第68話 エルバ子爵の怒り

 ギルド通りの端にあるカリス工房では、三人の職人たちが忙しそうに働いていた。背が高く筋肉質のカリス親方は、弟子たちの様子を見ながら、時折り指示の声を上げる。


「サゴウ、革鎧の丈夫さは鞣し方で変わるんだ。手を抜くんじゃねえ」

「チョカ、もっと力を込めろ。研ぎ方一つで切れ味が……おや、ミコトじゃねえか」

 ミコトたちが工房に入るとカリス親方がすぐに気付いた。


「親方、久しぶりです」

「おお、来ると思っていたぜ。バジリスクを倒したんだろ。どうせ、そいつの素材で装備を作ってくれと言うんだろ」

「さすが親方、分かってる」


 俺たちはバジリスクの皮と即席の鉈を親方に手渡した。

「ハーフアーマータイプの革鎧に、魔法薬を入れるポケットを二つ、それに背中に隠しポケットを一つ付けてくれ。伊丹さんはどうする?」

「拙者も同じもので良い」


 カリス親方はバジリスクの皮をすぐに鞣すように弟子の一人に言い付ける。

「脛当てや籠手こてはどうする。バジリスクの革は厚みがある分重いようだが」

 群青色をしたバジリスクの皮は厚みがあり、鎧豚の皮などに比べ重かった。


「大剣甲虫の外殻が余っていたから、それを使ってくれ」

 以前に伊丹と薫のスケイルメイルを作った時に使用した大剣甲虫の外殻の余りを親方に預けたままになっていたのだ。


 ミリアたちは職人たちの作業を興味深そうに眺めている。ルキも剣を研いでいる職人の傍で眼をキラキラさせながら見守っていた。見られている職人は何となく居心地悪そうにしている。


 カリス親方はバジリスクの爪で作った鉈をじっくりと検分してから口を開く。

「武器は鉈だけでいいのか?」

「俺は鉈だけでいいけど、伊丹さんは刀でも作れば?」


 伊丹は真剣な顔をして悩んでから。

「親方は刀を作った経験がござろうか?」

 伊丹の質問に親方は少し考えてから答えた。


「刀と言っても色々有るからな。どんなものが欲しいんだ?」

 伊丹が日本刀の形状を説明すると、親方が駄目出しをする。

「そんな細い刀じゃ魔物討伐には向かねえぜ」


「それならば、身幅を広くし厚重ねの戦場刀として作って貰えぬか」

 親方と伊丹は細かい打ち合わせ行い、戦国時代に多く作られた『胴田貫』に似た日本刀を作製する事になった。ただ、本物の胴田貫より身幅や厚みは増し、通常の者では扱えない程重いものとなるだろう。


「こいつを二等級のミスリル合金で作るとなると金貨五〇枚は必要だがいいのか?」

 俺に考えが有り、刀はミスリル合金で製作して貰う。等級は通常武器としては最高の二等級で、それ以上のものは魔導武器として使われるものだ。


 俺は金貨七〇枚ほどを親方に預け、ミリアたちと一緒に工房を出た。途中、古着屋で二着ほど服を買い、ルキにかされて魔導寺院へ向かった。


「まほう♪まほう♪ ほにょほにょのポイ♪」

 ルキがスキップをしながら上機嫌で歩いてゆく。

 国内三番目の規模を誇る迷宮都市の魔導寺院は、歴史を感じさせる二階建ての建物である。重厚な木の扉から中に入ると玄関ホールに多くの人々がたむろしていた。


「さて、皆で神紋巡りをしようか」

 神紋の扉を一つずつ試して歩く事を神紋巡りと呼ぶようだ。ミリアたちが順番に神紋の扉を試してゆく。

 ミリアたちは第一階梯神紋の初級属性魔法に関する神紋と『魔力変現の神紋』『魔力発移の神紋』などのお馴染みの神紋が反応した。


 そして、俺は新しく『風刃乱舞の神紋』『付与術の神紋』『聖光滅邪の神紋』が授かれるようになり、伊丹は新たに『付与術の神紋』『雷火槍刃の神紋』『聖光滅邪の神紋』が反応した。

