上がった支部長が、爺さんの隣に行きソファーに座った。


「君も座ってくれ」

 支部長が先ほどまで座っていたソファーに座るように指示する。

「支部長、お忙しい所申し訳ありません。余人を交えずにご相談したい事が有るのですが」


 爺さんが気分を害したように口元を歪め、しゃがれた声を上げる。

「貴様、孫のシュマルディンに関する相談が有るそうだな」

「げっ」


 タイミングが悪過ぎる。今一番会いたくなかったディンの祖父じいさんが支部長の部屋に居たなんて。


「失礼しました。元伯爵のダルバル様ですね。お話は王子様から伺っております。ハンターをしておりますミコトと申します」

 クッ、敬語は合ってたかな。こう言うのは苦手だ。


「何故、貴様がシュマルディンと面識が有るのだ?」

 ダルバルの目付きがさらに険しくなり、周囲の空気がピリピリとしているように感じる。


 仕方なく、ディンが太守館を抜け出して趙悠館を訪れていた事を告白する。王子が習いたいというので魔法や武術を教えていたのも伝えるとダルバルが渋い顔をする。教育係としては言いたい事が有るのだろうが、今はそれどころではない。


「それで……王子様の事で相談とは何だ?」

 支部長に促され、俺は脅迫文を支部長に渡し読んで貰う。

『黒髪黒眼の女と仲間を預かった。生きていて欲しいなら……』


「これは何だ?」

「……誘拐犯からの手紙です」

 さらに空気が重苦しくなって来た。ダルバルから殺気の篭もった視線を貰う。


「これと王子様と何の関連が有るのだと訊いている?」

「黒髪黒眼の女と一緒にいる仲間というのが、王子様の事です」


「何だとぉー!」

 ダルバルが思わず立ち上がり大声を上げる。

「ダルバル殿、落ち着いて下さい。もう少し詳しい状況を聞きましょう」


 もう少しで俺に殴りかかりそうな爺さんを、アルフォス支部長がなだめ、俺に説明するように言う。俺はウェルデア市での出来事と昨日の怪しい四人組について話した。


「エンバタシュト子爵の一族は何を考えている。一族の監督も出来ずに、ある意味被害者であるハンターを殺そうとするとは」


 ダルバルが激しい怒りを表しエンバタシュト子爵を批難する。俺としては怒りの矛先が子爵に向いたので少しホッとする。


「どうなさいますか。ダルバル殿」

「決まっておる。衛兵に命じて王子をさらった奴らを皆殺しにしてくれる!」

 最悪だ。そんな事をしたらアカネさんたちが殺される。


「お待ち下さい。手紙にミコト一人で来なければ人質を殺すと書かれています。衛兵を動員し大掛かりな救出作戦を行えば、王子の命を危険にさらす事になりますよ」


 さすがに大きな都市のギルド支部長を任せられているだけに、アルフォス支部長の状況判断に間違いはなく、激昂するダルバルを制止する。


「ムッ……済まない。身内の危機に精神が浮ついたようだ。……だが、手をこまねいている場合ではないぞ。どうすればいい?」


 孫をさらわれた事で一瞬我を忘れたようだが、さすが長年伯爵家の当主として生きて来た経験を持つダルバルは怒りを制御し、アルフォス支部長に助言を求める。


「ミコトはどうしようと思っていたのだ?」

 支部長がこちらに振って来た。咄嗟とっさにはいいアイデアが浮かばなかったのだろう。


「えっ……具体的なものは無いのですが、隠密行動にけた特殊部隊のようなものが有れば、その者たちに任せる方がいいかと考えて来ました」


 アルフォス支部長が腕を組み、少しだけ考えてから告げる。

「隠密行動に長けたパーティは居る。だが、今回のような救出作戦に向いているかどうかは判らない……ダルバル殿、太守館にそのような部隊が有りますか?」


「こちらも同じだ。隠密行動に長けた者たちはるが、この状況を想定した訓練はしておらん」

「そうですか。まずは出来る事からしましょう」

 カレラを呼び出しミコトを探していたハンターについての情報を集めるよう命令を出す。


 先に片付けるべき用件を済ますと、アルフォス支部長が品定めするようにミコトを見る。

「そうすると、正面からはミコト一人で近づくしかないな。お前一人で連中を制圧出来るか?」


「四対一は厳しいです。援護してくれる者が必要です」

「だが、援護の者が見付かるのはまずいであろう」

 ダルバルが指摘する。それ応えるように俺は咄嗟に考えついたアイデアを提示する。


「誘拐犯は小山の麓に在る洞穴近くで待っています。小山の裏から登って山を超え上から王子様たちを探させましょう」


「探す……どうやって? 近づけないのだぞ」

「仲間に<魔力感知>が使える者が居ます。彼女なら王子様たちの魔力の特徴を知っていますから、連れて行けば王子の居場所が判ります」


 人間の持つ魔力には大きさと波形、色が有り、<魔力感知>は大きさと色を感知可能である。薫はアカネとディンの魔力の色と大きさを知っていた。


 アルフォス支部長が迷っているような顔をする。

「だが、誘拐犯に『魔導眼の神紋』を持つ者が居れば気付かれる」


