第91話 消えた二人

 小瀬と東埜がアスケック村を抜け出した夜。


「小瀬、本当に一緒に抜け出して良かったのか?」

 ココス街道をカンテラの明りを頼りに歩く二人は、周囲の闇に怯えていた。舗装されていない道の右側は鬱蒼とした樹海、左側は腰までの高さが有る草が生い茂る草原だった。時折、狼の遠吠えのような声が湧き起こる。


 こんな無謀な失踪を企てたのは失敗だったかと小瀬は考え始める。

「あんな酷い目に遭って、このまま送り返されたら、馬鹿みたいじゃないか。もう少し異世界を楽しんでから、日本に帰りたいんだ」

 小瀬は本当の理由を隠して東埜に嘘の返答をした。


「この街道は夜でも大丈夫なんだよな?」

 小瀬が東埜に尋ねた。夜にココス街道を旅しようと言い出したのは東埜だった。

「勇者の俺が一緒だから、大丈夫だよ」


「えっ!」

 小瀬が何かにつまづいたかのようにけそうになった。───全然大丈夫じゃなかったよ。小瀬は前を歩く東埜に飛び蹴りを食らわせたいと思いながら歩み続けた。


 幸運にも魔物と遭遇する事なく朝を迎え、小さな村に辿り着いた。村に入ろうとした二人は門番に止められた。

「夜に旅するとは何者だ?」


 二人は知識の宝珠を使ってミトア語が理解できるようになっていた。使い方と必要な呪文は、異常に耳の良い小瀬がしっかりと盗み聞きしていたのだ。東埜は『超聴覚』だとチート能力のように騒いだが、本人の小瀬は微妙な表情で「そんな凄いものじゃない」と否定した。


「僕たち、ハンター見習いデス。狩りの都合で遅くナリマシタ」

「ハンター見習いか。登録証を見せろ」

 二人がハンターギルドの登録証を見せると門番が頷いて、入村税を要求した。小瀬が払うと、やっと村に入れた。


 夜通し歩いた二人は肉体的に限界だった。宿に泊まり昼まで睡眠をとった。昼頃起きた二人は、宿の食堂で食事をしてから、ウェルデア市へ向かった。

 途中の村でもう一泊した後、ウェルデア市に到着する。


 街の中でほどほどに上等な宿『リバー霧雨亭』を中心として探索者の活動を始めようと話し合った。

「よし、まずは魔法を手に入れようぜ」

 東埜が張り切っている。小瀬は街で購入した巾着袋の中身を数えた。オークの貨幣を換金して手に入れた金は金貨一枚と銀貨三枚、ここまで来るのに銀貨二枚ほどを使っているので残り金貨一枚と銀貨一枚。

 この中から装備を整え、魔法を購入すると残り少なくなる。


「あの魔女っ子カオルから聞いたんだが、ここの魔導寺院では攻撃魔法も売っているらしいんだ。そいつを買おうぜ」

 東埜の考えなしの言葉に、小瀬が頭痛を感じた。


「そんな金は無い。今買えるのは『魔力袋の神紋』だけだ」

「チッ、しけてやがるな。大物狩りでもして大金を稼ぐか」

「大物狩りって……何だよ?」


 小瀬は途轍もなく不安になった。自分たちの装備は旅人の服に鉄製の剣だけだ。そんな装備で大物狩りなど出来るものだろうか。


「僕もファンタジー小説の一冊や二冊は読んだ事がある。普通は城で訓練したり、薬草の採取とかゴブリン狩りとかして実力を付けてから、大物を狩りに行くものなんだろ」


「最近は初めから最強というパターンも多いんだ」

 この馬鹿、妄想と現実が区別出来なくなってやがる。


「だけど考えてみろ。お前が倒した魔物は鉄頭鼠てつとうねずみくらいだろ。つまり実績がないんだ」

「ふん、それほど言うなら証明してやるよ。ギルドに行って魔物の情報を貰って狩ってやる」


 小瀬は少し考えてから条件を出した。獲物を選ぶ時は小瀬の意見を優先するというものだ。もちろん、装備を整え『魔力袋の神紋』を授かってから狩りに出る予定とした。


 街の防具屋で鎧豚革の革鎧をお揃いで選び、武器屋ではオークの剣を売って東埜は鉄製のロングソード、小瀬は鉄製の短槍を選んで購入した。


 武器も買い替えたのは、オークの剣が二人の体格に合っていなかったからだ。但し東埜の選んだロングソードが、体格や力に合っているとは言えない。東埜は単純に厨二病的な感覚でショートソードよりロングソードを選んだのだ。


