第70話 正当防衛の覚悟(2)
俺の一言で男たちは殺気を放ち始めた。だが、先ほど倒した足軽蟷螂に比べても薄い殺気だ。本気で殺す気はないんじゃないかと一瞬思ったが、顔つきを見ると本気だった。
「どうする。伊丹さん」
「飛んでくる火の粉は払わねば。これから先もこのような事は幾度も起こるでしょう。覚悟でござる」
伊丹は、人を殺す覚悟を持てと言っている。今回の相手なら殺さずに制圧出来るかもしれないが、殺さずにという制約が隙となり自分が殺されるかもしれない。
もし、隙を突かれ後ろのルキたちに被害が及べば後悔するだろう。
「……覚悟か。正当防衛だしな。……ミリアたちは手を出すな」
俺は邪爪鉈を構え、猿顔男を睨み付けた。男は大きく剣を掲げ俺たちに向かって振り下ろした。剣が直接当たる距離ではない。隠れている仲間に合図を送ったのだ。
こいつら馬鹿だ。後ろの木の上で魔力が集まっているのを感じる。見え見えの騙し討だ。
俺たちの後方に有る木の上から、二つの魔法が襲って来た。右後方から<
猿顔男が喚き、下卑た笑い声を上げ始めた。
「死にやがれ! ギャハハ……………………………ヘッ」
俺は慌てもせずに向かって来る<
「お前ら、死ぬ覚悟は有るんだろうな!」
俺は威圧するように大声を上げ、猿顔男に邪爪鉈を向けた。
「ヒッ!」
悲鳴のような声を漏らし誘われるように剣を振り下ろして来た猿顔男の剣をステップして躱し、袈裟懸けに鉈を切り下ろす。赤い血が飛び驚いたような顔をした猿顔男が地面に倒れた。
待ち伏せしていた四人を瞬く間に倒した俺と伊丹は、木の上に残っている奴らを見上げる。青い顔をした男たちが見下ろしていた。
俺は<
それを見た伊丹は地面から小石を拾い上げ、最後に残った男目掛けて投げた。リミッターの外れた伊丹の魔導細胞は、成人男性と比較し数倍強力な力で小石を宙に飛ばす。時速二〇〇キロを超えた小石は男の後頭部に当たった。
意識を刈り取られた男は、樹上から真っ逆さまに落ちた。ドサッと言う音と同時に赤い液体が流れ出す。
ちょっと離れた所で、ミリアたちが呆然と戦いの様子を見ていた。戦いが終わったというのに一言も声を上げない。やっぱり人の死は猫人族にとっても衝撃的だったのだろう。
俺も戦っている間は意識しなかったが、終わった時、人を殺したという事実が心を重くした。だが、多くの人型の魔物を殺した経験が有ったからだろうか、考えていたより衝撃は少ないようだ。
俺たちはならず者の死体から登録証と金を集め、迷宮都市に戻った。南門ではギルドで発行して貰った仮登録証を見せて中に入った。
俺と伊丹は再発行の手続きをしたのだが、再発行には時間が掛かるそうだ。近隣のギルドに調査の依頼を出し、拾得物として届け出はないか、他で使われていないか調査してから再発行するそうだ。
ギルドで魔物の素材を換金し、受付嬢のカレラにならず者の登録証を提出し襲われた事実とその後の状況を話した。カレラは状況を把握すると支部長に報告し、俺たちは二階の執務室へ招かれた。
全員で行く必要もないので、リカヤたちに足軽蟷螂の鎌を渡し、先にカリス工房へ行って武器製作の注文をするように指示した。
「ありがとうございます。先に親方に頼んで来ます」
ミリアたちと別れた俺と伊丹は二階に上がり、アルフォス支部長にもう一度状況を話した。
「そいつは災難だったな。ギルドでも取り締まっているのだが、なかなか全部は把握出来ないんだ。済まなかったね」
アルフォス支部長が詫びてくれた。俺たちが返り討ちにした事は問題にならないようだ。安心して退散しようとする。
「ああ、もう一つ話が有るんだ」
「何でしょう?」
心当たりの無い俺は首を傾げた。
「カレラから、土地を探していると聞いたのだが本当かね」
拠点となる場所を探しているとカレラに漏らした覚えが有った。
「ええ」
俺が頷くと、
「知り合いで土地を売りたいと言う者が居るんだ。丁度君たちの要望に合いそうなんだが、見てみないか」
◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇
