第69話 正当防衛の覚悟(1)

 雑木林の奥へと向かう俺たちの前に、五匹のゴブリンが現れた。棍棒を持つ奴が三匹、ショートソードを持つ奴が二匹である。


「あたしたちが戦うわ」

 リカヤが宣言し、仲間たちに指示を飛ばす。味方より数が多い敵にどう戦うつもりなのか。俺は見守ることにした。


「ミリアとマポスは剣ゴブリン、あたしとネリは棍棒ゴブリンを迎え撃つ、ルキはパチンコで援護よ」

 ホーンスピアを構えたミリアが先頭を駆けて来るゴブリンの腹に突きを放つ。ゴブリンは強引に剣でホーンスピアの穂先を逸らした。攻撃を逸らされたミリアは、ホーンスピアをクルリと回転させショートソードを持つ腕を斬り上げた。


 ショートソードが宙に投げ出され、ゴブリンが驚きを顔に浮かべる。ミリアは素早い動きでホーンスピアの穂先をゴブリンの胸に送り込んだ。一匹目を倒したミリアはリカヤの援護に向かう。


「ほいにゃー」

 ルキが狙い澄ました鉛玉の一撃を棍棒を持つゴブリンの頭に送り込んだ。ボゴッと音がして、ゴブリンの額に穴が開いた。


 数的に逆転したリカヤたちは危なげなくゴブリンと戦い始めた。リカヤは猫人族特有の力強く靭やかな動きでゴブリンを翻弄ほんろうし、ネリは冷静にゴブリンの攻撃を捌きながら鋭く隙を突く。最後にマポスは。


「とりゃー」「うぉー」「にゃんのー」

 なかなか鋭い斬撃を放ち戦うのだが、にぎやか過ぎて五月蠅うるさい。


 数分後、すべてのゴブリンが倒された。ミリアたちの戦いを見て、ゴブリン程度なら確実に倒せるようになったのを確認した俺は、応用魔法が使えるようになれば、ポーン級上位の魔物も確実に倒せるだろうと確信した。


「なかなかやるものでござるな」

「ええ、応用魔法を身に付ければ、迷宮に挑戦しても大丈夫じゃないか」

 それを聞いたリカヤたちが、嬉しそうに顔を輝かせる。迷宮に潜れるようになれば、狩る魔物の数が増え、格段に収入が増える。


 ゴブリンの剥ぎ取りを終えると、俺たちは奥へと進む。途中、化け茸やスライムに遭遇したが、リカヤたちだけで倒した。雑木林の奥に行くほど緑が濃くなり、魔物の気配を頻繁に感じるようになる。


 俺は足軽蟷螂を探す為に<魔力感知>を発動した。俺の身体から『感知の風』が吹き出し周囲を覆っていく、五〇メートル、一〇〇メートルと広がる中で、小さな魔物の反応が一つ、二つと感じられるようになった。そして、大きめの反応に気付いた。


 南東の方角に二匹の足軽蟷螂らしい魔力を感じ、俺たちは進み始める。灌木の茂みの向こうに足軽蟷螂が居た。二匹のデカい蟷螂の間に跳兎が血まみれで倒れている。どうやら、跳兎を巡って二匹の蟷螂が争っているようだ。


 体高が二メートルを超える蟷螂が睨み合う様子は迫力がある。俺たちは茂みに隠れ、戦いの様子を見届けようと思っていた。だが、マポスが灌木の枝にズボンの裾を引掛け、大きく揺すってしまう。


「あっ」思わず声を出すマポス。

 睨み合っていた蟷螂が、ジロリとマポスを睨み付けた。戦いを邪魔する不埒ふらちな奴は許さないという意志が、蟷螂の眼から放出される。マポスの顔に一瞬だけ恐怖が浮かぶ、だが、すぐに戦う意思を示し剣を構えた。