 武器を買い替えた二人は、魔導寺院へと向かった。門を潜り魔導寺院の内部へと足を進めた二人は、魔導師ギルド職員に説明を聞いた。


「なるほど分かったぞ。神紋の扉で適性を調べ、扉が反応したら金を払って『加護神紋』とか言う魔法が使えるようになるものを授かるのか」


 急に東埜が張り切りだした。

「よし、全部の扉を調べてみようぜ」

 ギルド職員のオバさんが顔を顰めた。

「君たちは『魔力袋の神紋』も授かっていないのでしょ。だったら他の扉を調べても無駄よ。『魔力袋の神紋』以外は身体の中に一定以上魔粒子の蓄積がないと反応しないわ」


 そう言われても東埜は納得しなかった。

「何事も例外は有るんじゃないか。まあ見てろよ、俺が証明してみせる」


 東埜は片っ端から神紋の扉を試し始めた。


「……」

 幾分肩を落とした東埜が、真っ白な灰になって神紋の扉の前に立ち尽くしていた。

「だから言ったじゃない。さっさとお金を払って『魔力袋の神紋』を授かりなさい」


 ギルド職員のオバさんが言った通り、東埜は『魔力袋の神紋』以外の扉を反応させる事は出来なかった。

 クソッ、東埜の奴め。滅茶苦茶恥ずかしかったぞ。小瀬は東埜と一緒に来た事をまたも後悔した。


「クッ、ここのシステムには例外は無いようだ」

 悔しそうに呟く東埜を小瀬は無視する。

 ギルド職員に文句を言われながら『魔力袋の神紋』を授かった二人は、取り敢えず魔法を体感して魔導寺院を出た。フラフラしながら広場まで行った二人は、ここで休憩する。


「これが魔法か、何だか分からないが凄いもんだな」

 小瀬は魔法初体験に感動していた。薫が使う魔法は眼で見たが、自分の身体で感じる魔法は初めてだったのだ。


 『魔力袋の神紋』を手に入れた二人は、ハンターギルドへ行き、正式なハンターになった。序二段9級ランクは、必要な金さえ有れば成れるランクである。

 薫も迷宮都市に到着してから三日目で序二段9級に成っているので驚くほど早いという訳ではない。


 但し、二人が序二段9級ランクに成れたのは、薫のお陰であった。序二段9級に昇格する条件の一つにポーン級中位以上の魔物を倒すという条件があるが、薫が樹海で倒した魔物の素材を換金した時に、小瀬たちを含めた皆で倒したと申告していたのだ。その為、二人がポーン級中位以上の魔物を倒していると申告しても疑われなかった。


 問題は正式な登録証を発行する時に行われる調査と基本能力・魔法の測定である。東埜は今度こそ自分が勇者である事を証明するような結果が出るだろうと期待していた。


 その結果。


【ハンターギルド登録証】

 キミハル・ヒガシノ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段9級

 <基本評価>筋力:4 持久力:4 魔力:1 俊敏性:4

 <武技>剣術:1

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


【ハンターギルド登録証】

 イサオ・コセ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段9級

 <基本評価>筋力:5 持久力:6 魔力:1 俊敏性:6

 <武技>剣術:未 槍術:未

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


 基本能力は身体を鍛えていた者ほど高い数値になるので、何のスポーツもやっていない東埜より、趣味でテニスをしている小瀬の方が高い数字なのは当然だった。また、小瀬の剣術と槍術が『未』なのは実戦を経験していないからだ。

 ハンターに成り立ての若者としては標準的な能力値だが、東埜は納得していない。


「何だよこれ。おかしいだろ、こんな能力値……クソッ、こんなの学校の成績表と同じじゃねえか。俺様の実力はこんなもんじゃないんだ。……俺様の実力は実戦じゃないと現れないんだ……小瀬、狩りに行くぞ」


 大物狩りに行くといきり立つ東埜を小瀬が宥め、小手調べにゴブリン狩りに行く事にした。

 失敗だ。東埜なんかと行動を共にするんじゃなかった。小瀬は、薫が東埜の行動に手を焼いていたのを思い出した。


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