第96話 案内人見習いと刺客

「ディン君、また屋敷を抜け出してきたの?」

 アカネがディンに会うのは二度目だが、貴族の息子だと思っている。ディンがミコトたちに口止めしたからだ。


「爺様たちが会議ばっかりしておるので退屈なのだ」

「偉い貴族様が会議……何か有ったの?」


 コルセラが尋ねた。最近街の雰囲気がざわついているのを彼女も感じていた。

「何でも毎年迷宮都市に運ばれるはずの海産物と塩がモントハルから届かぬらしい」


 コルセラは母親から関連する話を聞いていた。

「塩と海産物……だから、塩が値上がりしてるのね。母さんが困ったと言ってた」

「そう言えば、魚の干物とか市場で売り切れていました」

 アカネは昨日買い物に行った時に干物が買えなかったのを思い出す。


「塩くらい迷宮都市でも作ればいいのに」

 コルセラがポロリと零した言葉を聞き、ディンはヒンヴァス政務官から教えられた情報を披露する。


「確かに迷宮都市は海から近い。だが、近くの海岸線はほぼ崖。塩田を作れる土地が無いのだ」

 ディンがちょっと得意気に近辺の地形を語り出す。


 アカネは迷宮都市近くの海岸線には行った事がなかったので、そんな地形だとは知らなかった。ふとエヴァソン遺跡の前面に広がる砂浜が心に浮かんだ。……あそこに塩田が作れないだろうか。テレビで昔ながらの製塩方法で塩を作っている人物を紹介していたのを思い出す。


 アカネの記憶にある製塩方法は揚げ浜式製塩と呼ばれるものだった。海水が漏れないように粘土で固めた田圃たんぼに砂を敷き詰め、そこに海水を撒き風と太陽熱で水分を蒸発させる。


 塩を含んだ砂を集めて海水で洗い塩分濃度の濃い塩水を作って、その塩水を釜で炊いて結晶化させ塩にする。


 塩を作っているのはモントハルだけじゃないと思うけど、遠隔地から運んでくるなら運搬費とかで高くなるのは確実ね。エヴァソン遺跡で塩が作れたら儲かるんじゃないかな。ミコトさんに相談しよう。


 塩田の有る地方は海岸線沿いにいくつか在った。だが、それらの地方の塩田は規模が小さく、魔物の出る海でも航行出来るような大型船を運行していないので陸路の運搬になり、モントハルの塩より三倍近い高値になる。

 迷宮都市の近辺で安価な塩が製造可能なら、大儲け出来そうである。


 でも、塩って生きていくのに必要な物だから、専売制になってたりするのよね。ちゃんと調べないと駄目かもしれない。


 日本でも塩の専売制を行なっていた歴史があり、こちらの国が何か制限を課していても不思議はない。

 ディンに聞いてみるとよく知らないと言う。

「帰ったら訊いてみるよ」



 雑談をしている間に食堂の片付けが終わり、三人は連れ立って雑木林へ狩りに行く事になった。アカネは防具を着け、ナイフや紐、サラシ、治癒系魔法薬などを入れた背負い袋を担ぎ、最後に短槍を持って出発する。


 南門から出て南東の方角に進む。この方向にはカシやナラの木に似た樹木が密集しており、青々とした葉っぱが天を隠すように茂っている。周りの樹木から発散するフィトンチッドと呼ばれる成分は気分を落ち着かせる効果が有るようだ。


