第95話 案内人見習いと友達

 雷黒猿の素材は金貨七十枚ほどになった。特に高級な防具となる毛皮が高額で換金されたようだ。

 ハンターギルドを出て趙悠館へ帰る道すがら、付けて来る連中の気配に気付いていた。


「どうする。あの連中を趙悠館まで連れて行くの?」

「奴らは、俺について調べていたようだから、趙悠館の場所も知っているだろう。だけど、このまま連れて行くのも嫌だな……捕まえて、誰の差し金か確認しよう」


 人通りが少なくなった細い道に入った所で、付けて来る連中を待ち伏せする事にした。

 商売をしている建物が途切れ、中層階級の民家が多くなる。もう少しで曲がり角という所で二人同時に走りだし角を曲がる。釣られて追って来た連中が走りだした。


 角を曲がった地点で急停止し連中を待つ。

 四人の男たちが俺と薫の前に走り込んで来た。

「お前たち、何故付けて来る?」


 魔法使いの杖らしい物を持つ痩せた長身の男、戦斧を肩に担ぐ髭面の熊男、吊り目の狐顔の剣士、最後はネズミのようにすばしっこそうな小男である。


「別に……俺たちは用が有って先を急いでいただけだ」

 魔導師らしい男が苦しい言い訳をするが、その眼は獲物を捉えた獣のように二人を睨み付けていた。


「それは失礼、勘違いしたようです」

 下手ないい訳だと思った。だが、偶然同じ道を急いでいただけだと言い張る連中に反論するだけの証拠もなかった。


「ふん、行くぞ」

 四人の男たちは急いでミコトたちから離れて行く。


「カガム兄貴、何故、仕掛けなかったんだ。こっちは四人だ、始末出来ただろ」

 脇道に入りミコトたちの姿が見えなくなると、狐顔の剣士が魔導師カガムに問い掛けた。


「奴は、バジリスクを倒した男だぞ。若造だからと言って油断出来ん」

「あんなのがバジリスクを……間違いじゃねえのか?」

 小男が口を挟む。髭面の熊男も同意すように頷く。

「ギルドで奴らが換金していた物を見ただろ。奴らは雷黒猿を仕留めている。手練てだれなのは間違いねえ」


 この四人はウェルデア市の闇社会で凄腕の荒事師として名を馳せている。普段は闇社会の顔役が経営する賭博場で用心棒をしているが、依頼が持ち込まれるとそれぞれの武器を手に血腥ちなまぐさい事件を起こす連中である。


 ギルドでのランクは薫と同じ三段目8級と高くはない。だが、人をあやめた数は二桁を数え闇社会に詳しい者たちからは畏れられる存在である。


 特に魔導師カガムは、『紅炎爆火の神紋』の遣い手で独自の応用魔法を使うと知られている。

「それに……ここは人目が有る。仕留めるなら街の外だ」


 都市の治安部隊である警邏隊に通報されたら面倒な事態になる。ウェルデア市なら顔の効く役人が居るので、ちょっとした無茶はまかり通ったが、ここは迷宮都市である。


 カガムの顔に薄ら笑いが浮かび上がる。

「兄貴、何か悪い事を考えてるな」



    ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 宇田川紅音あかねは迷宮都市に来てから、この異世界を知ろうと懸命に努力していた。