 攻撃魔法に比べれば少ないが、索敵に便利な『魔導眼の神紋』を授かる者は少数だが居る。アルフォス支部長自身も授かっているので、<魔力感知>の欠点も知っていた。


「俺も<魔力感知>を使えますから同時に使うようにすれば大丈夫です」

「それで人質と誘拐犯の位置が判るとしよう。それからどうする?」

 アルフォス支部長が俺を試すように訊いて来る。


「奴らの狙いは俺です。俺が行けば戦いになるでしょう。そうなったら人質から奴らを引き離すようにしますから、援護の者に人質救出をお願いすると言うのはどうでしょう」


「平凡な策だが、王子様にとっては一番安全だろう。……しかし、お前は命を懸ける事になるぞ」


「人質の安全を確保したら、援護して下さい。お願いします」

「もちろんだ」

 ドアがノックされカレラと薫が現れた。


「ミコト、誘拐犯はあの四人組に間違いないよ。手紙を持って来た男の特徴が、四人組の中の背の低い男と一致した」

 薫が俺の顔を見るなり報告する。


「支部長、その四人組ですが、ウェルデア市では有名な無法者のようです。人攫いに殺人、強盗など連中の仕業だと思われる事件は数多いようです」

 カレラが付け足すように言った。


「名前は判っているのかね?」

「リーダーが魔導師のカガムで、他は斧戦士のガジェル、剣士のクラバス、盗賊のニュムです」

「奴らの実力はどうなんだ?」


「ランクは三段目8級なのですが、実力はもう一つ上でしょう。それに独特の戦闘技を持つようです」

 カレラが調べた情報を報告し、薫を残して部屋を退出する。


 俺は薫を紹介し、ソファーに座る爺さんがディンの祖父であるのを教える。

「彼女が<魔力感知>を使える仲間なのか?」

 アルフォス支部長が確認してきた。


「ええ、若いですが優秀な魔導師です。彼女が考案した応用魔法を王子様に教えています」

「ほう、シュマルディンの魔法の師匠と言う訳か」

 ダルバルは値踏みするように薫を見るが、あまりに若いので俺の言葉を疑っているようだ。


「まあ良い、連れて行こう。援護の人間は腕の立つ衛兵を集める。相手が四人なら一〇人も連れて行けば十分だろう」


 ダルバルは自分で衛兵を率いて雑木林に出撃するようだ。俺は薫に説明しダルバルに付いて行くように頼んだ。

「人質は任せて、敵は悪辣らしいから気を付けてね」

「十分な用意はするから大丈夫だ」


 ダルバルと衛兵、薫が先に南門から外へ出る。俺は一旦趙悠館に戻って準備をしてから雑木林に向かった。

 薫たちが先に小山に到着する必要が有るので、ゆっくりと進む。

 小山へ近付き、<魔力感知>を使う。


 前方の大木の陰に二人の人間が潜んでいる。そして、もう一人が大木に登り上の枝から見張っているのを感知する。


 俺の<魔力感知>に反応する者が居ないようなので誘拐犯の中に『魔導眼の神紋』を授かっている者は居なかったようだ。


 俺はもう一度全力で<魔力感知>を行う。索敵範囲は半径二〇〇メートルであり、三人の誘拐犯を越え小山の麓まで『感知の風』が届く。洞穴の入口付近に誘拐犯の仲間らしい奴が一人居る。


 この配置から人質は洞穴の中らしいと推測する。おっ、カオルの<魔力感知>を感じる。彼女も人質の位置に気付いたようだ。


 だったら、作戦通り誘拐犯を人質から遠ざけよう。

「おい、指示通りに一人で来たぞ」

 誘拐犯たちは躊躇ためらっているようで動こうとしない。


「そこの三人、出て来いや」

 渋々と言った感じで大木の影から斧戦士、剣士が現れ、上の枝から盗賊が降りて来た。

「チッ、面白くねえな。折角驚かせてやろうと思って隠れていたのによ」


 剣士が不満そうに言う。

 子供か。こいつら強いのかもしれないが、精神年齢は低いようだ。まあ、ちゃんと訓練を受けた暗殺者や間諜じゃないんだから、そんなものか。


「人質は何処だ?」

「あそこに崩れているが洞穴の入り口が見えるだろ。あの中にいる。言っておくが、岩の隙間から中に油を流し込んでいる。貴様が変な真似をしたら火を投げ込んで焼き殺すからな」


 剣士が脅迫して来た。……気になっていた事を時間稼ぎも兼ねて確かめる。

「ウェルデア市のエンバタシュト子爵一族に命じられたのか?」


「この商売で依頼人の名前を教えるような奴は早死すると言われている。教える訳がないだろ」

 予想通りの答えだ。依頼人の名前を言うような素人ではないと思っていた。

「約束通りに一人で来たんだ。人質を開放しろ」


「まだだ、まずは武器を捨てろ」

「何だと!」

 すぐにでも襲い掛かって来て戦いになるだろうと思っていたが、奴らは思っていた以上に狡猾だった。武器を捨てさせ満足に戦えない状態にして殺す気だ。俺が躊躇ためらっていると。


「俺が合図すれば人質が死ぬぞ。いいのか」

 仕方なく背負っていた鉈を奴らの前に投げる。


 カオル、早く人質を助けだしてくれ。


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