第65話 国王の使者
バジリスクを仕留めた俺たちは、しばらくの間ぐったりと地面に座り込んでいた。大量の魔粒子を吸収したので魔力は回復している。
まずはバジリスクから剥ぎ取りを行いたい所だが、この巨体を解体するには専門の道具と解体の専門家が必要だろう。
だが、バジリスクの爪だけは回収しておきたい。
「バジリスクの爪で、ミコト殿の鉈に使えそうなのは前足の中指だけでござるな」
調べてみると、他の爪は反りのない真っ直ぐな象牙のような形状をしており鉈には使えそうにない。
例外である前足の中指だけは鋭い刃を持っていた。俺は<
バジリスクの爪を魔導眼で調べてみると、『断裂斬』の源紋が宿っているのが感じられた。『断裂斬』は切断力増加と装甲貫通の効力が有り、『斬撃』の源紋より威力は数段上である。
「こいつで即席の鉈を作ってメイン武器にしよう。伊丹さんも武器を鉈に変えた方がいいよ」
「鉄製の武器では、大鬼蜘蛛ですら通用しないようでござるから、仕方ござらんか」
さて、バジリスクであるが、ここまで巨体だと魔晶管の剥ぎ取りも容易ではない。他のハンターたちは大物を狩った時、専門家を迷宮都市から連れて来るようだ。なにせバジリスククラスの大物は解体しないと運べないからだ。……だが、俺には<圧縮結界>が有る。
俺は『時空結界術の神紋』の<圧縮結界>を使いバジリスクの死骸を背負い袋に収まる大きさにまで圧縮した。回復した魔力の半分ほどがごっそりと持って行かれた。<圧縮結界>は便利なのだが燃費が悪過ぎる。
「ミコト殿、この岩はどうするのでござる」
坑道を塞ぐように横たわる巨岩は、はっきり言って邪魔だ。しかし、もう一度<圧縮結界>を使うのは魔力が心許無い。それに<圧縮結界>を同時に使えるのは一つまでなので、バジリスクを元に戻さない限り使えない。
<圧縮結界>の同時使用の制限は時空結界術の神紋レベルと関係しているようで、現在のレベル1が2にレベルアップすれば同時に使える<圧縮結界>は二つに増えるのが後で判明する。
結局、坑道の天井付近に有る隙間を通って坑道の出口から外へ出た。外は酷い有様だった。バジリスクが暴れ、あの尻尾で樹々が根こそぎ薙ぎ払われている。
「あのバジリスク、魔物と言うより怪獣だったな。よく倒せたよな、奇跡だよ」
俺の口から正直な感想が零れ出す。目の前に広がる惨状は、それほどのものだった。
「ミコト殿が奇跡を産んだのでござる。あの化け物に追われながら、冷静に対応を考え実行に移す。並の胆力ではござらん」
伊丹に初めて褒められた気がする。確かに、異世界に来てから何度も危険な目に遭い胆力を鍛える機会は数多かった。最初の頃はゴブリンにさえ怯えていた俺が、バジリスクに追い駆けられても怯えずに反撃を考えていた。あの盗賊にはイラッと来たが、あれは胆力には関係ないだろう。
別に恐怖を感じなくなった訳ではない。バジリスクの殺気には恐怖したし、邪眼の能力にはゾッとした。だが、恐怖しても思考が凍結する事はなく、生き残る手段をしぶとく探し求めた。
俺は生き残り、また精神的にタフになった。
リアルワールドで最強の案内人は誰かと話題になった事がある。だが、ハンターギルド内のランクやどんな魔法を使えるかでは誰が強いかは決められないと思う。
どんな魔物を倒したかで強さを決める奴も居るが、そんな基準で決めるなら、バジリスクを倒した俺が最強という事になるかもしれない。
但し、俺の情報は国内限定なので海外の案内人の中にはもっと凄い者が居ると思う。特に中国とか、仙人のような案内人が竜種をバタバタと倒しているかもしれない。
俺が考える最強はシンプルだ。『しぶとく生き残った奴が最強だ』という考えだ。俺もハンターを続けながら生き延びれば最強と呼ばれるようになるかもしれない。
だけど、俺は最強なんか目指す気はない。そういうのは厨二病に羅患した奴に任せればいい。
太陽が傾き始めているのに気付いた俺たちは、出入り口付近で野営する事にした。
その夜、焚き火を前に伊丹と二人で語り合う。伊丹の研修期間中の話やその間に俺が受けた依頼の話などをして夜を過ごした。
翌朝、俺たちは即席の鉈を作り、常世の森から抜け出した。背負い袋には圧縮したバジリスクと源紋の古書、魔物から剥ぎ取った素材が入っている。
「迷宮都市まで、後半日ほどかな」
「あの坑道を通れば、エヴァソン遺跡から迷宮都市まで一日で行けそうではござらんか」