「マポス下がって……伊丹さん、ここは『邪爪鉈』の使い心地を試しましょうか」

「いいだろう」


 リカヤたちに手を出さないように指示した後、俺と伊丹が邪眼竜バジリスクの爪で作った『邪爪鉈』を手にして魔物の前に進み出た。


 俺は躯豪術を使う準備に入る。独特の呼吸法を始めると、身体の中心に魔力が蓄積してゆくのを感じる。いつもの感覚だが、魔力が集まる手応えに違和感を覚える。


 以前なら数回呼吸を行うと躯豪術を駆使するのに十分な魔力が集まるのを感じたが、今は半分にも満たないように思える。


 この辺りに漂う魔粒子が少ないのだろうか。いや、雑木林の奥は大型の魔物の棲み家、魔粒子が少ないはずがない。そうなると俺の身体が少ないと感じている事になる。魔力袋の神紋レベルが上がり蓄積可能な魔力容量が増えたのでは、と推測する。


 それに、魔力袋の神紋レベルが上がった事で、筋肉中の魔導細胞も増え、全体的にパワーアップした感じだ。魔力が満たされるに連れ、内部の筋肉だけでなく手足の筋肉にも影響が及ぶ。リミッターの掛かった魔導細胞が目覚めじわりと熱を帯び始める。


 以前は相対しただけで脅威を感じた足軽蟷螂だが、全身にみなぎり始めたパワーが魔物から感じる威圧を跳ね除ける。それだけではない。

 魔導眼の神紋レベルが上がり、魔物が動く直前に発する魔力を朧気おぼろげながら感じられるようになっていた。


 俺が相対した蟷螂の右腕から魔力の煌きを感知した直後、右の鎌が俺に向かって振り降ろされた。躯豪術で強化した鉈で襲い掛かる鎌を受け流す。以前なら受け流すのにも苦労した一撃を、容易たやすなせるほどに俺は成長したようだ。


 左、右と次々に威力の有る鎌の斬撃が俺を襲うが、直前に魔力の煌き感じ余裕を持って捌き敵の隙を窺う。俺は小刻みにステップしながら右へ右へと回り込む。足軽蟷螂が大きく鎌を振り被った時に隙を見付けた。


 大振りの斬撃をステップだけで躱し、邪爪鉈を蟷螂の肩に叩き込んだ。小さなモーションからの素早い一撃だった。躯豪術を使わなかったのにも関わらず、鉈の刃が肩の外殻をスパッと断ち割り、中の筋肉を切断した。


 やはり邪爪鉈は竜爪鉈より威力が有るようだ。俺は片腕が動かなくなった蟷螂に容赦なく鉈の斬撃をお見舞いし、その首を刈り取った。


 伊丹の様子を見ると、鮮やかな歩法で敵の斬撃を躱しながら、小刻みに鉈を振るっていた。足に傷を負わせ、次は腰、そしてバランスを崩した蟷螂の脳天に鉈をヒュンと打ち込み仕留めた。

 俺より数倍鮮やかな手並みだ。武術の技量ではまだまだ敵わないようだ。


 リカヤたちでは逃げるしかないレベルの魔物だ。最初に睨まれたマポスは、未だに青い顔をしている。それほどの魔物を危なげもなく倒すミコトたちの技量に驚きと尊敬の視線を、リカヤたちは向けた。


「ミコト様、イタミ様、さすがでしゅ」

 ある程度ミコトたちの強さを知っているミリアは、素直に感心していた。もちろん、ルキも飛び上がって喜んでいる。


 目的の足軽蟷螂の鎌を手に入れた俺たちは、迷宮都市へ戻り始めた。足軽蟷螂から剥ぎ取った外殻に他の素材を乗せ引きずりながら移動を始めた。もちろん、巨大な鎌も乗せてある。


「ギルドで荷車を借りればよかった」

 俺は愚痴をこぼしながら素材の塊を引っ張った。リカヤたちも手伝ってくれる。


 もう少しで迷宮都市の南門だという地点で、四人の男たちが目の前に立ち塞がった。俺は奴らを値踏みするような目で見てから問う。


「何だ、お前たち?」

 使い古された革鎧に剣や斧を持ったハンターらしい男たち。体型はバラバラだが、全員がすさんだ顔つきをしている。その顔つきを見るだけで待ち伏せていた目的が知れる。こいつらは犯罪に手を染めたならず者だ。