 これらの神紋を魔導師ギルドの資料室で調べると。


【加護神紋】

・付与術……第二階梯神紋:大地の中級神ゼピリスの神紋=>魔法効果を物に付与する神紋

・雷火槍刃…第二階梯神紋:雷の中級神ビシャヌの神紋=>雷の槍を召喚し敵を薙ぎ払う神紋

・聖光滅邪…第二階梯神紋:光の中級神クリオロスの神紋=>聖なる光で邪悪な悪霊を攻撃する神紋


「伊丹さんも新しい神紋を選んだらいい」

「ミコト殿は選ばないのか?」

「今回はパスします。今持っている神紋も極めていないのに増やしてもしょうがない」


「そうでござるか。しからば『聖光滅邪の神紋』を選ぼう。アンデッド系の魔物を倒すのに必要となる」

 レイスなどのアンデッド系魔物に苦戦したのを思い出したようだ。


 ミリアたちは何を選ぼうか相談していた。マポスとリカヤは『灯火術の神紋』、ネリは『疾風術の神紋』が気になるようだ。


「皆、ちょっと聞いてくれ」

 俺は魔法の開発をしている薫の伝言をミリアたちに伝えた。

「二つ目の神紋は、『魔力変現の神紋』か『魔力発移の神紋』を選んで欲しいんだ」


 ネリが首を傾げて尋ねる。俺が薦めた二つの神紋は人気の無いものだったからだ。

「何故です。他の神紋の方が即戦力ににゃると思うのですが」

 『灯火術の神紋』には<炎槍>、『疾風術の神紋』には<疾風刃>の応用魔法があり、初歩の攻撃魔法として人気がある。

 

