第83話 突入とオークの反撃

 いつの間にか太陽が西の空に移動していた。もう少しすれば赤い夕陽に変わり、山陰に沈む。若干弱くなった陽光が、屋上から垂らしたロープで窓の上に張り付いている隊員を照らす。その隊員が、窓を割り特殊閃光弾を室内に投げ込んだ。


 次の瞬間、真っ白な光の洪水が室内を満たしキーンという頭に響く音がオークたちを攻撃した。


「グギャッ!」「バギャ!」「ゴブァ!」「うわっ」「きゃー」「まぶしぃー」


 オークと子供たちの悲鳴が上がり、窓から数人の特殊部隊隊員が室内に飛び込んだ。同時にドアを打ち壊した隊員も突入する。


 室内では視力を奪われたオークが暴れていた。剛毛がビッシリと生えた腕を振り回し触ったものを掴んでは闇雲に投げていた。


 その破壊力は凄まじく、投げられた机の脚が壁に突き刺さったものもあった。このままでは人質に被害が及びそうだと蒼井隊長は判断する。


「撃て!」


 特殊部隊は自動式高性能拳銃ベレッタ92FSに超小型光学照準器を直付けした銃や短機関銃を装備していた。目潰しをくらい暴れているオークに照準器の光が集まり、パンという発射音がいくつも重なり室内に響く。


「グギャ!」「ゴフォ!」「グッ!」「ガハッ!」

 オークの全員に拳銃弾が命中した。一体に平均三、四発は命中しただろう。オークのズリュバ分隊長が命令するように厳しい声を上げ、床に倒れた。

 そして、次々にオークたちが床に倒れ動かなくなった。


「仕留めたか? 人質を安全な場所へ」

 蒼井隊長が隊員に命じた。特殊閃光弾の影響で未だに眼が見えない中学生たちをドアから外へと連れ出す。

「慌てずに誘導に従って外に避難して下さい」


 中学生全員が外に出た後、室内には三人の隊員と倒れているオークたちが残った。

 指揮車の中で、その様子を見ていた俺は違和感を感じていた。呆気あっけなさ過ぎる。矢を数本受けても死なないオークが、拳銃弾を数発受けて死ぬだろうか?


 金井管理官を始めとする警察の人たちは、突入が成功したと判断し笑顔を見せている。俺は不安になって忠告した。


「オークが確実に死んでいるかどうか、確認した方がいい。隊長さんに油断するなと言って下さい」

 金井管理官が、この小僧は何を言っているんだという顔をしている。


「金井君、ミコトの忠告には従った方が良い」

 東條管理官の言葉を聞き、金井管理官が不機嫌な顔をしながら無線機に向かって指示を出そうとした。


「死んでいるのか……化け物でも銃には敵わないようだな」

 蒼井隊長が緊張をほぐすかのように大きく息を吐く。その瞬間、倒れていたズリュバが跳ねるように起き上がり、蒼井の首を片手で握り締めた。


「ウグッ」

『やってくれたな人間ども……殺してやる』

 オークは視力が回復するまで死んだふりをしていたのだ。


 別の隊員がズリュバに銃を向けた。だが、一瞬遅かった。他のオークたちも起き上がり隊員に一斉に襲い掛かった。蒼井隊長の身体が持ち上げられ、窓目掛けて投げられた。


 ブラインドを引き千切り、窓をぶち破った蒼井隊長の身体は宙に投げ出され、遥か下の地面に叩き付けられた。


 指揮車の中の全員が、隠しカメラから送られてくる室内の映像に釘付けになっていた。ディスプレイの中で隊員の一人が首をねじ折られ壊れた人形のように捨てられる。


 廊下に居た隊員二名が騒ぎに気付き中に飛び込んで拳銃をオークに向ける。二人の隊員は一体のオークに拳銃を集中させた。六発の弾丸がそのオークに命中し、その中の一発がオークの首を抉る。オークは痙攣しながら倒れた。


 残り三体のオークが仲間を倒した敵に飛び掛かった。

 指揮車に居る金井管理官が怒鳴り声を上げた。

「そ、狙撃手、何をしてる。撃てっ!」


 隣のビルに配置されていた狙撃手に命令した。突入と戦いでブラインドが壊れ、外から中が見えるようになっていた。


 突然、一体のオークの頭から血が吹き出し、その体が激しく震えた。ライフル弾がオークの頭部に命中したのだ。だが、剛毛付きの皮膚に威力を削がれ、信じられないほど頑丈な頭蓋骨で弾丸は軌道を変えられた。