 ハンターギルドでは、こういうならず者を取り締まっているが、巧妙に立ち回って証拠を残さない奴らも居る。こいつらもそうらしい。


「誰でもいいじゃねえか。それよりお前。貸金庫の鍵を出しな」

 ガッチリとした体格の剣を持った猿顔男が、嫌な笑いを浮かべながら告げた。どうやらバジリスクの討伐者だと知った上で待ち伏せしていたらしい。


「てめえら、強盗か。ハンターじゃにゃいのかよ」

 マポスが大声を出した。斧を持ち顎鬚あごひげを生やした男がマポスを睨み怒鳴るように答えた。


「うるせえ、野良猫なんかにゃ用はねえんだ。黙ってろ!」

 その怒鳴り声を聞いて、俺は怒りを覚えた。それは伊丹も同じだったようで、前に出て奴らを睨み付ける。


「お主ら、強盗の真似事などする時間が有るのなら、迷宮に潜って稼げばよいでござろう」

 猿顔男が顔を歪める。

「余計なお世話だ。こっちは手っ取り早く金が欲しいんだよ。つべこべ言わず鍵を出しやがれ」


 この男たちは迷宮に潜れるようになったが、『勇者の迷宮』の第七階層の攻略に失敗し続けているハンターだ。アンデッド系の魔物を攻略出来ずに段々と腐っていった者の集団である。


 普通だったら多くの魔物を狩りながら実力を付け攻略するか、諦めて下層の魔物を専門に狩るハンターとなるのだが、成功した者への妬みから道を踏み外したらしい。


「お前らは二人、俺たちは四人居るんだ。よく考えてみろや」

 顎鬚の男が訳の分からない事を言っている。ルキが首を傾げた。

「にゃにを言ってるにょ。ルキたちは七人だよ」


 ルキに指摘された男は、馬鹿にするように笑う。

「馬鹿猫が。猫は数に入れてねえんだよ」

「生意気な猫だぜ……そう言えば、この前もまぐれでホブゴブリンのメイジを倒したとか喜んでいた猫共を懲らしめた事が有ったな。あれは面白かったぜ」


「えっ」「ニャッ」

 リカヤとネリが驚きの声を上げた。半年前に猫人族のパーティが行方不明となったのを思い出したからだ。久しぶりに三段目8級となった猫人族のハンターでリカヤとネリも彼等のように成りたいと憧れていた。


「『星の猫たち』ににゃにをしたの!」

 リカヤの大声に、猿顔男がうるさそうに応える。

「へっ、ちょっと痛めつけただけや。後は知らねえよ。それより鍵を寄越しやがれ」


「お前たち……馬鹿なのか」

 俺は静かな怒りを込め四人の男たちを睨み付けた。

「馬鹿だと……生意気な小僧が」


「バジリスクを倒したとか言ってるが、おめえらに倒せるはずがねえ。死んだバジリスクを見付けただけなんだろ。正直に言ってみな」

 今まで黙っていた男二人が声を上げた。


 男たちが薄ら笑いを浮かべ馬鹿にするような視線を俺と伊丹に向けてくる。俺たちがバジリスクを倒したんじゃないと確信しているようだ。


 何故なんだ、鋼鉄の剣を真っ二つにするだけの魔法を持っている事をハンターたちの前で見せた。それなりの実力が有るのを知っているはずだ。


「おい、知ってるんだぜ。お前ら三段目8級なんだろ。バジリスクを倒せるはずがねえ」

 猿顔男の言葉に間違いはなかったが、その情報は何処から仕入れたのだろう。奴らとは面識がない。


 また、ギルドの誰かが情報を漏らしたのだろうか。俺の中にギルド職員でも信用出来ないという苦い思いが湧き起こった。

「鍵は渡せない。欲しければ実力で来いクズ共」


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