まともに常世の森を通れば二日ほど掛かるだろう道程が、盗賊たちが使っていた坑道を通れば半分ほどに短縮されるようだ。大鬼蜘蛛や雷黒猿などの魔物を用心しながら地上を進むよりは、ずっと早く常世の森を通り抜けられる。
「そうすると、迷宮都市での仕事は今回使った転移門、樹海での仕事は前の転移門というように使い分けるのがいいかもしれない」
後に確かめたが、東條管理官たち三人と俺と伊丹の計五人全員が、エヴァソン遺跡の転移門にゲートマスターとして登録されていた。ゲートマスターとなる条件は、その転移門を最初に使用した者の中で、ある程度魔法関連の素質が有る者が条件をクリアすると後の研究で明らかになる。
ただ魔法関連の素質は、日本人なら七割ほどの確率で所持しているらしい。また、ゲートマスターになるほどの素質は無くとも第一階梯神紋位なら授かれるので、全然魔法が使えないなんて事はない。
迷宮都市へ向かう途中、何かを襲っている
目を凝らして見ると亀だった。直径五〇センチほどの陸亀で茶色い甲羅に手足と頭を引っ込めて、狼の攻撃を耐えている。
「あの亀を助けたら、竜宮城に連れて行ってくれるかな」
俺が冗談を言うと。伊丹が苦笑しながら。
「残念ながら、あれは陸亀。竜種の棲み家にでも連れて行ってくれるかも」
「そいつは勘弁して欲しいな」
狼は俺たちには気付いていないようだ。見守っていると狼が甲羅に牙を立てようとした。
「ギャン!」
悲鳴のような叫びを上げ狼が飛び退く。見守っていると亀の甲羅から白い湯気のようなものが立ち昇る。興味を持った俺たちは狼に近付いた。
俺たちに気付いた狼が亀から離れ襲って来た。俺は鉈を振りかざし狼の頭目掛けて振り下ろす。スパンと音が聞こえたかのように狼の頭が真っ二つになった。バジリスクの爪は想像以上に威力が有るようだ。俺たちは瞬く間に狼を駆逐した。
次に亀に近付くと異様な熱気を感じた。試しに<
<
この魔物は『灼熱陸亀』と言う名の魔物であると判明する。ポーン級中位の魔物で硬く高温に加熱する甲羅で身を守るのが特色の亀だった。
「伊丹さん、この亀は美味しいらしいですよ」
「ちょうど昼、仕留めて食事にいたそう」
二人で亀をひっくり返し、腹側の甲羅をバジリスクの爪を使って断ち割って仕留めた。仕留めた途端、高熱を発していた甲羅が熱を失い冷たくなる。
腹側の甲羅を全て取り除き内蔵などを取り出して捨てる。甲羅と内臓の間に、断熱材のようなものが有った。それも取り除き、残った肉をぶつ切りにしてから亀の甲羅に戻し、盗賊のアジトから持って来た水筒から水を入れ調味料で味付けする。
「拙者は薪を拾って来ます」
伊丹が薪拾いに行こうとするのを俺は止めた。
「大丈夫、見ていて下さい」
俺は右の掌を甲羅に向けてから躯豪術の呼吸法で魔力を活性化させ、その魔力を甲羅に向けて少量ずつ放出する。直接手で触って甲羅に魔力を流し込む方がロスは少ないのだが、今回は直接接触出来ない。
俺が放出した魔力は、甲羅の中に宿る源紋『灼熱』を起動し甲羅全体を加熱する。
「おっ、これは!」
伊丹が驚いて声を上げた。目の前の甲羅に入れた水が沸騰し始めたからだ。
「魔力を熱に変える源紋ですよ。なかなか便利だと思いませんか」
「火も使わずに料理が出来るとは……魔力版のIH調理器を鍋に仕込んだようなものでござるな」
煮込んだ亀の肉は、あっさりとした癖のない味だが、噛みしめるとじわっと旨味が染み出てくる。予想以上の旨さに俺と伊丹は、即席で作った箸が止まらなくなる。
食事を終え、樹海を西へと進む。亀の甲羅は役に立ちそうなので伊丹に運んで貰う事にした。しばらくして遠くに柵が見えて来た。柵の内側には畑が広がっている。
迷宮都市は、農業が盛んではない。しかし、保存の効かない葉野菜や消費の多い小麦、芋類は都市を取り巻く石壁の外に畑を作り栽培している。
畑には草取りをしている農民の姿が見える。この迷宮都市では食料品が高いので、少しでも収穫量を増やそうと懸命なのだ。
そんな農地と樹海の境界線に迷宮へと続く道が有った。迷宮都市の北門から北へとの伸びた道は、まず、東に有る魔導迷宮へ続く道と北へ続く道へと別れ、次に真北に有る勇者の迷宮と北西に有る迷宮帝国へ続く道に別れる。
樹海から抜け出した俺たちは、畑に沿って北東へと伸びる道を見付けた。魔導迷宮へ続く道である。この辺りは都市の兵士たちが訓練を兼ねて巡視しているので魔物が少ないようだ。
樹海を抜けホッとした俺たちは、のんびりと都市に向け進み、程なく北門に到着した。
◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇
