第81話 樹海のサバイバル
双剣鹿はポーン級上位の魔物である。武器を使うホブゴブリンやコボルトと同等の脅威度だと評価されている。ミコトから魔物の狩り方を教わった薫は、最初パチンコで双剣鹿を仕留め、魔法が使えるようになってからは魔法を使うようになった。
だからだろうか。薫が感じている双剣鹿の脅威度は低い。しかし、一般的な人間にとって双剣鹿は強敵だ。鋭い剣角で切り刻まれ、刺し貫かれて大怪我を負ったり死ぬ者も多い。
「ハッ」
東埜が飛び掛かった双剣鹿は、剣角で東埜の剣を弾き横に飛び退いた。
「チッ、鹿ごときに剣を弾かれるとは勇者が情けないぞ」
小瀬が
「逃げてぇ!」
薫が叫んだ瞬間、双剣鹿が後ろ足で
「ヒィぇーッ」
東埜が腰を抜かしてその場に座り込む。もう少しで切り刻まれる寸前、薫が駆け付け、剣で角を受け止めた。
「クッ……重いわね」
久しぶりにミコト直伝の躯豪術を使って耐える。薫は間近に有る双剣鹿の眼を睨み付けた。鹿がビクッと震える。薫の気迫が双剣鹿を怯えさせたのだ。
双剣鹿が逃げるように身体を退いた。身体の向きを変え本格的に逃げようとする双剣鹿に躯豪術で強化した脚力で飛び掛かり首を刎ねる。
「あっ」「うわっ」「うえっ」
後ろの方で驚きの声が上がった。
ドサリと双剣鹿が倒れた。薫は腰を抜かしている東埜を無視し、倒した獲物の血抜きをする為、丈夫な
さすがに重く、途中から美鈴や小瀬、真希に手伝って貰った。
薫は日本で鹿肉を食べた経験が有る。鹿肉は素人が処理すると、臭いがきつくなり胡椒や味噌などで臭いを消さないと食べ難いと聞いていた。だが、双剣鹿の肉は獣臭さが少なく、塩だけでも十分食べれる。
腹を切り開き、魔晶管を取り出す。そして、レバーだけは取り出し、他はそのままとする。本来なら食べない内蔵は捨て、残った肉を荷車で運ぶのだが、運ぶ手段がないので皮を剥いで美味しそうな肉だけを切り取る。
双剣鹿の剣角も剥ぎ取った。これでホーンスピアが作れる。
少し離れた場所で、玲香がジッとこちらを見ている。
「グロい」「可哀想」とか言う言葉が聞こえるが、嫌なら絶対食べるなと言い返したい。
「あなた、凄いわね。前に来た時、習ったの」
美鈴が近づいて来て質問した。薫は頷き応えた。
「ハンターギルドに登録して迷宮を調査しましたから、厳しく鍛えられたんです」
「なにぃー、迷宮が有るのか?」
いつの間にか復活していた東埜が騒ぎ始めた。
「何騒いでいるのよ。迷宮がなんだって言うの?」
「無知な奴め、迷宮には宝箱が落ちてるんだぞ」
東埜が目を輝かせている。小瀬が呆れたように東埜を見る。
「それはゲームや小説の中での話だろ。ここは異世界という現実なんだぞ」
「そうよ、あんたもビシッと言ってやりなさい」
玲香が薫の方に視線を向けて言う。
東埜サイドに賛同するのは抵抗が有ったが、真実は一つ。
「宝箱は……有るのよ。私も驚いたけど」
「ほらみろ。俺様が正しかっただろ」
図に乗る東埜を見て、薫は顔を顰めた。真希が近づいて来て声を掛けた。
「野営の場所を探さないと」
「そうね。行きましょ」
東埜がしつこく食い下がる。
「それより、迷宮について教えろよ」
「ここに居ると血の臭いで魔物が集まるよ……いいの?」
薫の言葉に東埜が