ギルド通りから二つほど奥に入った小道の暗がりにローブのフードを深く被り顔を隠した男が古びた看板を掲げる飲み屋に入った。
数人の客が居る店内は微かにすえた臭いが鼻に付く。中に入った男は、薄暗い店内に視線を走らせ待ち合わせの相手を探した。
ガッシリとした体格の男が奥に在るテーブルに座り、陶製のジョッキに入ったエールを喉に流し込んでいる。テーブルをスルスルと避けながら奥に向かった男が、エールを飲んでいる男の前に座った。
「どうだった?」
店で待っていた傭兵ニジェスが少し掠れた低い声で訊く。フードを被った男は小声で応える。
「予想通りだ。バジリスクを倒した奴らに、あんなクズ共が敵うものか」
「ふん、それでお前らなら倒せるか?」
フードを被った男は
「誰にでも弱みは有る。そこを突けば殺せない奴などいない」
「約束通り、前金だ」
ニジェスが金貨の入った袋を渡す。フードの男は黙って受け取り。
「確認するが、奴らが借りている金庫の中身は我らが頂いていいのだな」
「好きにするがいい。だが、どういう手で奴らを
「奴らを『クボアの森』に誘い出す」
◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇
翌朝、俺と伊丹は支部長に紹介された売地に来ていた。迷宮都市の東側にある学生街に隣接する場所で元々が武術道場の庭だった場所らしい。
広さは八〇〇坪ほどで、近くには学生が利用する商店街と教会がある。病人や怪我人が出た場合、教会の治療院に駆け込めばいいらしい。
「まったく手入れしてないようだな」
その土地は草が茂り荒れ果てていた。その土地の端に道場らしい建物と母屋があったが、使われていないらしい道場は傷みが激しいようだ。
飲水は井戸を掘るのが一般的で、この地区の地下には豊富な地下水が存在すると聞いた。土地の値段は金貨三二〇枚、商店街も近いので適正な値段だろうと思う。
正直な話、異世界の土地の相場なんか分からないが、ギルド支部長の紹介だから、騙されるという可能性は少ない。
伊丹と相談して、この土地を購入することにした。善は急げと土地のオーナーである猫人族の女性に会った。三〇代前半の小柄な女性で可愛い感じの猫人族の美人だった。名前はモナクと言うそうだ。
「一括で支払って貰えるのですか。ありがとうございます」
この世界にも分割払いが有るらしい。モナクさんと商業ギルドへ行き手続きを済ませた。迷宮ギルドの貸金庫から金貨六〇〇枚を持ち出し、すぐさま支払った。残りは建設費用の前金にする事にした。
後は宿泊施設だが、カリス親方の友人に大工の棟梁が居るので任せようと思う。小柄でガッシリとした体格のフオル棟梁は、人の良さそうな笑顔を持つ初老の大工で、大工仲間を十数人も抱える古株の職人である。
早速、買った土地に棟梁を連れて来ると建てて欲しい宿泊施設について説明しなければと考えた。
「お前さんがミコトか。バジリスクを倒した凄腕だそうだが、全然そうは見えねえな」
正直な爺さんだ。根っからの職人なのだろう。俺は信用出来ると感じた。
「バジリスクは幸運に恵まれただけさ。それより建物だが、二十五人ほどが寝泊まり出来る建物をお願いする」
俺は機能的な厨房と食堂、会議室、風呂とシャワー室、水洗トイレを設けるように付け加えた。
「そうなると三階建てになるがいいか?」
「構わない。工期と費用はどれくらいになるかな?」
「具体的には見積もりしてからになるが、だいたい工期は四ヶ月、費用は材料費も含めて金貨四八〇枚ぐれえになると思うぞ」
長年の勘で答えてくれた棟梁は、荒れ果てた土地を検分しながら、頭の中で設計図を描いているようだ。
「よろしく頼むよ、棟梁」
「おう、任せておけ」
棟梁を商業ギルドまで送り、正式な契約を結んだ。その時、前金も払い早めに工事に掛かれるようにお願いした。この先、細かい要望や間取りなどを相談しなきゃならないが、この棟梁なら期待に応えてくれるだろう。
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