ハンターギルドのアルフォス支部長は、報告をイライラしながら待っていた。王命を受け、ビショップ級以上の魔物から採取される魔晶管を求め樹海へ狩りに出た選りすぐりのパーティ三組からの知らせを。
その中の一組は、ビショップ級中位の闘竜族雷鋼竜と戦い返り討ちに会い、六人パーティの中二人が死亡し逃げ戻って来た。
そして、二組目がビショップ級下位のコカトリスと遭遇し一戦交えている。コカトリスに手傷を負わせたらしいが、逃げられたと連絡があり現在は追跡中だと知らせが届いた。
「まだ知らせは届かんのか!」
カウンターに顔を出したアルフォス支部長が吠えるような声を上げた。数人の受付と待合所にいたハンターがビクリとした。
「支部長……連絡が届いたら直ちに知らせますから」
アルフォスが焦っているのには訳が有った。王都から国王の使者が来ていたのだ。使者は王太子の派閥ではなく第二王子の後援者クモリス侯爵の側近エルバ子爵である。
アルフォスの執務室では、使者のエルバ子爵とシュマルディン王子、王子の祖父ダルバルが張り詰めた空気の中でソファに座り知らせを待っていた。
「王子様、たかが魔晶管一つ入手出来ないとはどういう事でしょう」
ダルバルがエルバ子爵の言葉にムッとする。必要とする魔晶管は『たかが』と言うほど入手難度が低くないからだ。国全体でもビショップ級以上の魔物を倒す事など年に二、三度しかない。
「エルバ子爵、たかが魔晶管と言うのであれば、王都で用意すればいいではないか」
ダルバルの腹立ちまぎれの一言に、エルバ子爵が目尻を上げる。
「ふん……もちろん、王都近くにビショップ級の魔物が居れば、王都の猛者に依頼して確保したでしょう。しかし、王都近くの手強い魔物が狩り尽くされたのは数十年も前の事。樹海が近いクラウザに王が命じられたのは当然である。それとも王の命令に不満がお有りか」
ダルバルの額に汗が浮かび上がる。
「不満など、申しておらん。ただ、狩りは時の運にも左右される。必ず獲物を仕留められるとは限らぬ」
エルバ子爵が少し驚いたような顔をする。
「これは驚いた。迷宮都市の太守を補佐する者の言葉とは思えません」
シュマルディン王子はエルバ子爵の言葉に引っかかるものを感じた。
「どういう意味です」
対面のソファに座る少年に、エルバ子爵が鋭い視線を向ける。それは獲物を狙う猛禽の眼だった。
「これは運だけで済まされる問題ではない。我が国は多くの優秀なハンターや魔導師、職人を育てるために毎年少なくない資金を、このクラウザに投資しております。それは何故か……もちろん、迷宮や樹海から様々な素材を手に入る為でもありますが、こういう非常事態に備え、優秀な人材を十分なだけ確保する為でもあります。違いますか?」
シュマルディン王子は目線を逸らす。そういう行政に関してはダルバルに丸投げし、興味を持たなかった。その点を突かれると非常に困る。
「優秀な人材は育っておる。ただ運悪く、迷宮に潜っており連絡が取れなかったのだ。仕方あるまい」
またも『運』と言う言葉を使ったダルバルに、エルバ子爵が薄い笑いを浮かべ。
「そこが問題なのです。非常事態は何時起きるか分からないもの。それに備え優秀な人材の半分は街に待機させておくべきだったのです。それを怠った太守様の責任は重いですぞ」
ここでやっとエルバ子爵の狙いに、ダルバルは気付いた。
クモリス侯爵は迷宮都市の太守という地位をシュマルディン王子から取り上げ、自分たちの派閥の誰かを太守の地位に就けようと画策しているに違いない。
シュマルディン王子がもう一度王候補として返り咲くには、迷宮都市から得られる権益は欠かせないものだ。商人たちから集まる
「まだ、魔晶管の入手に失敗した訳ではない」
ダルバルが苦々しげに告げる。そこにアルフォス支部長が暗い顔をして戻って来た。
「残念ですが、コカトリスを見失ったと連絡がありました」
エルバ子爵がシュマルディン王子に視線を向け。
「困りましたね……もし仮に王命に応えられない場合、その責任は支部長と太守様に取って貰う事になりますぞ」 ダルバルが怒りに顔を赤らめながらエルバ子爵を睨み付ける。
だが、この時、王が求めている魔晶管を所有する男たちが、迷宮都市に戻って来たのを彼らは知らない。
もし、エルバ子爵が知っていたら、密かに暗殺者を差し向けただろう。
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