それからしばらく歩いて、野営に適した場所を見付けた。直径五メートルほどの巨木二本が寄り添い絡みつくように聳えている場所であり、魔物が背後から襲って来る心配のない場所だった。
「ここで一泊しましょう。荷物を下ろして休んでいて、薪を集めて来る」
慣れない土地を一日歩き、真希を始めとする女性たちはもちろん、小瀬たちも疲れたようだ。途中休み休み歩いて来たのだが、長時間歩くという事に慣れていない現代人には
一晩分の薪を集めるのに時間が掛かった。皆で協力すれば早かったのだが、ぐったりと座り込んでいる彼らを見て……諦めた。
薪を集めている途中、ガルガスの木を見付けた。根元周辺を探すと馬鈴薯に似た実がたくさん生えていたので収穫する。鎧豚の好物だが、人間も美味しく頂ける樹海の恵だ。
薫が薪を抱えて何往復かしている間に闇が樹海を覆い始めた。
「暗くなって来た。早く火を起こしてよ」
玲香が命令するような口調で皆に告げた。それを聞いた小瀬が乾いた樹の枝と木片を擦り合わせて火を起こそうと試みる。
薫がガルガスの実を抱えて戻って来ると小瀬と東埜が交代で火を起こそうとしている。
「薫さん、この世界では、火をどうやって起こしているの?」
美鈴が訊いて来る。小瀬と東埜を見ると肩で息をしている。相当頑張ったようだ。
「火打ち石を使うのが一般的ですね。一部の魔法使いは魔法を使うでしょうけど」
「魔法……そうだ、薫ちゃんは魔法を使えるのよね。火を点けてよ」
真希が暗くなるのを恐れ、薫に哀願する。それを聞いた東埜が擦っていた木を放り出す。
「魔法が使えるのか。早く言えよ。余計な事をして
「そうよ、早く火を起こしてよ」
薫が年下だという意識が強いのか、この二人は何事も上から目線で薫に話し掛ける。
東埜と玲香の言葉に仕方なく<
「ほ、本当に魔法を使えるのか。どうすれば使えるようになるんだ?」
東埜が眼をギラつかせて近付いて来た。……近付いてくんな。気持ち悪い。
「魔法は魔導寺院で『加護神紋』を買うと覚えます。但し、神紋を買うには条件がある」
「何だ条件というのは?」
「適性と自分の体に蓄積している魔粒子によって買える神紋が制限されているのよ」
魔粒子とは、大気中や魔物の体内に存在するもので、魔力の素になる粒子だと説明する。これ以上の説明は難しい、この世界の学者も様々な説を唱えているが明確な結論は出ていないのだ。
「適性とはどんなものなんだ?」
それまで黙って聞いていた小瀬が質問する。
「ふん、分かってないな。人によって火属性魔法が得意だったり、水属性魔法が得意だったりするのは常識じゃないか」
東埜が鼻高々に
「まあ、そんなものです」
面倒臭くなった薫は力なくそう答えた。
「そう言えば、自分のステータスを調べるにはどうするんだ。特別な呪文でも有るのか」
東埜が真剣な顔で訊く。よっぽど自分のステータスを知りたいらしい。
「さあ、知らない。でも、私のステータスはハンターギルドの正式メンバーになった時、ギルドの魔道具を使って調べましたよ」
「……そうか、魔道具で調べるのか」
残念そうに呟く東埜。……どうせ一桁の数字が並んでいるだけなのに、何故知りたがるのだろう。もしかして、そこに勇者とか書いてあると期待しているのだろうか?