 人間なら即死のはずだった。撃たれたオークは一瞬目眩を起こしてふらつくが雄叫びを上げ窓の外を睨んだ。


 指揮車の中で金井管理官が唖然とした表情でオークたちの様子を映すディスプレイを見ていた。

「おい……何で死なないんだよ」

 刑事の一人が呟く。ミコトは口を出さずにはいられなくなった。


「オークの頭蓋骨は硬いんだ。仕留めるには首を狙うべきだ」

 金井管理官にキッと睨まれた。知っていたなら早く知らせろと言いたいのだろう。


 俺はオークの頭蓋骨が丈夫なのは知ってるが、ライフル弾の威力は知らないんだからしょうがないだろ。

 金井管理官は俺を睨んだだけで、すぐさま狙撃手に指示を出した。


 オークの一体が隊員を持ち上げ窓から捨てようとしていた。血走った目には狂気と殺意が溢れている。そのオークの首がライフル弾により抉られた。

「ヒヒューッ」

 奇妙な呼吸音を発してからオークが倒れる。残りオーク二体。

 

 仲間が死にオークは怒りで理性を失っていた。特殊部隊により壊されたドアから廊下に出たオーク二体は、階段を駆け下り始めた。


【化け物二体が下に行った。隊員は入り口で阻止しろ!】

 無線から焦った大声が響いた。


 特殊部隊の隊員と数名の刑事が入口付近で拳銃を構えて待ち受けている。他の警官はマスコミや野次馬たちを遠ざけようと声を枯らして周囲を取り囲む人々に訴えているが、逆にマスコミはなんとか近付いて映像を撮ろうとしている。


「ミコト、お前はこれを着けろ」

 東條管理官から立体形のマスクを受け取った。

「何でこんなものを?」

「皆の前で、オークと交渉する事になるかもしれん。それで顔を隠せ」


 一応納得した俺はマスクを着けて指揮車の外に出た。太陽が夕陽へと変化していた。赤く染まった警官のすべてが学習塾の入り口を注視している。


「どうしたんだ。化け物どもが現れないぞ」

 入口付近で銃を構えていた刑事たちが不審に思い始めた時、突然、二階の窓からオークが降って来た。入り口で待ち構えている敵に気付き、二階から銃を構える刑事たちの上に飛び降りたのだ。


 そこに阿鼻叫喚の地獄が生まれ出た。オークが力任せに人間の頭を殴ると頭蓋骨が割れ、人が宙を飛んだ。


 特殊部隊の数人がオーク一体に照準を合わせ一斉射撃を行う。体中に弾丸を浴びオークが倒れた。偶然の一発がオークの目に命中していた。選んだ訳ではないだろうが、生き残ったオークは分隊長ズリュバだった。

『殺す……殺してやる』

 ズリュバが特殊部隊の集団に襲い掛かった。


「なんて事だ。化け物と殴り合いになるなんて」

 指揮車から降りて来た金井管理官が呟く。味方が近付き過ぎているので狙撃も出来ない。


 その時、マスコミを遠ざけようとして頑張っていた警官の一人が圧力に負けて転んだ。その隙間から一人の若者が手に棒のようなものを持って進み出た。


「こいつの経験値は俺のものだ!」

 仲間と一緒に野次馬の中で騒いでいた一人だ。ゲーム感覚で飛び出して来た馬鹿のようだ。ひょろっとした体型の普通の青年という感じだが、興奮した赤ら顔から昼間から酒でも飲んでるんじゃないかと疑いたくなる。


「いけぇー ヒロ。そいつをボコっちまえ!」

 無責任な仲間の一人が飛び出した若者に阿呆な声援を送る。


「おいおい……そいつを誰か止めろ!」

 金井管理官が大声で叫んだ。その声を聞いてミコトが走り始めた。バジリスクの魔粒子を浴び体中の筋肉が魔導細胞を増加させている。


 リアルワールドでは魔力によるプラスアルファは存在しないが、魔導細胞自体が通常筋肉より高性能である。脚力も強化されており、百メートル走なら十秒台のタイムを叩き出せそうだ。


「あっ……ミコト。ここは異世界じゃないんだぞ。馬鹿な真似は止めろ!」

 後ろで東條管理官が怒鳴っている。その声は聞こえていたが、もう止められない。


 俺の強化された足を持ってしても、若者ばかものとオークとの接触を止められなかった。若者が手に持つ鉄パイプを振りかざしオークの頭に一撃を加える。鉄パイプが頭に命中してもズリュバはほとんどダメージを受けなかった。