 この時期の雑木林は、狐や狼、熊などの魔物でない獣も多く、それらを狩って食糧にしているハンターもいる。

 通常の獣と魔物は魔晶管の有無で判別される。


 但し、外見から判別するのは難しいものも居て、普通の獣だと思って狩ろうとしたら手痛い反撃を受け魔物だったと知る事もある。


 三人はなるべく音を立てないように慎重に足を進める。

 コルセラがこっちだと指で南の方向を差す。彼女が注目したのは下生えである。樹の下に茂っている下生えはウサギが好む雑草が多く、跳兎も餌場としているのだ。


 雑木林に入って三〇分ほどした頃、コルセラが跳兎を見付けた。ヨモギに似た草を食べながら長い耳をピクピクと動かしている。


 コルセラのメイン武器はショートソードで、遠距離攻撃用として棒手裏剣を使う。ベルトの小物入れから棒手裏剣を取り出し狙いを定める。


 タイミングを図っていたコルセラが棒手裏剣を投擲。まっすぐに飛翔した棒手裏剣は跳兎の背中を掠って地面に突き刺さる。


「外しちゃった!」

「任せて!」

 アカネが走り出していた。右側から回り込んだアカネは左の方へ追い込むように短槍を突き出す。跳兎が左へ跳ぶ。そこにはディンが走り込んでいた。ホーングレイブが振り下ろされる。


 狙い通り跳兎を仕留めた三人は、アカネに剥ぎ取りの方法を教えながら跳兎を解体する。

「ほら、ここに魔晶管が有るんだ」


 ディンが魔晶管の位置を教える。リアルワールドにいる普通の女性だったら目を背けるような光景だが、SPとして鍛えられたアカネは目を見開き位置を確認する。


 剥ぎ取りが終わり、もう少し雑木林の奥へと進む。その先には小山が在り、麓にゴブリンが住処にしそうな洞穴が有る。


 ディンがゴブリン狩りをしようと言い出したのである。

「いいだろ、イタミ師匠に教わった技を試してみたいのだ」

「いいけど、四匹以上居たら撤退ですからね」


 アカネが血気盛んなディンを抑える為に条件を告げる。何だか、ディンと居るとヤンチャな弟を持ったような気分になる。


 小山が目前に見え、洞穴の周囲で小人が動き回っているのに気付く。三匹のゴブリンが獲物を探してウロウロしているようだ。


「一匹ずつ相手にしましょう。決して油断しないで」

 アカネが注意するとコルセラとディンが頷く。アカネは真ん中の棍棒を持つゴブリンと戦う事に決めた。三人同時に駆け出す。


 途中でゴブリンたちが気付き、こちらに向かって来る。甲高い喚き声を上げながら走る姿は醜悪で目を背けたくなるが、間合いに入った瞬間、ゴブリンの顔を目掛けて槍を突き出す。


 ゴブリンが棍棒で槍を払うが、アカネはそれを予測していた。払われた反動を利用して槍をクルリと回転させ石突でゴブリンの脇腹を叩く。この素早い連続攻撃にはゴブリンも反応出来ない。ゴブリンは地面に転がり悲鳴を上げる。


 止めの突きは正確にゴブリンの首を刺し貫いた。人型の魔物だったので、警察官時代に習った杖術が役立ったようだ。


 周りを見回すとコルセラとディンも優勢に戦いを進め程なく仕留めた。

「ちょっと洞穴の中を見てみないか?」


 ディンが二人に提案する。コルセラも中が気になるようだ。アカネは苦笑しながら同意する。

 洞穴は暗く涼しかった。ディンはミコトから習った<冷光コールドライト>で周りを照らす。入り口から少し歩いた時、外から声が聞こえて来る。


「ファルマゼム・ユギリス・ヒメナジェス……<炎爆雷フレームサンダー>」


「呪文? ……何」

 コルセラの呟きが終わる前に、凄まじい衝撃音と爆風がアカネたちを襲う。三人は爆風で洞穴の奥へと吹き飛ばされ、洞穴の入り口は衝撃で崩れて埋まる。


 洞穴の前には四人の男たち。ミコトと薫を付けていた連中である。

「やり過ぎたか。あいつら死んだかな?」

 魔導師カガムは、完全に塞がった洞穴の入口を見て呟く。


「どっちでもいいだろ。餌はそろったし、標的を釣り出そうぜ」

 狐顔の剣士が楽しそうに笑いながら言う。

「ミコトってガキに誰が伝えに行くんだ?」

 髭面の斧戦士が魔導師カガムに尋ねる。


「手紙を書くから、ニュムが届けろ」

 一番背が低いが足の速い男ニュムが、嫌そうに顔を顰めながらも頷く。


 魔導師カガムはミコト一人で、ここに来るように命じる脅迫文を書きニュムに渡した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る