近くの木から細い枝を何本か切り取り、真希に渡す。
「真希姉さん、串を作っておいて。鹿肉の串焼きにするから」
「えっ、ああ、分かった」
真希が串を作り始めた。私が鹿肉を切り分け始めると美鈴が手伝い始める。慣れない手付きでナイフを使う姿は危なっかしいが、慣れて貰うしかない。
鹿肉はレバーを最初に切り分けた。普通の肉は熟成した方が美味しいが、内臓関係は新鮮な方が美味いとミコトから聞いたからだ。
串に肉を刺し、塩を振って焚き火近くの地面に差す。ガルガスの実は、バナナの葉に似たケムムの葉に包んで焚き火の下に押し込んだ。
肉の色が変わり脂が溶け出す頃になると周りに良い香りを放ち始める。串の向きを何度か変えながら焼き具合を調節する。
「そろそろいいかな。食べましょう」
鹿肉の串を配り、焚き火の中からガルガスの実を取り出す。ガルガスの実は蒸かした
『グロい』『可哀想』とか言っていた玲香もバクバク食べている。嫌味の一つも言いたいが止めた。言えば自分の気持ちはスッキリはするが、しこりを残すだろう。
空腹を満たした皆は眠くなったようだ。
「見張りの順番を決めときましょ。最初は私と真希姉さん、次は小瀬さんと東埜さん、最後は美鈴先生と玲香さんでどうでしょう」
薫が提案すると皆が頷いた。
「交代する時間はどうやって決めるんだ」
薫が薪を集めた時に見付けたコノメ木の細い枝を示した。
「この枝は蚊取り線香のような燃え方をするの。三〇センチくらいが四時間ほどで燃えるから、四時間で交代するようにしましょう」
全員が納得して薫と真希を除いた皆がバナナのような葉っぱを地面に敷いて、その上に寝転がった。異世界の季節は夏の始まりとなっており、毛布がなくてもなんとか眠れる。
虫除け草を火に放り込む。樹海なら何処にでも生えている草だが、この季節に樹海で野営する時は欠かせない。真希は薫の横に座っているがうとうとしている。
薫は心を沈め、明日からどうするかを考える。まずは樹海から脱出し迷宮都市に向かうしかない。途中の村や町で、服などを買う必要があるだろう。
考える
幸い近くには魔物が居ないようで、気配さえ感じられなかった。
コノメ木が燃え尽きたので見張りを交代し眠りについた。横になった途端、ストンと闇に落ちる。
翌朝、光を感じて目を覚ました。周りを見ると真希や美鈴、玲香が寝ている。……ん、おかしい。最後の見張りは美鈴と玲香のはず。焚き火の方を見ると小瀬と東埜が座ったまま寝ていた。
薫は、もし魔物が近くに居たらと想像するとゾッとした。
「ちょっと、何で寝てるのよ!」
二人を起こすとボーッとした顔で薫を見る。しばらくして驚いたような顔をして、自分たちが犯した失敗に気付いたようだ。
二人に厳しく注意すると、不満そうな顔をする。
「そんなに怒るなよ。疲れていたんだからしょうがないだろ」
小瀬が言い訳をするが、事は命に関わる問題だ。
「どうしたの?」
美鈴が起きて尋ねた。見張りの件を告げると困ったような顔をする。小瀬や東埜が疲れていたのを理解しているのだ。美鈴が薫に謝り、二人に次からは気を付けるようにと注意する。
薫は、これ以上言っても意味が無いと感じて止めた。
「ほんとに何やってるの。もし魔物に襲われたら全員死んでたかもしれないのよ」
やっと起きて来た玲香が偉そうに二人に言う。東埜がきつい視線を玲香に向けるが何も言い返さなかった。
取り敢えず、ガルガスの実で朝食を済ませ、東に向けて出発した。
真希が薫に近付くと肩を抱きしめる。
「薫ちゃん、そんなに怒らないで。こんな状況は皆初めてなんだから」
「判ってるんだけど、一つ間違えたら死ぬかもしれない状況を理解していないのが不安なのよ」
真希の心遣いで、薫のささくれ立った心が幾分癒される。
この日は、ゴブリン二匹、長爪狼三匹に遭遇したが、薫の<
「うわーっ、凄いのね」
「これが魔法の威力か」
初めて皆の前で<
「魔法か。これは凄いぞ。街に着いたら絶対手に入れてやる」
東埜の呟きは、薫には聞き取れなかった。だが、その様子を見て、薫は不安になる。
その日の夕方、樹海を抜けた。草原が広がる先に、道らしいものが見える。
「やっと抜け出せた」
薫が大きく息を吐き出した。その時、争う剣戟の音が聞こえて来た。前方を見ると二台の馬車が小柄な戦士たちに攻撃されていた。小柄な戦士の顔は秋田犬に似ていた。
「キターッ、馬車がコボルトに襲われているぞ」
突然、東埜が大声を上げ駆け出そうとする。
……何度も暴走させてたまるかぁ。
薫は昨夜作ったホーンスピアの柄で東埜の足を払う。彼の体が宙を舞う。
『グゲブッ!』
変な声を上げながら、東埜は顔面から地面にダイブした。
「あれはコボルトじゃなく犬人族よ。状況も分からずに突撃しないでよ」
薫は倒れている東埜を叱責してから、前方に見える二台の馬車に近付いた。
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