「えっ!」

 平然とした様子で若者を睨んでいるオークは、若者にとって予想外だったらしく小さな驚きの声を上げた。


『毛なしの猿が……死ね!』

 ズリュバが頭に当っている鉄パイプを振り払った。呆気無あっけなく若者が道路に転がった。ズリュバは道路に落ちた鉄パイプを拾い上げ、若者に止めを刺そうとする。


 若者は転がった拍子におでこを擦りむいたようだ。額から血が流れ出している。強張こわばった顔が今にも泣き出しそうなほど怯えていた。

 あいつ何しに飛び出して来たんだ。そのくらいで怖じ気付くなら出て来んな。


 俺はズリュバ目掛けて跳躍していた。今にも鉄パイプを振り下ろそうとしているオークの首に右足の延髄斬りを叩き込む。ズリュバが鉄パイプを手放し片膝を突く。ぎょろりと突き刺すような視線を俺に向け、頭を振りながら立ち上がった。


『ガアァーッ!』

 吠え声を上げたズリュバが殴り掛かって来た。良く見るとオークの身体は穴だらけだ。あちこちから血が流れ出し息も荒い。


 ズリュバのパンチを掻い潜って避け、鋭く踏み込み、その左脇腹に右肘を叩き込む。俺の全体重を乗せた肘がオークの身体にめり込む。


 少しはダメージを与えたようだ。普通の人間なら鋤骨が二、三本折れてもおかしくない威力が有ったはずだ。だが、オークは一歩下がっただけで攻撃を再開する。


 岩のような拳が俺に襲い掛かる。武器なしでオークと戦闘するのは無謀過ぎた。後悔するが今更だ。

 必死でオークの拳を躱しながら、倒れている若者から遠ざかる。その隙に、刑事が二人走り寄り若者を運び去る。その間も、俺とオークは激しく動き回りながら戦っていた。


「もういいぞ。そいつから離れろ」

 東條管理官が声を上げた。

「そう……したい……けど。ハアハア……こいつが……させてくれ……ない」


 俺は息を切らせながら応える。少しでも背中を見せれば、致命的な一撃を貰いそうだ。オークが大振りのパンチを放った。それを躱しオークの背後に回る。


 後ろからオークの胴体に手を回し抱える。最後の力を振り絞って、地面から引っこ抜くように抱え上げ、芸術的なブリッジを完成させながら背後へ投げる。


 俺はオークの後頭部から落ちるように角度を調整した。オークの身体が大きなアーチを描いてアスファルトの上に叩き付けられた。


 ガゴッと音がしてオークの頭蓋骨にヒビが入る。頭蓋骨が丈夫なのでヒビで済んだが、中身の脳が頭蓋骨に叩き付けられ損傷した。脳挫傷である。脳内出血を起こし更に脳にダメージを与えた。

 オークの身体が痙攣を起こしている。オークから手を離した俺は、オークの傍で最後を看取った。


 死んだオークの身体から魔粒子が放出される。リアルワールドでは不活性な魔粒子だが、魔物が死ぬと異世界と同じように放出される。放出された魔粒子が夕陽の赤い光を浴び、そのエネルギーにより励起された。


 俺は、不意に魔粒子を感じられるようになった。本来の魔粒子は異世界のことわりに従うものだが、夕陽の赤い光により励起した魔粒子はリアルワールドのことわりに影響され変異した。変異した魔粒子が俺の身体に吸い込まれる。


 俺は身体の周りでキラキラと輝き乱舞している魔粒子に驚き呆然としていた。リアルワールドで初めて転移門以外の魔法現象を目撃した瞬間だった。


 但し、この光景が見えるのは俺だけらしい。俺の中にある変異した魔粒子が『魔導眼の神紋』を呼び起こしたのだ。


 これは大発見じゃないだろうか。魔物の体内に蓄積されている魔粒子が太陽光で活性化している。……ん……何故、今まで発見されなかったのだろう。


 異世界から数多くの魔物がリアルワールドに運ばれ、調査の為に殺されている。魔物を殺した人々の中には魔法を使える者も居たはずだ。


 そうか、魔導眼か。でも、魔導眼の持ち主が俺一人だとは思えない。もしかすると夕陽か。夕陽の赤い光だけが魔粒子を活性化させるのか。


「おい、ミコト。何をぼんやりしている。無茶をしやがって疲れたのか?」

 東條管理官の声に現実へと引き戻された。その時初めて周りの声が聞こえ始めた。


「凄いぜ、あいつ」

「最後はバックドロップかよ」

「プロレスラーじゃないよな。身体が小さい」

「警察関係にしては格好がラフ過ぎるだろ」


 マスコミ関係や野次馬たちが騒ぎ始めていた。カメラマンが引っ切り無しにシャッターを切っている。気が付けば東條管理官もマスクをしている。


「ありゃ、東條管理官もマスクですか」

「誰の所為だと思っている?」

「……俺が原因です。すみません」


「謝る必要はない。お前が飛び出さなきゃ、あの馬鹿が死んでいただろう」

 東條管理官が大きな溜め息を吐いた。


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