「俺たちは『魔力変現の神紋』や『魔力発移の神紋』を基礎とする付加神紋術式を数多く開発している。それらは<炎槍>や<疾風刃>に劣るものじゃない」


「ミコト様、その応用魔法を教えてくださるのでしゅね」

「ルキも、カオルみたいににゃれるぅ」

 ミリアとルキは嬉しそうにしている。ネリが怖ず怖ずという感じで質問する。


「あの……私にも教えてくださるのですか?」

「もちろんだ。ただ『魔力発移の神紋』の応用魔法は実戦で使っていないので使い勝手を教えてくれると助かるよ」


 『魔力発移の神紋』の応用魔法については、カリス親方に頼んで数回ほど実験はしているが、実戦で使ったことはない。リカヤたちが実戦テストをすることになる。


「待ってくれ。あたしたち全員が『魔力変現の神紋』か『魔力発移の神紋』を授かると、パーティの戦力が偏ったものににゃるぞ」


 リカヤが疑問を投げかけた。だが、二つの神紋は汎用性が高くハンターを続ける上で必ず役に立つと説明すると納得してくれた。


 リカヤとネリ、マポスは『魔力発移の神紋』、ミリアとルキは『魔力変現の神紋』を授かり、伊丹は『聖光滅邪の神紋』を授かった。


 翌日、俺はミリアたちに応用魔法を教えた。ただ幼いルキには危険な魔法は伝えず、もう少し大きくなったら、姉のミリアが教えるように頼んだ。


 ミリアとルキは、基礎魔法である<変現域>を使って五種類の魔系元素を創り出す事で神紋レベルを上げ、応用魔法が使えるようになった。

「にょほほ、これじぇルキも魔法使いにゃのでしゅ」


 問題は『魔力発移の神紋』を入手したリカヤたちだ。

「ミコト様、ありがとうございます。教えて貰った応用魔法を早く使えるように頑張ります」

 ネリが礼を言い頭を下げる。それを見たリカヤとマポスも感謝の言葉を口にした。


「今は神紋レベルが1だから、応用魔法は使えない。早めにレベルを上げる必要があるが、それには実戦で神紋を使うのが効果的だ」


 実戦で『魔力発移の神紋』を使うというのは、強化武器を得物として戦う事を意味する。パチンコでもいいのだが、この際、強化剣や強化槍を手に入れるのがベストだ。


 手近で源紋の有る素材が剥ぎ取れる魔物をギルドの資料室で探すと、雑木林の一番奥に足軽蟷螂が住み着いているのを知った。足軽蟷螂の鎌は『切断』の源紋を宿し、それを加工すると刀や薙刀となる。


 俺たちは足軽蟷螂を狩りに出かけた。途中、カリス親方の所で出来上がった鉈を受け取る。二本の鉈は魔導加工された柄が付けられ、刃の部分も丁寧に研がれていた。

「防具と刀はもう少し時間が掛る。楽しみに待っていてくれ」


 南門を出た俺たちは、雑木林の奥へ向かった。

 だが、その姿を監視する六人の男たちの姿があった。バジリスクの素材を査定していた時に、ギルドでミコトと伊丹をギラつく眼で見ていた男たちだ。



   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 その前日。


 迷宮都市を旅だったエルバ子爵は、浮遊ふゆう馬車の中で配下のカルネル男爵と傭兵ニジェスを相手に密談していた。


「アルフォス支部長が高ランクパーティ三組を護衛として雇い、バジリスクの魔晶管を持たせて王都へ向け出発したそうです」


 二十代後半の青年で赤い髪を持つカルネル男爵は、太った身体を高級そうなソファーに沈めながら沈痛な面持ちで言う。男爵は王太子の事件に子爵が関係しているのを知っていた。


「傭兵を雇い、そいつらを襲わせましょうか」

 ニジェスは、王都の傭兵ギルド幹部で一声掛ければ難なく十数人の傭兵を集められる。ニジェス自身は三十代前半の鍛え上げられた身体に金属鎧を纏い、ベテランの傭兵そのものといった感じの男だった。


「いや、それはまずい。バジリスクの魔晶管の存在を知り、王太子派と敵対している我らに嫌疑が掛かるのは必定だ。悔しいが計画が失敗した事を認めずばならぬだろう」


 バジリスクの魔晶管を奪えたとしても、信用の置けない傭兵の口から、その企てが漏れれば、己の命が危うい。そんな賭けをするべきではない。そう子爵は考えた。


「……口惜しい。ビショップ級の魔物を確実に狩れる実力のあるパーティに指名依頼を出し迷宮に潜ったのを確認してから、王命を伝えたと言うのに。あんな伏兵が居ようとは……」


 エルバ子爵が顔を歪め、呪詛のように呟いた。

「このままでは、万能薬が完成し王太子が回復するでしょう。そうなると、迷宮都市を預かるシュマルディン王子や生意気そうなハンターにまで、王からの褒賞が与えられますな」

 カルネル男爵は苦々し気に未来を予想する。


「気に入らん。シュマルディン王子は仕方ないとしても、儂の剣を真っ二つにした小僧は許せん。……ニジェス、そなたは極秘裏に迷宮都市へ引き返し、あの小僧ともう一人を始末せよ」


 傭兵ニジェスは頷き、思案気に首を傾げた。

「ですが、奴らはバジリスクを倒した豪の者。生半可な手練てだれでは太刀打ちできません。それなりの金を用意し腕の確かな者を雇わねばなりません」


 エルバ子爵は、カルネル男爵に視線を向ける。

「金貨五〇枚も有れば足りるだろう。出してやれ」

 男爵から金貨を受け取ったニジェスは、浮遊ふゆう馬車を出て、王都へと繋がるオウテス街道を逆に歩き始めた。


「手始めとして、そこらのゴロツキを奴らにけしかけてみるか」

 ニジェスは手に持つ金貨の重みを確かめながら呟いた。


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