 まずは、ミトア語の習得である。リアルワールドでも学習していたのだが、さすがに流暢に喋れる程ではなかった。


「宇田川さん、ミトア語の事なら心配ないよ。『知識の宝珠』を使って貰うから」

 ミコトにそう言われて、『知識の宝珠』とは何かを尋ねた。


 迷宮の産物で強制的に知識を記憶させる魔道具だと言われても、信じられるものではなかった。だが、試してみると本物だと判る。


 少しの間、発音に苦しんだが、現地の人々と話すうちに普通に喋れるようになった。

「魔法の道具なのね、リアルワールドの科学を超えている」


「宇田川さん、ハンターギルドに登録に行こう」

 迷宮都市に到着して数日後、ミコトがハンターギルドへの登録を勧める。ミトア語を修得するのを待っていたようだ。


「分かりました……所でミコトさん、こちらでは苗字で呼ばず、下の名前で呼ぶのが普通なの?」

「ん? ……ああ、貴族でないとやファミリーネームを持っていないからだよ」

「郷に入っては郷に従えと言う事ね。だったら私もアカネと呼んで下さい」


「いいですけど……そうなると苗字を呼んでいるのが伊丹さんだけになっちゃうな」

「伊丹さんも下の名前で呼んだら」


 ミコトは少し考えていたようだが首を振る。

「伊丹さんは、イタミで名前が広まっているから、このままでいいや」


 その日は今年最高に暑い日となり、午後を過ぎるとぐんぐんと気温が上がり、道を歩く人々もうんざりしているようだ。


 アカネは膝下まである紺のキュロットスカートと白い半袖シャツを着て外へ出た。ハンターらしくない格好だが、登録だけだからいつもの格好で良いとミコトに言われたのだ。


 ハンターであっても迷宮都市の外に出ない日には、鎧などの防具は着けないようだ。ミコトも作業着のような丈夫なズボンに半袖の作務衣に似たシャツを着ている。


 護身用に鞘に入った邪爪鉈を背中に背負っているが、剣や槍を持つ人も居るので、あまり目立たない。


 ハンターギルドへの登録は、見習い登録だったので短時間で終わった。

 次は武器屋と防具屋へ連れて行かれ、防具と武器を選ぶように言われる。


「言っとくけど、購入費はアカネさんの借金になるから、稼いで返してね」

「念の為に聞くけど、経費とかで何とかならないの?」


「ダメダメ、迷宮都市で働いて返して貰わないと。案内人はある意味独立採算制だから、異世界で稼ぐ方法も必要なんだ」

 それを聞いたアカネは、溜め息しか出なかった。


 防具は黒大蜥蜴の革鎧と脛当てを選び、武器は短槍を選んだ。日本で学んだ杖術を応用出来るのではと思ったのだ。合計で銀貨六枚ほどになり、完済するには時間が掛かりそうだと思う。


 だが、アカネの予想とは異なり、この借金は一ヶ月ほどで完済する。アカネの作り出した食材が高値で売れたからだ。


 この数日で、アカネにも友人と呼べる者ができた。猫人族のコルセラである。趙悠館の隣人の娘であるコルセラはリカヤたちの知り合いであり、時々趙悠館を訪れるのでアカネとも顔見知りとなり友人として話すようになったのだ。


 本当はリカヤたちにハンターとしての技術を教えて欲しくて訪れているのだが、リカヤたちも忙しく相手をする時間がない。そこで比較的時間の有るアカネと仲良くなり一緒にギルドの依頼を受ける約束をした。


 本来ならミコトか伊丹が教育するべきなのだが、伊丹がウェルデア市へ旅立ったので人手不足となっている。


 ミコトたちの代わりにコルセラと言う訳ではないのだが、クラウザ初等学院でハンターの技術を学ぶコルセラは、初心者であるアカネが一緒に行動しながら学ぶには最適な相棒だとミコトは考えた。


 リカヤたちがサポート役を務めた新緑期演習の後、コルセラは学院の実習として何度かギルド依頼をこなしている。もちろん薬草の採取や跳兎狩りなどの簡単なものだけである。

 迷宮都市の南に広がる雑木林の地理にも詳しくなり、出没する魔物の対処も可能になっていた。


 アカネが朝食を終え、食堂の後片付けを手伝っているとコルセラがやって来た。

「アカネ、今日は跳兎狩り行こうよ」


 コルセラは十二歳、倍以上歳の離れたコンビだが、なかなか良いコンビである。慎重派で努力家でもあるアカネと行動力が有るコルセラは、絶妙なコンビネーションで魔物を狩る。


「朝から、ここに来るなんて珍しいね」

「今日から夏休みだよ。休み中は朝から狩りに行こう」


 不意に少年の声が二人の会話を中断させた。

「僕も参加させてくれ」

 食堂の入り口から顔を覗かせたのは、第三王子シュマルディンだった。革鎧を着けホーングレイブを担いでいる。太守館を抜け出し遊びに来たらしい。


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